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1568年12月 徳川家帰参



康徳二年(1568年)十二月 山城国(やましろのくに)伏見城(ふしみじょう)




「おぉ、ついに駿河(するが)侵攻の御内書が出たのですか。」


 その日の夜、高秀高(こうのひでたか)徳川家康(とくがわいえやす)に発給された足利義輝(あしかがよしてる)直筆の御内書を携えて居城の伏見に帰還。表御殿の広間に客将の本多弥八郎正信ほんだやはちろうまさのぶや居候の口羽善助通朝くちばぜんすけみちとも西郷愛衣(さいごうあい)中島結衣(なかじまゆい)などの面々を呼び寄せ、(れい)を傍らに控えさせた上で正信に御内書が正式に下ったことを伝えた。


「あぁ。これでお前の主の願いである駿河侵攻が可能になった訳だ。」


「その書状を我が主が受け取ればすぐにでも行動を起こすでしょうが、問題はそれを誰が届けるかですな。」


「その通りだ。」


 正信が御教書が収められた桐箱を見つめながらそう言うと、大広間の上座に座る秀高も正信らに向けて苦慮する思いを吐露した。


「聞けば家康殿配下の忍び、服部半三保長はっとりはんぞうやすなが父子は駿河にて工作を継続中だという。こちらの忍び衆も方々に手を割いていて人手を回せない。さて誰に届けさせるか…」


「…殿、実はこの機に申し上げたき事がございます。」


「何だ?」


 と、そんな秀高の言葉を聞いてある事を決心した正信が、襟を正しながら頭を下げて秀高に向けてこう発言した。


「実は(みやこ)の徳川屋敷に留まる大久保新十郎忠世おおくぼしんじゅうろうただよ殿より報せが参り、そろそろ徳川家への帰参が叶いそうであるとの連絡をいただきましてございます。」


「何、それは本当か!?」


 秀高はその言葉を聞いて大いに驚いた。そもそも、客将である正信が秀高の家に寄寓していたのも、元をたどれば三河一向一揆(みかわいっこういっき)に加担した責任を取って徳川家を自発的に去った経緯があったからである。その正信が時を経てようやく徳川家への帰参が叶う事を知った秀高はまるで自分のことのように喜び、その反応を見た正信もまた微笑みながら言葉を続けた。


「はっ、ついてはこの本多弥八郎正信、その御内書を(たずさ)えて三河(みかわ)に下り我が主に手渡すついでに帰参いたしたく思います。」


「そうか…三河一向一揆(みかわいっこういっき)から四年余り。こんなにも早く帰参が出来るとは自分のことのように嬉しいぞ。」


「ありがたきお言葉。ついては殿、もう一つ申し出たき事が。」


「申してみろ。」


 帰参を許してくれた秀高に向けて正信はそう発言すると、近くにいた通朝や結衣たちの姿を視界に一回収めながら秀高にこう頼み込んだ。



「ここにおわす口羽善助殿とお連れの女子二人、一緒に三河へ連れて参りたく存じます。」



「何、通朝を連れて行く?」


 この発言を聞いた秀高や(かたわ)らにいた玲、それに同じ席に加わっていた静姫(しずひめ)は更に大きく驚いた。確かにその場にいた通朝の風貌は正信の主君である家康と瓜二つではあったが、その通朝を三河へ連れて行くと進言して来た正信は驚いている秀高と玲たちに向けてその理由を簡潔に語った。


「はっ。善助殿の風貌は我が殿に瓜二つ。ならばここは影武者の役目を是非とも担って頂きたく、伏してお願い申し上げまする。」


(それがし)が、家康殿の影武者…」


「通朝、俺に遠慮はするな。お前の心のままに答えて構わない。」


 この正信の提案を受けて、自身の出自から考えて予想だにもしない事を聞いた通朝に向けて、秀高は正信の提案にどう答えるかを尋ねた。すると通朝は暫くその場で考えた後、こくりと一回頷いて秀高や提案してきた正信に向けて答えを告げた。


「…相分かった。どこまでお役に立てるかは分からぬが一緒に三河へ参るとしよう。二人はどうする?」


「え、どうしようかな…」


 と、通朝から自分たちの去就(きょしゅう)を聞かれた結衣と愛衣は互いに顔を見合わせ、二人して様子を図った後に互いに頷きあい、結衣が口を開いて訪ねてきた通朝に返答を伝えた。


「でも、この世界にやってきて一番最初に世話になったのはおっさんだし、ここはおっさんについていくよ。」


「…そうだね。私もおっさんに付いて行くね。」


「あら、そうなると一気に寂しくなるわね…」


 結衣に続いて愛衣も通朝に付いて行くことを聞いた静姫が、少し寂しそうな表情をして惜しむと、その言葉を傍らで聞いていた秀高は高らかに笑って反応した。


「はっはっはっ、そう言うな静。よし!ならばここはささやかな送別会をするとしよう!御膳を持て!」


「ははっ!!」


 この秀高の言葉を聞いた側近たちは慌ただしく動き始め、やがて大広間の中に御膳が運び込まれてきた。秀高は静姫や玲と共に下座に降り、互いに同じ位置で囲むように座るとささやかな送別会をその場で行った。三河へと帰参する正信、並びにそれに同行する通朝や結衣たちの別れを惜しむように各々の盃に酒や水を注ぎ、食事を進めて談笑する中で秀高が盃の中の酒を(あお)った後に通朝に向けてこう言った。


「…それにしても通朝、その名前だと徳川の家中で浮くこと間違いないだろう。」


「そ、そうか?」


 秀高は通朝の名前が三河の徳川家中では浮く事をその場で発言すると、別れの餞別(せんべつ)とばかりに通朝へこう提案した。


「よし、ここはこの俺が名前を付けてやるとしよう。徳川殿の祖先は新田源氏(にったげんじ)の流れである世良田氏(せらだし)の生まれだと聞く。これに家康殿の旧名である元信(もとのぶ)を合わせて「世良田二郎三郎元信せらだじろうさぶろうもとのぶ」というのは?」


「…なんか長くね?」




 結衣は秀高の提案した名前を聞いて長く感じたようだが、秀高の側にいた玲はその名前を聞いてある事を思い出していた。それは秀高らが元の世界にいた時、この場にはいない小高信頼(しょうこうのぶより)と自身の妹の(まい)がいわゆる徳川家康の影武者伝説について玲や秀高を交えて会話をしていた事があった。


 その時に出てきた名前こそ「世良田二郎三郎元信」であった。この伝説自体は史実ではないものの、その名前を知っていたからこそ秀高は家康の影武者として三河に(おもむ)く通朝にこの名前を贈ったのだろうとその場で推察した。




「いや、名前の長さは置いておくとしても世良田を名乗れば我が主君も一目を置くであろう。善助殿、名乗っておいても損はありませんぞ。」


「そうか…分かった。口羽の姓を捨てるのは口惜しいが、ここは割り切る他はないな。」


 この秀高の提示した名前を聞いた正信が賛意を示すと、提案された通朝は名前を変える事に一瞬ためらったが、意を決して秀高や正信、改めてその場にいた者達に聞こえるようにこう告げた。


「ならばこの世良田元信、これよりは家康殿の影となろう。」


「おぉ、随分勇ましいな。はっはっはっ…」


 この通朝の言葉を聞いた秀高はその勇ましさに嬉しく思い、笑って反応したのだった。こうしてここに口羽善助通朝は名を改め、世良田二郎三郎元信として家康の影武者になる事になったのである。


「…秀高殿、徳川家を去ったこの某を丁重に迎えて下さり厚遇して下さったこの御恩、決して忘れませぬ。」


「正信、何を水臭い事を…」


 そして宴もたけなわに近づいたころ、正信は秀高に向けて改めて今までの御恩を感謝する言葉を述べた。それに秀高が恥ずかしがって言葉を返すと正信はそんな秀高の眼をじっと見つめながらこう言った。


「この本多弥八郎正信、徳川家中に戻った後も徳川と高家の橋渡しを務めて参りまする。それゆえ秀高殿もどうか、我が殿をお見捨てなさらぬよう、伏してお願い申し上げまする。」


「無論だ。家康殿の窮地ならばこの高秀高、喜んで駆けつけるぞ。」


 正信の言葉を聞いた秀高は柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべて正信に言葉を返すと、正信に同行して三河に戻る通朝…元信や結衣、愛衣の三人が口々に秀高への別れの言葉を述べた。


「秀高、我らも短い間ではあったが世話になった。改めて礼を言う。」


「タッちゃん、離れるのは寂しいけど元気でね。」


「また、会うのを楽しみにしてるよ。」


 この三人の惜別の言葉を聞いた秀高は少し物悲しくなりながらも、明るい表情を見せて元信に向けて言葉を返した。


「そうか。通朝…いや元信。短い間だったがお前たちとの間に交流が持てたと思う。今後もしもの時があれば家康殿同様、この俺が助けに行く。だから安心してくれ。」


「…うむ、その言葉に偽りはあるまい。秀高、その時が来たときはよろしく頼む。」


「二人とも、向こうに行っても定期的に手紙のやり取りはしようね。」


「オッケー!よろしくね玲ちゃん。」


 秀高と元信の会話の後に玲が結衣や愛衣に向けて別れを惜しむ挨拶を贈った。こうしてその翌日には正信は家康宛ての御教書を携えて三河へと下向、これに元信や結衣たちも付き従って行った。後に徳川家に帰参した正信が連れてきた元信の容姿を見て、家康は少し薄気味悪さを覚えながらも影武者として重用したという…。





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