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1568年11月 比叡山の戦い<前>



康徳二年(1568年)十一月 山城国(やましろのくに)比叡山(ひえいざん)




「あれか…。」


 (みやこ)の将軍御所を出立し、叡山の僧兵を阻むべく出陣した高秀高(こうのひでたか)指揮する兵三千は鉄砲数千丁を装備し、やがて叡山の京側の山麓である北白川(きたしらかわ)の辺りまで進軍。そこで延暦寺(えんりゃくじ)より降りて来た僧兵三千が神輿を担ぎ今道越(いまみちごえ)を進んできた姿を発見した。秀高は馬上よりその姿を見とめると、後方の馬上にいた副将を務める観音寺(かんのんじ)城主・三浦継高(みうらつぐたか)に下知を飛ばした。


「継高、弾込めは終えているな?」


「はっ、いつでも撃てまする。」


 馬上にて峠道を降りてきた叡山の僧兵を目視で確認した秀高は、背後の馬上にいた継高に鉄砲隊の準備を問うてその返答を受けた。すると秀高は下を振り向いて側近くに待機していた口羽善助通朝くちばぜんすけみちともに下知を下した。


「よし善助、目の前の僧兵に見えるようにあれ(・・)を掲げろ。」


「うむ。」


 この秀高の下知を受けた通朝は相づちを打つと、側に待機していた足軽に目配せをした。すると足軽たちは一つの旗指物を天高く掲げて旗を風に(なび)かせさせた。するとその旗指物は峠道を踏み越えて来た豪盛(ごうせい)率いる強訴の僧兵たちの視界にも入った。


「な、あれは…?」


 豪盛ら僧兵の目に飛び込んできたもの。それは秀高の軍勢を表す白地に丸に違い鷹の羽(まるにちがいたかのは)の家紋が施された旗指物の中に一本、錦の生地に菊の御門が刺繍された見慣れない旗指物であった。その旗指物を見て僧兵たちが神輿を担ぎながら秀高の軍勢を目視できる距離に踏み止まると、秀高が馬上から僧兵たちに向けて呼び掛けた。


「そこに見えるは比叡山の僧兵と見える!我らは幕府、ひいては朝廷のご叡旨(えいし)を受けて強訴を阻みに参った!これ以上の侵入は京に害を成すだけだ!神妙に叡山に帰るが良い!」


「何を抜かすか!こちらは山王権現の神輿がある!たとえ朝廷といえど神の意思を無碍(むげ)には出来ぬぞ!!」


 秀高の呼び掛けに対して豪盛が僧兵の前に出て勇ましく反論すると、秀高は豪盛の反論を受けてふっと鼻で笑うと、自身の側に掲げられている錦の御旗を僧兵どもに見せつけながら言葉を豪盛らに返した。


「何を言うか!ここに掲げているのは錦の御旗。即ち帝のご叡慮を表すものである!たとえ神の意思とは言えど、現人神(あらひとがみ)である帝は強訴の阻止を叡慮として示された!王城鎮護(おうじょうちんご)を掲げる叡山の僧侶がこの錦旗(きんき)に手向かうというのか!!」




 この秀高の側にて風に靡く一本の錦旗こそ、通朝が事前に用意していた物であった。幕末の、しかも元の世界で鳥羽(とば)伏見(ふしみ)の戦いを経験していた通朝にとって長州(ちょうしゅう)薩摩(さつま)両藩が官軍の証として掲げたこの錦旗の存在を目にしていたのである。この時代に飛ばされて来ていた通朝は世話になっている秀高の役に立ちたいという一心で、密かに西郷愛衣(さいごうあい)中島結衣(なかじまゆい)と共にこの一本の錦旗を製造していたのである。




「お、おのれ不遜(ふそん)な!帝のご意思を(かた)るなど畏れ多いであろう!構わぬ!弓隊構え!」


 その錦旗を目にした豪盛は余りにも信じられない状況に秀高が帝の意思を騙ったと決めつけ、率いていた僧兵に弓矢を構えるように下知した。するとそれを見ていた秀高は側にいた継高に目配せをして矢を防御する矢盾(やだて)を用意させる一方で弓を構える僧兵たちに念を押すように警告した。


「貴様ら!錦旗に弓を引くとでも言うのか!!」


「はっ!帝が現人神というのならば、現人神の象徴たる神輿(しんよ)はこちらにある!今こそ仏罰を受けるが良い!放て!!」


 豪盛は戦う意思を露わにし、率いていた僧兵に向けて矢を放つように号令した。僧兵はその下知を受けて矢を放ち、その矢は秀高の側にいた数名の足軽に命中した。この攻撃を見た秀高はニヤリとほくそ笑み、その場にいた将兵に向けて下知を発した。


「皆、奴らは帝の叡慮を奉ずる俺たちに弓を引いて来た!奴らこそ己が野心を貫き神の名を騙る逆賊だ!幕府の命に従い、僧兵どもを討て!!」


「おぉーっ!!」


「放てぇ!!」


 秀高は将兵の喊声を聞いたと同時に、既に秀高の目の前で射撃体勢に入っていた鉄砲隊に引き金を引くよう命令した。その下知を受けた鉄砲足軽たちは一斉に引き金を引き、目の前にいた僧兵たちを次々と打ち抜いた。僧兵たちを打ち抜くべく次々と足軽が弾込めを終えた鉄砲を持って交代し、絶え間なく矢玉を浴びせる中で僧兵を指揮していた豪盛は慌てふためいてその場に踏み止まっている僧兵たちに下知を下した。


「え、ええい!かくなる上は神輿をここに置け!直ちに延暦寺まで下がるのだ!」


 その命を受けた僧兵たちはその場に担いでいた神輿を置くと、這う這うの体で来た道を戻って比叡山へと戻っていった。その敗走を見て手で鉄砲隊に打ち方を止めさせた秀高に信頼が馬を秀高の馬の側に近づけて言葉をかけた。


「…どうやら延暦寺に下がっていったようだね。」


「あぁ。よし、このまま進んで神輿を回収しよう。」


「は?さ、されど…」


 信頼の言葉の後に秀高はこのように発すると、それを聞いて馬上の継高が呆気に取られたかのような反応を見せた。すると秀高は背後にいた継高の方に馬首を返し、姿勢を継高の方に向けると先程の下知の真意を伝えた。


「神輿を道中に打ち捨てたという事は、奴らは神輿の威光で俺たちを足止めできると思っているんだろう。しかしこっちにはすでに帝の錦旗もある。あれで足止めできると思っている奴らの思惑を打ち砕いてやろうじゃないか。」


「…じゃああの神輿、こっちの足軽に担がせて利用しようか?」


「そうだな…それだけじゃあ面白くないしな…」


 信頼の言葉を受けて秀高は馬上でしばしの間考えをめぐらすと、何かを閃いて視線を継高の方に向けるとこう下知した。


「よし、継高。お前は部下にあの神輿を担がせ、日吉大社(ひよしたいしゃ)の方向に向かえ。そして長康(ながやす)政尚(まさひさ)の軍勢と合流したら神輿を確保したまま、明日の朝より坂本にある山王二十一社さんのうにじゅういっしゃに拠る僧兵を攻撃しろ。」


「…真にやるのですな?」


 秀高の下知を受けてその真意を継高が尋ねると、丁度錦旗を背にしていた秀高は首をしっかりと縦に振って答えた。


「あぁ。これは幕命であり帝の叡慮でもある。この命は忠実に履行されなくてはならない。腹を決めろ、継高。」


「ははっ…承知いたしました。」


 覚悟を決めるように促された継高は決心するように頷くと、直ぐに千余りの手勢を率いて目の前に据え置かれた神輿を回収し、部下の足軽にそれを担がせるとそのまま僧兵が去っていった今道越の峠道を先行して進んでいった。その行軍を背後で見届けた秀高は、馬上から比叡山の遠景を見つめながら呟いた。


「さて…俺たちはどうするか。このまま叡山に攻め上がっても良いが、少し温情を与えてやるか。」


「温情を?」


 この信頼の尋ねるような相槌を秀高は背中で聞き、そのまま近くにいた側近の毛利長秀(もうりながひで)に下知を伝えた。その下知を受けた長秀が単身叡山に向かうと同時に、秀高ら残る軍勢は先行した継高の手勢の後を追うように進軍。一路叡山の山城側の出入り口である山中口(やまなかぐち)へと向かって行ったのだった。




「…叡山から下山せよと?」


 それから日を跨いだ翌十九日早朝、比叡山の中にある延暦寺の根本中堂(こんぽんちゅうどう)にて、座主を務める応胤法親王(おういんほっしんのう)が言葉を発した。それは昨日、延暦寺を軍使として単身訪れた長秀が秀高からの勧告として伝えた、法親王や高僧らの速やかな比叡山からの下山であった。


「ははっ、もし今日の昼までに下山の動きなくば、法親王や高僧らが居るのも構わず根本中堂(こんぽんちゅうどう)以下伽藍を(ことごと)く焼き尽くすと…」


「なんと…幕府は正気でこの叡山を焼き打つと?」


 この勧告を比叡山に住持する高僧の天海(てんかい)より聞いて法親王がその場で大きく驚いていると、強訴を(けしか)けた豪盛が延暦寺の座主である法親王に向けて意見を申し述べた。


「真に畏れ多き仕儀ながら法親王ほっしんのう様、かくの如き事態となったのは幕府の横暴、また帝の意思を騙った秀高の蛮行による物。我らのせいではありませぬ。下山する必要などありますまい!」


「ほ、法親王様!さ、山王二十一社が今日早暁、攻撃されたとの由!」


「…何と?」


 そんな勇ましい言葉を申し述べた豪盛の後に、外から一人の僧侶が火急の要件を告げに根本中堂の中に駆け込んできて伝えた。その報告こそ叡山の近江(おうみ)側の麓の坂本口(さかもとぐち)に存在する日吉大社とその分社を含めた「山王二十一社」が近江に布陣していた継高や前野長康(まえのながやす)坂井政尚(さかいまさひさ)ら約七千余りの軍勢によって攻撃されたとの旨であった。


「山王二十一社に拠る僧兵は(ことごと)く根絶やしにされ、幕府軍は差し押さえた神輿を(かたわ)らに、山王二十一社に安置されていた仏像を全て回収した上で(ほこら)を全て焼き払ったとの由!」


「おのれ…幕府は悪鬼か羅刹か?そのような仕儀正気とは思えぬ!」


 この用意周到ともいうべき秀高軍の行動を受けて法親王や天海らが大きく衝撃を受けている中で、一人豪盛だけは怒りを露わにして憤っていた。その一人闘志を燃やしている豪盛に向けて展開が顔を挙げて忠告を伝えた。


「…豪盛殿、山王二十一社が焼き討ちにあったとなれば、いずれ幕府軍はこの叡山を攻めに参ろうぞ?」


「…ほ、法親王様!決して、決して下山だけはなりませぬ!法親王様の皇祖皇宗が保護して参られた王城鎮護の地を御捨てになさる御積もりか!!」


 法親王の言葉を聞いて既に法親王が取る行動を予測できた豪盛が大きくたじろぎながら、法親王に思いとどまらせるように諫言すると、法親王はそんな諫言に耳も貸さずに己が意思を改めて豪盛に告げた。


「さしもの幕府軍も我らの命を粗略に扱うまい。法親王の務めを出来ぬは口惜しいが、事ここに至っては致し方があるまい。」


「ほ、法親王様!」


 法親王の言葉を受けて豪盛が更に慌てふためくと、法親王はそんな豪盛をよそにスッとその場から立ち上がり、続いて天海らその場に居合わせた複数の高僧が法親王に同調するように立ち上がると、法親王は地面に座っている豪盛を見下ろしながら冷たく言い放った。


「豪盛、此度の強訴の発起人は貴僧であろう?ならばその責任は背負ってもらおうぞ。」


「ほ、法親王様…」


 豪盛はその突き話す言葉を法親王より告げられると、半ば放心状態になりながらなおも法親王を呼び止めようとした。しかし法親王はそんな豪盛をよそにその場を天海ら高僧と共に去っていき、やがて根本中堂の中には豪盛と彼に賛同した数名の僧兵が何が起こったかも分からぬように残っていた。こうして法親王は朝の日の光を浴びながら高僧らと共に山道を降り、やがて昼前には山中口の秀高勢の元に到着したのだった。





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