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1558年1月 山内十郎



弘治四年(1558年)一月 尾張国(おわりのくに)桶狭間おけはざま




 鳴海城(なるみじょう)の年賀拝礼のさなか、滝川一益(たきがわかずます)からの急報を受けた高秀高(こうのひでたか)は、急ぎ桶狭間の自身の館へと戻っていた。


「おう!秀高!戻ってきたか!」


 と、そこに大高義秀(だいこうよしひで)が現れ、馬に乗ってきた秀高に声をかけると、秀高は馬を降り、その馬を従者に預けると、義秀と共に館の中へと向かって行った。


織田信長(おだのぶなが)が動いたとの事、本当か?」


「あぁ、それについては伊助(いすけ)が、とんでもねぇ奴らを連れてきてるぜ。」


「…とんでもない奴ら?」


 秀高が義秀の言葉を聞いて疑問を抱きながら、縁側を歩いて渡り廊下を渡り、やがて主殿の居間の前まで来ると、その庭先に見覚えのある人物が、伊助と共に立っていた。


「…あなたは!」


「秀高殿!」


 その人物とはかつて、稲生原(いのうはら)の戦いにおいて、岩倉織田家(いわくらおだけ)の援軍を率い、織田信勝(おだのぶかつ)に加勢した山内盛豊(やまのうちもりとよ)が嫡子・山内十郎(やまのうちじゅうろう)であった。


「十郎殿ではないか!どうしたんだ…」


 秀高が庭先に出て、十郎の手を取ってそう話しかけると、十郎は涙を浮かべながら、ここに来た経緯を述べた。


「実は昨日の大晦日、我が居城の黒田城(くろだじょう)織田(おだ)勢に攻め込まれ、あっという間に…落城しました!」


「なんだと!?」


 秀高がその報告を受けて驚いていると、その場に小高信頼(しょうこうのぶより)も駆けつけ、十郎に対して言葉をかけた。


「十郎殿、盛豊殿はどうされました?」


「わが父は…」


 すると十郎はそう言うと手を握り締め、悔しさをにじませると、その言葉の続きを喋った。


「我が父・盛豊は家臣と共に奮戦しましたが、衆寡敵(しゅうかてき)せず、城を枕に…討死なされました…。」


「なんだって!」


 十郎の無念さがにじみ出た報告を聞いた義秀がそう言葉を発すると、伊助がその情報の補足をするように述べ始めた。


「殿…実は昨日のうちに岩倉城(いわくらじょう)にも攻撃があり、岩倉織田家当主の織田信賢(おだのぶかた)殿、ご隠居なされた前当主の織田信安(おだのぶやす)共々、城と共にあえないご最期を遂げられ、岩倉織田家は滅亡しました…」


「なに、岩倉織田家が滅亡だって!?」


 秀高がその報告を聞いて伊助にこう言い放つと、伊助は秀高を落ち着かせるようにこう言った。


「されど、未だ犬山織田家(いぬやまおだけ)は健在で、当主の織田信清(おだのぶきよ)殿は尾張品野城(しなのじょう)主の松平家次(まつだいらいえつぐ)殿を頼り、今川家(いまがわけ)の支援を受けようとしています。」


「そう…でも、それは焼け石に水だろうね。」


 信頼が伊助の報告を聞いてこう言うと、十郎は悔しさを残しながらも、秀高にある事を告げた。


「秀高殿…我が黒田城を攻め落としたのは織田家臣の…」


 次の瞬間、秀高たちは十郎が口にした言葉を聞いて驚いて言葉を失った。


「織田家臣の、柴田勝家(しばたかついえ)にございます!」




————————————————————————




 話は、昨日に黒田城が急襲を受けた頃にさかのぼる。折しも年を越す前とあってか城の警備にあたる兵士の数は少なく、この急襲を受けた時に城兵は僅か百名余りしかいなかった。一方寄せ手の柴田勝家の軍勢はおよそ九百ほどおり、この時点で城方の敗北は既に決まっていた。


「父上!既に大手門は破られ、敵は本丸になだれ込んでいます!」


 燃え盛る黒田城の本丸館の中、十郎は盛豊にこう意見すると、盛豊は十郎にこう言った。


「十郎!そなた母と辰之助(たつのすけ)を連れ、この城を落ち延びよ!」


「しかし父上!」


 そう言って十郎はあらがおうとするが、盛豊は十郎の頬を叩くと、肩をもってこう言い放った。


「愚か者!そなたが生き延びねば、誰が母と辰之助を守る!?山内の家名を守るため、そなたは生きるのじゃ!勘左衛門(かんざえもん)!勘左衛門はおるか!」


 と、盛豊は十郎を宥めつつも、家臣の祖父江勘左衛門(そぶえかんざえもん)を呼び寄せた。


「ははっ!殿!」


「おぉよく来た。そなた浄基(きよもと)と共に母と辰之助、それに十郎を連れ、どこぞへと落ち延びよ!」


「殿!殿は如何なさる!」


 勘左衛門から自身の去就を尋ねられた盛豊は床に刺されてあった短槍を手に取ってこう言った。


「わしはこのまま、城主としての誇りを貫く!山内の家名、十郎に託したぞ!」


「ははっ!殿…おさらばにござる!」


 勘左衛門は盛豊の決意を聞いてこう言うと、十郎の母と辰之助を連れて城を逃げる家臣の五藤浄基(ごとうきよもと)と共に、十郎をその場から逃そうと腕を引っ張った。


「父上、父上!」


「十郎!山内の家の事、お前に託したぞ!」


 その盛豊の後姿を見ながら、父である盛豊の事を叫び続ける十郎の声が、遠くなるにつれて小さくなっていった。そしてそれと入れ替わるように、寄せ手の足軽たちが燃え盛る館内に入り、その中に残る盛豊と相対した。


「我こそは岩倉織田家家老、山内但馬守(たじまのかみ)盛豊である!いざ勝負!」


 盛豊はそう言うと、寄せ手の足軽たちに襲い掛かり、槍を駆使して足軽たちを一人、また一人と倒していった。その武勇の前に足軽たちは怯え切ったがその前に、ある武士が立ちはだかった。


「…お主、どこかで…」


「…お久しゅうござる。盛豊殿。」


 盛豊が見たその武士こそ、かつて稲生原の戦いで共に戦った柴田勝家。その人であった。


「信勝殿に従っていたそなたが、まさかうつけの軍門に降るとはな。」


「…わしは何も言いませぬ。いざ勝負!」


 勝家は自身の槍を構えると、盛豊と槍を合わせた。盛豊は勝家の槍を払って再び突き出そうとしたが、それよりも早く、勝家の槍が盛豊の胸を貫いた。


「ぐあっ…おのれ…」


「…さらばでござる。」


 勝家がその槍を抜くと、その場に盛豊がどうっと倒れ込んだ。


「十郎…すまぬ…」


 盛豊が最後の力を振り絞り、微かな声で未練を込めた声を出した後、盛豊は力尽きたのだった。


「敵将、山内盛豊。柴田勝家が討ち取った!」


 その勝家の名乗りを聞いた足軽たちは、おぉーっと歓声を上げて、意気を上げて答えたのだった。その場には無念に力尽きた盛豊の亡骸が、もの悲しく横たわっていたのだった。




————————————————————————




「そうか…勝家殿が…」


 十郎から事の顛末を聞いた秀高は、その相手の名を呼んで世の無常を悲しんだ。今までは味方として戦った勝家が、信長配下として振る舞う姿を聞いた秀高は、戦国乱世の無常を憎んだのだった。


「秀高殿、頼みがあります。」


 と、十郎が秀高に向かってこう言った。


「どうか、この十郎をご家来に加えていただけませんか?」


「えっ?十郎殿を…」


 十郎の申し出を聞いた秀高は驚き、十郎の真意を分かりかねていた。


「我が父は別れる前、どうか山内の家名を託されました。されど主家の岩倉織田家は滅び、どこにも頼るあてがありません。そこで一念発起し、秀高殿の元を頼ろうと思ったのです。」


「ですが十郎殿、ご一族はどうされるのです?」


 信頼からそう言われた十郎は、その懸念を払拭させるようにこう言った。


「はい…我が母は出家して法秀尼(ほうしゅうに)と名乗り、この近くの尼寺に入りました。そして弟の辰之助は家臣の浄基と共にその尼寺で匿われることなりました。」


 十郎はそう言うと、その十郎の隣に控えていた人物に目をやった。この人物こそ、盛豊に十郎を託された祖父江勘左衛門であった。


「私には、傅役代わりの勘左衛門がおります。勘左衛門は我が配下として戦いたいと言っています。」


「祖父江勘左衛門と申します。十郎殿同様、よろしくお頼み申します。」


 その挨拶を受けた秀高は、その十郎の熱意を受け、十郎に向かってこう言った。


「十郎殿、本当に俺なんかでいいんですか?」


「はっ。山内の家名、秀高殿に託したいと思います!」


 その意気を買った秀高は、義秀や信頼と目を合わせると、十郎の方を向いてこう言った。


「分かった。じゃあ…十郎、よろしく頼むぞ。」


「ははっ!この命、喜んで捧げましょう!」


 その言葉を受け取った秀高は、それに頷いて答えた。


「ところで、十郎って名前はちょっとどうだろうなぁ…」


 と、義秀が十郎の名について疑義を呈すと、十郎はそう言われると思ったかのようにほくそ笑むと、こう提案した。


「それでございますが…私に一つ案があります。」


「ほう?案があるのか?」


 秀高がそう言うと、十郎が秀高に新たな自身の名前を提示した。


「はい。我が家の通字(つうじ)である「豊」の字に、秀高殿の「高」の字を頂き、

山内高豊(やまうちたかとよ)」とあらため、同時に名字の読みを「やまうち」と改めたく思います。」


「おぉ、山内高豊(やまうちたかとよ)か…良い名じゃねぇか。」


 義秀がそう言って秀高の方を向くと、信頼は秀高にこう言った。


「秀高、この際に「高」の字は、秀高から高豊に偏諱(かたいみな)を授ける、という事にしてはどうかな?」


「偏諱かぁ…」


 この時、信頼が提案したのが、目上の者が目下の者に名前の一字を与え、家臣たちの結束を促すと同時に、主君と家臣の主従関係を示すものでもあった「偏諱」という風習だった。


「…分かった。では改めて、俺の「高」の字を授け、今後は「山内高豊」と名乗れ。お前の働き、期待しているぞ。高豊。」


「ははっ!しかと承りました!」


 こうして落ち延びてきた高豊を秀高は召し抱え、その後高豊は勘左衛門を家来として召し抱えた。ここに秀高配下の家臣団はより強化され、またその層を厚くしたのだった。





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