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1568年9月 毛利家の使者



康徳二年(1568年)九月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 康徳(こうとく)二年九月九日。この日、高秀高(こうのひでたか)は幕府からの出仕命令を受けて勘解由小路町(かげゆこうじちょう)の将軍御所に参上した。その目的は安芸(あき)の戦国大名である毛利元就(もうりもとなり)、その息子の毛利隆元(もうりたかもと)からの使者と面会する為であった。


「…輝長(てるなが)様。毛利からの使者は偏諱(へんき)御礼のためだけに来訪したとは到底思えません。」


「何か裏があるとでも言うのか?」


 将軍御所の中にある大広間へと通ずる廊下を歩きながら、秀高は隣で共に歩いている管領(かんれい)畠山輝長(はたけやまてるなが)に言葉をかけ、その問いかけに輝長が返事を返すと、秀高は視線の先を見つめながら輝長にその理由を語った。


「毛利は元就殿の代にその勢力を飛躍させ、その勢いは山陰(さんいん)山陽(さんよう)に轟きつつあります。先ごろから噂されている赤松(あかまつ)山名(やまな)の一件を踏まえると何かしらの密約を結びに来たのではないかと…」


「密約、か…。ともかくそれは会ってみなければ何も分かるまい。」


「はっ…。」


 秀高の懸念を聞いた輝長が払拭させようと秀高にそう言うと、秀高は相づちを打ちながらも内心では不安を今だ払拭しきれずにいた。そうして懸念を秀高は抱えたまま足利義輝(あしかがよしてる)が待つ大広間へと足を運び、やがて大広間の中に同席する大高義秀(だいこうよしひで)小高信頼(しょうこうのぶより)北条氏規(ほうじょううじのり)、それに政所執事(まんどころしつじ)摂津晴門(せっつはるかど)が大広間の中に姿を現して着座した後、(しばら)くしてから大広間の中に毛利家からの使者二人が入ってきたのだった。




「面を上げよ。」


 その毛利家からの使者が自身に頭を下げているのを見た将軍・義輝が使者に向けて頭を挙げるように声を掛けると、使者の二人は頭をゆっくりと上げた後に義輝に向けてそれぞれ名前を名乗った。


「上様、ご拝謁の栄に浴し、恐悦至極にございまする。安芸吉田郡山(よしだこおりやま)の城主、毛利陸奥守元就もうりむつのかみもとなりが家臣、国司飛騨守元相くにしひだのかみもとすけと申しまする。」


「同じく、福原出羽守貞俊ふくはらでわのかみさだとしにございまする。此度(このたび)は隆元様が嫡子、毛利輝元(もうりてるもと)殿への偏諱を上様より頂いた御礼を述べにまかり越しました。」


 毛利家の使者である元相と貞俊が義輝に向けて毛利家嫡子・輝元への偏諱御礼を述べると、その口上を聞いた義輝が手に持つ扇をパチンと閉じた後に、にこやかに笑いながら言葉を使者の元相らに返した。


「殊勝な心掛け、大儀である。」


「ははっ、ついては我が主よりささやかながらご進物を預かって参りました。」


 貞俊はそう言うと自身の側に置かれていた三方(さんぼう)を前に差し出した後、上にかぶせてあった布を取ってその中身を義輝や控える秀高らに見せた。その三方の上には山盛りに積まれた粒上の銀とピラミッド状に積まれている延べ板の精鉄が二組あった。


「我が領内である石見(いわみ)の銀山から採れた石見銀(いわみぎん)、並びに出雲(いずも)にて採掘された良質な出雲鉄(いずもてつ)にございまする。何卒、お納めくださいませ。」


「ほう…それが音に聞く石見の銀か。よかろう、ありがたく頂戴しよう。」


 毛利家の領内でもある石見・出雲にて産出された上質な銀と鉄の進上を受けた義輝は、大層喜ぶように相づちを打つと、近臣の蜷川親長(にながわちかなが)に目配せをして銀と鉄が載った三方を預かってから下げさせた。すると元相が(おもむろ)に秀高の脇に控える義秀に視線を向けると、御前であることを(はばか)らずに義秀に語り掛けた。


「…そう言えば、そこにおわすは音に聞こえし「鬼大高(おにだいこう)」、大高義秀殿ではございませぬか?」


「あぁ。そうだが。」


 元相の突然の問いかけに対して義秀が頷きながら言葉を返すと、それを聞いた元相が感心するように首を縦に振りながら、義秀に視線を向けたまま言葉を続けた。


「某、実は槍の腕前には自信がございまして、何を隠そうこの上様より「槍の鈴」の免許を頂戴致しておるのです。」


「槍の鈴?」


 と、義秀が元相の発したその単語を復唱するように呟くと、それを義秀の隣で聞いていた信頼が義秀に対してその(いわ)れを説明した。


「…国司殿は槍の扱いに長けていて、槍を払っても一切の音がしないんだ。その為に振れば音が鳴る鈴とは違って一切の音を発しない国司殿の槍を、上様は槍の鈴と例えて免許を下したって訳だよ。」


「なるほどな…」


 この信頼の丁寧な説明を聞いて義秀が相槌を打つと、その解説を同じく聞き入っていた元相が首を縦に振った後に相槌を打つように言葉を返した。


「小高殿の申す通りにござる。しかし大高殿も隻眼(せきがん)ながらその腕前は並大抵の物ではないと聞き及んでござる。何卒宜しければ、一つ腕試ししていただけますかな?」


「ほう、それは面白い事を聞いた。義秀、如何する?」


 元相の意気込みを聞いた義輝が義秀に向けて尋ねると、元相の挑戦ともいうべき言葉を受けた義秀は瞳に闘志を燃やしながら、義輝の問いかけに対して即座に返答した。


「分かったぜ。その申し出、喜んで引き受けるとしよう。」


「そう来なくては面白くない。然らば上様、御前にて失礼仕る。」


「良かろう。者ども、上座の側に避けよ。二人が打ち合い出来るようにしてやれ。」


 この言葉を上座の義輝より受けた秀高ら一同は、上座と下座を分ける敷居の側に退いて二人の打ち合いの障害にならないようにした。それと同時に二人に稽古用のたんぽ槍が手渡されると元相と義秀はそれぞれ間合いを取るように後ろに下がり、やがて双方とも相対すように間向かうと元相は槍を構えて一言こう言った。


「いざ、参る。」


「おらぁっ!!」


 元相の言葉を受けた義秀は、まるで機先を制すが如く先手を打って襲い掛かった。義秀の槍はブンブンと音を立てながらも、素早い槍(さば)きで元相に攻め掛かったが、攻められている元相は黙しながらも少ない動作でたんぽ槍を器用に操り、義秀の突きを払う様に交わしていた。やがてその打ち合いがしばらく続くと、さしもの義秀も打ち合いの最中に疲労を見せ始めていた。


「はぁっ!らぁっ!」


「…っ!!」


 疲労している義秀の一瞬の隙を見逃さなかった元相は、槍の鈴と例えられている様に音一つ発さずに槍を払い、義秀の手からたんぽ槍を(はた)き落とすと次の瞬間には義秀の首筋にたんぽ槍の先端を当てた。それを受けて負けを悟った義秀は後ろに()け反りながらも、槍の鈴の名に見劣りしない元相の武勇を肌で感じた。


「くっ、つ、強い…」


「いや、大高殿もなかなかの腕前でござるが、此度は某が勝ったという事にござる。」


 義秀に向けて元相が健闘を称えるように言葉をかけると、その打ち合いを上座で黙してみていた義輝が、手にしていた扇をポンと手で叩くと見事な打ち合いを見せた元相に向けて言葉をかけた。


「ふむ…見事だ元相。さすがは槍の鈴と呼ぶにふさわしい。」


「ははっ!」


 この言葉を義輝より受けた元相は、その場に膝を付いて(かしず)きながら義輝の言葉を受け止めた。その一方で義秀は姿勢を正して元相の方に視線を向けながら、まだまだ世の中に強敵がいる事を悟ると同時に、より一層の精進をその場で誓ったのだった。





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