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1568年8月 毛利親子の密談



康徳二年(1568年)八月 安芸国(あきのくに)吉田郡山城よしだこおりやまじょう




 康徳(こうとく)二年八月十二日。ここは(みやこ)より遠く離れた山陽道(さんようどう)に位置する安芸国・吉田郡山城。安芸国内の一つの小豪族から中国(ちゅうごく)地方八ヶ国の太守にまで上り詰めた毛利(もうり)家の居城である。


「…父上、山中鹿介(やまなかしかのすけ)の身柄、またしても逃したと元春(もとはる)より報告が参りました。」


「…そうか。」




 吉田郡山城本丸にある館の中の広間にて、碁盤を挟んで一組の親子が囲碁を行っていた。黒の碁石を持って盤面に差すは毛利陸奥守元就もうりむつのかみもとなり。僅か一代で安芸の小さな国人領主から大大名にのし上がらせた張本人であったが、既にこの時御年七十一歳。家督から退いて隠居の身となってはいたが依然毛利家の家政に隠然(いんぜん)たる権力を保持していた。


 そして片や白の碁石を用いて対局する今の毛利家当主、その名を毛利大膳大夫隆元もうりだいぜんだいぶたかもとという。そう、高秀高(こうのひでたか)らがいた元の世界ではこれより数年前の永禄(えいろく)六年(1563年)にこの世を去っていた人物ではあるが、この世界では隆元は和智誠春(わちまさはる)の元で死去せずに尼子(あまご)滅亡を見届けた後、父である元就から正式に家督を譲られて毛利家第十三代当主の座に就いていたのである。




「山中鹿介、なかなかしぶとい男よのう…。」


「はっ。世鬼衆(せきしゅう)の報告によれば鹿介らは因幡(いなば)、もしくは但馬(たじま)に逃げおおせたとの報せ。」


山名(やまな)か…」


 元就と隆元が囲碁に興じながら話していた内容。それはこれより二年前の永禄九年(1566年)に滅亡した尼子残党の最重要人物、山中鹿介幸盛やまなかしかのすけゆきもりの動静についてであった。尼子滅亡後も毛利に反旗を(ひるがえ)している幸盛が山名の元に逃げたという情報を隆元から聞いた元就は、碁盤に黒の碁石を打つと盤面を見つめながら言葉を隆元に返した。


「もし山名の所に逃げたのであれば、大方山名家惣領の山名祐豊(やまなすけとよ)を頼ったのであろう。」


「山名祐豊…尼子に所領を脅かされておきながら、いざ尼子が滅んだとなればこちらに刃を向けて参りましたな。」


 隆元は父の後に碁盤に白の碁石を打ちながら言葉を元就に返した。この山名祐豊の山名家は最盛期には「六分一殿(ろくぶのいちどの)」という程に多数の守護国を纏めた名家であり、現在毛利の勢力下となっている備後(びんご)伯耆(ほうき)はもとは山名の守護国であった為に、尼子滅亡後に毛利に対して敵対心を()き出しにしていた経緯があった。元就はそれらの事情を思い浮かべながら、碁盤に黒の碁石を打って言葉を漏らすように発した。


「近々博多(はかた)にも出張らねばならぬというに、山名が尼子残党を支援して背後を襲えば出雲(いずも)があぶない。如何致すべきか…。」


 と、元就が今後の展開を思いあぐねるようにしていると、その時部屋の天井板が開かれて元就の側に小石を包んだ一通の密書を落とした。それを届けてきたのは毛利お抱えの忍び衆、「世鬼衆(せきしゅう)」の忍びであり、それに気が付いた元就は密書を手に取り、封を解いて中身を見るとその内容に驚いた。


「ほう、これは…」


「父上、如何なさいましたか?」


 父・元就の反応を見た隆元が尋ねると、元就は密書を手にしながら顔を挙げて隆元の顔を見ると、言葉少なにこう言った。


「隆元、ここは博多に出向くより中国を抑えるべきであろう。」


「何と仰せに?」


 毛利がそれまで重視していた博多への進出を取り止めるほどの言葉が、元就から出た事に隆元が大きく驚くと、元就は密書を隆元に見せるように手渡ししながら、その密書に書かれていた内容を口に出して伝えた。


「世鬼衆からの報告じゃ。但馬・因幡、並びに播磨(はりま)国内にて不審な虚無僧(こむそう)を確認したとの由。その者どもは越後(えちご)におる織田信隆(おだのぶたか)の手の者であるそうじゃ。」


「織田信隆…たしか尾張(おわり)織田家(おだけ)の一族であったとか?」


 隆元が信隆の事を口に出して元就に尋ね聞くと、それに元就は首を縦に振ってから隆元に向けて、事前に世鬼衆が得て来た信隆に関する情報を念頭に置いてこう言った。


「織田信隆は今、幕政の中枢におる高秀高を敵視しておる。幕府がある畿内の西、但馬方面で虚無僧を見かけたという事は、もしかすれば戦を引き起こすつもりやもしれぬ。」


「戦を、引き起こす?」


 元就の言葉を受けて隆元が相槌を打つように言葉を発すると、元就は視線を下にある碁盤の上の盤面に向けながら、自身の考えを隆元に向けて示した。


「幕府は今、秀高ら改革派の幕臣が先頭に立って幕政改革をしておる。先に出された法令もその一環よ。だが信隆を匿う上杉輝虎(うえすぎてるとら)は真逆の思想…即ち伝統的な幕府の復古を掲げておる。おそらくこれは…輝虎の意を受けた信隆の策略であろう。」


「されど父上、幕府から独立している山名の因幡や但馬は分かるとしても何故(なにゆえ)播磨まで?播磨東部の別所(べっしょ)は幕府に従属しておるはず。」


「別所ではない。信隆の狙いは龍野(たつの)じゃ。」


「龍野?」


 元就は隆元の問いかけに対して即答するようにそう言うと、反応を返してきた隆元に視線を向けてじっと見つめながら言葉を返した。


「龍野の赤松政秀(あかまつまさひで)赤松(あかまつ)一門でありながら、赤松家専横を企み宗家の赤松義祐(あかまつよしすけ)や家臣の小寺政職(こでらまさもと)と敵対しておる。これに政秀も備前(びぜん)浦上宗景(うらがみむねかげ)と同盟を組んで対立しておるという。恐らく信隆はここを(けしか)けるつもりであろう。」


「なるほど…龍野赤松と赤松宗家を反目させた上で、龍野赤松と浦上を挙兵させるのが狙いと?」


 父の元就の言葉を受けた後に自身の予測を元就に伝えると、元就はその言葉にこくりと頷いて答えた後に、密書を(かたわ)らに置いた後に白の碁石を盤面に打った隆元に対してこう言った。


「隆元、この状況は我らにとっては正に漁夫(ぎょふ)の利を得るに等しいと言えよう。」


「…何を企んでおるので?」


 父の考えを知った隆元が尋ねるようにそう言うと、元就は黒の碁石を手に持ってから盤面に打つと、言葉を続けて己の思考を元にした今後の予測を隆元に向けて伝えた。


「信隆がそのような策を打ったとなれば、京の秀高は上様の意向を受けた上で鎮圧の軍勢を出すであろう。我らはそれと同時に浦上の影響下の備前と美作(みまさか)、それに因幡を頂く。」


「…まさに漁夫の利、ですな。」


 元就の言葉を受けた後に盤面に白の碁石を打った隆元が、元就の顔をじっと見つめながらそう言うと元就はふっと鼻で笑い、続けて盤面に黒の碁石を打ってから隆元に向けてこう言った。


「無論力攻めはせぬ。今から工作を仕掛けて敵を内部から切り崩す。だがそれと同時に、幕府からお墨付きを貰わねばならぬな。」


「お墨付き?」


 その言葉を受けてから白の碁石を盤面に打った隆元に、元就はある事を思い出して隆元にこう尋ねた。


「…そう言えば、元服した輝元(てるもと)偏諱(へんき)のお礼の使者を(みやこ)に送っていないのではないか?」


「確かにそうですな…もしや?」


 この頃、隆元の嫡子である毛利輝元(もうりてるもと)は元服の際に将軍・足利義輝(あしかがよしてる)からの偏諱を受けていた。その返礼の使者を送っていない事に気が付いた元就がそれを尋ねながら黒の碁石を打つと、尋ねてきた隆元に向けてふっとほくそ笑みながら言葉を返した。


「ここは返礼の使者に秀高の器量を図らせるが良かろう。三好(みよし)を短期間で滅亡に追いやった秀高が、いったい如何程(いかほど)の人物であるかをな。」


「…ならば、使者にうってつけの者がおりまする。」


 そう言って白の碁石を盤面に打った隆元がほくそ笑みながらそう言うと、元就はふっと鼻で笑った後に黒の碁石を盤面に打って囲碁を続けた。ここに信隆が打った方策は、その奥に控える中国の謀神(ぼうしん)、毛利元就・隆元親子の毛利家を突き動かそうとしていた…。





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