1568年8月 第二回幕政改革評議
康徳二年(1568年)八月 山城国京
康徳二年八月二日。京の将軍御所にて第二回の幕政改革評議が開催された。今回の評議では新たに諸侯衆の松永久秀・内藤宗勝・波多野元秀らの連名で提示された関所の統合と「撰銭令」の発布、並びに幕府が新たな貨幣鋳造についての内容が評議される運びとなった。
「さて、まずは先の法令施行についての効果は如何相成ったか?」
「はっ、されば申し上げます。」
将軍御所の松の間にて行われている幕政改革評議の冒頭、上座に座す政所執事・摂津晴門が下座に控える柳沢元政に向けて言葉を発した。すると元政は松の間の上座に座す高秀高や畠山輝長、並びに諸侯衆の方に座している浅井高政や久秀らに向けて先の評議で採決した法令の成果を報告した。
「まずは刀狩令の施行についてでございますが、畿内五ヶ国並びに、秀高殿の領国にて先行して施行したところ、農村部の民衆は概ね抵抗せずに刀などの武器を差し出し、惣村の力は大きく削がれましてございます。」
「また我らの領地でも刀狩を行ったところ、全ての農村にて武具を差し出したとの事にて、これが全国に広まれば煩雑する一揆に頭を悩ませることも無くなるでしょう。」
「そうか…効果が出たようで何よりにござる。」
刀狩の成果は特に幕府直轄領や秀高の領内などで大きく現れた。元より検地によって農村の帳簿を作っていた秀高領では農村が自発的に武器を提出し、農村部の防衛を武士たちに一任したのだった。また畿内では畠山領、荒木領にて領主である輝長や荒木村重が農民を説得したことによって概ね穏便に刀の収容が進んだ。そのほかの地域でも元政の言葉通り抵抗せずに刀などの武器を差し出し、ここに刀狩令は一定の成果を収める事に成功したのである。
「さて…先に出した法令の事にござるが、幕府従属諸侯は言うに及ばず法令順守を誓い申したが、そのほかの諸大名は様子見に留めておりまする。」
「まぁ、無理もあるまい。いきなり法令を打ち出されて野心旺盛な諸侯がすぐに従うとも思えぬしな。」
その一方、元政が報告した先の三つの法令に関する情報を伝えられた晴門が言葉を発して反応した。すると予測された反応を同じように上座で聞いていた秀高が晴門に向けて語り掛けた。
「晴門殿、いずれその法令も順守を諸大名に誓わせる必要があるかと思います。」
「まぁそう急ぐ必要はあるまい。諸大名は幕府の力を軽侮しておるから様子見をしておるのだ。我らの力を示す時があれば、諸大名も態度を変える他あるまい。」
「そうだと良いのですが…。」
晴門の予測を聞いて秀高が懸念を示しながら反応すると、その言葉を聞いた後に晴門が下座に控える面々の方に視線を向けて、話題を切り替えるように言葉を発した。
「とにかく、先の幕政改革の成果は上がったと言って良かろう。今回の評議でもより良き提案を提示していこうと思う。元政よ。」
「ははっ。」
晴門から言葉をかけられた元政は相づちを打つと、そのまま視線を下座に居座る評議衆に向け、今回の評議にて取り上げる議題を提示した。
「今回の評議で取り上げるのは、内藤宗勝・松永久秀殿並びに、波多野元秀殿の連名で提案された意見にて、関所の配置見直しと撰銭令の発布、並びに幕府による新規の貨幣鋳造の意見にございまする。」
「ふむ、貨幣鋳造か。」
「如何にも。」
元政から提示された意見を聞いて晴門が上座にて反応すると、それを聞いていた下座の久秀が相槌を打った後に、その場に居並ぶ面々に向けて言葉の続きを述べた。
「既に畿内では先の刀狩令発布によって、街道沿いにて賊の出現報告が減っており、尚且つ農村部では一揆の兆しが消えておりまする。ここはこの機に乗じて幕府の財政基盤を整える好機であると思いまする。」
「その通り。まずは領地ごとに点在する関所を撤廃して各国の国境の関所を残すのにとどめ、それと同時に商人たちが取引において勝手に行う撰銭を禁じ、幕府の手で悪銭を排除して新たな貨幣を鋳造。それを商いに流通させて幕府の影響力を高めるべきであるかと。」
久秀に続いて宗勝が発言した内容。それ即ち経済の流通に主眼を置いている物であった。例えば関所について言うとこの時代は領地と領地の間に関所があると言っても過言ではなく、特に領地が入り組んでいる場所では関所からものの数分歩いただけで別の関所があるという非効率的な存在となっていた。
また経済の要である銭に関して言うと、この時代は悪銭といわれる粗悪な銭貨を忌避して良質な銭を追い求める余り、悪銭と良銭が混同し貨幣の価値が地域によって異なっていた。そこでこの評議にて提示されたのが商人や領主による勝手な悪銭排除…撰銭を禁じて悪銭や良銭の境なく、幕府の発行した銭貨に置き換えて経済に流通させようという物だった。
「秀高よ、これについてはどう思う?」
「問題ないかと思います。幕府が安定した金銭の収入を得る事にもつながり、それによって様々な方策も打ちやすくなるでしょう。これこそ「富国策」に繋がるかと。」
「お待ちあれ!」
晴門から問われた秀高が好意的にとらえて発言をすると、その言葉に異議を唱えた者が居た。この者こそ評定衆に加わる幕臣の中で保守派の一人として知られる進士晴舎であった。
「それは余りにも危険にございまする!先の法令に続いて各国にその触れを出せばなおのこと、諸大名衆や商人たちが幕府へ反発を強めるのは必定にございまする!」
「この提案は余りにも性急という物!まずはこれについて何卒上様へのご提案を!」
「…上様はこの提案を承知しておる。」
晴舎に続いて保守派幕臣の伊勢貞助が秀高に向けて意見を述べると、それを聞いていた晴門が二人の反論を遮るように言葉を発すると、意見を述べて来た晴舎や貞助、それにこの場に同席している保守派幕臣・武田信実の方に視線を向けながら冷ややかな口調でこう言った。
「その上で上様はこの評議に裁可を託すと仰せになられたのだ。それは貴殿らも同伴しておった故知っておろう。」
「そ、それは…」
実は先の幕政改革評議以降、晴舎や上野清信ら保守派幕臣は折を見ては将軍・足利義輝に幕政改革に異議を唱える意見を奏上していたが、義輝の幕政改革への信任は揺るがぬどころか、晴門が同席している場で意見を受けた際にはわざわざ晴門に対して、評議に裁可全てを託すという事を言ったのだ。その事を晴門より突かれた晴舎ら保守派幕臣たちは一斉に言い淀んでしまい、それを見た晴門は保守派の幕臣たちから視線をその場に居並ぶ面々の方に向けると、話題を切り替えるようにこう尋ねた。
「ともかく、このお三方の提案に対して賛成なさる方は挙手をお願いしたい。」
その言葉を受けた評議に参加する面々は一斉に挙手し始めた。挙手したのは上座に座る秀高や晴門に輝長、それに下座の諸侯衆にて高政と評議を提示した久秀・宗勝・元秀に加えて評定衆の元政と、保守派幕臣以外の全てが挙手して賛成の意を示した。
「…ふむ、賛成が多いか。よかろう、ならばこの事直ちに奉行衆に諮り、実施に向けて動き出すこととする。」
「ははっ!」
「…」
晴門が挙手した面々を見て言葉を発すると、それを受けて秀高らは頭を下げて返事を発したが、保守派幕臣たちは言葉を発さずにただ黙って頭を下げて会釈したに留めた。とにもかくにも、ここに第二回幕政改革評議は終了して幕府は経済対策を行うべく動き出し、その反面保守派幕臣たちは二度にわたってその面子を大いに損なったのであった。