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1568年7月 秘策実現に向けて



康徳二年(1568年)七月 山城国(やましろのくに)伏見城(ふしみじょう)




 康徳(こうとく)二年七月十日。翌月に第二回の幕政改革評議を控えていた高秀高(こうのひでたか)の居城・伏見城表御殿の廊下を三人の人物が歩いていた。この城の主である秀高と正室の(れい)、それに新たに召し抱えたアメリカ人侍・中村貫堂(なかむらかんどう)である。秀高と貫堂の二人は玲の通訳を介しながらある議題について話し合っていた。去る数ヶ月前に政所執事(まんどころしつじ)摂津晴門(せっつはるかど)が打ち明けた幕府軍構想についてである。


「兵隊、ですか?」


 この世界に転移して来てから少しずつ覚え始めた日本語を、たどたどしい口調で喋りながら貫堂が一言発した。するとその貫堂の言葉を聞いた秀高は首を縦に振って頷いてから貫堂の側に立つ玲に向けて言葉を発した。


「そう、その晴門殿が心の中に秘めている秘策というのが、西洋で発現した三兵戦術(さんぺいせんじゅつ)を用いた師団制(しだんせい)の施行…即ちこれより後の時代に西洋が導入した軍制に酷似した物を敷こうと言うんだ。」


『それは…余りにも驚きですね。本来の歴史であればマウリッツがこの数十年後に三兵戦術の基礎を築き、その後にスウェーデンのグスタフ・アドルフが発展させて実践させるのですが、もしその晴門殿がその構想を本当に秘めているのならば、日本でその戦術が発現する可能性がある訳ですね。』


 秀高から伝えられた内容に貫堂が英語を喋りながら反応した。貫堂の言う通りに三兵戦術の思想はこれより数十年後にヨーロッパで発現するが、それより先にこの東洋の地にて三兵戦術が導入されようとしていたのである。元の世界にて兵役を経ていたこともあって軍事マニアとなっていた貫堂からすれば、身を乗り出すほどに興奮を抑えられないでいた。


「まぁ…それ自体はさして革新性は強くはないがここだけの話、俺はそれを発展化したものを導入したいと思う。」


『それは何ですか?』


 大高義秀(だいこうよしひで)小高信頼(しょうこうのぶより)両人の夫妻が待つ表御殿の書斎の中に敷居を(また)いで入りながら発せられた秀高の言葉を聞いて貫堂が聞き返すと、秀高は書斎の上座の前で足を止めて貫堂の方を振り返ると、自身の心の中に秘める一つの考えを示した。


「ナポレオンが率いた大陸軍(だいりくぐん)のシステム…俺はそれをこの日本で採用したい。」


『大陸軍!?ですが日本はご存知の通り海洋国家です。強大な陸軍は必要ないかと思いますが?』




 大陸軍…秀高らのいた元の世界の情報に照らせば、これより二百数十年後にフランスにてナポレオン・ボナパルトが率いてヨーロッパ中にその名を轟かせた陸軍であり、この時に編成された組織体系は後の世界の近代陸軍編成の基礎となったものである。


 摂津晴門より秘策を打ち明けられた秀高は、その考えが成就されればそれを発展化させてより強力な軍団を編成できると確信しており、やがては大陸軍のような近代陸軍編成が可能になるとも思っていたのであった。しかしそれと同時に貫堂が言ったように海洋国家である日本には、一個の軍団が最大五万人ほどにも膨れがる大規模な陸軍を持つ必要がないという現実的な問題も存在していたのである。




「いやいや、何もナポレオンの敷いた二~三万人規模の物を編成するわけじゃない。その半分の一万五千人程度の兵員に抑え、だがシステムはそのまま流用するという訳さ。」


「貫堂さん、これを見てください。」


 秀高が貫堂に向けて言葉を発した後に、貫堂の側に信頼の正室・(まい)が近づいて手にある書物を貫堂に向けて見せた。それを貫堂が手に取ってその書物を見てみると、そこには絵図を用いて組織体系が事細かに書かれており、言葉が分からずとも弓や刀のマークで何が書かれているのかを貫堂は即座に理解し、同時に舞は玲を通じて貫堂に説明を始めた。


「これは晴門殿の話の後、私と信頼さん、それに義秀さんと話し合って独自で骨子を作ったものです。原典の砲兵を大砲ではなく鉄砲足軽と定め、歩兵に槍足軽と弓足軽を組み込み、騎馬武者はそのまま騎兵と定めます。」


「んで、兵員としては歩兵が九千。騎兵が三千に砲兵が三千。合計一万五千ほどの計算になっている。」




 摂津晴門の秘策を聞いて信頼らが考えたもの…それは原典においては発達した大砲を用いる砲兵の箇所を鉄砲足軽に据え置き、歩兵を槍や刀、弓などの旧来の武装を用いる足軽を定めた日本の現状に沿った日本式の三兵戦術ともいうべき内容であった。


 貫堂に向けてそう説明した舞の言葉の後に、義秀も貫堂の所に足を運んで書物に書かれている箇所を指差しながら兵員の人数について説明した。するとその説明を玲の通訳を受けて知った貫堂は、秀高の方に視線を向けると納得するように頷きながら言葉を発したのだった。




『なるほど…骨子としては良いですが、一つ意見を言っていいですか?』


「あぁ、忌憚のない意見を頼む。」


 秀高が貫堂の言葉を受けて相槌を打つように言葉を発すると、貫堂は秀高に向けて舞たちの説明を聞いて疑問に思ったことを率直にぶつけた。


『この時代の日本で1万5千が一つの軍勢というのは大名クラスの軍勢です。補給等の兵站を鑑みればこれの3分の2…1万人の兵員にしてはどうですか?』


「だがな、歩兵六千と砲兵二千は分かるが騎兵二千というのはちょっと少なすぎる。戦場における騎馬武者の突破力を考えれば三千は必要だ。」


 と、貫堂から発せられた疑問を玲の通訳で聞いた義秀が、その提案をもとに頭の中で計算を即座に行いつつもその意見を否定し、自身の考えを貫堂に伝えると貫堂は言葉の内容を知った後に視線を書物の方に向け、その絵図をじっと見つめた。すると顔を上げて義秀の方を振り向くとある事を思い出して義秀に向けて尋ねた。


『…そう言えば騎兵で思い出しましたが、ドラグーン(竜騎兵(りゅうきへい))はまだ導入できていないのですか?』


「ドラグーン…あぁ、騎馬鉄砲か。一応試験的な投入を終えているんだが、未だ鉄砲の短縮化と殺傷力の強化に時間がかかっているんだ。」


『おぉ、考えてはいるのですか。ならば私もその研究に加わりましょう。ドラグーン無くば騎兵は成り立たず。騎兵は斬り込むだけではなく鉄砲による騎射も必要になる兵科です。お望みとならば鉄砲の改良にも参加しましょう。もしそれが出来れば騎兵の突破力を補い、少数の兵力でも運用が可能になります。』


 義秀が以前より実戦導入を模索していた騎馬鉄砲隊…通称竜騎兵について貫堂からこの意見を受けると、義秀は我が意を得たようにその場で喜ぶと貫堂の手を取って固い握手を交わし、貫堂の顔を見つめながら感謝を述べた。


「本当か!そりゃあありがてぇ!それじゃあ今度から一緒に改良に加わってくれ!」


『はい、承知しました。』


 義秀の言葉を聞いて貫堂がにこやかに微笑みながら義秀に向けて言葉を返すと、二人はその場で固い握手をしばしの間交わした後、握手を解いて貫堂は秀高の方を振り向くともう一つの懸念事項を伝えた。


『それと秀高殿、この師団の指揮官をどのようにお考えですか?』


「指揮官、か…」


 秀高は貫堂の意見を聞くとその場で顎に手を当てながら考え込んだ。この指揮官というのは秀高の目指す師団制においては特に重要で、師団の中にある歩兵・砲兵・騎兵の各指揮官を取り纏める高度な知識と戦術眼を必要とする者だった。しかし今の戦国大名の軍勢は少数の騎馬武者や鉄砲足軽を持つにとどめ、こと戦においては騎馬や鉄砲などの高度な知識を必要としない為に武将たちがそれぞれの軍勢を好きに編成して戦うのが現状であったのだ。


『師団編成にするのであればそれに特化した指揮官が必要です。今までの武士たちがそれぞれの指揮を兼任するのではなく、より専門的な技能を持つ指揮官にそれぞれの兵科を託し、その上に師団長を置いて行動させた方がより効果的に運用できるはずです。』


「なるほどな…」


「どうする秀高。今の配下の家臣たちにそれを命じるのは少し無理があると思うよ?」


 貫堂の意見を(かたわ)らで聞いていた信頼が、考え込んでいる秀高に向けて厳しい意見を投げかけた。すると秀高はしばらく考えた後に顔を上げると、ある事を思いついて声を掛けて来た信頼の方を振り向いた。


「…いや、一つだけ方法がある。専門的な技能を持っている職業をな。」


「それって一体…?」


 秀高の言葉を聞いて信頼が頭の上に疑問符を浮かべながら反応すると、それを見た秀高がふっとほくそ笑んだ後に貫堂の方を振り返ると、意見や疑問を提示してくれた貫堂の手を取るや握手を交わしながら貫堂に感謝の意を伝えた。


「貫堂、貴重な意見をありがとう。これから義秀の元で共に作業にかかってくれ。」


「はい。分かりました。」


 秀高よりの言葉を玲を通じて聞いた貫堂は、これまた覚えたての日本語を用いて秀高に向けて相槌を打った。その後貫堂は義秀の招きに応じ、通訳をしてくれている玲と共に数週間ほど所領の若狭(わかさ)に下向。そこで義秀や(はな)と共に騎馬鉄砲隊の実戦投入に向けた様々な知恵を伝えると同時に軍事研究に加わったのであった。





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