1568年6月 秘密を知る者
康徳二年(1568年)六月 山城国伏見城
康徳二年六月八日夜。久世郡寺田村にて鷹狩りを行っていた高秀高は襲撃された際に保護した徳川家康に瓜二つの侍と愛衣・結衣と呼んでいる二人組の少女を連れて伏見城へと帰還。そのまま三人を本丸裏御殿の中庭の奥にある木造二階建ての楼閣建築「伏見殿」に招き入れてそこでじっくりと話を聞くことにした。
「改めて名乗らせていただく。某は長州萩の生まれで口羽善助。名を通朝と申す。」
「長州萩…」
伏見殿一階の書院造りの間にて畳に座る家康似の侍…口羽善助通朝が自身の素性と出身を語るとそれを聞いてその場にいた小高信頼の正室舞が信頼の方を振り向きながら小声で言葉を発した。それを聞いて信頼が頷いて答えると、続いて愛衣と結衣が正式な姓名を目の前の秀高らに向けて名乗った。
「私は西郷愛衣って言います。んでこっちは…」
「中島結衣。よろしく。」
通朝に続いて愛衣と結衣の二人が正式に名前を名乗った後、それを聞いた秀高が三人に対して、特に昼間の鷹狩りにて助太刀に入ってくれた通朝に感謝の意を込めて自身の名前を改めて名乗った。
「…俺は高秀高という。さっきは助けてもらってすまなかった。」
「気にするな。それにしても確認したき事があるのだが、今は慶応四年の六月であろう?」
と、通朝が秀高らに対して今の月日を確認するように尋ねた。するとそれを聞いた秀高は隣に着座していた信頼や大高義秀、義秀の正室の華らと視線を交わし、互いに頷きあった後に顔を通朝や愛衣たちの方に向けると単刀直入に真実を伝えた。
「…ここで隠すことに何の益もないだろう。皆にあらかじめ言っておく。今は康徳二年の六月八日。西暦で言うと1568年の6月という事になる。」
「何…康徳二年だと…?そのような元号は聞いたことが無い!」
「いやそんなことより、1568年って…私たちタイムスリップしたって事?」
「た、たいむすりっぷだと?」
秀高の発した言葉に通朝が大きく反応して食い掛った一方で、結衣が秀高の言葉の中にあった単語に反応して驚くと、それを聞いた通朝がその聞きなれない言葉に引っ掛かった。すると一連の流れを横で見ていた信頼はその場で大きく驚いていた通朝に対して言葉をかけた。
「善助殿、康徳二年と聞いて分からないのも無理はありません。善助殿の世界での元号に準じれば今は永禄十一年の六月という事になります。」
「永禄十一年…拙者は三百年も前に来たというのか!?そもそも、そなたらは一体何者であるか!永禄十一年ならば畿内の大名と言えば織田信長や三好義継の筈ではないか!」
通朝にとっても耳なじみのある元号で、今がいつなのかを知った通朝はさらに大きく驚いた。秀高らと同じように元の世界…厳密にいえば、秀高らの少し前の時代から来たとは言っても通朝も元の世界での歴史を熟知していた。その通朝が自身の知識の中にある大名の名前を挙げて秀高らに尋ねると、秀高は尋ねて来た通朝の顔をまっすぐ見つめながら更に真実を告げた。
「俺は…いやここにいる俺たちはそもそもこの世界の人間じゃない。愛衣さんや結衣さんの時代…2008年以降の日本から来た人間だ。」
「え?じゃあ殿様たちも私たちと同じ時代から来たって事?」
「まぁ、愛衣さんの時代から10年ほど後の年代から来たんですけどね…。」
秀高の言葉を聞いて反応した愛衣に向けて、傍らにいた秀高の正室・玲が声を発した。その後秀高はその場にいる三浦継意や静姫ですら知っている今の世界での日本の状況や今までの歴史全てを、この世界にやって来た通朝や愛衣・結衣の二人につぶさに伝えたのである。
「…そんな、織田信長が死に、武田信玄が上杉謙信(上杉輝虎)に討ち取られたと?ではこの世界の歴史は…」
「大きく変わっている。という訳です。善助殿、貴方は長州の萩生まれと言いましたが主君の毛利家がまだ安芸の戦国大名だった時代に来たんです。」
「え、ちょっと待って。じゃあ殿様たちも同じ時代から来たのなら帰る手段は…」
「ない、って言った方が早ぇだろうな。」
通朝に対して補足を付け足すように情報を伝えた信頼の言葉の後に、結衣が言葉を挟んで反応するとそれに義秀が結衣に向けて答えを伝えた。それを聞いた結衣が愛衣と視線を交わすように顔を向き合うと、それらの事実をかみ砕いて納得した通朝が首を縦に振って頷くと、視線を秀高の方に向けて一つ気になっていたことを尋ねた。
「それにしても秀高…殿。先ほど顔を合わせた時に某の事を三河殿と言ったが、それはまさか…」
「えぇ。所謂東照大権現・徳川家康殿の事です。長州人の…ましてや善助殿の時代背景から考えれば信じがたい事でしょうが…。」
「拙者が徳川家康に瓜二つ…とても信じられぬ。」
通朝は秀高よりこの情報を伝えられて初めて、昼間の時に秀高らより告げられた内容に得心がいった。つまり自分の顔は長州藩…毛利家に仕える自分にしてみれば憎き幕府の始祖である東照大権現の顔と瓜二つだというのだ。今までの自身の生い立ちを考えれば到底信じられないのも無理はない。そんな複雑な表情を浮かべている通朝の顔色を窺いながら、秀高は改めて目の前にいる三人に向けて提案した。
「…とにかく、こうして方々と巡り合うことが出来たのも何かの縁。皆さんが良ければ暫くはこの伏見城に逗留してはどうだろうか?」
「え?ここに泊ってもいいの?マジで?」
秀高のこの提案に結衣が身を乗り出すように反応すると、それを聞いた秀高が首を縦に振って頷いた。それを見た結衣は愛衣の方を振り向いて自分たちの去就を図るように尋ねた。
「どうする愛衣。こうなったらお世話になるしか無くね?」
「まぁ…結衣がそれで良いなら私もそうするよ。」
結衣の尋ねに対して愛衣が頷きながら答えると、その二人を尻目に真剣に今後の事を考えていた通朝は、それまで下を向いていた顔を尋ねてきた秀高の方に向けて、一回首を縦に振ってから答えを秀高に返した。
「…ここで断ったところで他に伝手がある訳でもない。ならばここはその申し出を引き受けるとするか。」
「あ、おっさんもここに泊まるんだ。その方が良いよ。」
「むぅ…その言葉遣いに慣れるのは時がかかるな…。」
一緒に泊まるとなった通朝に対して結衣がフランクな口調で反応すると、その言葉を聞いた通朝はその場で一瞬たじろいだ。それを見ていた秀高らは次第に笑みがこぼれてその場が笑いに包まれた。やがてその場の笑いが収まると通朝や結衣たち二人は改めて城の主である秀高に向けて挨拶を述べた。
「秀高殿、改めてではあるが暫くの間、何卒よろしくお願いいたす。」
「よろしくね殿様…あ、でも同じ時代の人ならニックネームで呼んだ方が良いか。」
「ちょっと、いくらなんでも打ち解けすぎでしょ。」
「はっはっはっ、いや良い。二人に関しては好きに呼んでもらっても構わないさ。」
結衣の言葉を聞いた愛衣が思わず口を挟むと、それを聞いていた秀高が高らかに笑った後に反応した。秀高からニックネームで呼ぶことを許された結衣はその場で少しの間考えると、頭の中ですぐに閃いてこう言った。
「じゃあ…タッちゃんはどう?良いと思うんだけど。」
「た、タッちゃんって…」
結衣の発したニックネームを聞いて玲が思わず反応すると、それを聞いた秀高は思わず笑みをこぼした後に結衣たち二人に向けて言葉を返した。
「ふふっ、いや良いよ。それじゃあ今後ともよろしくな。結衣に愛衣。」
「うん。よろしく。」
秀高から言葉の後に手を差しだされたのを見た愛衣は、同じく手を出して握手を交わしながら返事をした。その後に結衣や通朝もそれぞれに秀高と握手を交わすと同時に、通朝たちにとっては目の前にいる秀高ら元の世界の秘密を知る者達と連携を持ち、これから先を過ごしていくという決意を持ったのである。