1568年6月 衝撃の邂逅
康徳二年(1568年)六月 山城国久世郡
その頃、寺田村の外れにある一軒の庄屋に置かれた高秀高の御座所では食事を摂り終えた一同がご飯後の茶を一服呑んでいた。するとそこに血相を変えた馬廻の山内高豊が部屋の中に駆け込んできて火急の要件を伝えた。
「殿っ!殿!敵襲にございまする!」
「何!?敵襲?どこの誰だ!?」
床几に座っていた秀高がその報告を受けてスッと立ち上がり、報告に来た高豊に対して襲撃の詳細を尋ねた。すると高豊は攻めてくる敵の装備について外で探ってきた情報を秀高に伝えた。
「旗印はありませぬが、奴ら鉢巻に「三階菱に五つ釘抜」の紋様を施しておりまする!」
「三階菱に五つ釘抜だと?」
「三好…さては残党が襲って来たのか!」
高豊の報告した家紋の情報を受けて大高義秀が床几から勢いよく立ち上がって大きな反応を見せると、秀高は自身の側にいた正室の玲や静姫に向けてすぐに促した。
「玲、静。ここを直ぐにでも離れろ。」
「で、でも!」
「良いから早く!高則、二人を頼んだぞ!」
「ははっ!ささ、こちらに…。」
秀高は言葉を発しようとした玲を早急に逃すことを優先し、馬廻の深川高則に命じて二人をこの場から逃すよう命じた。それを受けた高則は二人や蘭たち侍女をその場から退避させるように案内して去っていった。そして二人が去った後に秀高や義秀、それに小高信頼は各々刀の柄に手にかけつつ迫り来る敵の事について話し始めた。
「それにしても三好め、どうしてここを嗅ぎ付けた?」
「まるでこちらがここで鷹狩りを行うのを知っていたとしか…」
「おい、それってまさか…?」
「おうっ!見つけたぞ殿が仇!!」
秀高の言葉に続いて発した信頼の言葉を聞き、義秀がその言葉の先を予測したのか声を荒げたその時に、庄屋の戸を蹴破って刀を手にした一人の武将が背後に数名の武装した武者を連れて殴り込むように入ってきた。
「我こそは十河一存が庶子、十河存之である!三好一門の無念、その身で思い知れ!」
「くっ、十河存之…この俺の首を取りに来たか!」
秀高が殴り込んできた存之の言葉を聞き、刀を抜いてその切っ先を存之に向けながら相槌を打つと同時に、秀高の目の前に信頼や義秀、それに数名の馬廻が秀高を守るようにして立ちはだかった。するとその秀高の言葉を聞いた存之がはっと鼻で笑った後に言葉を秀高に向けて返した。
「おうよ!貴様の首を取れば世は変わる!神妙に覚悟せい!」
「伏せよ!」
そう言って存之が刀を構えなおした直後、部屋の中にその声が響き渡った。秀高らがその声が聞こえてきた方向を振り向くとそこには一人の侍が刀の柄に手を掛けながら、部屋の中に置かれていた机に脚をついて一気に跳ね上がるように跳躍した。それを見た秀高らは一斉に姿勢を低くするようにしゃがむとその上を侍が飛んでいき、そのまま刀を抜いて刀を手にしていた存之の右腕を一閃で切り払った。
「ぐあっ、貴様何者だ!」
「ふんっ!!」
その一太刀を受けて存之がたじろいで侍に素性を尋ねた次の瞬間には、侍は刀を返して存之の首に瞬時に狙いを定めると、素早い速度で刀を払った。その払いを受けて自身が首を飛ばされたとわからない表情を浮かべながら、存之の首は鈍い音を立てて地面に落ちた。その様子を庄屋の中に駆け込んできた鳥養貞長がたじろいで声を上げた。
「あぁっ!存之殿!!」
「っ!今だ!直ちに不届き者を討ち取れ!!」
侍が存之の首を飛ばしたことによって、貞長ら駆け込んできた者達が恐れ戦く様子を見た秀高は即座に周りにいた武士たちに反撃するように下知を飛ばした。それを聞いた義秀らはスッとその場から立ち上がると刀を鞘から抜き、その場に入り込んでいた貞長や武者たちを悉く討ち取っていった。元より襲撃してきた人数が少ない事も相まって、掃討自体は即座に片が付いたのだった…。
「粗方討ち取ったぜ。この首級を見るに十河存之、それに元三好長慶の側近・鳥養貞長の両名が主犯だと見て間違いないな。」
「そうか…貞長め、長慶殿の想いを無碍にするとはな。」
やがて襲い掛かってきたすべての武者を討ち果たした後、庄屋の中にて義秀が首魁である存之と貞長の首を目の前にして秀高に語り掛けた。それを聞きつつ秀高が貞長の首を見つめながら吐き捨てるように言葉を発すると、その背後から身を隠していた玲と静姫が高則に連れられてその場に現れると、秀高の姿を見て玲が思わず声を掛けた。
「秀高くん、無事でよかった…。」
「あぁ…二人ともすまない。怖い思いをさせてしまったな。」
「良いのよ。何も謝る事じゃないわ。」
秀高が近づいてきた二人の方を振り向いて言葉を掛けると、それを聞いた静姫が秀高に言葉を返した。すると秀高は直ぐ近くに立って背中を見せていた侍の方を振り向くと、助太刀してくれた感謝の意を伝えた。
「助太刀してもらってすまない、助かった。」
「いや何。よもや武士であるそなたが狙いとは思いも知らず…」
そう言って侍が振りかえって秀高の方を見たその時、侍の顔をしっかりと見た秀高やその場の一同、並びに客将の本多正信にまるで電流が流れるような衝撃が走った。
「っ!?み、三河殿!?」
「…似ておる。それも瓜二つと言わんばかりに…」
そう、その侍の顔はまさしく三河殿…徳川家康の顔に瓜二つとばかりに似ていた。目の前にて相対した秀高や周囲の反応を見て侍は少し訝しがりながら秀高に言葉を返した。
「…何を言っておるのだ?わしは——」
「はぁはぁ…ここにいたのかよおっさん。あんまり探させるなって…」
「えぇっ!?ブレザー姿!?」
「それに…片手に折り畳みの携帯を持っているわね。」
と、そんな侍を追いかけてその場に二人の女子高生、愛衣と結衣が駆け込むようにその場に現れた。すると二人の服装や持っている物を見て玲と義秀の正室・華がそれぞれ言葉を発して反応すると、それを聞いた愛衣が結衣に向けて玲たちに視線を送りながらこう語り掛けた。
「あれ?ねぇ結衣、さっきこの人ら私の姿を見てブレザーだとか携帯持ってるって言ったけど?」
「マジ?なんでお侍さんたちがブレザーとか携帯知ってんの?」
と、愛衣の言葉を受けて結衣が怪訝な表情を浮かべて反応すると、その反応や服装をまじまじと見ていた秀高が、側にいた信頼に向けてポツリとこう呟くように言った。
「これは…じっくりと話を聞く必要があるな。」
「うん、そうだね…。」
秀高は信頼に向けてそう言いながら、その場にいた一人の侍や結衣たち二人の女子高生に向けてじっと視線を送った。しかしともかく、自身の窮地を救ってくれた侍を無碍にするわけにもいかず、秀高は今日の鷹狩りを早々に切り上げると、自らの居城である伏見城へと三人を同行させて帰城していったのであった。




