1568年6月 女子高生二人に侍一人
康徳二年(1568年)六月 山城国久世郡
一方その頃、寺田村の西方にある林に覆われた林道を進む二人組の少女がいた。この少女たちはこの世界に似つかわしくない制服姿で歩いていたが、一人の少女は制服を着崩して中に肌色のカーディガンを纏っていた。
「ねぇ…マジでここどこなんだよ。電波全く入らないんですけど?」
「そうだね結衣。本当に携帯が全く反応しないよ。」
周囲を針葉樹の木々が立つ林道の中を革靴で歩いていた二人の女子高生、そのうち結衣と呼ばれる少女は折り畳みの携帯を手にしながら液晶に移る電波のアンテナが全く立たないことに面食らっていた。それに対してもう一人の女子高生、愛衣が結衣と同じように携帯の液晶画面を睨みつけるように凝視していると、ふとある事を思い出して結衣が愛衣に話しかけた。
「って言うかさ、さっきまであたし達高校にいたよね?なんでそれがいきなりここに来てんの?」
「分からないよ。でも確か私たちが校門を出た直後に車が横から出て来たんだよね。」
「え?じゃあ何轢かれたって事?だったら生きてるってありえなくね?」
愛衣がここに来る前の事を思い出した内容を聞いた後に、結衣が携帯を下げて大きく反応すると、愛衣は歩みを進めながら隣にいた結衣に向けて言葉を続けた。
「多分ね。で気が付いたらここに来てたって訳でしょ?だったらここはもしかしたら…」
「え?ここ日本じゃないって言うの?」
結衣は愛衣の言葉の後を予測したかのように愛衣に向けてこう言った。結衣と愛衣にとっては日本ではないという憶測ですら、突拍子もない話に最初は思ったが、次第に二人の頭の中で車に惹かれた記憶が思い起こされ、その後に目覚めるとこの場所に来ており尚且つ携帯の電波は全く入らない状況であった。そしてこれらの状況を勘案してただ事ではない状況に巻き込まれているという事は、二人も頭の中で思い浮かんでいたことだった。
「でもさ、取りあえずは歩いてみて何があるかって事でしょ?」
「はぁ、マジで歩くのだりぃ…あれ?」
兎にも角にも前に進む愛衣の言葉を受けた後に結衣が気だるそうに答えると、やがて林道を出て視界が開けた後に左の方角を見た結衣が、遥か向こうの竹林の中に何かを見つけて愛衣に指差しながら話しかけた。
「ねぇ愛衣、あれ見てみ?なんか侍のカッコした奴多くね?」
「ホントだ。なんか撮影でもやってんのかな?」
結衣の指さした先を見て反応した愛衣は、結衣と共に道を逸れてその竹林へと近づいて行った。やがて愛衣が竹林からは死角になる草の茂みの中に隠れて竹林の中の様子を窺うと、愛衣の側に座った結衣が言葉を愛衣にかけた。
「ねぇ愛衣、どうして茂みに隠れんの?草とか当たって痛いんですけど。」
「そう言うなって。もし撮影だったら邪魔しちゃダメでしょ。」
この時、愛衣の視線の先には時代劇でよく見る鎧を着た武者たちの姿が遠くに見えていた。ただ事ではない状況に巻き込まれていると頭でわかっていても、一縷の望みをかけるように結衣に対して現実的な注意を告げた。そう言った後に二人が竹林の方を向いてしばらく経ったその時、背後からぬうっと人影が現れたと同時に声が二人の背後から聞こえてきた。
「…おい、動くな。」
「あ?…っ!?」
その声に反応して結衣が言葉を発したその時、二人の目の前に上から一本の刀が目の前に降ろされるとそれに二人は大きく驚き、そのまま二人の背後に人が立つと同時に刀を二人の首筋に近づけて言葉を発した。
「大きな声を発するな。そして後ろを振り向かずにそのまま某の話に答えろ。」
「な、なんだよおっさん…」
背後の人に対して結衣が言葉を発したその時、背後の人物は刀を鞘から半身抜いた後にそれを結衣の首筋に近づけると、冷ややかな口調で結衣に対して言葉を発した。
「声を発するなと申したはずだ。次に余計な事を言えばこのまま刀を抜いてその喉笛を掻き切るぞ?」
その言葉と首筋に刀を突きつけられている現状を受けた二人は言葉を発さずに首を縦に振って頷き、そのままゆっくりと視線を後ろに向けた。するとそこにいたのは一人の若き侍であり、総髪の髷に紺の和服を身に纏っていた。侍は二人に向けて刀を突きつけながら質問をしていった。
「そなたら、見慣れぬ格好だがどこから来た?それに目の前のあの集団、あれは一体何者だ?」
「わ、私たちはいきなりここにさっき来て、ここがどこなのか分からないよ…」
侍の問いかけに対して愛衣が怯えながらも言葉を言い返すと、それを聞いた侍は刀を鞘に納めると同時に鞘を愛衣の首筋に押し付けるように当てて、少し苛つきながら愛衣に対して言葉を返した。
「そんなふざけた言い訳が通用すると思っておるのか?どこから来たのかはっきりと申せ!」
「本当だって!そこまで言うならこれ見ろ!」
侍の言葉を聞いた結衣は愛衣を救うようにすっとポケットから折り畳み携帯を取り出すと、それを開いて画面を侍へと見せるように前に出した。それを受けた侍は刀を下げた後に一歩後ずさりしながらその画面を見つめた。すると侍は見慣れない文字を見て苦悶するように言葉を漏らした。
「な、なんだこの文字は?何と書いてある?」
「は?この数字分からねぇの?これは2008年の6月2日って書いてあんだろ。」
「2008年?元号は何年だ?」
「元号?愛衣、元号何年かって分かる?」
侍が少し面喰らったような表情を見せながら二人に対して元号を尋ねると、それを聞いた結衣が隣にいた愛衣に元号を尋ねた。すると愛衣は鞘を当てつけられていた首の箇所を手で押さえながら結衣の問いかけに答えた。
「確か平成20年とか言ってたっけ?」
「平成…?ふざけた事を抜かすな!今は慶応四年の六月ではないのか!?」
「は?何言ってんだよおっさん、今は2008年だって…」
侍の反論を聞いて結衣が更に言い返そうとしたその時、結衣は先ほどの侍の言葉を思い返し、そこである事を思い出して侍に向けて逆に尋ねた。
「え?もしかしておっさんもどっか別の所から来た感じ?」
「…そう言う事になるな。」
侍が結衣の言葉を聞いて渋々頷くと、ふと視線を二人の向こうにある竹林の中に向けた。その竹林の中に潜むように隠れていた者達の装備を見て侍はその場でしゃがんだ後に二人に向けて言葉を発した。
「…それにしてもあの竹林の中にいる武者どもの鎧、あれは当世具足ではないか。この状況を察するにあ奴ら、あの村を襲うつもりか。」
「も、もしかしてあの目の前の人たちが持ってるのって?」
侍が竹林の中にいる武者たちの武装を見た後に寺田村の方角を見て状況を察すると同時に、愛衣が侍に向けて武者たちが腰に下げている刀の事について尋ねた。すると侍は愛衣の問いかけにこくりと頷いた後に言葉を返した。
「真剣であろうな。それにしてもあの人数で村を襲うとはただ事ではない。ここは村を助けるとしよう。」
「おっさん一人で戦うの?」
そう言ってどこかへと去っていこうとする侍の姿を見て結衣が話しかけると、侍は話しかけてきた結衣の方を振り向いてすぐに言葉を返した。
「当たり前だ。ここがどこだろうと無辜の民が虐げられるのを黙って見ている訳にはいかん。そなたらはここにいろ。良いな?」
「あ、おい待てよ!」
そう言って侍がそこから早足で去っていくと、その後姿を呼び止めるように結衣が言葉を発した。それを聞かずに去っていく侍を見つめた愛衣が状況を判断して結衣に向けて耳元でこう言った。
「行っちゃった…ねぇ、追いかけないとヤバくない?」
「そうだけどさ、マジでどうなってんだよここ?」
愛衣の言葉を受けた結衣は少し不気味がりながら、愛衣と共にスッと立ち上がって去っていった侍を追いかけるべくどこかへと去っていった。寺田村にいる高秀高をめぐってそれぞれの人間たちが各々の行動を起こそうとしていた。