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1568年6月 鷹狩りと忍び寄る影



康徳二年(1568年)六月 山城国(やましろのくに)久世郡(くぜぐん)




 康徳(こうとく)二年六月八日。ニコラス・マーカンドこと中村貫堂(なかむらかんどう)を保護してから一ヶ月が経っていたこの日、高秀高(こうのひでたか)(れい)静姫(しずひめ)ら正室、それに大高義秀(だいこうよしひで)夫妻や小高信頼(しょうこうのぶより)夫妻を伴って伏見城(ふしみじょう)の南方にある久世郡寺田村(てらだむら)の辺りにて大規模な鷹狩りを敢行していた。


「それっ!」


 寺田村の一角。南の方に広がる広大な平野の中で秀高は鷹を操って空に飛ばさせた。それを近くで鷹匠として見ていた本多正信(ほんだまさのぶ)が鷹の行く先を見つめていると、その鷹は飛んでいた一羽の(かり)を仕留め、仕留め終えた鷹は獲物をぶら下げたまま正信の側に降り立った。この一連の秀高の腕前を見ていた正信は鷹が仕留めた雁を拾い上げると秀高に向けて言葉をかけた。


「ほう…殿、随分と腕前を上げられましたな。」


「いや何、俺の腕前もそうだが、この鷹がそれに応えてくれているんだ。」


「へぇ…随分と飼いならしたようだな。」


 と、そんな秀高の側に弓を手に持ち狩猟の衣装を身に纏う義秀夫妻が近づいてきて声を掛けてきた。これに秀高は反応すると義秀が手に持つ弓を見て言葉を発した。


「あぁ…って、お前たちは弓を使っているのか。」


「そうだぜ。お前が鷹を使うのなら、こっちは弓を使うって訳だ。」


「まぁそれでも、弓の方が狩りをするには難しいわね。」


 義秀の言葉の後に華が言葉を発すると、それを聞いた秀高はふっとほくそ笑んだ。するとそんな秀高に向けて義秀がある方向を指差しながら語り掛けた。


「ん?おい、あの(きじ)は立派じゃないか?是非とも仕留めたいぜ。」


「そうだな…よし、行けっ!」


 義秀の指さす先に一羽の雉の姿を認めた秀高は、再び腕に鷹を招き乗せると目の前の雉に向けて鷹をはばたかせた。すると鷹は一直線に雉へとまっすぐ飛んでいき、地面に降り立っていた雉に襲い掛かるとものの数分で雉を仕留めた。それを見た正信が鷹の元へと向かい仕留めた雉を手で拾い上げると、それを秀高の元へもって来て感嘆しながら言葉を発した。


「おぉ…お見事ですな。」


「あぁ。これだけ立派な雉ならさぞ美味いだろうな。」


「秀高、それに皆。そろそろ昼飯にしようか。」


 と、そんな狩りに勤しむ秀高と義秀夫妻の所に、後方から信頼が声を掛けてきた。正信から鷹を腕に受け取って背後を振り向いた秀高は、声を掛けてきた信頼に対して返事を返した。


「そうだな…よし、少し休憩とするか。」


「あぁ。狩りで得た獲物の味が楽しみだぜ。」


 秀高の言葉を聞いた義秀は相づちを打つように言葉を発し、その場を去っていく秀高を追いかけるように歩き出した。腕に鷹を乗せたまま秀高は信頼の先導の元、村の外れに臨時の陣屋が置かれている一軒の庄屋へと向かって行った。




「秀高くん、お疲れ様。」


「あぁ、ありがとう。」


 信頼先導の元で陣屋が置かれている庄屋に着いた秀高は、中に上がってから部屋で待機していた玲より労いの言葉を受けた。それに秀高は返事を返すと玲より一杯の茶碗を受け取り、中に入っていた水を一息で飲み干すと床几(しょうぎ)に腰かけると同時に、近くにあった止まり木に鷹を乗せた。そして同行していた侍女の(らん)たちが秀高らの食事を手配する間、静姫が外の方を振り向きながら秀高に話しかけた。



「それにしても…この辺りは幕府領でしょう?よく鷹狩りの許可が出たわね?」


「あぁ、それに関しては上様(足利義輝(あしかがよしてる))のご意向があったらしい。藤孝(ふじたか)殿の話では、鷹狩りをするならばここで行う許可を出すと言ってくれたんだ。」


「それは…随分と気配りをしてくれたのねぇ。」


 静姫の言葉を聞きながら先に用意してくれた雉肉の小間切れを鷹にあげながら、秀高は静姫へ問われた内容を答えた。それを聞いて静姫が頷いて納得している(かたわ)らで、静姫に代わってため息を漏らしながら発した華の言葉を聞いた義秀が、ふっとほくそ笑んだ後に口を挟んで華に言葉を返した。


「まぁそう言うな。先に発布された刀狩令(かたながりれい)のお陰で畿内(きない)五ヶ国の治安は回復し始めたんだ。その状況ならば秀高が鷹狩りを心置きなく行えるってもんだろう?」


「そうですよ。それに刀狩令に関して言えば、僕たちの領内でも並行して施行を始めています。そうなれば今後は僕たち武士が遠乗りや鷹狩りに出かけても、出先で農民たちの襲撃にびくびくしなくても良くなるんです。」


「でもヒデくん、その刀狩令も施行し始めてすぐなのよ?少しは気を付けた方が良いわ。」


 義秀と信頼の言葉を聞いた後に華が鷹に雉肉をあげている秀高に注意をするように言葉を告げた。それを聞いた秀高がふふっと微笑んだ後にこくりと頷くと、その時に蘭が御膳を持った侍女たちを引き連れながら部屋の中に入ってきた。


「さぁ皆さん、取った獲物で焼き鳥を(こしら)えました。どうぞ召しあがってください。」


「おう、すまないな舞。じゃあ頂くとするか!」


「はっ、調子の良い奴め…」


 蘭の言葉を聞いて丁度鷹に雉肉をあげ終えた秀高が歓喜するように喜ぶと、それを見ていた義秀が半ば呆れるようにして言葉を発した。その後、秀高らは蘭が調理した焼き鳥などの料理を堪能し、舌鼓を打ちながらひと時を過ごしていた。しかしその一方でそんな秀高らの様子を、村の外れにある竹林の茂みから(うかが)う複数の人影があったのである。




「…戻られたか。秀高の御座所は?」


 寺田村の外れにある鬱蒼(うっそう)とした竹林の中、様子を窺って来た一人の侍に対して竹林の中にいた侍が尋ねた。この侍たち、額には「三階菱に五つ釘抜さんかいびしにいつつくぎぬき」を施した鉢巻を巻いていた。そう、この者たちは数年前まで畿内(きない)に君臨していた三好長慶(みよしながよし)の残党十数名であり、それを率いていた首魁(しゅかい)は三好一門で十河一存(そこうかずまさ)の庶子である十河存之(そごうまさゆき)、並びに長慶の側近であった鳥養貞長(とりかいさだなが)である。


「秀高の御座所は、寺田村の外れにある一軒の庄屋である。そこの周囲には秀高の鷹狩りに付き従う侍が八十名ほどおる。」


「そうであるか…ならば頃合いを見計らって斬り込むとするか。」


 竹林の中にいた存之が寺田村の中を偵察して来た貞長より報告を受けると、存之はこくりと頷いた後に言葉を発すると、腰に差していた刀を鞘から抜いた後に背後に控えていた味方の武者たちに向けて言葉をかけた。


「良いか、亡き大殿が身罷(みまか)ってから一年が過ぎた。今こそ仇を討つ時である!滅ぼされた三好家の恨みを今こそ晴らそうぞ!」


「おぉっ!」


 存之の言葉を受けた武者たちは奮い立つように、しかし寺田村に悟られぬように小さな声で返事を上げ、それを聞いた存之は再び村の方向を振り向いて斬り込む時期を見計らっていた。しかしこの時、存之も貞長も自身を背後より見つめる人影を察知出来なかったのである。





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