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1568年2月 第一回幕政改革評議<後>



康徳二年(1568年)二月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




「それでは続いて…徳川三河守(とくがわみかわのかみ)殿からの発案を評議いたす。元政(もとまさ)。」


 京の将軍御所の松の間にて行われている幕政改革評議の席上、進行を務める政所執事(まんどころしつじ)摂津晴門せっつはるかどが続いて議題に上げたのは、徳川家康(とくがわいえやす)から提案された意見を基にした改革案だった。晴門から話を振られた評定衆の柳沢元政(やなぎさわもとまさ)はその場にいた一同に対してその案を提示した。


「家康殿から上げられた案は、即ち幕政が定まったこの機に新たな法案を制定すべしとの事にございまする。」


「新たな法案…?」


 元政の言葉を受けて高秀高(こうのひでたか)が家康の方を振り向き、呟くようにしてその単語を言葉にすると、それを聞いた家康が首を縦に振った後に言葉を返した。


「如何にも。そもそも今の武家の諸法度の根幹は鎌倉(かまくら)御世(みよ)北条泰時(ほうじょうやすとき)公によって制定された御成敗式目(ごせいばいしきもく)にございまするが、ここに畿内にて幕府の権威が固まった今この時に先駆けて新たな法令を定めるべしと思いましてな。」


「法令…その法令はどんな内容にするんだ?」


 家康の隣に座していた大高義秀(だいこうよしひで)が肝心な法令の内容について尋ねると、家康はその言葉を聞いた後に上座の秀高や管領(かんれい)畠山輝長(はたけやまてるなが)らの方を振り向いて法令の内容について語った。


「まずは…惣無事令(そうぶじれい)。即ち大名間の私闘一切を禁ずるというのを掲げるべきかと。」


「惣無事令…。」




 惣無事令…秀高がいた元の世界では、豊臣秀吉(とよとみひでよし)関白(かんぱく)就任後に全国に発布した命令である。これはつまり家康の言った通り大名間は言うに及ばず、豪族や領主間での戦や紛争など私闘一切を固く禁じるという内容の言わば停戦命令に等しい物であった。この命令が発布できたのも(ひとえ)に関白・豊臣秀吉の豊臣公儀(とよとみこうぎ)が中央政権として機能しているからこそ出来た命令である。


 この惣無事令という法令を家康がこの場で提示してきたのである。言わばこれは幕府再興の(あかし)になるものであり、その提案を受けた秀高は家康の本気の度合いをその場で知ったのである。




「如何にも。取りあえずは最初に幕府に従属する諸大名にこの約束を交わさせ、後に日ノ本全国の諸大名に命令すると宜しいかと。そうすれば日本各地で一たび戦が起こった際には、惣無事令違反として幕府軍が出動し征伐する事が可能になりましょう。」


「なるほど…それを発令できれば幕府の権威はより高まり、各地の諸大名も幕府の事を無碍には出来ないですね。」


 家康が秀高らに向けて発言した内容を聞いて、義秀の隣に座していた小高信頼(しょうこうのぶより)が言葉を発して相槌を打った。それを聞いて家康が信頼の方に視線を向けた後にこくりと頷くと、再び輝長や秀高らの方に顔を向けて別の法令について語った。


「あとは…領地に逃げ込んだ罪人を匿う事を禁ずる事や、大名間の婚姻は事前に幕府への申し出を行う事。謀反を企図し徒党を組む事を禁ずる事、大名は領内を清廉潔白に努めて統治をおこなう事などを定めれば、今後の反乱や戦に際しては、その法度違反を大義名分として敵を鎮圧することが出来まする。」


「なるほど…それに加えて大名の判断による新規の築城一切を禁じ、もし新規に築城や修築などを行う際には逐一幕府に申し出る事とかを書いておけば、諸大名は大っぴらに軍備を整える事も出来なくなるだろうな。」


「お待ちくだされ!そのような法案、諸大名はとても従うとは思えませぬ!!」


 と、家康と義秀の会話を聞いて慌てふためいて会話の中に割って入って来た者がいた。織田信隆(おだのぶたか)の接触を受けて保守派として活動する上野清信(うえのきよのぶ)である。するとその清信の発言を聞いて上座の輝長が清信の方に視線を向けるとキッと睨みつけて発言の意味を尋ねた。


「清信、その言葉はどういう意味か?よもや幕府が制定した法案を諸大名が歯牙(しが)にかけぬとでも申すのか?」


「さ、さにあらず!幕府に従属する諸大名はともかく、九州(きゅうしゅう)四国(しこく)の諸大名はその様な法案を受け入れるとは思えませぬ!」


「左様!もしそのような法案を通せば、諸大名は幕府への反抗心を露わにし、大きな大戦乱に陥ることになりかねませぬ!」


「…もしそうだとしても幕府軍が全て鎮圧すれば良いじゃねえか。」


「何を仰せになられる!?」


 清信の発言の後に賛同する様にして同じ保守派の大舘晴光(おおだちはるみつ)が意見を述べると、その意見を聞いた義秀が鼻で笑った後に言葉を発した。それに晴光が義秀に食って掛かるように言葉を発すると、義秀は言い返してきた晴光を冷ややかな目線で見て言葉を返した。


「そもそも、日本中で起こる一揆や内乱、戦乱の原因は、領主たち政務をほったらかしにして国内を衰えさせ、それどころか野心を剥き出しにして己の利益を追い求めたのが原因だろうが。それらの被害を被る領民を救うために幕府軍が出動する事に何の不満があるんだ?」


兵庫頭(ひょうごのかみ)殿の申す通りでござる。それにこの法案が発布されれば日ノ本における幕府の権限はより一層高まり、諸大名も無視できぬ存在になるは必定にござる。幕臣ならばこの法案は幕府の益になると思われるのでは?」


「そ、それは…」


 義秀の意見に賛同するように松永久秀(まつながひさひで)が清信らに意見を述べると、その言葉を聞いた清信らはまたしても言葉を失って言い淀んでしまった。それを見ていた輝長が近くにいた細川藤孝(ほそかわふじたか)に目配せをすると、藤孝と元政がほとほと呆れ果てるような表情を見せて一回、首を縦に振った。すると輝長はそれを受けて家康の方を向いてこう語り掛けた。


「…徳川殿。このわしも徳川殿の意見には賛同いたすが、このように幕臣の中には受け入れられぬ者も多いのが事実。ここは政所執事殿のご意向を窺うべきだとわしは思うが?」


「はっ、管領様の申す通りにござる。政所執事殿のご意見や如何に?」


 家康は輝長の意見を聞くと相槌を打った後に輝長の隣に座る晴門へ話を振った。すると晴門は手にしていた扇を右膝に当てつつもゆっくりと口を開いて言葉を発した。


「…有り体に申せば今後の幕政の為にも、積極的に幕府が各国に関与できるようにするこの法案を通すことに異存はない。しかしこのように幕臣間の反発もあらば、ここは段階的に施行するというのは如何か?」


「段階的に、ですか?」


 晴門の言葉を聞いた秀高が言葉を発して相槌を打つと、それを聞いて晴門が首を縦に振って頷き、家康の提示した法令を頭の中で吟味(ぎんみ)しながら先んじて施行すべき内容を()(つま)んで述べた。


「まず…「諸大名は(もっぱ)ら領民の苦労を(おもんばか)り、清廉に務めて政務に当たるべし」、次に「諸大名は(いたずら)に謀反を企図し、徒党を組むことを慎む事」。それに「諸大名は戦などの私闘一切を固く禁じ、紛争等起こらば幕府に申し出て裁定を願い出る事」。これら三つを先に施行して諸大名の出方を見るべきであろう。」


「…果たしてどれだけの諸大名が従いましょうや?」


 晴門の発した法令の内容を聞いていた藤孝がそう言って尋ねると、晴門は藤孝の方に視線を向けた後にニヤリと笑って言葉を藤孝に返した。


「それを見定めるための法案よ。もし従うものが少なければ全国の諸大名に法令を遵守するようにという早馬を出し、余りにも反抗の兆し大きければ幕府軍を出してこれの鎮定に当たる。そうすれば幕府の権威は従わぬ者どもにも届き、諸大名の立場を大きく変えるきっかけにもなるであろう。その為にもこの法案は必要な物と思う。」


「…この秀高も政所執事殿のご意見に賛同します。もはや応仁の頃より続く各地の戦乱を収め、幕府の元に纏まる時です。ここは思い切った采配が必要だと思います。」


 晴門の考えを聞いた後に秀高が言葉を発して賛同の意を示すと、それを聞いた晴門が秀高の方を振り向いて首を縦に振り、その後に秀高や藤孝など一同の方に顔を向けて議題の結論として言葉を発した。


「では…徳川殿の提案については先の三つの法令を諸国に触れ回り、後々追加の条々と纏めて一つの法度(はっと)とする。方々、それでよろしいか?」


「ははっ!」


「ご同心仕りまする。」


 こうしてここに家康提案の新たな法令が施行されることになった。ここで決まった三ヶ条の法令は後の「康徳法令(こうとくほうれい)」の骨子(こっし)になり、後々追加される条々はこの康徳法令に追加される形で全国の諸大名に発布されることになるのである。




 その後、第一回の幕政改革評議が無事終わった後、将軍御所の大廊下の中で秀高は義秀や信頼を従え、将軍御所から退出する家康の姿を見かけるや呼び止めるように家康に話しかけた。


「三河殿、先程の法令は…?」


「おぉ、これは中将殿。いや、今さっきの法令は後々の事を考えての提案にございまする。」


「…駿河(するが)か?」


 秀高が先ほどの家康の法令の目的を推察して言葉を発した。駿河…それ即ち家康が秀高に以前打ち明けた駿河の今川氏真(いまがわうじざね)領への介入を模索しているという内容を暗示していた。家康は秀高の言葉を聞くとふっとほくそ笑んでこくりと頷いた。


「如何にも。あの法令が施行されれば今現状の駿河に介入できる手立てが打てることにもなりましょう。中将殿、幕臣の方々への工作は如何に?」


「…既に藤孝殿を通じて気脈を通じている幕臣に話を通してはいるが、もしさっきの法令が施行されればより駿河への介入が現実性を帯びてくるだろうな。」


「それは何よりにござる。中将殿、駿河の事はくれぐれも我ら徳川にお任せあれ。それでは…」


 秀高の回答を聞いて満足そうに家康が微笑むと、秀高らに対して会釈をしてその場を去っていった。その後姿を秀高はその場で立って見守る(かたわ)ら、義秀は腕組みをして去っていく家康の後姿を見つめながらポツリと呟くように言葉を発した。


「徳川家康…段々自分の野心を露わにして来やがったな。」


「そう言うな。元より駿河国の制覇は家康の悲願ともいうべきものだ。その為に俺たちを利用するとは、中々(したた)かな奴だよ。」


「…でもこれで、鎌倉府(かまくらふ)はどう出てくるんだろうね?」


「さぁな…だがどう出てきても良いように備えておかなきゃならないな。」


 秀高の耳元に近づいた信頼の言葉を受けて、秀高は義秀と同じように腕組みをした後に言葉を返した。それを聞いた信頼と義秀は去っていく家康の後姿に視線を合わせながら、今後の成り行きに思いを馳せたのである。こうしてここに互いの野心が交差する初回の幕政改革評議は終わり、ここを起点に室町幕府はゆっくりと改革へと舵を切り始めたのだった…。





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