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1567年11月 摂津晴門の秘策



康徳元年(1567年)十一月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




「いや秀高殿。これだけの幕臣が集うてくれる事はなかなかありませんぞ。」


 大広間の上座にて今まで酒を飲んでいた一人の人物がようやく声を発した。高秀高(こうのひでたか)の正室である(れい)から盃に酒を注いでもらっていた政所執事(まんどころしつじ)摂津晴門(せっつはるかど)である。晴門は酒に酔って頬を赤らめながら秀高に言葉をかけた後、大きくヒックとしゃっくりをした後に秀高へ言葉を続けた。


「されど惜しいかな、ここにいる者だけでも、全ての幕臣の中では三分の一以下に過ぎませぬ。」


「…それはどういう事ですか?」


 居並ぶ幕臣たちに向けて指を指しながら言葉を発した晴門に向けて、秀高は上座の席から晴門に視線を送りながら訳を問いただした。すると晴門はニヤリと口角を上げた後にその理由を語った。


「然らばお教えいたそう。そもそも幕臣というのは幕府草創初期からの家臣の末裔だけという訳ではありませぬ。各地の守護の一門筋もおれば、奉公衆(ほうこうしゅう)出身の幕臣も中にはおりまする。秀高殿はこれらの者らからの支持がとんとない。」


「晴門殿!酒に酔い過ぎです!」


「構うものか!そのような事など幕臣ならば誰でも知っておる!」


 酒に酔っている晴門を自制するように声を掛けて来た柳沢元政(やなぎさわもとまさ)に向けて、晴門は指をさして鋭い剣幕を見せながら元政を一喝した。それを受けて元政をはじめその場の空気が引き締まる様に静まると、晴門は再び秀高の方に視線を向けてふっとほくそ笑んで言葉を発した。


「…秀高殿、我が言葉をとくとお聞きなされ。ここにいる(それがし)を含めた幕臣を「改革派」と言うのであれば、ここにいない全ての幕臣が「保守派」という事になりまする。根っからの伝統や習慣にとらわれ、幕府の衰退を認めずに変化を嫌う連中にござる。」


「変化を嫌う…」


 晴門の言葉を聞いた秀高が復唱するようにその場で言葉をつぶやくと、晴門は御膳の上にあった漬物を箸で取って口の中に運び、かみ砕いて飲み込んだ後に保守派の幕臣の代表格を上げた。


「如何にも。代表的なのは上様の申次衆(もうしつぎしゅう)として君臨している上野清信(うえのきよのぶ)に先祖代々幕臣として仕えている大舘晴光(おおだちはるみつ)。それに藤孝(ふじたか)同様御供衆(おともしゅう)に名を連ねる一色藤長(いっしきふじなが)進士晴舎(しんじはるいえ)藤延(ふじのぶ)父子、それに伊勢氏(いせし)傍流の伊勢貞助(いせさだすけ)貞知(さだとも)父子や元安芸武田家(あきたけだけ)当主の武田信実(たけだのぶざね)など。」


「…思ったより多くの幕臣に嫌われているようですね。」


「秀高くん、そんなこと言わなくても…」


 晴門が名前を上げた幕臣の名前を聞いて秀高が自信を卑下するような発言をすると、それを聞いた(れい)が秀高に向けて声を掛けた。すると晴門は玲の方に視線を送った後にほくそ笑みながら言葉をかけた。


「いや、そう(おっしゃ)られるな奥方。こちらはここにいる幕臣。それに上様の元に集った諸大名がおりまする。諸大名皆々秀高殿の才能は肌で感じておられる。それらの後押しがあれば幕政改革に保守派が異議を唱えても何とかなりましょう。されど問題は…」


「保守派の幕臣が他と結託する事、ですか?」


 晴門の言葉の後を予測して秀高が言葉を発すると、その言葉を聞いた晴門はこくりと首を縦に振って頷いた。


「その通り。もし保守派の幕臣が寺社勢力や朝廷、果ては鎌倉府(かまくらふ)上杉輝虎(うえすぎてるとら))などと結託しては折角の幕政改革が水泡に帰しまする。ここは保守派の幕臣どもの一掃も考えねばなりますまい。」


「…それは上様も承知の事で?」


 晴門の言葉を聞いた秀高が将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の事を話題に出して事の真偽を尋ねた。すると晴門は首を傾げた後に秀高の尋ねにきっぱりと答えた。


「まさか?この方策は(それがし)の一存にござる。されど、内心はいざ知らず。と言った所でしょうな。」


「執事様、その内心はいざ知らずとは?」


 その言葉を受けて下座にいた三浦継意(みうらつぐおき)が秀高に代わって晴門に尋ねた。すると晴門は継意の方を振り向いてその言葉の意味を語った。


「あぁ、上様はあのご気性(ゆえ)弱音を吐かぬお方にございまするが、母上の慶寿院(けいじゅいん)様には幕臣どもの融通の利かなさを憂いていたと噂されておりまする。もしそれが保守派の事を指しているのだとすれば…」


「上様も本心は保守派の一掃を願っている。と?」


「まぁ、これはあくまで憶測にございますがな。されど上様がそのようなお気持ちをお持ちなのであれば、幕臣としてその意向に沿うべきでありましょう。」


 この晴門の言葉を細川藤孝(ほそかわふじたか)をはじめ幕臣一同は心に刻むように聞き入っていた。同様に言葉を返した秀高やその家臣一同もまた晴門の心の中にある幕府への忠誠心が固い事をその場で実感したのである。すると晴門は少し酔いが醒めたのか視線を定めるように目を動かすと、隣にいた秀高に向けて語り掛けた。


「…秀高殿、実を申せばこの某も貴殿の事は一目を置いておる。先に提案があった検地と刀狩りの方策、あれを実行することが出来れば畿内の治安は劇的に回復して新田の開発、ひいては国力の増強に繋げられよう。そしてそれが叶えば我が心の中にある秘策実現に一歩近づく。」


「秘策?」


 秀高が晴門の発したその単語を復唱して尋ねると、晴門は高浦秀吉(たかうらひでよし)が用意した南蛮渡来のワインが入った小さなグラスを手に取り、それに口を付けて一気に飲み干すとグラスを御膳の上に置いた後に秀高へその秘策の内容を語った。


「いや、これは夢ともいうべきものではござるが、某はゆくゆくは幕府軍の大規模な軍制改革を行おうと思っておる。即ち秀高殿のように足軽主体の軍勢に切り替え、その上で足軽で一つ、騎馬武者で一つとそれぞれにまとめた部隊、それに鉄砲などの飛び道具を扱う一隊。それら纏まった三つの部隊を以って一つの軍勢にするというものだ。」


「な、なんと…。」




 晴門が口にした秘策。その内容は後世欧州にて発現した三兵戦術(さんぺいせんじゅつ)に酷似した内容であった。元の戦術思想では槍兵・鉄砲兵を纏めた「歩兵」に鉄砲を備えた騎馬隊…通称「竜騎兵(りゅうきへい)」と呼ばれた「騎兵」。それに台車が付いた大砲を撃つ「砲兵」の三つに分けて運用するというものであった。


 更にそれら三部隊を纏めて一軍とするという後世の「師団制(しだんせい)」にも酷似した内容を聞いて秀高は大きく驚いていた。目の前にいる摂津晴門という男は、想像以上に革新的な思考を持つ幕臣であると大きく実感したのである。




「はっはっはっ、いや幕府軍の軍備を憂うのであればこれくらいの事をしなければなりませぬ。こうすればその軍勢は大きな機動力と攻撃力を持ち、反乱を起こした諸大名など一撃で粉砕することが出来るでしょう。」


「…確かに、それが実現できれば幕府の威光はより大きなものになるでしょう。」


 ワインの酔いが回ったのか高らかに笑って言葉を発した晴門の会話を聞いて、秀高が震えを感じながら晴門の言葉に答えた。すると晴門はニヤリと笑った後に秀高に言葉を返した。


「その通り。その為にも秀高殿にはより一層力を奮ってもらわねばなりませぬ。先に上げてもらった方策を実行して国力を高め、強力な幕府軍を編成して一刻も早く乱世を収束させようではありませんか。」


「はい、そうですね…。」


 その晴門の呼び掛けに秀高は返事を返した後に、再び晴門の御膳の上にあったワイングラスにワインを再び注いだ。すると晴門はそれを受けた後に再びワイングラスを口に運んで中のワインを飲み干し、秀高を見つめてにっこりと笑った。その表情を見たその場の一同は張り詰めた空気を解いて次第に和やかな雰囲気に戻り、再びその場で談笑が始まったが一人、秀高は晴門の秘策を頭の中で考えこんで宴の終焉まで晴門の革新性に大きな衝撃を受けたのであった。





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