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1567年11月 屋敷に幕臣集まる



康徳元年(1567年)十一月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 それから数日後の十一月六日、京にある高秀高(こうのひでたか)の屋敷に細川藤孝(ほそかわふじたか)細川藤賢(ほそかわふじかた)柳沢元政(やなぎさわもとまさ)らと共に十数名ほどの幕臣を引き連れて来訪。そこに政所執事(まんどころしつじ)摂津晴門(せっつはるかど)も加わり屋敷の大広間にて幕臣らをもてなす盛大な宴が始まったのである。


(れい)、それに(しず)や皆。急な申し出にも関わらず宴の用意をしてくれてありがとう。」


「良いのよ秀高。これくらいなら私たちでも造作もない事だわ。」


 屋敷の大広間の隣にある控えの間にて、秀高は急な申し出に答えてくれた玲や静姫(しずひめ)らに感謝の意を述べた。これに静姫が自信満々に答えていると筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)が宴の用意を手伝ってくれた岸和田(きしわだ)城代・高浦秀吉(たかうらひでよし)に対してこんなことを尋ねた。


「それにしても秀吉よ、そなたが持ってきたあの飲み物は何じゃ?」


「ははっ、あれは南蛮渡来の酒にて葡萄酒(ぶどうしゅ)と申す物にございまする。本来は伴天連(ばてれん)に関連する酒にはございまするが、(さかい)では珍陀酒(ちんたしゅ)と呼ばれ商人たちに愛用されておる物にございまする。」


「それはワインだな。」


 秀高は秀吉の話の内容を聞いた上でこう言葉を発した。秀吉が堺の南蛮商人を通じて入手したのは、遠く欧州(おうしゅう)から持ってこられた葡萄酒ことワインであった。この頃のワインというのはいわばキリスト教の始祖であるイエス・キリストの血であるという言い伝えから伴天連…キリスト教においては宗教物に等しい扱いを受けていたのである。そんなワインの名前を秀高が発すると継意が感心したように言葉を返した。


「ほう、ワインとあの酒は申すのですか。」


「あぁ。俺は元の世界では呑んだことはないが、元の世界ではワインに精通する者もいて一種の嗜みになっているんだ。」


「なるほど…さすがは殿。そう申せられるのであれば幕臣たちにも喜ばれましょう。」


「でも、そのワインが幕臣の口に合うのかしら…?」


「…まぁ、そこは様子を見ながら配るとしよう。それじゃあ、行くとするか。」


 懸念を示した静姫に秀高は心配をかけさせないように言葉をかけると、その場にいた皆々に声を掛けて幕臣たちが待つ大広間へと足を運んでいった。その大広間には藤孝を初め幕臣たちが両脇に別れて御膳の前に座しており、館の主である秀高が上座の上に上がると幕臣たちは一斉に秀高の方を向いて頭を下げ、やがて継意らがそれぞれの座席に座すると上座の上にて待っていた晴門の隣の席に秀高が座り、その場から居並ぶ皆々へ秀高は声を掛けた。


「藤孝殿、それにこの屋敷に来てくれた幕臣の方々。今日は皆をもてなすためにささやかな膳を用意した。心ゆくまで楽しんでいってもらいたい。」


「ははっ。」


 その言葉を受けた幕臣たちは一斉に声を発し、会釈をした後に各々御膳の方に向き直して用意された御膳に箸をつけ始めた。やがて(らん)たち侍女が幕臣たちの盃に酒を注ぎ始めると、幕臣たちは酒に酔いしれながら御膳に舌鼓を打ち始めたのであった。その後宴がしばらく進むと、秀高の上座に藤孝が二人の幕臣を引き連れて現れ、秀高にその二人を紹介した。


「…秀高殿、こちらは我が父である三淵晴員(みつぶちはるかず)、並びに兄の三淵藤英(みつぶちふじひで)にございまする。」


「三淵晴員にございまする。麒麟児と名高い秀高殿とこうして知遇を得て、真に光栄の極みに存じまする。」


 この三淵晴員と藤英父子は藤孝から見れば実父と実兄の間柄であった。そもそも藤孝の生家は三淵家であり、やがて和泉(いずみ)の上守護であった細川晴貞(ほそかわはるさだ)の養子となり細川姓を名乗った経緯があったのである。そんな藤孝の血縁でもある二人を紹介された秀高は晴員父子に向けて改めて挨拶を返した。


「晴員殿に藤英殿。藤孝殿の血縁のお二方がこうしてお越しくださり、この私も嬉しく思います。」


「…秀高殿、この三淵掃部頭藤英みつぶちかもんのかみふじひで。秀高殿に詫びねばならぬ事がありまする。」


「詫びねばならない事?」


 そんな中、藤孝の実兄である藤英からこのような言葉を掛けられた秀高が復唱するように言葉を返すと、藤英はその場で頭を下げながらその理由を淡々と語った。


「実はこの某、将軍家に忠節を尽くす秀高殿の事を田舎者と(さげす)み、秀高殿の事を常日頃より敵視しておりました。されど三好(みよし)征伐の手腕を見るにその才が本物であると思い知り、こうして改めて秀高殿と親しくお付き合いすべく罷り越した次第にございまする。」


「そうだったのですか…藤英殿、何も詫びる事はありません。幕臣の方々からすれば私のような存在は、そのように見られてもしょうがない物ですから。」


「秀高殿…。」


 藤英の詫びを聞いて秀高が気に掛けることはないと言葉を返すと、秀高は目の前にあった御膳を脇に避けて藤英の前に進み、畳についていた手を握り取ると脇にいた晴員や藤孝に視線を向けながら藤英に言葉をかけた。


「今後は藤孝殿共々、藤英殿が申す通り親しく付き合いしていきたいものです。何卒よろしくお願いします。」


「ははっ、この三淵藤英、父共々秀高殿と歩調を合わせ、共に幕府再興を成して参りましょうぞ。」


 この挨拶を受けて藤英は手を握りなおして秀高と固い握手を交わし、その様子を父である晴員や弟でもある藤孝が優しい視線を送っていた。その雰囲気の中で上座の晴門は一言も発さずに秀高の正室・静姫から御酌を受けて黙々と盃に入った酒を飲んでいた。やがて藤孝らがその場から去ると代わりにやって来たのは朽木元綱(くつきもとつな)と幕臣の席に列した武田信豊(たけだのぶとよ)の嫡子・武田義統(たけだよしずみ)、それに秀高が初めて顔を見る二人の幕臣であった。


「これは秀高殿、三好征伐の時に参陣して知己となりましたが、こうして面と向かい合って話し合うのは初めてにございますな。」


「元綱殿、よくぞお越しくださいました。それに義統殿も来てくれてありがとうございます。」


「ははっ。秀高殿、今日は秀高殿に目合わせたき者がおりまして…」


 元綱と義統に向けて秀高が挨拶を述べた後、義統が脇の方を向いてその場にいた二人の幕臣に視線を送った。するとその二人の幕臣は秀高に向けて一人ずつ自己紹介を述べた。


「お初にお目にかかりまする。幕臣・京極長門守高吉きょうごくながとのかみたかよしにございまする。」


「同じく、和田紀伊守惟政わだきいのかみこれまさにござる。」


「和田殿に京極殿…。」


 すると、その二人の名乗りを下座の一番近くで聞いていた継意が、上座の秀高に向けて高吉の事について自身が知る情報を伝えた。


「殿、京極殿と申せばその昔、佐々木道誉(ささきどうよ)殿を始まりとする四職(ししき)とよばれた幕府重臣の名家の一つにて、かつては近江(おうみ)半国の守護を任されていた家にござる。」


「近江半国…という事は?」


「如何にも。戦乱によって家臣であった浅井家(あざいけ)といざこざを起こし、遂には所領を追われて京の将軍家に仕えておりまする。」


 この京極高吉の生家である京極家と近江に根を下ろす浅井家とは、数十年にわたり因縁があった。父の京極高清(きょうごくたかきよ)が浅井家の初代・浅井亮政(あざいすけまさ)によって追放された後、一族は京に落ち延びて幕臣として仕えていたのである。秀高は高吉について語った義統の言葉を聞いた後、高吉に視線を送って言葉をかけた。


「それは…さぞ浅井家の事をお恨みでしょう。」


「とんでもない事にございまする。」


 すると、高吉はそんな秀高の(なぐさ)めを毅然と否定し、秀高に向けて真っ直ぐな視線を送り自らの心境を秀高に告げた。


「確かに追われた当初はその様な感情を抱きましたが、今日の浅井家の栄達を見て我が事のように喜んでもおりまする。それに我が妻は亡き久政(ひさまさ)公の娘。言わば浅井家は今や親族でもあるのです。」


「京極殿は浅井家と幕府との橋渡し役を担っておりまして、京にて幕政の情報を浅井家に伝えております。」


「そうだったのですか…」


 高吉の言葉の後に惟政の言葉を聞いた秀高が反応すると、高吉は惟政と共に秀高の方に姿勢を向けなおし、改めて頭を下げると秀高に向けて意気込みを語った。


「秀高殿、我ら一同、藤孝殿同様に秀高殿の幕政参画を心より喜んでおりまする。秀高殿のお力があれば必ずや、傾いた幕府の権力を復活する事ができましょう。」


「この惟政も同様の想いにござる。」


 二人の意気込みを受けた秀高はこくりと頷くと、二人に頭を上げるように手で促した後に二人の顔を見ながら言葉を二人に向けてかけた。


「分かりました…ではお二方、今後ともよろしくお願いします。」


「ははっ!!」


 その挨拶を受けた高吉と惟政はそろって秀高に向けて頭を下げた。この高吉や惟政の他にも蜷川親長(にながわちかなが)ら数名の幕臣たちの挨拶を上座で秀高が受けている傍ら、黙って酒を飲み進めていた晴門はじっとその光景を見た後、しゃっくりを一回した後に御膳の上に盃を投げるように置き捨てた。





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