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1567年7月 京での酒宴



康徳元年(1567年)七月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 帝の御所に参内したその日の夜、高秀高(こうのひでたか)は京にある秀高屋敷にて京に在京する重臣たちや近隣の城代たちを招き、皆々の働きを(ねぎら)う酒宴を開いた。これに木下秀吉(きのしたひでよし)兄弟や浅井政貞(あざいまささだ)三浦継意(みうらつぐおき)小高信頼(しょうこうのぶより)夫妻などが訪れて盛大な宴が始まったのである。


「…さぁ継意、一献どうだ?」


「これは殿。ありがたく頂きまする。」


 盛大に催される酒宴の中で秀高は(れい)静姫(しずひめ)を伴って上座から降りて継意の目の前まで来ると、銚子(ちょうし)を手に取って継意の盃に酒を注いだ。それを受けた継意が一口で盃の中の酒を飲み干すと、秀高に向けてにんまりと微笑んだ表情を見せた。すると秀高は銚子をその場に置くと継意に向けてこう語り掛けた。


「…継意、名古屋(なごや)に続き伏見(ふしみ)築城を成し遂げてくれて、言葉では言い表せない程感謝している。」


「ははっ、そのお言葉を賜り、恐悦至極に存じまする。」


 その秀高のねぎらいを受け取った継意は盃を御膳の上に置いた後、両手を畳の上に置いた後に秀高に向けて頭を下げて会釈をした。するとその会釈を見た静姫は秀高の眼の前に置かれていた銚子を手に持つと継意の目の前まで進んで話しかけた。


「継意、私からも酒を注がせてもらっていいかしら?」


「姫様…ははっ!」


 継意は静姫の申し出を受けてすぐに返事を返すと、盃を手に取って静姫から注がれる酒を受け取り、再び口の中へ酒を流し込んだ。その酒を飲んだ継意は穏和な静姫の表情を見て微笑むと、それを見ていた玲や秀高も何だか微笑ましい表情でその場を見つめていた。すると継意は盃を手にしながら秀高に向けて言葉を発した。


「殿、三好(みよし)が倒れた今、殿の幕府の中の立場は非常に大きなものとなりましたな。」


「あぁ。これから先、俺の一挙手一投足が命取りになるだろうな。」


 秀高が継意の言葉を受けて相槌を返すと、今度は玲が静姫から銚子を手渡しで受け取って継意の盃に酒を注いだ。そんな秀高たちとは正反対の位置に座していた信頼は席に同伴していた秀吉から酒を注いでもらっていた。


「ささ、信頼さまもご一献。」


「すいません、ありがとうございます。」


 秀吉から酒を注いでもらった信頼が言葉を返すと、そのまま酒を一口飲んだ。すると秀吉は近くに銚子を置いた後に、反対側に座す秀高を見つめながら信頼に向けてこう言った。


「いやぁ、まさか御大将(織田信長(おだのぶなが))の家臣であった某がこうして城代の地位まで登ることが出来るとは思いもよりませんでしたなぁ。」


「いえ、それも全ては秀高が秀吉殿の働きを見ていた証拠ですよ。」


「左様にございまするか…よし。」


 信頼の言葉を受けた秀吉は何かを決意すると、そのまま席を立って秀高の側に近づき、腰を下ろして座りなおした後に秀高に話しかけた。


「殿、この木下藤吉郎秀吉きのしたとうきちろうひでよし、殿より城代の役職を得たこの機に姓を改めたく思いまする。」


「姓を改める?」


 その言葉の後に秀吉の側に信頼や弟の木下秀長(きのしたひでなが)が座し、同時に秀吉の言葉に反応したその場の家臣たちが一斉に秀吉の方に視線を向けると、その中で秀吉は隣にいた信頼や秀高の目の前にいた継意を手で指しながら言葉を続けた。


「如何にも、ここにおわす小高殿の「高」の字と、筆頭家老であらせられる三浦様の「浦」の字を取り、姓を「高浦(たかうら)」と改めまする!」


「高浦…良い名字じゃないかしら?」


「うん。私もそう思うよ。」


 秀吉の発言を聞いて静姫と玲が賛意を示すと、秀吉は懐から一枚の紙を取り出して秀高の目の前の畳の上に置いた。見るとその紙には先程の言葉の内容通りに「高浦」という二文字の漢字が書かれていた。それを見た秀高は紙に書かれた文字を見た後に秀吉の顔に視線を移し、首を縦に振って頷いた。


「分かった。藤吉郎、じゃあ今後は「高浦秀吉(たかうらひでよし)」と名乗るが良い。」


「ははっ!この高浦藤吉郎秀吉、殿の為に力を尽くしまする!」


 ここに秀高の許しを得た秀吉は姓を高浦姓に改め、後に弟の秀長も兄同様に高浦姓を名乗って「高浦秀長(たかうらひでなが)」となった。その後酒宴の席は華やかに進み、やがて宴もたけなわとなって酒宴を閉じたのだった。




「…秀高くん、まだ寝ないの?」


 その日の夜、秀高屋敷の奥の間にある秀高の寝室にて、部屋の中に敷かれた布団の上にて秀高と共に夜を過ごすべく座っていた玲が、机に向かって紙に文字を書いている秀高に話しかけた。すると秀高は蝋台(ろうだい)の上にある蝋燭(ろうそく)の灯りに照らされながら筆を(すずり)の中の墨に付けた後に言葉を玲に返した。


「あぁ…せめてこの項目を書き終えてからな。」


「それは…「太平記(たいへいき)」じゃない。太平記を移し書きしているの?」


 玲と共に布団の上に座っていた静姫が、秀高の側に近づいて机の上にいてあった一冊の本を見てそう言った。秀高が机に向かってやっていたこと。それは太平記の書写であった。漢文の形態で書かれている太平記原本の内容を忠実に一字一字丁寧に書く秀高は、その静姫の言葉に反応して首を縦に振った。


「うん。中国(ちゅうごく)吉川元春(きっかわもとはる)は先の尼子(あまご)討伐の陣中で全三十九巻を書写したらしい。俺も兵法書の書写でもすれば何か掴めると思ってさ。」


「すごい…こんなにびっしり書いて…」


 そう言った玲が手にしていたのは、秀高が書写した太平記の巻物であった。みると中にびっしりと漢文が寸分の違いもなく書かれており、それを見た玲は感心するように見つめていた。するとそんな玲とは反対に静姫が秀高の事を気に掛けるように言葉を発した。


「でも秀高、あまり無理をするんじゃないわよ?」


「分かってるさ。俺も前の騒ぎで自分が若くない事を知ったよ。全く年を取るというのも考えものだな…。」


「殿、宜しいでしょうか?」


 と、そんな秀高に対して襖の向こうから声が掛けられてきた。秀高がその声に反応して筆を硯の上に置くと、襖が開かれて向こうから詩姫(うたひめ)小少将(こしょうしょう)を伴ってその場に入ってきた。それを見た秀高が詩姫の方を振り向くと二人に対して声を掛けた。


「詩、それに小少将もどうしたんだ?」


「殿、実はこの小少将様が殿に是非とも夜伽をしたいと申し出ておりまして…」


「何?夜伽を?」


 詩姫から告げられた内容を聞いて秀高が不意を突かれたような反応を見せると、小少将は秀高の前に一歩進んで手を床に付けると頼み込むように秀高にむけて言葉を発した。


「殿、何卒この私に殿の種を授けては下さいませぬか?これは細川(ほそかわ)と高の為にもお願いいたします。」


「…小少将。」


 そんな小少将の熱のこもった言葉を聞いた秀高は、スッと立ち上がって小少将の側に近づき小少将の肩に手を乗せると、小少将を諭すかのように言葉を優しくかけた。


「そんなに肩に力を入れるな。力んでいたら授かる命も授からないぞ?」


「殿…」


 秀高の言葉を受けた小少将が秀高の顔をじっと見つめると、それを傍で見ていた玲が秀高に代わって机の上を綺麗にしていた静姫に語り掛けた。


「…ねぇ静。今日は私たち別室で寝ようか。」


「えぇ、その方が良さそうね。」


「お、おい二人とも、どこに行く!?」


 玲と静姫が互いに言葉を交わした後、スッと立ち上がって襖の方向に向かったのを見た秀高が二人に向けて言葉を発した。すると玲と静姫は詩姫と共に襖を開けて縁側に出ると、微笑みながらそれぞれ秀高に言葉をかけた。


「では殿、小少将殿と二人きりでごゆっくり…」


「新しい子供の事、任せたわよ。」


「じゃあ秀高くん、また明日ね?」


 詩姫と静姫、それに玲が各々言葉をかけた後スッと襖を閉じてどこかへと去っていった。その姿を見送った後に呼び止めようと手を差し伸ばしていた秀高は、頭の後ろに手を回して掻いた後に言葉をつぶやいた。


「…ったく、あの三人、もしかしたら示し合わせていたな…?」


「殿…私では不服ですか?」


「いや、そんなことはない!」


 秀高に向けて言葉をかけて来た小少将のその言葉を聞いた秀高は即座に否定するように返答すると、振り返った秀高は小少将の瞳を見た後に小少将と唇を合わせ、しばらくした後に小少将の肩に手をかけながら小少将に言葉をかけた。


「小少将、本当にいいんだな?」


「はい。殿…」


 その小少将の言葉を聞いた秀高は小少将の着物の紐を解き、そこから二人は交わるようにして一夜を過ごしていった。



 こうして京に上洛してから数年の間に高秀高は三好家を打倒して飛躍的にその力を高め、さらには幕政内の要職に就任して名声を高めた。これから先の秀高の前にはより一層困難な相手が立ちはだかるであろうが、秀高はそれらを相手にしても一歩も引かぬ覚悟を元に前へと進んでいくのであった…。





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