1567年5月 小少将と静姫と
永禄十年(1567年)五月 山城国京
永禄十年五月二十二日。いよいよ高秀高と小少将との婚礼の日当日となった。この日婚礼の舞台となる京の秀高屋敷には京在留の家臣一同が勢ぞろいし、主君・秀高の新たな門出を祝うべく集っていた。秀高屋敷の門前にて新郎・秀高が新婦・小少将の花嫁行列を待つ中で秀高の側には白色の小袖に上から薄緑の打掛に身を包んだ静姫と心配そうに見つめる玲・舞の姉妹の姿があった。
「秀高…いよいよこの日が来たわね。」
「静…一応小少将や来席する細川真之殿には話を通してはいるが、本当にそれで良かったのか?」
小少将の花嫁行列を門前にて待つ秀高が話しかけてきた静姫に向けて言葉を返した。すると静姫は秀高の方を振り向きながらふふっと微笑んだ後に言葉を返した。
「構わないわ。今日は小少将が主役の日よ。私の我儘を通してもらった秀高の為にもそれ以上多くは望まないわ。」
「そうか…」
「姫様、くれぐれもご自愛なされよ?」
そう言ったのは静姫の背後にて心配そうに見守っていた三浦継意であった。すると静姫は話しかけてきた継意の方を振り向き心配させないように即座に返答した。
「分かってるわよ継意。そこまで愚かじゃないわ。」
「…大丈夫かな舞?」
「姉様、今は静の事を信じるほかはないですよ。」
と、静姫の側にいた玲と舞がその様子を見つめながら互いに会話を交わした。するとその場に外にて待機していた馬廻の山内高豊がその場に聞こえるように大声で声を発した。
「花嫁行列、御成―り!」
その言葉に反応して秀高配下の家臣や玲たちが一斉に両脇に別れた後に頭を下げ、秀高が門を潜ってその前に出ると、目の前の道の左方向から物々しい花嫁行列がやって来た。婚礼道具を持つ人夫や花嫁に付き従う侍女たちの後に、花嫁である小少将の乗る輿が秀高の眼の前に着いてその場に下ろされると、行列の中で馬に乗っていた真之が下馬して秀高の目の前まで歩いてきた。
「…真之殿、この婚礼にお越しくださって忝い。」
「何の。我が母の代わりに可愛い姪の晴れ姿を見届けに参った次第。そう固くなられまするな。」
いわば新婦の両親的な立ち位置で今回の婚礼にやって来た真之の言葉を聞いて秀高が頷いていると、腰から侍女の手をとって降りた小少将の白装束を見て秀高が見惚れながら言葉をかけた。
「小少将…綺麗だな。」
「はい…秀高様。ありがとうございまする。」
秀高の言葉を受けて小少将はやや少し照れながら秀高の言葉に答えた。その後秀高や参列者の者達は小少将らと共に屋内へと移り、大広間にて婚礼の儀式が行われた。秀高と小少将が上座にて面と向き合いながら三三九度の盃を互いに交わした後、秀高と小少将は下座にて控えていた真之らからお祝いの言葉を受けたのであった。
「千秋万歳!おめでとうございまする!」
「おめでとうございまする!」
真之の言葉を切っ掛けに居並ぶ来賓の皆々が秀高を祝う言葉をかけると、秀高と小少将は上座から黙ってその挨拶を受け取ったのだった。その後、その場にてささやかな膳が用意されると来賓の皆々はそれに箸を付けて楽しんだ。その様な中で真之は盃を一回呷った後に秀高に向けて言葉をかけた。
「…いや、左権中将殿。改めておめでとうございまする。」
「ありがとうございます真之殿。これで高家と細川讃州家の絆はより一層固まりましたね。」
真之の言葉を受けて秀高が上座から言葉を返すと、真之は表情をキリっと引き締めた後に盃を御膳の上に置くと、上座の秀高の方に姿勢を向けて頭を下げた後に言葉を発した。
「そういえば左権中将殿、我が祖父・岡本牧西が儀、お計らい頂き忝うございまする。」
「えぇ…まさか生きているとは思いませんでしたが…」
この時、真之にとっては母方の祖父に当たる岡本牧西が三好家の滅亡後に行方をくらましていたが、いきなり牧西が細川真之の元に転がり込んで庇護を求めてきたのだ。秀高はこの内容を真之から聞くと将軍・足利義輝に申し出て牧西の身の安全を確保したのであった。そのお礼を秀高に述べた真之は頭を上げると秀高に向けて言葉の続きを述べた。
「いえ、そのお陰で我が母の気持ちもいくらか楽になり申した。その儀も改めて御礼申し上げる。」
「真之殿、そのような水臭い話はよしましょう。」
秀高は真之の言葉を聞いた後にそう言うと、自身も手にしていた盃を御膳の上に置いた後に真之に向けて頭を下げながら言葉を発した。
「これからもどうか、この俺の事や高家をよろしくお願いします。」
「ははっ!!」
その言葉を受け取った真之は返事を返した後、互いに秀高と見合った後に笑みがこぼれるように微笑んだのだった。ここに小少将は晴れて秀高の第四正室に迎えられると同時に高家と細川讃州家はこの婚礼をもって互いに緊密な関係となったのであった。
「…真之殿は帰られたか?」
「うん。真之殿の配下の家臣団や京在留の家臣たちもそれぞれ帰宅し始めたようだよ。」
小少将との披露宴の後、自身への屋敷へと帰宅していった真之の様子を信頼が秀高に向けて語り掛けると、その情報を聞いた継意が秀高に向けて尋ねた。
「殿…それでは?」
「うん。静、入ってきて。」
秀高が上座から外の方に向けて声を掛けると、その外から今まで白装束に身を纏っていた小少将が白色の小袖の上から黒色の打掛を羽織り、逆に白装束に身をまとった静姫が小少将に手を取られながらその場に現れた。静姫のその身なりを見た秀高はスッと立ち上がると静姫の前に歩いてきてやや俯いている静姫に向けて言葉をかけた。
「静…とても綺麗だ。小少将に引けを取らないな。」
「ふふっ。その言葉、嘘だったとしても嬉しいわ。」
静姫は秀高の言葉に少し照れながらも答えると、秀高に手を取られて上座の席へと向かい、先程の小少将と同じように上座に秀高と向き合うように座った。静姫と互いに顔を見合わせた秀高は対面の静姫と視線を合わせた後に言葉を発した。
「それじゃあ静との婚礼を挙げよう。継意、盃を。」
「ははっ…」
秀高の言葉に継意が答えると、継意は用意されていた銚子を手に取って三三九度の盃の際に静姫と秀高の盃に交互に酒を注ぐ役割を担った。その最中継意は秀高に最初に酒を注いだ後、静姫の盃に酒を注ぐ際に継意の瞳に光るものが流れ、それを見つけた静姫が継意に語り掛けた。
「…ちょっと継意、どうして泣いているのよ。」
「いえ…姫様がこうして正式に殿との婚礼が叶う事、これほど喜ばしい事はございませぬ…」
継意にしてみれば幼少期の頃より知っている静姫が、元の主君である山口教継から後事を託された秀高と改めて華燭の典を挙げる事が叶って感動も人一倍大きかった。そのために継意は年甲斐もなく涙を一つ流すとしんみりとした表情のまま三三九度の盃を行い続けたのだった。そしてそれらの儀式が終わった後、秀高は玲たちが見守る中で静姫に向けて言葉をかけた。
「静…長い間待たせてすまなかった。これからもどうか俺の事をよろしく頼む。」
「ええ。任せておきなさい。あんたの事を死ぬまで支えてあげるわ。」
この静姫の言葉を聞いて秀高は微笑んで受け止め、そして継意は目頭を押さえて涙をこらえるように下を俯いた。それを見ていた玲と舞たち姉妹も、継意の涙につられて瞳に涙を浮かべながら微笑んでその光景を見守り、信頼や小少将は二人の様子を微笑ましく思いながら視線を送っていた。ここに静姫と秀高は正式な結納を経て、夫婦の絆はより一層大きくなったのであった…。




