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1567年5月 結納の裏で



永禄十年(1567年)五月 山城国(やましろのくに)伏見城(ふしみじょう)




 永禄(えいろく)十年五月二十日。高秀高(こうのひでたか)が京の屋敷より(れい)たち家族や侍女たち、その他家財道具等をここ伏見城まで引っ越しさせてから数日経ったこの日、伏見城本丸の裏御殿の中は慌ただしい様子であった。裏御殿に務める侍女たちは何かにおわれるように廊下を行ったり来たりするように行き交い、またある部屋の中では名古屋(なごや)からやって来た(うめ)(らん)親子主導の元で新たに召し抱えた侍女たちに料理の手ほどきしていた。


「…秀高、この慌ただしい様子は何なの?」


 その様子を目で見ながらある一室にいた秀高に語り掛けたのは第二正室である静姫(しずひめ)だった。静姫から語りかけられた秀高は傍にいた(れい)小高信頼(しょうこうのぶより)、そして三好(みよし)征討の最中に迎え入れた(えい)こと小少将(こしょうしょう)に視線を向けながら静姫の言葉に答えた。


「あぁ、実はこの数日後にここにいる小少将の結納の式を挙げる事になっているんだ。」


「結納の式…。」


 その言葉を聞いた静姫が言葉を発した後に黙って秀高の顔を見つめた。すると今度は秀高に代わって脇にいた信頼が静姫に向けて言葉をかけた。


「今回の婚礼は各城主からお祝いの品々が献上されて来ていて、今知信(とものぶ)(まい)たちが必死にその内容を確認している最中なんだ。」


「秀高様、ここまで華やかな婚礼を挙げてくださり、(かたじけの)うございまする。」


 信頼の言葉の後に信頼と正反対の方向に座っていた小少将が、秀高に向けて頭を下げながら感謝を述べた。すると秀高は微笑みながら小少将に言葉を返した。


「いや、実を言うとこの俺も驚いているんだよ。何しろここまで華やかな婚礼は詩姫(うたひめ)以来なかったからなぁ。」


「あ、秀高さん。お待たせしました。」


 するとその間に信頼の正室である舞が目録の書かれた書物を片手に入ってきた。舞は秀高と信頼の間に座ると秀高に対して結納に際して諸将から進呈された品物の目録を手渡しした。


「こちらが各諸将からの品物の目録です。ほとんどは金子ではなく各地の特産品を進呈して来ていますね。」


「…おぉ、滝川一益(たきがわかずます)北条氏規(ほうじょううじのり)伊勢海老(いせえび)を合わせて十尾も進呈して来たのか。伊勢海老は美味いんだよなぁ…」


「そうだね。でも秀高くん、これは秀高くんの結婚式なんだから新郎がはしゃいじゃったら駄目だよ?」


 秀高と共に目録の内容に目を通していた玲が秀高が喜んでいる様子を見てそう言うと、秀高と正反対の位置に座していた静姫はただ黙って秀高の姿を見つめていた。するとそこに侍女が現れてその場にいた小少将に向けて言葉をかけた。


「小少将様、着物の合わせを行いますのでどうぞこちらに…。」


「分かりました。では秀高様、行って参りまする。」


 小少将は侍女の言葉を聞いて相づちを打つと、秀高に向けて一礼した後に侍女と共にその場を去っていった。その後に信頼も秀高に向けて会釈してその場を去ると秀高は府と真正面にいた静姫が、黙ってこちらに視線を向けていた様子を見て思わず言葉を発した。


「…どうしたんだ静、ここに来てから黙ってばっかりじゃないか。」


「そうだよ。どこか身体が悪いの?」


 秀高の言葉の後に玲が静姫の事を気遣う様に言葉をかけると、静姫は秀高の顔をじっと見つめた後にようやく言葉を発して反応した。


「…いいえ。まさか今の今まで思い出さないなんてと思ってね。」


「何かあったのか?」


「…この朴念仁(ぼくねんじん)。」


 秀高のこの言葉を聞いた静姫がピシャリと簡潔に言葉を発すると、静姫は手で身体を前に引き出し、秀高の目の前に近づくと一言でこう言った。



「あんた、この私とはまだ結納の式を挙げていないわよね?」



「…え?」


「あっ、そういえば…。」


 静姫から発せられたあまりの内容に秀高は声を漏らすだけだったが、その場に残っていた舞が静姫の言葉を聞いた後にある事を思い出して秀高に向けてこう言った。


「秀高さん、そういえば静とは亡き教継(のりつぐ)様から静の事を託されてから今までずっと一緒でしたけど、結納自体は行っていなかったですよね?」


「確かに…そこから静との間に子供が出来たから自然に夫婦になったけど結納自体はまだ挙げてなかったんだね。」


 舞の言葉の後に玲が反応した二人の会話を聞いて、今の今まで失念していたそれを思い出した秀高が青ざめていると、その秀高の様子を見ていた静姫がはぁ、と一つため息をした後に秀高に向けて言葉をかけた。


「秀高、あんたがずっと天下統一という大望を夢見て走って来たのを私は知っているわ。でも子供も産まれたのに未だ結納の式を挙げていないってなったら、あの世でじい様たちに笑われてしまうわ。」


「そうか…すまない静。俺が失念していたばかりに…」


 静姫に向けて秀高が言葉を発しながら深々と頭を下げると、静姫は首を横に振った後に気遣ってくれた秀高に向けて言葉を返した。


「良いのよ…そうだ秀高、一つ頼みがあるのだけど。」


「なんだ改まって?」


 静姫の提案を受けた秀高が強張らせながらその内容を尋ねると、静姫はふふっと微笑みながら秀高に向けてその内容を告げた。


「今度の小少将との結納の式、私も一緒に挙げさせてくれないかしら?」


「い、一緒に?」


「そうだけど静、挙式を一度に二人同時でやったって言うのは古今東西試しが…」


 静姫からの要請を受けた秀高が驚いている傍らで、玲が静姫に向けて言葉を返すと、静姫は玲の方を振り向いてにこやかに微笑みながら言葉を返した。


「大丈夫よ。それについてはこの私に考えがあるわ。」


「それは何なの?」


 舞が静姫の言葉に反応してその内容を問うと、静姫は舞の方を振り向いて自身の考えをその場で発表した。


「簡単な話よ。小少将との結納式の後、その場でささやかながら婚礼の席を設けてくれるとありがたいわ。」


「なるほど…一日で二回も婚礼を挙げるという訳か。」


 その言葉を聞いて秀高が口を開いて反応すると、静姫は秀高の方を振り向いた後にこくりと首を縦に振って頷いた。


「えぇそうよ。それなら来席する皆の迷惑にもならないし、何より小少将の時と比べて少人数にはなると思うけど挙式自体は問題ないと思うわ。」


「…分かった。そこまで言うなら俺がいろいろ掛け合ってみよう。」


 秀高は静姫の意見を容れてそう言うと、静姫も微笑みながら秀高に向けて頭を下げて一礼した。その後秀高は小少将との結納の式の準備の裏で、密かに静姫との婚礼の準備や来賓への根回しなど慌ただしく動いたのであった。





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