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1567年5月 伏見城落成



永禄十年(1567年)五月 山城国(やましろのくに)伏見城(ふしみじょう)




 永禄(えいろく)十年五月十三日。この日足掛け約一年七ヶ月をかけた伏見城並び周辺地域の大規模普請工事が万事すべて終り、秀高は京在留の家臣たちや京屋敷に残る大名家の者達を招いて盛大な式典を執り行った。


「皆、よくぞ来てくれた。」


 新築された伏見城本丸へと続く大手門の前にて秀高は来訪した者達に向けて挨拶を述べた。この時、伏見城落成の式典に参列したのは京に在留していた家臣、佐治為景(さじためかげ)やその子の佐治為興(さじためおき)丹羽氏勝(にわうじかつ)安西高景(あんざいたかかげ)らに加え、この時期に在京していた細川真之(ほそかわさねゆき)別所安治(べっしょやすはる)内藤宗勝(ないとうむねかつ)そして浅井高政(あざいたかまさ)ら大名とその家臣団。合わせて三十名ほどがその場にいたのである。その中で秀高に向けて最初に言葉を返したのは為景であった。


「殿、いよいよ(みやこ)での拠点が出来上がりましたな。」


「うん、これで京の滞在もより容易になるだろう。」


「秀高殿、おめでとうございまする。」


 秀高の返答の後に秀高に対して言葉をかけてきたのは、将軍・足利義輝(あしかがよしてる)よりこの場へと派遣されてきた幕臣・細川藤孝(ほそかわふじたか)である。秀高は声を掛けてきた藤孝の方を振り向くと労を(ねぎら)うように藤孝に言葉を返した。


「これは藤孝殿。ご足労いただき(かたじけな)く思います。」


「何の。今日は是非とも秀高殿が嗜好(しこう)を凝らした伏見城の全容をこの目に焼き付けたく思いまする。」


「そうですか。分かりました。では皆々、今日はこの俺、並びに普請奉行を務めた三浦継意(みうらつぐおき)らがこの伏見城の案内をしよう。早速この俺に付いて来てくれ。」


 そう言うと秀高は小高信頼(しょうこうのぶより)や普請に従事した継意や村井貞勝(むらいさだかつ)木下秀吉(きのしたひでよし)秀長(ひでなが)兄弟と共に来訪した者達を引き連れて新築の伏見城の案内を始めた。まず一行が向かったのは直ぐ近くにある大手門であった。そこで諸将たちに対して説明を始めたのは秀吉であった。


「…まずこちらはこの伏見城に多く備えられている門構え、「桝形門(ますがたもん)」にございまする。こちらは水堀の上に橋を通し、二の門である高麗門(こうらいもん)でまず敵を防ぎ、高麗門が破られた後は三方を囲うように配置された一の門、渡櫓門(わたりやぐらもん)の中から飛び道具の類を射掛けまする。」



 この桝形門という門構え方式は、城郭建築が発展した安土桃山時代(あづちももやまじだい)以降に取られた方式である。今までの城郭建築のように正面に門がある状態ではなく右、もしくは左に曲がるように配置された門とそれを囲う様に石垣上に配置された渡り櫓(わたりやぐら)で固められた堅牢な構えであった。それまでの城郭建築から考えると異様な雰囲気を見て感じ取った氏勝が感嘆しながら言葉を発した。



「おぉ…この門構えの前では今までの戦のやり方は通用しませんな。」


「如何にも。この門構えを破る術がない軍勢はまずここで大きく足止めを喰らう事になりましょう。その他にも各所の門の中には側に二層の千貫櫓(せんがんやぐら)を配しており、門に攻め寄せる敵を側面から打ち崩しまする。」


 氏勝の言葉の後に秀長が言葉を発しながら右手を指し出してある方角を示した。諸将がその方向を見てみると大手門の北側に張り出された石垣の上に二層の大きな隅櫓(すみやぐら)が配置されていた。その様子を見た後に雰囲気に気圧(けお)された高政が秀高に向けて言葉をかけた。


「…これは見事な備えにございまするな。」


「ええ。それでは皆々様、次はこの城の本丸に(そび)える五層六階の天守閣へと参りましょう。」


 秀高はその構えに感嘆する諸将たちに向けてこう声を掛けると、自ら先導する様に先を進んで諸将を案内した。やがて諸将はいくつの桝形門を越えて本丸の中に入ると本丸御殿の側に立つ大きな天守閣に目を奪われた。伏見城本丸の天守台に備え付けられているこの望楼型(ぼうろうがた)の天守閣は五層六階。屋根は総瓦葺(かわらぶき)高欄(こうらん)が設けられている最上階の六階の屋根は藍色(あいいろ)の瓦屋根が敷かれておりその風景は正に圧巻ともいうべきものであった。


「…如何にございまする?立派な眺めにございましょう。」


「おぉ…ここからなら辺り一面を見渡せますなぁ。」


 伏見城天守閣の六階に昇って高欄から周囲の景色を見つめた宗勝が言葉を発すると、その場にいた諸将に対して総奉行を務めた継意が、視線の先に広がる風景を一つ一つ指差しながら説明を始めた。


「この伏見城は城下町を囲うように、宇治川(うじがわ)から木幡山(こばたやま)の山裾を経て高瀬川(たかせがわ)までに三十間(約50mほど)もある水堀を構え、その城側に円を描くように宇治川の(よど)方向まで土塁(どるい)漆喰塀(しっくいへい)を備えた総構えを有しておりまする。」


「総構え…かの小田原城(おだわらじょう)に構築されていた備えですな。」



 この伏見城の最大の特徴は何と言ってもこの総構えである。宇治川から分岐して円を描くように配置された大きな水堀からなる総構えはその外観から正に唐土(もろこし)の城郭都市を思い起こすようなものであった。継意の説明を聞きながら反応した安治の言葉を聞いて、今度は秀吉がその場で言葉を発した。



「それだけではありません。伏見の城下町も碁盤の目のように道を敷き、至る所に武家屋敷や寺院を配置しておりまする。」


「なるほど…武家屋敷や寺院は有事の際には小さな砦にもなる。万が一に総構えを突破されても城に辿り着く前にそこで敵を削るという訳ですな。」


 秀吉の意見を聞いた後に高政が頷き名ながら言葉を発すると、その言葉を聞いて秀吉の脇にいた弟の秀長が高政に向けて言葉をかけた。


「驚くのはまだ早うございまする。城への道々に並ぶ商家の二階には隠し間を設けてありまする。平時は簡素な蔵として扱いまするが、戦となればそこから弓や鉄砲を用いて道を進む敵に射掛ける事も可能でしょう。」


「これは…そこまでの防備があるのならば容易には城は落ちますまいな。」


 秀吉や秀長から告げられた内容を黙って聞いていた藤孝が秀高の方を振り向いてこう言うと、秀高はこくりと頷いた後に藤孝に向けて城の東側のある区画を指差しながら言葉を返した。


「えぇ。尚且つ城の東側は宇治川から来る船を曳航(えいこう)させる為に舟留を設けてあります。万が一にも落城となればこの舟留から逃げ延びることも出来ます。」


「そこまで考えておいででしたか。」


 秀高の指さした方向を見ながら藤孝が秀高の意見に感嘆するように頷くと、秀高はふっとほくそ笑んだ後に藤孝に視線を向けるとこう言った。


「藤孝殿、この世に絶対に落ちない城などはありません。しかし同時に敵が攻め寄せてきた場合には敵に大打撃を与える必要があります。私はこの伏見城がその思想の具現化になると良いと思っています。」


「流石は秀高殿。その考えは必ずや広まる事でありましょう。」


 その秀高の言葉を聞いた藤孝や周囲にいた諸将たちは感心するようにその場で頷きあった。やがて諸将たちは秀高先導の元天守閣を降りて本丸表御殿に赴き、表御殿の中の大広間である「松の間」へと案内されてそこで諸将たちを歓待すべく厳選された食材を用いた御膳でおもてなしを受けた。その御膳の旨さに諸将が舌鼓を打つ中で秀高は信頼らと共に密かに藤孝を呼び寄せると、藤孝を連れて表御殿の奥の方にやって来た。


「…秀高殿、ここは?」


「ここは表御殿の一角にある一つの間です。我々が先ほど歓待していた大広間は我々が使用するのですが…」


 藤孝に向けて秀高はこう言うと、側に控えていた馬廻の神余高政(かなまりたかまさ)神余高晃(かなまりたかあきら)の兄弟に目配せを行った。すると兄弟は息を合わせて閉じられていた襖を一斉に開けた。すると藤孝は開けられた襖の奥に広がっていた光景を見て大きく驚いた。


「な、これは…将軍御所の大広間!?」


 何とその視線の先にあったのは、(みやこ)にある将軍御所の大広間そのものであった。大きさは将軍御所の物より一回り小さかったが書院造りの様式や背後の壁画に至るまで全く一緒であった。すると秀高は驚いている藤孝に向けてこの広間の事を語り始めた。


「…これは昭君之間(しょうくんのま)と我々は呼んでいます。名前の由来はこの間の壁画に王昭君(おうしょうくん)が描かれていることに由来するのですが、この名前にはある隠しがありまして…」


将軍(しょうぐん)、ですか?」


 藤孝が秀高の会話の内容からその隠された内容を悟って言葉に出すと、秀高はこくりと首を縦に振って頷いた。


「その通りです。藤孝殿、これは内密にお願いしますが、もし万が一京にて政変が起こった場合は上様をこの伏見に招き入れ、この間にて庇護する準備が我々は出来ています。」


「政変…」


 藤孝は秀高から発せられた内容を聞いた後にポツリと呟くように言葉を発した。すると秀高は昭君の間の中に足を踏み入れると藤孝の方を振り向いて言葉の続きを述べた。


「これから先、幕府の中は大きく変わることになるでしょう。その反動でかつての恩恵を受けていた者達が決起を起こさないとも限りません。そうなった時将軍家…上様の身に何かあってはならないのです。」


「秀高殿…そこまで我ら将軍家の事を…」


 秀高の想いをその場で感じ取った藤孝は感動を覚えると、秀高の目の前に足を進めた後に秀高の手を取って握手を交わして言葉をかけた。


「ご案じなさいますな秀高殿。もし万が一の事があらばこの藤孝、必ずやこの伏見に上様を案内して参りましょう。」


「藤孝殿、ありがとうございます。」


 その藤孝の返答を聞いて安堵した秀高はその場で藤孝と固い握手を交わしたのだった。ここに秀高の京の拠点である伏見城はこの日より機能し始め、同時に伏見城下には駐留する足軽武士たちとその家族が移住し始めた。その足軽武士の数、八千余り。ここに秀高は畿内において名古屋城(なごやじょう)と同等の兵数を抱える事になり畿内にてその存在感を大きくさせたのだった。





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