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1567年5月 京への帰還



永禄十年(1567年)五月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 永禄(えいろく)十年五月九日。三好(みよし)征討の戦後処理を終えて京に帰還してきた高秀高(こうのひでたか)大高義秀(だいこうよしひで)ら残っていた軍勢が領国へと帰還するのを見送った後、小高信頼(しょうこうのぶより)と共に勘解由小路町(かげゆこうじちょう)足利義輝(あしかがよしてる)の将軍御所を訪れていた。


「上様、この高左近衛権中将秀高こうさこのえごんのちゅうじょうひでたか、上様の御教書(みぎょうしょ)に従い三好征討を成し遂げましてございます。」


「よくやってくれた秀高。これで幕府の権威はより高まる事であろう。」


 将軍御所の中にある大広間にて、上座に座る義輝に向けて下座から秀高が頭を下げながら挨拶を述べた。これに上座の義輝が言葉を返した後に側にいた幕臣の細川藤孝(ほそかわふじたか)が秀高に顔を向けた後に言葉をかけた。


「秀高殿、この度は祝着至極に存じまする。見れば体調の方も万全になったようで何よりにござる。」


「ははっ。藤孝殿にはご心配をおかけしました。」


 秀高の体調が良くなった事を顔色から察したこの藤孝の発言を聞いて、秀高は藤孝に心配をかけた事を詫びた。その秀高の言葉の後に上座の義輝が今回の三好征討における秀高への恩賞の内容を告げた。


「秀高よ、三好征討の恩賞ではあるがそなたの申し出通り、和泉(いずみ)淡路(あわじ)の二ヶ国をそなたに与えようと思う。」


「ははっ!ありがたき幸せに存じ(たてまつ)りまする!!」


 この和泉・淡路両国の加増という内容は、事前に秀高や側にいた信頼らが予想していた通りの内容であった。つまり秀高にとっては日本随一の商業都市である(さかい)とその周辺海域である和泉灘(いずみなだ)の制海権を有する事になり、同時に堺から上がる貿易の利益を秀高が得る事を意味していた。


「秀高よ、旧三好領国のうち河内(かわち)畠山高政(はたけやまたかまさ)摂津(せっつ)荒木村重(あらきむらしげ)阿波(あわ)讃岐(さぬき)細川真之(ほそかわさねゆき)に与える事とし、松永久秀(まつながひさひで)には大和(やまと)一国、内藤宗勝(ないとうむねかつ)には丹波(たんば)国を与えようと思う。」


「はっ、上様の寛大なるご処置、真にお見事にございます。」


 義輝が秀高に対して旧三好領国の分配の内容を告げると、秀高はその内容に異心が無い事を示すように即座に返答した。するとその言葉を聞いた後に義輝が秀高に対して更にこう言った。


「それで秀高よ、そなたへの恩賞はそれだけではない。今度これを契機に新たな幕府体制を構築しようと思っておる。」


「幕府の体制を、ですか?」


 義輝から告げられた新たな幕府体制の構築という言葉を聞いて秀高はオウム返しをするように問い返した。この時幕府の統治体制は崩壊していたと言っても過言ではなかった。将軍家とそれに従う側近の幕臣たちによって将軍家は辛うじて存続していたものの、かつて全国にその威勢を響かせていた室町幕府の再興の為には思い切った体制改革をする必要があったのである。そのことを考えていた秀高はオウム返しをした後に義輝に対してこう尋ねた。


「…(おそ)れながら、管領(かんれい)職は高政殿に任じられるのでは?」


「それはその通りになりまするが、秀高殿には是非とも、幕府中枢の要職である侍所所司(さむらいどころしょじ)問注所執事(もんちゅうじょしつじ)の職を与えようと上様は思っておりまする。」


「な、なんと!?」


 幕臣・柳沢元政(やなぎさわもとまさ)が提示した侍所所司と問注所執事という職務。これはどちらも現行の幕府体制の中では重要な職務であった。侍所所司というのは言うなれば幕府の軍事・警察の最高責任者。片や問注所執事というのは秀高らがいた元の世界で言う所の裁判所の長に匹敵する。幕府は三好を滅ぼした秀高への恩賞として、これら役職の補任を促してきたのである。


「そこでそなたの希望を聞いておこうと思う。どちらの方を希望する?」


「は、はぁ…。」


 元政からの言葉の後に上座の義輝が秀高に向けてどちらの職を希望するか尋ねると、秀高は一瞬自身の背後にいた信頼に視線を向けた。それに信頼が後ろを振り向いてきた秀高に視線を向けて合図を送ると、それを受け取った秀高は義輝の方に姿勢を向けて希望する役職の名前を口に出した。


「…では、侍所所司を所望いたしたく思います。」


「ふむ、侍所所司か。流石は秀高。その職を所望するとはなかなかよな。」


 義輝は秀高からの返答を聞いて微笑み見ながら会釈すると、手にしていた扇をパチンと閉じた後に秀高に答えを返した。


「相分かった。秀高の希望に沿えるようにしよう。」


「ははっ。ありがとうございます。」


 義輝の答えを聞いた秀高はその場で頭を下げて礼を述べた。その後に秀高は頭を上げると話題を切り替えて義輝に発言した。


「それで上様、伏見城(ふしみじょう)についてでございますが、この数日後にめでたく落成の式典を行う事となりました。」


「ほう、もう完成致すのですか。」


 そう反応するのはその場に居合わせた幕臣・朽木元綱(くつきもとつな)である。元綱からの言葉を聞いた秀高は元綱の方を振り向き、首を縦に振って頷いた後に言葉を発した。


「如何にも。そこでこの式典に何卒(なにとぞ)幕府からの使者をお遣わし願えませんでしょうか?」


「ほう、使者をか。よかろう。遣わす故安心せよ。」


「ははっ!ありがとうございます。」


 秀高からの申し出を義輝が二つ返事で了承すると、秀高と背後にいた信頼は二人して義輝に謝意を示すように頭を下げた。そして秀高らが大広間から下がろうと立ち上がろうとした時、ある事を思い出した義輝が秀高に向けて言葉をかけた。


「そうじゃ秀高、そなたに一つ伝えておくことがある…」


「何でございましょうか?」


 秀高の相槌を聞いた義輝は、その場で秀高や信頼らに向けてその用件を伝えた。するとその報告を聞いた秀高と信頼は驚いた表情を見せると、義輝やその場にいた幕臣たちに一礼した後にその場を去っていったのだった。




 その日の夕刻、京の六条河原(ろくじょうがわら)にて数名の斬首刑が執り行われた。執行されたのは秀高に降伏した後に京へと護送されていた足利義維(あしかがよしつな)足利義栄(あしかがよしひで)父子と側近・畠山維広(はたけやまつなひろ)と二人の息子たちであった。


「…義維殿、最期に何か仰られたき事はありますかな?」


「申し述べたき事とな…?」


 六条河原の川岸にて側近・維広と二人の息子たちが首を討たれた後、次に茣蓙(ござ)の上に引き出された義維・義栄父子を見て処刑の監視人であった幕臣・細川藤賢(ほそかわふじかた)が引き出されてきた義維に語り掛けた。すると両手を後ろに縛られている義維は語り掛けてきた藤賢に向けて(うつむ)きながら言葉を返した。


「…我ら親子、今の将軍家にとってみれば邪魔者以外の何者でもなかったという事。されど…」


 とその時、義維はふと視線を前面に向けた。すると義維の視線の先には川向こうの土手の上に馬に乗りながらこちらを見ている秀高と信頼の姿があった。義維は川向こうにいる秀高の姿を見止めた後、目を閉じて下を向き、ふっとほくそ笑んだ後に言葉の続きを発した。


「この我らの命を取るのだ。今の将軍には日ノ本の安定を取り戻すことを切に願うのみ。」


「父上…」


 そう言った義維の後姿を見ていた義栄が一言発した後に父同様瞳を閉じ、それを見ていた刑吏の武士によって義維父子の首は胴体から離れて刑場の露と消えた。この時、足利義維享年五十七、その子足利義栄享年三十であったという…


「…やはり、義維父子は将軍家によって命を取られることになったね。」


「あぁ。上様のご心中は決して穏やかではないだろうな…。」


 義維父子の処刑の様子を川向こうから黙っていた秀高に対して、信頼が馬上から秀高に語り掛けた。すると秀高は信頼の言葉に反応した後に手綱(たづな)を引いて馬首を返すと、前をまっすぐに見つめながら背後にいた信頼に対して言葉を返した。


「だが、これで将軍家は盤石になる。この義維殿らの死を無駄にしてはならないな。」


「…うん。」


 その秀高の言葉を信頼は一言発して反応し、馬の脚を進めた秀高に続いて自身も後を追う様にその場を去っていった。ここに足利義輝の室町幕府は数十年にわたって続いた不安定要素を消し去ることに成功し、義輝や秀高が夢見る幕府再興に向けた一歩を踏み出したのである。





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