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1567年4月 信長からの言葉



永禄十年(1567年)四月 ???




「迷いだと…?」


 高秀高(こうのひでたか)は霧が辺りを覆う不思議な空間の中で出会った織田信長(おだのぶなが)からの言葉を受けて、その場でオウム返しをするように言葉を発した。するとこの言葉を受けた信長は秀高の目の前に立つと顔に視線を向けながら首を縦に振り、同時に秀高に言葉を返した。


「そう、迷いだ。お前、三好長慶(みよしながよし)が亡くなる間際の会話を覚えておるか?そなたは天下平定という己の野心を成就させようと将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の元で幕府再興(ばくふさいこう)に尽力すると長慶に申したであろう。」


「それが何だ?」


 信長は秀高が長慶との会話を引き合いに出して語り掛け、それを聞いた秀高は目の前に立つ信長に視線を向けながら返答した。すると信長は秀高の顔をじっと見つめながら言葉の続きを述べた。


「お前も未来の世界から来たのであれば、今の幕府を再興するのがいかに困難な道であるか分かっておるはずだ。それは長慶が申した幕臣間の不和の他にも要因は至る所にある。例えば…比叡山延暦寺ひえいざんえんりゃくじなどの寺社勢力。」


「…っ!?」


 秀高は信長の口から出た言葉を聞いて大きく驚いた。比叡山延暦寺…この寺の名こそ織田信長が残した大きな事績の一つでもある。元の世界で歴史の授業の際に学んだ「延暦寺焼き討ち」。その対象である延暦寺の名が信長の口から発せられた事を秀高は驚き、その後にそう言った信長の方に視線を向けた。すると信長は秀高に向けてふっとほくそ笑んだ後に言葉を続けた。


「まぁ、お前は元の世界から来ておる故知っておるか。このわしが何をしたかという事をな。寺社勢力は僧兵や地侍を多く抱えて大名にも負けぬ軍事力を有しておる。そなたの意思に沿う寺社政策を推し進めるのであれば、特に延暦寺の僧兵どもはどうにかしなくてはなるまい。」


「やはり寺社勢力と戦わなくてはならないのか…?」


 秀高は石山本願寺(いしやまほんがんじ)との間で穏便に振る舞った盟約の事を思い出し、信長にその是非を問うた。すると信長は秀高の問いかけにすぐに返答した。


「まぁそこは上手くやると良い。力攻めだけでは汚名のみが残るであろう。上手いことやれば奴らの暴発や自滅を招くことも出来るはずだ。そうなった時は一切遠慮するでないぞ。」


「寺社勢力に限らず、他の事案にも同じことが言えるのか?」


 秀高が信長にそう問いかけると信長は何も発さずに黙ってこくりと頷いた。すると信長は(おもむろ)に秀高の左肩に手を掛けると秀高に向けてこう語り掛けた。


「秀高よ、これだけは覚えておけ。決して汚名を恐れるな。時には泥をかぶることも覚悟せよ。身綺麗なだけでは戦国の世を渡り歩けぬ。」


「身綺麗では…世を渡り歩けない…」


 信長から発せられたこの教訓ともいうべき言葉を聞いて秀高は復唱するように口に出した。その言葉を聞いた信長は首を縦に振って反応し、そのまま秀高に向けて言葉を続けた。


「その通りだ。それにお前がもし今の家族や仲間、家臣を大事に思うのであればそれに危害を与えようとする存在を一切許すな。たとえ鬼と(あざけ)られようと徹底的に敵を倒せ。それが大名としての…武将としての矜持だ。」


「信長…」


 この言葉には信長から秀高への教訓を授けるような意図があった。この教訓を受け取った秀高はじっと信長の姿を見つめ、対して信長は秀高の左肩から手を離すと秀高から一歩下がって穏和な表情を浮かべて秀高に言葉をかけた。


「まぁ、わしから言えるのはそれだけだ。さぁ、そろそろ戻るが良い。そなたの帰りを心配している者がいるのだろう?」


「俺の帰りを…!?」


 信長の言葉を受けて秀高が反応すると、その時周りに漂っていた霧が一層濃くなっていき、それに気が付いた秀高はふわっと身体が浮き上がるような感覚を感じ取った。その感覚を感じた秀高がまるで水中でもがくように手足を振り回すと、信長はその場に立ちながら浮き上がっていく秀高に向けて最後にこう言葉をかけた。


「秀高よ、最後に申しておく。我が姉を侮るなよ。あの姉は覚醒したら怖いぞ?はっはっはっは…」


「信長…俺は必ず…天下をっ!信長!」


 信長は姉である織田信隆(おだのぶたか)の事に気を付けるように忠告すると、秀高は浮き上がりながらも遠ざかっていく信長に対して自身の信念を告げるように大声で叫んだ。そして秀高はそのまま上へと浮き上がっていくとそのまま意識が途切れるように眠りに就き、そのままどこかへと消えていったのだった。




「——くん…秀高くん!」


「…はっ!?」


 再び眠りに就いた秀高がこの声に反応して目を見開くと、そこは自身が横になって寝ていた飯盛山城(いいもりやまじょう)千畳敷曲輪(せんじょうじきくるわ)にある御殿の奥の間であった。そして秀高は自身に対してずっと声を掛けていた(れい)の方を振り向くと玲は瞳に一粒の涙を浮かべながら秀高に向けて言葉をかけた。


「よかった…ずっとうなされてたから目が覚めてよかったよ…。」


「そうだったのか…」


 秀高の左手を握って玲が秀高に向けてそう言うと、秀高は胸をなでおろす様に安堵した。するとその秀高に対して玲とは正反対の位置に座していた人物が秀高に向けて言葉をかけた。


「殿、お目ざめになられましたか。」


「お前…継意(つぐおき)?どうしてここに…」


 秀高がその問いかけに対して視線を向けると、そこにいたのは伏見城(ふしみじょう)の普請奉行を務めていた三浦継意(みうらつぐおき)であった。継意は秀高の問いかけを受けると継意は横になって寝ている秀高に顔を近づけて問いかけに答えた。


「いや何、殿が倒れたという知らせを聞いていてもたってもいられず、貞勝(さだかつ)に普請を任せてここに飛んで参った次第にございまする。」


「そうだったのか…」


「秀高…目が覚めたようね。」


 継意の言葉を受けた秀高の言葉の後に、静姫(しずひめ)がお盆を手に持ちながらその部屋の中に入ってきた。そして玲にお盆を手渡しした後に玲の隣に座ると、秀高は継意の隣に着座していた小高信頼(しょうこうのぶより)にも語り掛けるように玲たちに向けて先程自分が見ていた夢の内容を詳細に語り始めた。


「…さっき、夢の中で今川義元(いまがわよしもと)を始め、俺たちが倒した者達が悪霊となって現れたんだ。」


「悪霊…」


 その夢の内容を聞いて信頼が言葉を発して反応すると、秀高は布団から右手を出してそれを上に突きあげると玲たちに向けてその続きを伝えた。


「でも、俺は自分の力でそれに勝った。俺は力を振り絞って迫ってきた義元や他の者達を切り伏せたんだ。そうしたら、誰が出てきたと思う?信長だよ。」


「なんと…信長が?」


 秀高から思いもよらぬ人物の名前を聞いた継意が驚いて反応すると、秀高は継意の言葉を聞いてふふっと微笑んだ後に玲たちに向けて信長が夢の中で伝えてきた言葉を告げた。


「信長は俺に危害を加えないどころか、俺に助言を与えてきた。「汚名を恐れるな。自分の大切な物を守るのなら鬼となれ。」とな。」


「鬼となれ…か。如何にも信長らしい…。」


 信長が秀高に向けて発言した言葉を聞いて継意がふっとほくそ笑んだ後にそう言うと、秀高は右手を布団の上に置いて天井を見つめながら玲たちに向けてこう言葉を発した。


「…俺は今回の事でよく分かったことがある。人の一生には限りがある。自分の大志や大切な物の為なら命を惜しまずに立ち向かう事が大事だとな。」


「秀高くん…。」


 秀高のこの決意がこもった言葉を玲は(かたわ)らでじっと聞いていた。すると秀高は自身の左側にいた玲と静姫の方を振り向き二人に向けて言葉をかけた。


「玲、それに静。俺はお前たちや家臣の皆を守る覚悟がより一層固まった。そのために俺はこれまで以上に頑張るつもりだよ。」


「あら、それだとまた体調を崩すわよ?」


「でも…」


 すると静姫は玲より秀高の左手を貰って握手を交わすように握ると、秀高の眼を見つめるように視線を送って言葉をかけた。


「あんたがその覚悟を固めたのなら、私たちや家臣の者達は皆秀高に付いて行くし、何だったらあんたの行動も補佐するわ。だから今度は家臣の皆にも少しは頼りなさい?」


「そうか…それもそうだな。」


 その言葉を聞いた秀高は納得する様に頷き、それを見ていた玲も、そして反対側にいた継意や信頼もまた秀高に視線を送って頷いたのだった。その後、秀高はしばらくの間療養と称してこの飯盛山城に一ヶ月ほど逗留し、やがて体調が万全になった翌五月五日。飯盛山城を発して一路(みやこ)へと帰還していった…。





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