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1567年4月 飯盛山城にて



永禄十年(1567年)四月 河内国(かわちのくに)飯盛山城(いいもりやまじょう)




 永禄(えいろく)十年四月五日。高秀高(こうのひでたか)によって始まった三好(みよし)征討は三好長慶(みよしながよし)の死によって終焉を迎えた。討伐に参加した徳川家康(とくがわいえやす)浅井高政(あざいたかまさ)ら諸侯の軍勢は征伐が終了すると秀高に先んじて領国へと帰還。秀高配下の軍勢である北条氏規(ほうじょううじのり)滝川一益(たきがわかずます)らほとんどの軍勢もまた自身の所領へと帰還し始めた。その中で秀高は長慶の死後からここ飯盛山城に留まり、畿内に残る三好の残党掃討や戦後処理に従事していた。


「河内国内に残っていた三好方の豪族の掃討は順調に進んでいるよ。これも義秀(よしひで)前野長康(まえのながやす)殿、蒲生賢秀(がもうかたひで)殿ら近江(おうみ)の諸将の働きのお陰だね。」


 飯盛山城千畳敷曲輪(せんじょうじきくるわ)の中にある御殿の中の広間にて、床几(しょうぎ)に座って机に向かっている秀高に向けて隣に座する小高信頼(しょうこうのぶより)が言葉を発した。すると秀高はこの信頼の言葉に首を縦に振って頷いた後に言葉を返した。


「その通りだ。何しろこの河内は畠山高政(はたけやまたかまさ)殿の所領となる国だ。三好の残党が跋扈(ばっこ)している状態で高政殿に返すのは忍びないからな。」


「それにしても秀高くん、今回の三好征伐の恩賞はどうなるのかな?」


 秀高の隣で秀高に視線を注いでいた(れい)が恩賞の事について尋ねると、秀高は手にしていた筆を(すずり)の上に置いて玲の方を振り向き、恩賞の事について自身の考えを述べた。


「恩賞については将軍家と話し合って決めるが、今の所だと俺たちが貰えるのは和泉(いずみ)淡路(あわじ)の二ヶ国だろうな。」


「となると、阿波(あわ)讃岐(さぬき)細川真之(ほそかわさねゆき)摂津(せっつ)荒木村重(あらきむらしげ)の手に渡るという事ね。」


 秀高の言葉を聞いた後に静姫(しずひめ)がこう発言すると、秀高はその言葉を聞いて首を縦に振って頷いた。


「その通りだ。まぁ戦の前から約束で決まっていた事ではあるが、概ねその通りに配分されることになるだろう。」


「でも、その二ヶ国を得れば僕たちの所領は十一ヶ国に膨れ上がるよ。十一ヶ国といえば「六分一殿(ろくぶのいちどの)」と呼ばれた全盛期の山名(やまな)の所領に匹敵するね。」


尾張(おわり)美濃(みの)飛騨(ひだ)伊勢(いせ)志摩(しま)近江(おうみ)伊賀(いが)若狭(わかさ)山城(やましろ)と今回の和泉と淡路…確かに領地を持つ国というだけなら十一ヶ国になるわね。」


 信頼の言葉を聞いた後に、静姫が今の時点での秀高の有する領国の数を指で数えながら反応すると、その静姫の言葉を聞いた後に玲が信頼に向けてある単語を引き合いに出して尋ねた。


「でも信頼くん、確かその山名って…」


「うん、その勢力を警戒されて抑制に動いた当時の将軍・足利義満(あしかがよしみつ)に「明徳(めいとく)の乱」を引き起こしてその勢力を減退させてしまったんだ。僕たちもそうならないようにより一層気を付けなきゃならないね。」


「なるほど…長慶が死に(ぎわ)に言った「胡坐(あぐら)を掻くな」は言い得て妙だな。」


 秀高が亡き三好長慶が遺言した言葉を思い返してそう発言すると、その場に馬廻の山内高豊(やまうちたかとよ)が駆け込んできて秀高にある事を報告した。


「殿、(みやこ)より木下秀吉(きのしたひでよし)秀長(ひでなが)兄弟が(まか)り越しました。」


「分かった。直ぐに通してくれ。」


 高豊からの報告を受けた秀高はその場に秀吉らを連れてくるように命じ、それを受けた高豊は会釈をした後にいったん外に出て、再びその場に秀吉兄弟を連れてやって来た。すると秀吉は久方ぶりに秀高の顔を見るや満面の笑みを浮かべて秀高に祝辞を述べた。


「これは殿!三好征伐の完遂、真に祝着至極に存じまする!」


「ありがとう藤吉郎(とうきちろう)。これで畿内(きない)の情勢もいくらか楽になる事だろう。」


「殿、おめでとうございまする。」


 兄・秀吉のねぎらいの言葉の後に秀長が秀高に労う言葉を述べると、秀高は秀長の方を振り向いて首を縦に振って頷いた。その後秀吉は秀高に向けて自身が耳にしたことを秀高に語り掛けた。


「ところで殿、お聞きになられましたか?畠山高政(はたけやまたかまさ)殿が畠山総州家はたけやまそうしゅうけ畠山尚誠(はたけやまなおまさ)殿を粛清なさったと。」


「畠山総州家?」


「かの応仁(おうにん)の乱の原因の一つになった畠山家の家督争いから生まれた流派だよ。今では高政殿の尾州家(びしゅうけ)が嫡流なんだけど、その総州家も一定の名声を保持していたんだ。」




 この畠山総州家と畠山尾州家の対立は応仁の乱以降、今の今まで続く因縁でもあった。畠山宗家が尾州家に固まった以降、総州家は紀伊(きい)国内に僅かな勢力を保持していたが、三好征討を機に高政は手を回してこの総州家粛清を断行したのである。




「それを粛清したという事は、高政殿はこの期に畠山を一枚岩にするつもりだな。」


「如何にも。」


 秀高が秀吉の報告を踏まえて自身の考えを述べ、それに秀吉が反応して相槌を打つと秀高は首を縦に振った。


「そうか、分かった。あ、そうだ藤吉郎。折角の機会だからお前に言い渡しておくことがある。」


「言い渡しておくこと?」


 秀高がある事を思いついて側にいた信頼から書状を受け取ると、突然の申し出に困惑する秀吉を尻目に秀高はその書状を秀吉の目の前に差し出しながらこう告げた。


「藤吉郎、今回の三好征討によって俺たちは和泉と淡路を領地として確保する事になる。そこで和泉国を統治する役目の岸和田(きしわだ)城代と(さかい)代官の任、お前に任せようと思う。」


「な…このわしが、城代?」


 この申し出は秀吉にとっては寝耳に水というべき物であった。秀吉が驚いた後に秀高から書状を受け取って封を解き中身を見ると、そこには秀高の言葉の内容通り秀吉を岸和田城代兼堺代官に任ずるということが書かれてあった。その書状を秀吉が見つめる前で信頼が秀吉に向けて言葉をかけた。


「まぁ、城代といってもその名の通り代理の役職。大名になる訳でも自分の所領になる訳でもない。でもその役目の重さは城代以上の値打ちがあると思うよ。」


「それにただで城代にしようという訳じゃない。お前の現在の知行である九百六十石から加増して城代職相当である二千四百石に加増しようと思う。」


「に、二千四百石!?」


 秀吉は秀高から告げられた加増の内容に驚いた。この時秀吉が貰っていた九百六十石というのは侍大将相当の知行であり、それが二千四百石という重臣に当たる上席家老職に匹敵する知行になるというのは正に大抜擢というものであった。秀高は更に驚いている秀吉に向けて言葉をかけた。


「それなら自前の家臣を養っても余りある知行であり、その役目遂行も容易になるだろう。どうだ藤吉郎、引き受けてくれるか?」


「…殿、そこまでこのわしを買ってくださるので?」


 秀吉があまりの厚遇に感動しながら秀高に問いかけると、秀高は微笑みながら首を縦に振って答えた。


「あぁ。お前はあの織田信長(おだのぶなが)が一目を置いたほどの逸材だ。それにお前の美濃経略時の墨俣一夜城(すのまたいちやじょう)伏見築城(ふしみちくじょう)などの数々の功績に報いたいと思ってこの褒美を与える事にした。受け取ってくれるか?」


「ははっ!引き受けまする!この木下藤吉郎秀吉きのしたとうきちろうひでよし、必ずや殿のご信任に答えてみせましょう!!」


 秀高の想いを受け取った秀吉が即答するように返事を返すと、秀高は大いに喜んで座る秀吉に近づいてその手を取り、固い握手を交わしながら秀吉に向けて言葉を発した。


「良くぞ言った藤吉郎!ではお前に任せるとしよう。それで、お前の家臣の目途はあるのか?」


「ははっ、それについては後日に申し上げる事がありまする。ですが今の所はこの小一郎(こいちろう)弥兵衛(やへえ)がおりますれば何とかなりまする。」


「分かった。後でその申し出を聞くとしよう。藤吉郎。今日の所は下がって…っ!?」


 秀吉の言葉を聞いて秀高が立ち上がりながら、下がるように言葉をかけようとしたその時に秀高は急に目眩(めまい)に襲われてその場でふらっと姿勢を揺らした。その姿を見て驚いた秀吉は秀高の事を案じるように秀高に尋ねた。


「殿?如何なさいましたか?」


「いや、急に目眩(めまい)がして…今日は休むとするか…」


 秀吉の問いかけに答えて秀高がそう言った直後、突然秀高は視界が定まらなくなり次の瞬間にはその場に崩れるように倒れ込んだ。それを見ていた玲と静姫はバッと床几から立ち上がると倒れ込んだ秀高に向けて言葉をかけた。


「秀高くん!?」


「秀高!?しっかりしなさい!秀高っ!!」


 そう呼び掛けられても秀高は荒い息になりながらも言葉で反応する事はなかった。この状態を見た信頼や玲たちは即座に奥の間へと秀高を連れて行き、その場に用意した布団に秀高を寝かせると共に城内に緘口令(かんこうれい)を敷いた。秀高は布団の中に横になると息を落ち着かせて寝息を立てるも、依然予断を許さない状況に玲と静姫たちは布団の中に横になる秀高の側で状況を見守ったのだった。





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