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1567年4月 三好長慶の最期



永禄十年(1567年)四月 河内国(かわちのくに)飯盛山城(いいもりやまじょう)




三好長慶(みよしながよし)が面会を求めている?」


 この報告が飯盛山城包囲陣の本陣がある岡山城(おかやまじょう)に届けられたのは日が沈んだ夜の事であった。三好方の軍使を伴って山を下山してきた織田信澄(おだのぶずみ)からこのことを告げられて秀高が反応すると、その秀高に対して信澄が言葉を続けた。


「はっ。それと同時に飯盛山城本丸南側の千畳敷(せんじょうじき)曲輪には白旗が掲げられ、これを受けて義秀(よしひで)殿の軍勢は北側の高矢倉(たかやぐら)曲輪に留まり、また松永久秀(まつながひさひで)殿の軍勢も馬場(ばば)がある妙法寺(みょうほうじ)に留まって待機しておりまする。」


「…白旗という事は、敵に戦う意思はないという事ね。」


「でも、どうして長慶さんは戦を止めてまで、秀高くんに面会を求めて来たのかな?」


 岡山城に構築された臨時の楼台にて秀高と共に報告を聞いていた静姫(しずひめ)(れい)がその場で互いに会話すると、その前にて顎に手を当てて思案していた秀高は顔を上げると、こくりと首を縦に振った後に言葉を発した。


「…分かった。その旨に応じよう。」


「殿!?それはあまりにも危険にございまする!万が一これが長慶の策略であればどうなさいますか!?」


 秀高の言葉を聞いて家臣の竹中半兵衛(たけなかはんべえ)が驚いて諫めると、秀高は自身の身を心配してくれている半兵衛の方を振り向くと説得するように言葉をかけた。


「…白旗を掲げている以上長慶が危険を(おか)してその手を打ってくるとは思えない。それに向こうが会いたいと言ってきているなら、それに応じてやるのも一興かなと思ってさ。」


「殿…。」


 秀高の反論を聞いて半兵衛が心配そうな表情を浮かべて言葉を発すると、そんな表情をしている半兵衛に気をかけさせないように秀高が自信たっぷりに半兵衛にむけて発言した。


「案ずるな。万が一に備えて稲生衆(いのうしゅう)に俺たちの警護をさせる。そうすれば何の心配もないさ。」


「…分かりました。殿、くれぐれもお気をつけて。」


「あぁ。玲、それに静姫も一緒に行くとしよう。」


「うん、分かった。」


 半兵衛からの言葉を受けた秀高はこくりと頷いた後に、背後にいた玲と静姫に同行を頼んだ。これを玲は言葉を返しつつ頷いて答え、一方の静姫は言葉を発さずに玲同様、こくりと頷いて返答した。こうして秀高は裏で稲生衆の警護を受けながら玲たちと共に信澄や三好方の軍使の先導の元、本丸へと山道を登って高矢倉曲輪(たかやぐらぐるわ)にて待機していた大高義秀(だいこうよしひで)(はな)夫妻と小高信頼(しょうこうのぶより)の面々と合流してそのまま本丸南側の千畳敷曲輪(せんじょうじきぐるわ)へと足を踏み入れたのである。




「…秀高殿、こちらにございまする。」


 千畳敷曲輪の中に足を踏み入れた秀高一行は、鳥養貞長(とりかいさだなが)の案内の元曲輪の中にあった御殿へと足を運び、その奥の間にあった一つの部屋の前で足を止めた。貞長が部屋の襖をスッと開けるとその奥には薄暗い部屋の中に一つの布団が敷かれており、そこに横たわる人物を見て秀高が何かを感じ取ると義秀らを連れて布団に横たわる人物の前まで進んで座り、その人物に向けて秀高は自らの名前を名乗った。


「…お初にお目にかかります。尾張名古屋(おわりなごや)城主、高左近衛権中将秀高こうさこのえごんちゅうじょうひでたかと申します。」


三好修理大夫長慶みよししゅりだいふながよしだ…こうして相まみえるとは夢にも思わなかった。」


 その布団の中にて横になっている人物こそ、秀高が今回の侵攻において最重要目標に掲げていた三好長慶(みよしながよし)その人であった。長慶は顔に死相(しそう)を浮かべながらも脇に座った秀高らを一通り目で見つめた後に感慨深げになりながら言葉を発した。


「そうか…我ら三好をここまで追い詰めた者どもは、ここまでに若い者達であったか。昔、父の仇を討つべく細川晴元(ほそかわはるもと)の配下になった頃を思い出すわ…。」


「…。」


 長慶が床に臥せながら発したこの言葉を、秀高や義秀らは黙って聞いていた。長慶は床の中から秀高の顔を見つめると、視線を合わせた秀高の顔をじっと見つめた上で言葉を続けた。


「だが一方でその顔に見合わぬ機略と武勇を備えておるようだ。決してただの成り上がりではないという事か…。」


「…こちらこそ、「理世安民(りせいあんみん)」。世に道理を広め民を安んじるを掲げて畿内に覇を唱えた長慶様にお会いできて何よりです。」


 ようやくその場で秀高が言葉を発し、自身の中に格言として残る言葉を発した上で長慶に言葉を返した。すると長慶はこの言葉を聞いて病床にありながらふっと目で笑った後に視線を天井に向けた後に秀高に向けて言葉をかけた。


「…秀高よ、このわしの命もあと少し…最期に一つ聞きたい事があるが良いか?」


「何でしょうか?」


 この問いかけを受けた秀高は一歩前に出て長慶の側に近づき、長慶にその問いかけを尋ねた。すると長慶は視線を秀高の方に向けてこう問いかけた。


「そなた、今の上様の幕臣となって尽力しておるようだがその目的とは何だ?」


「…戦乱で権威を失った幕府を上様の元で立て直し、戦無き世を作る為です。」


 秀高が病床にある長慶の顔をじっと見つめながら問われた目的を答えると、長慶はふっと鼻で笑った後に忠告を込めて秀高に言葉を返した。


「なるほど…幕府再興か。秀高、そなたに一つ教えておいてやろう。幕府の再興を目指すのであれば、上様はともかくとして、幕臣どもの動向には気を付ける事だ。」


「幕臣の?」


 長慶の言葉から出た幕臣という単語を聞いた秀高がその単語を発しながら、長慶にその発言の意味を尋ねた。すると長慶は再び顔を天井の方に向けるとその発言の意味を秀高に語った。


細川藤孝(ほそかわふじたか)など一部の幕臣を除いて、大半の幕臣は伝統に固執して変化を嫌う者達ばかりだ。そなたが目指す幕府再興の過程で幕府の制度を改めようとすれば、遠からずこの幕臣たちと対立することになるであろう…そなたには、幕府再興という目的の為に保守派の幕臣たちと対立する覚悟はあるのか?」




 この長慶の発言には、自身の人生の大半を費やした幕府との対立の経験則が詰まっていた。というのも長慶は細川晴元(ほそかわはるもと)や将軍・足利義輝(あしかがよしてる)との政争の過程で義輝たちに付き従う幕臣たちの本質を目の当たりにしていた。将軍・義輝に近侍する幕臣たちの中には藤孝のように天下の上に立つ幕府の衰退を心から憂い幕政改革をもくろむ幕臣もいれば、己らの利益や家名を保持するために等持院(とうじいん)足利尊氏(あしかがたかうじ))から続く伝統ある幕府の復活をもくろむ者も多くいたのである。


 それらと相対するという事は即ち、下手を打てば幕府そのものと対立する事になりかねないことを長慶は身をもって実感していた。そのため幕府再興という願いを掲げた秀高に対して長慶はその覚悟のほどを尋ねたのである。




「はい。覚悟は出来ています。」


 長慶の問いかけを受けた秀高は、長慶の顔をじっと見つめたまますぐさま返答して覚悟のほどを示した。秀高の顔に視線を向けてその濁りがない表情を感じ取った長慶はふっとほくそ笑んだ後に顔を天井の方に向けて秀高に言葉を返す。


「…そうか。どうやらその意志は本物の様だ。ならば、あの世から成り行きを見守らせて貰おう…」


 そう言って長慶が瞳を閉じると、側にいた貞長に対して目を閉じたままある事を言い渡した。


「貞長…この城が開城となった後は生き残った者を連れて城から去るが良い。そしてどこかで安穏(あんのん)と過ごせ…」


「殿…」


 長慶から言葉を受けた貞長が長慶の最期を感じ取って瞳に涙を浮かべた。すると長慶は瞳を閉じたまま今度は秀高や付き従ってきた義秀らに向けて遺言ともいうべき一言を告げた。


「秀高、それに後ろに控えし皆々。くれぐれも今の立場に胡坐(あぐら)を掻くな。常に気を引き締めて過ごすことだ…」


 秀高や義秀らはその長慶の言葉を聞くと黙りながらその言葉を心の中に受け止めた。そして長慶は深い深呼吸を一回した後に側にいた秀高に向けて語り掛ける様に微かな声を発した。


「秀高よ…乱世を…」


「…殿っ!!」


 長慶は秀高に向けた言葉を最後まで発する前に病床の中で息絶えた。その言葉を聞いていた貞長が長慶を呼ぶようにして大きく声を発した後にその場ですすり泣き、片や秀高は長慶の最期の発言を聞いて長慶から託されたと感じると、すすり泣く貞長の横で義秀らと共に息絶えた長慶に向けて深々と頭を下げたのだった。


 時に永禄(えいろく)十年四月一日夜、一代で畿内に覇を唱えた三好長慶は最期に相対した敵に看取られながらその生涯を閉じた。享年四十六歳…


「…貞長殿、俺は長慶殿のご遺志に従う。残る城兵と共にすぐに去ってくれ。」


「何を申す!我らに生き恥を晒せと申すか!」


「長慶殿の意思を無碍(むげ)にするのか!!」


 そして長慶の死後、秀高より退去を促された貞長が涙を(ぬぐ)って反発すると秀高はその場で声を荒げて怒った。これを受けて貞長がその場で怯むと秀高は亡骸となった長慶の方に視線を向けながら貞長に語り掛けるように声を掛けた。


「…三好長慶殿の死をもってこの戦は終わる。これ以上の流血は無意味だ。」


「…くっ!」


 秀高の言葉を受けた貞長は亡き長慶の遺体に目を向けた後、無念さを(にじ)ませながらスッと立ち上がるとその場からすぐに去っていった。やがて貞長は城内にいた城方の将兵と共に城から退去し、何処なりへと行方をくらましていった…そして貞長がその場から去った後、秀高は背後にいた信頼に向けて言葉を発した。


「…信頼、この長慶殿の亡骸をどこかに丁重に弔ってやってくれ。」


「うん。分かった。」


「…それにしても、「胡坐を掻くな」か。」


「今の私たちには、核心を突いて来たような言葉だったわね。」


 秀高が長慶から発せられた遺言の中にあった単語を思い返すように言葉を発すると、それに静姫が賛同する様に言葉を返した。尾張(おわり)挙兵からたった数年で大勢力にまでのし上がった秀高らにとっては、長慶から告げられたその発言が正に心を食った発言であったのだ。すると静姫の発言を聞いた後に玲が頷き、そのまま秀高に向けて言葉を告げた。


「うん。長慶さんの最期の言葉、大事にしようね。」


「あぁ。そうだな。」


 玲の言葉を受けた秀高はこくりと頷くと、姿勢を長慶の亡骸の方に向けて長慶の冥福を祈るように手を合わせた。それに義秀らも続くように手を合わせ、今回の戦の敵の最期をしっかりと目に焼き付けるようにしていた。こうしてここに畿内の覇者と呼ばれた三好家はたったひと月で日ノ本(ひのもと)からその姿を消し、同時に瞬時に三好家を滅亡させた秀高の名声はこれによって飛躍的に上昇したのであった…





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