1567年4月 飯盛山城攻略戦<後>
永禄十年(1567年)四月 河内国飯盛山城
その日の夕刻、高秀高より軍権を託された大高義秀指揮する高家の軍勢は茶臼山砦を経由して大手口である南野口の山道を音を殺して進み、やがて大手門を目視できる距離まで近づくと山道を逸れて脇の木々の木陰に潜んで城内の様子を窺った。その軍勢の中にいた義秀の元に、城内の様子を探ってきた中村一政が現れてこの攻め口の大将である義秀に対して城内の様子を告げた。
「申し上げます。城内の様子は香西長信処断の影響で揺れておりまする。というのも目の前の大手口を守る隊がその長信の軍勢だったようで、主を失った軍勢は統率を欠いておりまする。」
「なるほどな…分かった。ご苦労だったな。」
義秀が目視できる距離にある飯盛山城の大手門を見つめながら一政の報告を受けると一政に対して労うように返事を返した。その言葉を受けて一政が音もなくその場から立ち去った後、義秀は視線を城の方角に向けながら近くにいた家臣の桑山重晴から得物の槍を受け取ると、それを構えて背後にいた華たち味方の軍勢の方を振り向いて呼び掛けた。
「よし良いか!これより一気に城内を打ち破る!大手口をたたいて一気に本丸北側の倉屋敷・高矢倉曲輪になだれ込むぞ!続けぇ!!」
「おぉーっ!!」
義秀の呼びかけを聞いた味方の武者たちは喊声を上げて反応し、それを聞いた義秀は華と共に木陰から躍り出て一気に大手門へと近づいた。これに気が付いた城方の足軽たちは応戦する態勢を取ると共に城門を閉じて侵入を阻止しようとしたが、大手門の扉が閉じられる前に義秀らが立ちはだかる城兵を薙ぎ倒して城内へとなだれ込み、城門を閉じようとした城方の足軽らを一掃すると扉を開いて城外から味方を招き入れた。
「て、敵襲じゃあ!!」
「ええい怯むなっ!応戦せよ!!」
この猛烈な攻勢の前に大手口を守る将兵たちは狼狽えた。何しろ守将である長信が無残にも殺された今、将を無くした兵たちがまともに応戦できる訳が無かったのである。その中でも長信配下の侍大将たちは何とか食い止めようと督戦に務めたが、その努力も虚しく雪崩れ込む義秀勢の前に次々と打ち倒され、僅かな間に大手口は突破されて大手口からの本丸最初の曲輪である御体塚曲輪へと義秀勢は攻め込んだのである。
「殿、どうやら大高勢を先頭に安西・織田勢らが大手口に攻め掛かったようですぞ。」
「よし作左、我らもかかるとしよう。」
一方その頃、北条口にてこの方面の攻めを担当する徳川家康の元に作左こと本多重次が義秀勢の奮戦ぶりを報告すると家康は重次に向かって言葉を返し、その場で刀を抜くと背後にいた味方の将兵に向けて言葉をかけた。
「良いか、秀高殿に我ら三河武士の力を見せるは今を置いて他にない。曲輪を破って我ら徳川勢が本丸に一番乗りを果たすのだ!!」
「おう!!」
「かかれ!!」
家康の下知を受けた徳川勢は喊声を上げて高矢倉曲輪にほど近い西曲輪へと攻撃を開始。義秀勢に引けを取らぬ速さでこれを破ると後方に続く荒木・別所ら合力する諸将の軍勢と共に城内へと攻め入った。この秀高勢による熾烈な攻めは直ぐにでも高矢倉曲輪にて指揮を執る三好長直の元に息子の三好長房が報告に来ていた。
「父上!敵が総攻撃を仕掛けて参りました!大手口、西曲輪に加えて清瀧口よりも敵が攻め掛かってきております!」
「ええい怯むでない!南側の殿の曲輪には指一本触れさせてはならん!奮戦せよ!」
長房に向けて長直は味方に奮戦するように下知を飛ばしたが、この時戦況は長直の想像以上に悪化していた。というのもこの時清瀧口に攻め入った小高信頼指揮する軍勢もまた怒涛の勢いで曲輪を攻略し、一路本丸へと向かっていたのであった。そんな中、高矢倉曲輪を目指す大高勢は倉屋敷曲輪の辺りにて徳川勢の先鋒と鉢合う様に合流した。
「ん?お前ら徳川勢か!?」
「如何にも!本多平八郎忠勝、主君に成り代わって本丸一番乗りを頂戴しに参った!」
徳川勢の先鋒を担う本多忠勝が声を上げて義秀に名乗りを上げる傍ら、忠勝の側にいた同じく先陣の将・榊原康政もまた義秀に向けて視線を向けた。すると義秀はそんな忠勝と康政の姿を見た後に何かを感じ取ると、鼻で笑った後に忠勝に言葉を返した。
「はっ、徳川殿も考えることは同じだったって訳か!良いだろう!だが守将の長直の首は頂くぜ!」
「なんの、その首は我らが頂く!」
義秀の言葉に負けじと忠克が言葉を返すと、義秀はニヤリと笑った後に曲輪に残っていた城方の足軽を薙ぎ倒すと一気に高矢倉曲輪へと踏み込んだ。義秀勢は徳川勢先陣の忠勝らと共に一気に雪崩れ込むと足軽や武者たちもこれに続いて城方の足軽たちを次々と打ち倒していった。そしてしばらくするといよいよ長直のいる館の中にも義秀勢の足軽たちが侵入してきたのである。
「父上、敵勢の勢い凄まじいものがありまする!このままでは!!」
「ええい、やむを得ん!北と南を繋ぐ土橋を落とせ!殿の曲輪に侵入させてはならん!」
息子の長房より苦境を知らされた長直は、北と南を繋ぐ土橋を落とすように指示した。しかしその下知を受けて長房が動く前にその場に義秀を先頭にした義秀勢が駆け込んできたその場にいた城方と交戦を始めた。その光景を見た長直はその場で刀を抜くと義秀の姿を見て言葉を発した。
「ぬうっ、もうここまで攻めて来たか!!」
「ん?てめぇが三好長直だな!?俺の名は大高義秀!覚悟しやがれ!!」
「あ、あの鬼大高!?ひ、ひぃぃ!!」
すると義秀の名前を聞いた城方の足軽たちは、恐れをなして逃げ出す者も出始めた。その様子を見た長直は逃げ出そうとする足軽の方を振り向いて戦う様に督戦した。
「ええい、逃げるでない!戦え!」
「よそ見している場合じゃねぇ!!」
すると次の瞬間、義秀は他所を振り向いた長直めがけて槍を片手で投げつけた。その槍は見事に正面を見せていた長直の胴体に勢い良く突き刺さると、それを受けた長直はその衝撃で後ろに弾き飛ばされ、槍の切っ先が後方の壁に刺さったと同時に壁に叩きつけられた。長直はそれを受けると声もなく血を吐いた後に絶命し、それを見た息子の長房が激高する様に義秀に言葉を飛ばした。
「父上!!おのれ卑怯な真似を!!」
そう言って長房は武器を持たない義秀に躍りかかったが、その義秀の背後から忠勝がスッと飛び出すと得物の蜻蛉切を長房めがけて突き刺し、それを受けた長房が突き刺された蜻蛉切の柄を掴むと素早い速度で忠勝が腰に差していた刀を抜いて長房の首を飛ばした。忠勝は長房の首を飛ばした後に長房の首を拾うと後ろを振り返って義秀に言葉をかけた。
「義秀殿、これで手柄は分け合う事になりましたな。」
「お前…へっ、まぁ良いだろう。」
そう言うと忠勝が胴体だけになった長房から蜻蛉切を抜く傍らで、壁に突き刺さった長直より槍を抜き取ると地面に伏せった長直の首を取った。そして辺りを見回すと長直父子の死を目の当たりにした足軽の数名がその場から逃げるようにして去っていった。それを重晴らが追おうとすると義秀は重晴らを制止するように声を掛けた。
「逃げる奴には構うな!手向かう奴を倒して北側を制圧しろ!」
その言葉を受けた義秀は以下の足軽や武者たちは高矢倉曲輪に残る城方の足軽たちを掃討し、それが終わると曲輪内にあった三好の旗印を倒して高家の家紋である「丸に違い鷹の羽」が施された旗指物を指して本丸北側の高矢倉曲輪が落ちた事を南側にある千畳敷曲輪に残る城方に見える様に掲げさせたのだった。
「…敵襲か。」
「殿!お目ざめになりましたか!?」
その最中、千畳敷曲輪の御殿に移された三好長慶が目を覚まし、布団の中で横になりながら言葉を発した。その声に反応した側近の鳥養貞長が長慶に声を掛けると、長慶は声微かに貞長に向けて外の戦況を尋ねた。
「貞長…戦況は?」
「もはや味方は劣勢にございまする…先ほど本丸北側が陥落したと同時に、馬場である妙法寺口に松永久秀の軍勢が攻め掛かりこれを陥落したとの事にございまする。」
「…もはや詰みだな。」
貞長の報告を受けて長慶が自身の劣勢と詰みを悟ると、諦観した表情を浮かべて天井を見つめながら側に控えていた貞長に向けて言葉をかけた。
「貞長、曲輪に白旗を立てよ。そして軍使を寄せ手に遣わして開城すると共に、わしが秀高に会いたいと伝えてくれ。」
「殿!開城だけはなりませぬ!せめて我らの意地を貫くべきにございまする!」
長慶から発せられた消極的な意見を聞いて貞長が諫めるように反論すると、長慶は横になりながら首を振って否定すると同時に貞長に言葉を返した。
「いや、もう三好はここまでだ。ならば残り少ない命を費やしてここまで追い詰めた敵の姿を見てみたい。貞長、頼む…」
「殿…ははっ!」
この長慶の意思が籠った言葉を聞いた貞長は、自身の意見を抑えた上で承諾しすぐさま会場の準備を始めた。やがて千畳敷曲輪に白旗が掲げられると義秀は全軍にそれ以上の城攻めを中断させ、同時に千畳敷曲輪からやって来た長慶の軍使を織田信澄に命じて本丸から共に下山させ、秀高が待つ岡山城へと向かわせた。