1567年4月 飯盛山城攻略戦<前>
永禄十年(1567年)四月 河内国飯盛山城
明けて四月一日。飯盛山城の城内では城兵六千が方々の曲輪に別れ、所定の位置に付いて守備に当たっていた。そんな城兵たちの辺り一面に麓の方角から放物線を描いて無数の矢が放たれてきた。その矢は城兵に命中したり建物の壁や柱などに突き刺さるなどして届けられると、矢を避けていた城兵たちはその矢に括り付けられてあった書状の封を各々解いて中に書かれている内容に目を向けた。するとそこには以下のような文言が記されてあった。
【飯盛山城に籠城する将兵に告げる。お前たちが頼みとしている周辺諸国の味方の諸城は全て攻め落とされた。摂津池田に芥川山、河内高屋に和泉岸和田。果ては四国の阿波勝瑞に讃岐十河などは悉く高家が攻め落としたのである。これ以上我らに抵抗するのであれば近日中にも総攻撃を敢行する。それまでに各々身の振り方を考えるが良い。 高左権中将秀高】
これを見た足軽たちはその文面に驚くと共に高家の勢いに恐れ戦き、中には脱走しようとする足軽も出始めた。するとそんな足軽をその場で斬って捨てたのは督戦に務める城将の一人、香西長信であった。
「狼狽えるな!我らにはまだ勝機がある!勝手に離れた者はこのように斬って捨てるぞ!!」
「長信!これは何とした事か!?」
その場で足軽を斬って捨てた長信の後方より話しかけてきたのは、三好長慶に代わって飯盛山城全体の守備を司っている三好長直と息子の三好長房であった。すると長信は話しかけてきた長直に対して矢文を差し出すと刀を片手に持ちながら長直に話しかけた。
「長直殿、敵はこのような矢文を打ち込んで我らをかく乱する腹積もりにございまするぞ!?一刻も早く鎮静に務めませぬと!」
「…そうか。やはりそう言う事か。」
長信の言葉と同時に矢文の無いように目を通した長直が言葉少なに反応するとその場の近くにいた長房に目配せをした。すると次の瞬間、長房は引き連れて来ていた武者たちに長信をその場で取り押さえるように手で下知し、それを受けた武者たちが一斉に躍りかかって長信から刀を取り上げると同時に長信を地面に押さえつけるようにして強引に伏せさせた。この動きを受けた長信は押さえつけられながら長直に言葉をぶつけた。
「長直殿!?これは如何なることにござるか!」
「とぼけるな長信!貴様の同族の香西元載が細川真之の挙兵に賛同した事を我らは知っておる!貴様、よもやこの期に及んで同族の元載と共に敵に寝返るつもりではあるまいな!?」
「何を仰せになられるか長直殿!?」
長直が長信にこう言った背景にはやはり、三好家中における香西家の微妙な立場が関係していた。松永久秀が高秀高に告げた通り香西家は元々細川家の中で重臣の立ち位置にあった家であり、それが細川家の衰退と共に三好家に仕えるようになった。しかしその過程の中で三好家中の間には長信の先代・香西元成の一件もあってか良い印象を持たれていなかった。そのため長信本人の心情はいざ知らず、ここまで追い込まれた苦境を長直が長信に責任転嫁するような発言をするのも無理はなかったのである。
「我らは元より貴様ら香西家を信用などしておらん!獅子身中の虫め、ここで成敗してくれるわ!連れて行け!斬り捨てて骸を城外に投げ捨てよ!」
「ははっ!!」
長直が地面に伏す長信を睨みつけながら長信を処分するように武者たちに告げると、武者たちは長信の両脇を抱えながら外へと引きずっていった。武者たちに引きずられながら長信は自信を睨んでいる長直に向けて諫めるように言葉を発した。
「長直殿!その判断を後悔しますぞ!長直殿…」
その声は長信の姿が見えなくなっても、声が小さくなっていきながらもその場に聞こえて続けていたが、やがてその声はぱたりと聞こえなくなった。それと同時に城外に一つの亡骸が打ち捨てられるように転がった。それこそが一文字に斬り捨てられた長信の死体であった。やがてその場から武者たちが去っていった後、どこからともなく忍びの集団が現れて長信の死体に群がり、城方に気づかれないように回収していった…。
「城外に死骸が転がっていた?」
その数刻後、飯盛山城の包囲陣の本陣がある岡山城に陣取る秀高の元に先程の忍びの集団・稲生衆の忍び頭である中村一政が報告にやってきていた。秀高からの言葉を聞いた一政は首を縦に振って頷いた後に言葉を続けた。
「我らがその骸を発見し、首を取って松永殿の陣営に駆け込み素性を尋ねたところ、その首の身元は香西長信その者であったとの事。」
「…こうもあっさりと味方を斬り捨てるなんてね。」
一政の報告を秀高の傍らで聞いていた静姫が玲の方を振り向いて言葉を発すると、玲は静姫の言葉に相槌を打つように首を縦に振って頷いた。すると一政は秀高に対して自身の配下の忍びが掴んだもう一つの報告を伝えた。
「それと殿、その長信処断の余波が城内に広がっているようで、長信配下の将兵たちが守る大手口の中では、主である長信の処断に動揺し始めているとの事。」
「…それが真であるのならば、攻め時にございまするな。」
「あぁ。義秀、各隊の準備はどうなっている?」
竹中半兵衛が発した言葉を聞いた秀高は首を縦に振って頷いた後に、その場に来ていた大高義秀と華の夫婦に向けて各攻め口の状況を尋ねた。すると義秀は首を縦に振って頷いた後に秀高に対して各口の状況を伝えた。
「既に味方は攻め込む準備万全だ。南野口、北条口や清瀧口からは駆け上る準備万全っていう報告を受けてるぜ。」
「それに松永殿と内藤殿も妙法寺口から攻め込む手はずを整えたそうよ。松永殿に任せれば妙法寺口は大丈夫だと思うわ。」
「よし、日が傾き始めたら攻め込み始めよう。日光が城方に向けて射せば目くらましにもなるだろう。」
秀高が義秀からの報告を受けた後に上を向いて日の傾きや天候を確認しながらそう言うと、義秀は秀高の言葉を聞いた後に首を縦に振った。
「分かったぜ。俺たちは南野口から駆け上がり始める。秀高、ここで戦果を期待していてくれ。」
「あぁ。分かった。」
義秀の意気込みを聞いた秀高が返事を返すと、それを聞いた義秀は華と共に前線へと戻っていった。その二人の後姿を見た後、楼台から飯盛山城の方角を振り返った静姫がぽつりとつぶやくように言葉を発した。
「…これで決着になるのね。」
「そうだね。でも、あの三好家がこうも簡単に滅ぶなんて…。」
静姫の言葉の後に玲が静姫の側に歩み寄って言葉を返すと、その後に二人の元に歩いてきた秀高が飯盛山城の方角を見つめながら二人に向けて言葉をかけた。
「…この三好の最期のようにならないよう、俺たちも気を付けなきゃならないな。」
その秀高の言葉を聞いた玲と静姫は秀高の方を振り向くと、首を縦に振って頷いた後に再び城の方角を振り向いて成り行きを見守るようにその場で見つめた。いよいよ、飯盛山城の攻略戦が始まろうとしていた。