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1567年3月 高家と細川讃州家の縁組



永禄十年(1567年)三月 阿波国(あわのくに)勝瑞城(しょうずいじょう)




 十河城(そごうじょう)、落城す。この報せは翌三月二十三日、戦からの修繕が進む勝瑞城に逗留する高秀高(こうのひでたか)大高義秀(だいこうよしひで)らの元に届けられた。この頃になると阿波国内の三好残党の掃討が進んでおり、元赤西宗伝(あかにしそうでん)配下であった七条(しちじょう)城主・七条兼仲(しちじょうかねなか)細川真之(ほそかわさねゆき)配下の伊沢頼俊(いざわよりとし)らの軍勢によって攻め滅ぼされるなど着々と三好の勢力は阿波から姿を消しつつあった。


「義秀殿、脇城(わきじょう)武田信顕(たけだのぶあき)殿から早馬が参りました。岩倉城(いわくらじょう)横田宗昭(よこたむねあき)村詮(むらあき)父子が臣従を願い出て参ったとの事。」


「何、横田が?」


 城内の中にて戦からの後片付けが進む中で、本丸館の広間にて床几(しょうぎ)に座り机に向かって戦後処理に追われていた義秀が竹中半兵衛(たけなかはんべえ)から告げられたこの報告を聞いて反応した。岩倉城は元々三好康長(みよしやすなが)の居城であったが康長の死後は横田父子が城代を務めて抗戦を示していた。それが勝瑞城落城を機に一転して降伏してきた報告を聞いて、義秀に代わって(かたわ)らにいた正室の(はな)が発言した。


「まぁ、勝瑞城が落とされたとあっては横田の立場にしてみれば多勢に無勢。神妙に降伏して来るのも無理はないわね。」


「…秀高、お前はどう思う?」


 と、義秀は華の意見を聞いた後に隣の床几に座る秀高に意見を問うた。すると秀高は書状に書いていた筆を止めて筆を(すずり)に掛けると即座に返答した。


「別に問題はないと思う。前日に十河城が落城したという情報も届いたし、降伏してくる者が来たのなら無下に扱う必要はないだろう。」


「そうだな。おい、武田を通じて横田にその旨を聞き入れたと伝えてくれ。」


「ははっ!」


 義秀は秀高の意見を聞くとその場にいた早馬に対し、武田へ降伏を受け入れるという旨を伝えるように指示。これを聞いた早馬は一礼した後にその場を去っていき、馬に跨るとそのまま武田へ義秀の言葉を伝えに向かった。その後、横田父子は臣従を認められて岩倉城一帯の所領を安堵され、同時に細川真之の家臣として組み込まれることになったという。


「殿、細川真之殿がお目通りを願っておりまする。」


「真之殿が?分かった。直ぐにここに通してくれ。」


 その後、馬廻の神余高政(かなまりたかまさ)が秀高に向けて真之の来訪を告げると、秀高は直ぐにでもこの場へ通す様に指示した。それを受けた高政はその場に真之を招き入れると真之は二人の姫を引き連れて秀高と机を挟んだ反対側にある床几に座って挨拶を述べた。


「これは秀高殿。阿波、及び讃岐(さぬき)の三好方の宣撫、万事滞りなく進みたる段祝着至極(しゅうちゃくしごく)に存じ奉りまする。」


「わざわざありがとうございます真之殿。それでご用件とは?」


「はっ、実は秀高殿にお目通りをさせたき者たちがおりまして…」


 そう言うと真之は自身の後方に用意された床几に腰かける一人の美麗な婦人ともいうべき女性の方を振り向き、その婦人を秀高らに向けて紹介した。


「秀高殿、この者は先代・三好実休(みよしじっきゅう)に嫁いで三好長治・十河存康(そごうまさやす)の兄弟を産んだ岡本牧西(おかもとぼくさい)が娘の小少将(こしょうしょう)殿…(それがし)の母でもあります。」


「何、真之殿の?」




 こう語った真之は秀高を目の前にしながら視線を地面へと向けて(うつむ)いた。この小少将というこの女性、正に歴史の中で奮闘した列女というべき存在であった。最初の夫であった細川氏之(ほそかわうじゆき)との間に真之を()すと、氏之を暗殺した三好実休の正室となって長治・存康の二人の子を産んだのである。言わば己が身一つで細川・三好を渡り歩いたこの女性を、秀高は(そば)に玲たち正室を(はべ)らせながら心のどこかで湧きあがった魅力を感じ、対面に座る小少将は隣に座る姫と共に秀高へ向けて熱い視線を送っていたのである。




「お初にお目にかかります秀高殿。小少将と申しまする。以後良しなに。」


「そ、そうか…」


 とても経産婦とは思えないほどの美貌を持つ小少将からの挨拶を受けて秀高が相槌を返すと、頭を下げていた小少将は顔を上げて秀高の顔を見つめながら言葉をかけた。


「秀高殿、単刀直入ではございますが折り入ってお頼みがあります。」


「何か?」


 そう言って秀高が小少将へと言葉を返すと、次の瞬間に小少将から発せられた言葉は余りにも耳を疑うものであった。


「どうかここに控えるこの娘を、秀高殿のご側室にお迎え頂きたく思います。」


「えっ!?」


 この小少将からの提案を聞いて秀高は声を上げて驚き、そしてこの場に陪席していた玲や静姫もまた同じように大いに驚いた。それから次に言葉を発したのはその小少将の隣に座する一人の妙齢の姫君であった。


「お初にお目にかかりまする。岡本牧西殿が姪、(えい)と申しまする。」


「この栄を真之の養女とした上で秀高殿のご側室としてお送りし、細川讃州家(ほそかわさんしゅうけ)と高家との縁としたいと思います。」


「お待ちください小少将様、そこまでして讃州家と当家を結びつける理由は?」


 妙齢の姫君・栄からの挨拶の後に発せられた小少将の発言の後に、秀高に代わってその場で発言を返したのは秀高の隣にて座っていた正室の静姫であった。すると小少将はこの静姫の問いかけに対してやや顔を俯きながら縁談の理由を語った。


「…それはこれ以上、息子たちが死んでいくのを見たくはない一つの親心です。」


「親心…。」


 小少将の内心を吐露するように発せられた理由を聞いて玲が呟くように言葉を返すと、小少将は再び顔を上げて秀高に視線を合わせると言葉の続きを述べた。


「長治はあの燃え盛る勝瑞城の中で命を散らし、その数日後に存康も同様に命を落としました。そうなってしまった今、私は残ったただ一人の子供、この真之の為に出来る事をするだけです。」


「…そうですか。」


「秀高様、我が叔母に成り代わってこの栄が、細川と高家の橋渡しを勤めたく存じます。」


 自身の胸に手を当てながら栄が秀高に対して決意を語ると、秀高は小少将と栄の言葉を聞いた上でこくりと頷いた後に栄に向けて答えを返した。


「分かった。ならばお前を当家に迎え入れよう。」


「はい、ありがとうございます。」


 この秀高の言葉を聞いて感謝を述べた栄の横で、小少将は安堵するように微笑んでいた。その後秀高は一回小少将に視線を向けた後、ある事を思いついて栄の方に視線を向けると言葉をかけた。


「そうだ、ならばこうしよう。栄、今後俺は叔母と同じ小少将という呼称で呼ぶことにする。それで異存はないか?」


「…はい、ございません。」


「…」


 秀高の提案を聞いて栄が異存なく受け入れると同時に頭を下げて会釈した。すると秀高はその会釈の後に脇からの視線を感じて振り向くと、静姫が秀高に向けて冷ややかな視線を送っていたことに驚いた。


「な、なんだその目は?」


「いえ?自分の病気なんかすっかり忘れて、新しい正室を迎えるってなったら凄く溌剌(はつらつ)としてるから、本当に病気なのかしらと思ってね。」


「う、それを言われると…」


 静姫からのこの心に刺さる言葉を聞いて秀高が核心を突かれたようにたじろぐと、そのやり取りを聞いていた玲が二人の間を取り持つように割って入った。


「ま、まぁまぁ静。また新しい家族が増えるんだから良いんじゃないかな?栄…ううん、小少将。これから宜しくね。」


「…はい。」


 玲が栄に対して大人の対応を示すと栄は会釈して答え、それを見ていた静姫も栄に視線を向けた後に怒っていた表情を和らげて微笑みを返した。


「秀高殿、母の計らいを受けてくださり誠に感謝申し上げまする。これで当家と高家は縁続きとなったもの。これからも宜しくお願いいたす。」


「真之殿、こちらこそよろしくお願いします。これからは高家と細川家。互いに手を取り合って進んでいきましょう。」


 秀高は真之に対してそう言うと床几から立ち上がり、真之の目の前に手を差しだした。すると真之は秀高同様に立ち上がるとそのまま秀高の手を取って互いに握手を交わした。この様子を義秀夫妻や玲たち秀高の側室は穏やかな表情で見つめ、そして真之の実母である小少将はというと瞳に涙を浮かべながらこの光景を見つめていたのであった。


 その後秀高は数日の間、勝瑞城に留まって義秀らと共に阿波・讃岐内の三好残党の掃討や処理を終えると三月二十七日、細川真之らと別れて勝瑞城を発ち、三日をかけて海路で淡路島(あわじしま)を経て(さかい)に上陸、そのまま北上して三月三十日には大高義秀ら四国勢と共に飯盛山城(いいもりやまじょう)の包囲陣に帰還した。いよいよ、三好征討は終盤を迎えようとしていたのである…





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