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1567年3月 十河城の激闘



永禄十年(1567年)三月 讃岐国(さぬきのくに)十河城(そごうじょう)




 永禄(えいろく)十年三月二十二日。阿波国(あわのくに)の隣国であるここ讃岐国でも細川真之(ほそかわさねゆき)に同心する諸将が決起していた。去る二十日に真之派の諸将によって引田城(ひけたじょう)が落城し寒川元隣(さんがわもとちか)が一族郎党と共に自害して果てると、残る三好方の拠点であるここ十河城に参集。ここに十河城への総攻撃を行おうとしていた。


「兄上!引田城を攻め落とした安富盛方(やすとみもりかた)殿が参着しましたぞ!」


「うむ、直ぐに通せ。」


 十河城を取り囲む攻め手の本陣。この包囲陣の大将となっている香川之景(かがわゆきかげ)が陣幕の中にて弟の香川景全(かがわかげはる)より盛方の来訪を告げられるとすぐにこの場に通す様に指示した。それを受けた景全はその場に盛方とその嫡子である安富盛定(やすとみもりさだ)を通すと、陣幕の中に入ってきた盛方が之景にむけて挨拶を述べた。


「これは之景殿、ご苦労にござる。」


「盛方殿。引田城の攻略、祝着至極(しゅうちゃくしごく)に存じ(たてまつ)る。」


「何の。一昨日に真之様の軍勢と高秀高(こうのひでたか)殿・大高義秀(だいこうよしひで)殿の軍勢が勝瑞城(しょうずいじょう)を攻め落とした。我らも負けている訳にはいかんからな。」


 盛方が去る二日前に勝瑞城の顛末を踏まえながら之景に語り掛けると、之景は歩き始めて盛方の側を通り過ぎ、陣幕から十河城の方を見つめながら眉をひそめながら盛方に対して言葉を発した。


「しかしこの十河城もなかなか堅牢。当主の十河存康(そごうまさやす)に代わって家老の十河存之(そごうまさゆき)が城代として督戦をしておる。なかなか容易くは落ちてはくれぬ。」


「されどここで手こずっては秀高殿への面目がある。一刻も早く攻め落とさなくてはな。」


 盛方のこの言葉を聞くと之景は(きびす)を返し、陣幕の片隅にあった机の上にあった十河城の絵図の前に立つとそこに近づいてきた盛方父子に向けて、十河城攻めの詳細な段取りを伝えた。


「盛方殿、我らは北門より攻め掛かりまする。南門からは香西元載(こうざいもととし)殿に配下の羽床資載(はゆかすけとし)殿、そして盛方殿の軍勢は東門に攻め掛かってくだされ。」


「承知した。」


 盛方は之景の方策に乗っかるように相槌を打つと、息子の盛定と共に香川勢の陣幕から出て行って自らの軍勢の元へと戻っていった。やがて盛方をはじめ各軍勢が所定の位置に付くと、之景の陣幕より一斉に法螺貝の音が鳴り響いた。これこそ十河城攻略戦開始の合図となったのである。


「おのれ不忠の者どもめ!この十河城には指一本触れさせはせんぞ!」


 その法螺貝の音が鳴り響いたと同時に、十河城東門にある櫓門の上から外に広がる敵勢を睨みつけながら、城方の将である存之が弓を片手にいきり立っていた。北、南、東の三方向より攻め掛かる敵勢に対して城兵三千余りは存之指揮の元で果敢に応戦。敵勢に対して損害を着実に与えていた。その中で存之の側にいた足軽の一人が寄せ手の旗指物に描かれている家紋を指差しながら存之に話しかけた。


「存之殿!あの「丸の内石畳(まるのうちいしだたみ)」の旗印、あれは引田を攻め落とせし安富盛方が軍勢かと!」


「おのれ安富め!篠原(しのはら)殿の娘を娶っておきながら細川方に寝返るとは!」


 安富盛方の嫡子・盛定の正室は勝瑞城(しょうずいじょう)で討死した篠原長房(しのはらながふさ)の娘である。言わば三好家の重臣と縁を結んでおきながら細川真之の誘いに乗って三好家に刃を向けた事を存之は誰よりも怒っていた。そしてその盛方というと存之の目の前、僅か三十間(約55m)ほど離れたところにて馬上の上から味方を督戦するように呼び掛けていた。


「行けぇ!一気に城門を打ち破るのだ!!」


 この盛方の姿を櫓門の上から見つけた存之は(おもむろ)に矢を手に持つと、それを素早い手つきで弦に掛けて(つが)えると一気に引き絞って狙いを馬上の盛方に向けて定めた。


「不忠者・安富盛方!この矢を受けて見よ!!」


 櫓門の上から威勢よく存之がこう言い放つと同時に、存之は盛方めがけて矢を放った。するとその矢は見事な放物線を描いて盛方の方へとまっすぐ進んでいき、やがて盛方が被る兜を貫くように矢は盛方の頭部へと吸い込まれていった。


「あがっ!!」


「と、殿!!」


「父上!!」


 盛方に矢が命中した姿を見て安富勢の足軽や嫡子の盛定が盛方に対して声を掛けた後、盛方はゆっくりと馬上からもんどり返る様に落馬した。その姿を三十間先で見ていた存之は盛方の死を確信すると城外の安富勢に聞こえる声で勝ち誇るように叫んだ。


「どうだ!三好から離れた愚か者の末路に相応しい最期よ!!」


 この存之の声を聴くと城方の兵たちは喊声を上げて気勢を示し、反対に盛方が討死した光景を見た安富勢は混乱状態となった。この存之の武勇によって城方は士気を高めて寄せ手の軍勢に対して反撃を強めた。しかし寄せ手の兵一万二千の前にその士気は長続きせずに徐々に城方は撃ち減らされ、やがて東門にて奮戦する存之の元に早馬が火急の報告を告げた。


「ま、存之様!北門と南門が破られました!敵は本丸へと近づいて参ります!」


「ええい、さすがに多勢に無勢か。()むを得ん、本丸館まで下がるぞ!」


 そう言うと存之は味方の将兵に本丸館まで後退することを告げ、東門より僅かな供を連れて本丸へと下がっていった。その僅か後、存之がいた東門も復仇を掲げる安富盛定指揮する安富勢によって打ち破られてここに十河城内に敵勢の進入を許すことになったのである。その中で存之は本丸館に足を運ぶと城主である存康の前に膝をつけ、神妙な面持ちで存康に語り掛けた。


「存康殿!本丸館まで敵が迫って参りましたぞ!如何なさいまするか!」


「…存之よ、頼みがある。そなたはこの城より落ち延びよ。」


「なんと!?」


 目の前にて相対す満十二歳の城主、存康から発せられたこの言葉を聞いた存之は大いに驚いた。すると存康は傅役(もりやく)である家臣・池内孝晴(いけうちたかはる)の手を握りながら目の前にて膝を付く存之に向けて意思を託すように語り掛けた。


「あとの事は任せる。我らはここで腹を切る。」


「なりませぬ!十河家の為にも、三好家の為にもそのお命大事になさいませ!!」


 年端もいかぬ存康の覚悟を聞いた存之は、十河や三好の将来を思って命を長らえるべきという意味を込めて諫言した。するとその言葉を聞いた傅役の孝晴が諫言した存之を叱るように反論した。


「存之殿!既に殿がお決めになられたのじゃ。それに従われよ!!」


「殿…」


 孝晴の言葉を聞いた存之が再び存康の顔色を窺うように視線を存康に向けると、存康は存之に向けて決意を固めた表情を見せた。その表情を見て存康の固い意思を感じ取った存之は座りなおして姿勢を正し、手を床に付けると頭を下げて存康に別れを告げるように言葉を発した。


「…相分かり申した。殿、然らば今生の別れにございまする!」


 存之は存康に向けて別れの言葉を述べると、一礼した後に立ち上がってその場を後にし、単身鎧を脱ぎ捨てた上でひっそりと本丸から出て、西の溜め池に入って泳いで対岸に渡ると何処(いずこ)なりへと落ち延びていった。そして存康はというと存之を見送った後に傅役の孝晴の介錯の下、侍女たちと共に自害して果てたのであった。


「うっ、これは!」


「父上!如何なさいましたか!?…あっ!?」


 その僅か半刻後、存康がいた本丸館の広間に踏み込んだ資載と嫡子である羽床資治(はゆかすけはる)が広間にて、作法に(のっと)って自害し首が離れていた存康や孝晴らの亡骸(なきがら)を見て声を上げた。やがてその場に城兵を掃討した主君の元載が広間にやってくると、元載は首となった存康の顔を見て確信して発言した。


「…間違いない。これは十河存康じゃ。侍女や残る家臣たちと自害して果てたか…。」


「されど、この亡骸の中に十河存之の姿がありませぬ。もしや…」


「落ち延びた、か。」


 存康らの亡骸の中に存之の姿が無い事を感じた資載の発言を聞いて、元載は存之の行方を口に出して発言すると、はぁとため息をついた後に資載に向けて言葉を返した。


「まぁ、逃げた者の事は致し方あるまい。ともかくはここに十河城は落城した。勝鬨じゃ!」


「おぉーっ!!」


 元載の号令によって挙げられた勝鬨は、十河城の城内に鳴り響くように大きなものであった。この十河城の攻略戦において細川方は安富盛方が討死して数千を失う損害を負ったが、それとは引き換えに四国内に残っていた最後の三好方の重要拠点・十河城落城させることに成功し、ここに三好家の滅亡は決定的なものとなったのである。





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