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1567年3月 勝瑞城の戦い



永禄十年(1567年)三月 阿波国(あわのくに)勝瑞城(しょうずいじょう)




 永禄(えいろく)十年三月二十日。大高義秀(だいこうよしひで)を総大将とする二万一千もの軍勢は細川真之(ほそかわさねゆき)率いる一万二千の軍勢と共に阿波国の中枢・勝瑞城を包囲。対する三好(みよし)勢は城主・三好長治(みよしながはる)を中心に赤沢宗伝(あかざわそうでん)篠原長房(しのはらながふさ)自遁(じとん)兄弟らが城に立てこもって応戦の準備を整えていた。この時、戦の総大将である高秀高(こうのひでたか)勢四千余りは勝瑞城から十五町(約1.6km)ほど離れた轟城(とどろきじょう)に勝瑞城攻めの成り行きを見守るように布陣していた。


「…あれが勝瑞城か。」


 轟城の本丸の中にある物見櫓の上にて、南蛮渡来の望遠鏡を覗き込みながら秀高が望遠鏡の先に見える勝瑞城の遠景を捕らえて言葉を発した。すると同じ物見櫓の上から(れい)が秀高の(かたわ)らで同じように望遠鏡を覗き込みながら言葉を発した。


「秀高くん、あの城二つあるように見えるけど…」


「それについてはこの私から説明を。」


 と、その玲の言葉に反応するように発言した竹中半兵衛(たけなかはんべえ)の言葉を聞くと、玲は望遠鏡を離して静姫(しずひめ)と共に半兵衛の方を振り返り、絵図を片手に説明する半兵衛の言葉に耳を傾けた。


「勝瑞城には二つの区画があり、いわゆる主郭として扱われているのはここの勝瑞館(しょうずいやかた)の区画。それより北東部にあるこの方形の区画は詰めの城であり、ここが勝瑞城と呼ばれておりまする。」


「つまり、詰めの城と館の区画を合わせて勝瑞城と呼んでいるのね。」


「如何にも。」


 この詰め城の方の勝瑞城は、秀高らがいた元の世界では少し先の天正(てんしょう)年間(1573~1592)に三好家によって築城された城でありこの年代には存在しない城であった。しかし元の世界より異なる歴史を歩んでいたこの世界では既にこの城が詰め城として機能しており、それが目の前にある事を秀高は半兵衛と玲たちの会話を耳で聞きながら望遠鏡で覗き続けていた。


「それで、三好長治が籠っているのはどこなの?」


「恐らくはこの詰めの城である勝瑞城におるものかと。その為義秀殿は、この勝瑞城を重点的に攻撃するものかと思われます。」


「なるほど…」


 この半兵衛からの説明を玲と静姫が絵図を食い入るように見つめながら納得していると、望遠鏡を覗き込んでいる秀高が城を取り巻く大高勢の動きに反応して声を上げた。


「ん?もう始まるみたいだぞ。」


「どれ、義秀の城攻めというのを見せてもらおうかしら。」


 秀高の言葉に反応した静姫は玲より望遠鏡を受け取ると、秀高の隣に歩み出てそこから望遠鏡を覗き込んで勝瑞城攻めの成り行きを見守るように見つめた。その轟城から一里先にある大高・細川勢ではいよいよ、勝瑞城攻めの火蓋が切って落とされようとしていたのである。




「良いか!これより勝瑞城攻めを行う!狙うは三好長治とその一党の首だ!弓・鉄砲は存分に射掛けろ!かかれぇ!!」


 勝瑞城攻めの火蓋は、この義秀の号令によって切られた。この呼び掛けと同時に竹束を前に押し出した鉄砲足軽が竹束の裏から城の方角に向けて火縄銃を向けると即座に引き金を引いた。同時に鉄砲足軽の後方から弓を持つ足軽が一列に並び、矢を曳き絞るとそれを城内に向けて一斉に放った。


「ええい怯むな!迫る敵に矢玉を浴びせよ!」


 この大高勢の射撃を受けて勝瑞城内が動揺していると、勝瑞城内にて督戦を行う篠原長房(しのはらながふさ)が声を上げて味方の動揺を抑えると同時に、城外に向けて反撃を行うように指示した。それを受けた城兵たちは射掛けて来た大高勢に対して矢玉を返すと、その射撃を受けて大高勢に少なからぬ被害を与えたのだった。この城外からの反撃を受けて義秀の正室である(はな)が、険しい表情を浮かべて馬上から義秀に対してこの城攻めの情勢について語り掛けた。


「ヒデくん、やはり勝瑞城に籠る敵も侮れないわね。」


「そうだな…よし、火矢の準備だ!塀や櫓、建物などに火をかけろ!」


 華の言葉を聞いた義秀は城攻めの手口を変えるべく、矢を放っていた弓足軽たちに火矢に変えた上で放つように指示をした。これを受けた弓隊は即座に火矢を用意し、順次それを城に向けて放っていった。すると火矢が刺さった箇所から炎が立ち上がり始めてそこから黒煙が立ち上り始めたのである。だが、この火矢に負けじと城方は果敢に反撃して大高勢を寄せ付けないでいた。しかしその城攻めの流れが変わったのは赤西宗伝(あかにしそうでん)が守る勝瑞館の方であった。


「殿!西門が破られました!敵が勝瑞館の主郭に入ってきます!」


「ええい、応戦せよ!なんとしても詰め城である勝瑞城に入れるでないぞ!」


 勝瑞館の館内にて宗伝が伝令よりこの報を受けた時には、細川真之配下の東条関兵衛(とうじょうかんべえ)らの軍勢が城門を突破し、勝瑞館の内部に攻め込んでいたのである。この攻撃に対して宗伝も城兵を督戦して決死に応戦していたがやがて劣勢となり、宗伝らは勝瑞館の区画を放棄して詰め城の勝瑞城本丸へと退(しりぞ)いて行った。こうなっては地続きである勝瑞城の区画も敵の直接的な攻撃に(さら)されることとなり、やがて城兵の反撃も散漫になった隙をついて大高勢が勝瑞城の城門を打ち破った。


「大高義秀が家臣、粟屋勝久(あわやかつひさ)一番乗り!者共続け!!」


 勝瑞城南門を破った勝久の号令と共に、勝久の背後から大高勢の将兵たちが雪崩を打つように中へと入り込んでいった。最早事ここに至っては四千余りの城兵たちは混乱状態となってしだいにその数を減らし、更に織田信澄(おだのぶずみ)三浦継高(みうらつぐたか)らの軍勢が勝瑞城の城門を破ると戦の大勢は決した。この間、城攻めが始まってから(わず)か一刻あまりの事である。


「長治さま!もはやここまでにございます!!」


「…如何すればよい?」


 城兵たちが混乱状態の中でも抗戦する中、勝瑞城の本丸館へと戻った長房はその館の奥の間にいた弱冠十四歳の城主、長治が侍女たちを側に(はべ)らせている中で去就を問われると、長房は長治の顔を見つめながら手を付いて頼み込むように進言した。


「事ここに至っては是非もなし。我らが時を稼ぎます故何卒(なにとぞ)ご傷害を!」


 この言葉、即ち暗に自害するべしということである。この言葉を聞いた長治はその言葉の裏を感じ取ったのか黙ってこくりと頷き、傍にいた侍女たちも覚悟を決めるように各々頷いた。それを見届けた長房は長治に対して黙したまま一礼すると、その場から立ち上がって去っていった。やがてその先にいた弟の篠原自遁(しのはらじとん)の姿を見かけると長房は自遁に向かって言葉をかけた。


「…自遁!ここが我らの死に場所じゃ!死んであの世で実休(じっきゅう)様に詫びようぞ!」


「おう!この篠原自遁、兄者に同道しよう!」


 長房の呼び掛けに自遁は勇んで反応すると、得物の太刀を片手に兄と共に攻め寄せてくる大高勢に立ち向かった。やがてそこに大高勢の足軽たちが流れ込んでくると館の中で混戦状態となり、その中で大将の義秀が華と共に立ち向かう城兵を薙ぎ倒しながら館の中に踏み入った。


「くそっ、どきやがれ!!長治はどこだ!!」


「ヒデくん、あれを!」


 館の中に足を踏み入れた義秀に対して華がある方角を指差しながら語り掛けた。それに反応した義秀がその方角に視線を向けると、そこには勝瑞城の本丸館まで下がってきた宗伝が渡り廊下の前に立ちふさがって迫る足軽を次々と切り伏せていた。そんな宗伝の前に義秀夫妻がやってくると宗伝は義秀の姿を見かけて刀の切っ先を向けて言葉を発した。


「大高義秀!ここから先はこの赤沢宗伝が通さんぞ!!」


「ほざくな!!」


 宗伝の呼び掛けにに反応した義秀が槍を構えて宗伝に襲い掛かると、立ち向かった宗伝の刀を槍の柄で手からはたき落とすように叩くと、その次の瞬間には立ち塞がっている宗伝の胴体に一突きで突き刺した。


「ぐはぁっ!」


「へっ、片目になったって腕は(なま)っちゃあいないぜ!」


「宗伝殿!!」


 槍を抜かれてその場に倒れ込んだ宗伝と同時に、そこにやって来て宗伝の最期を見かけた長房が宗伝に呼びかけると、その宗伝の前に立っていた義秀らの姿を見た後で(おもむろ)に思い出すようにして言葉を発した。


「貴様ら…高秀高にその夫妻ありといわれた「鬼大高(おにだいこう)」と「大高御前(だいこうごぜん)」か!長治さまの元へは近づけさせん!」


 倒れ伏せている宗伝の前に立っていた義秀夫妻に向けて長房が刀を片手に襲い掛かると、華が義秀の前に立って薙刀を構えて長房の刀を受け止めた。刀を受け止められた長房は力で押し込もうとしたが負けじと踏ん張る華の腕前を感じて怯むような声を発した。


「くっ、この篠原長房の刀を受け止めるとは…!」


「ふふっ、私もヒデくんと同じように、腕は鈍ってはいませんよ?」


 華は長房に向けてそう言うと身体をひねって長房を前のめりに倒れ込ませると、その次の瞬間には長房の胴体を薙刀の一払いで切り伏せた。その一払いで長房が息絶えるとその長房の最期をその場に駆け込んできた弟の自遁が一目見た後に声を上げた。


「兄者!ぐはぁっ!!」


「殿!ご無事にございまするか!」


重晴(しげはる)か!!よくやった!」


 自遁を追いかけて自遁の背中に槍を突き刺した義秀の家臣・桑山重晴(くわやましげはる)の姿を見ると義秀はその場で喜ぶように声を上げた。やがて討ち取った宗伝らの首を取った義秀らはその場の城兵たちを掃討すると渡り廊下を渡って奥の間へと踏み込んだ。しかし踏み込んだ義秀の視線の先には、奥の間の一角にて自刃して果てた城主・長治と侍女たちの亡骸が折り重なるようにしてその場に横たわっていた。


「!?遅かったか!!」


「これが三好長治…こんな若子が死ななくてはならないなんて無残ね。」


 華が亡骸となっている長治に近づいて膝を付き、顔を見つめながら華が(あわ)れむように言葉を発すると、その場に立ちながら義秀が華に向けて言葉をかけた。


「そう言うな。俺たちだってこいつと同じ年代くらいに初めてこの世界で戦場に立ったんだぜ?この世界じゃそんなに珍しい事じゃないさ。」


「…そうね。ヒデくん。」


 この義秀の言葉を聞いた華が首を縦に振って頷いた後に義秀に向けて言葉を返すと、義秀は後ろを振り返ってその場にいた重晴や配下の足軽たちに向けて言葉をかけた。


「よし、勝鬨だ!!野郎ども、勝鬨を挙げろ!!」


 天高く槍を掲げた義秀の呼びかけを聞いた重晴らはその場で大きな喊声と共に勝鬨を挙げた。ここに阿波三好家の本拠であった勝瑞城は二刻もかからずに落城し、この戦果は驚きと共に四国中に広まったのである。





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