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1567年3月 讃州家当主・細川真之



永禄十年(1567年)三月 阿波国(あわのくに)渭津城(いのつじょう)




 永禄(えいろく)十年三月十九日。牛岐城(うしきじょう)を落城させて平島公方(ひらしまくぼう)足利義維(あしかがよしつな)父子を降伏させた高秀高(こうのひでたか)は、その翌日には先行する大高義秀(だいこうよしひで)の軍勢と合流するべく進軍を開始した。阿波国主である三好長治(みよしながはる)への決起を表明した細川真之(ほそかわさねゆき)との合流地点である渭津城に到着したのはその日の午後。この頃には周辺諸城を攻略した義秀の軍勢も渭津城にて秀高を待ち受けていた。(ちな)みにこの渭津城、秀高のいた元の世界では徳島城(とくしまじょう)の名で知られる城であった。


「…十ヶ所もの城を攻略したのか?」


 真之が待つ渭津城の本丸へと通ずる石段の階段を昇りながら、秀高は隣にて共に歩を進める義秀の報告を聞いて言葉を発した。これに胸をポンと叩いた義秀と側にいた(はな)が秀高に対して言葉を返した。


「おうよ!お前が来るまで暇だったから、真之に付かなかった三好方の諸城を攻略してやったぜ。そのお陰でこの周辺の城の中には、慌ててこちらに寝返ってきた城もあるくらいだぜ?」


「えぇ。それに関連してさっき届いた早馬の報告だと、船越景直(ふなこしかげなお)殿が森元村(もりもとむら)の調略に成功して阿波の三好水軍を無効化させたそうよ。これで阿波の三好方は更に追い込まれた事になったわね。」


 これより前、秀高より調略を命じられた船越景直は森元村に接触。景直の説得を受けた元村はついに折れて秀高方への帰順を決定。これによって居城の土佐泊城(とさどまりじょう)と近隣の撫養城(むやじょう)などの一帯が三好から離反する事となったのである。これらの事を華が秀高に伝えた後、義秀は石段を一歩ずつ登りながら秀高に対してある事を問うた。


「…そういえば秀高、肝心の平島公方はどうだったんだ?」


「あぁ。平島公方は神妙にこちらへの降伏を決断した。今は俺たちと一緒に行動してもらい、海部郡(かいふぐん)に向かった九鬼嘉隆(くきよしたか)の用事が済み次第(みやこ)へと送還させる手はずとなっている。」


「あとは京の上様がどうするか、ね。」


 その手筈を聞いた上で秀高に同伴していた静姫(しずひめ)(かたわ)らで言葉を秀高に掛けると、それを聞いた秀高が首を縦に振って頷いた上で言葉を発した。


「その通りだ。これで四国にある不安材料は消え去った。これで俺たちは心置きなく阿波・讃岐(さぬき)攻略が出来るわけだ。」


「そうか、ま、戦になったら俺の出番だ。お前はどっしりと後方で見ていてくれ。」


「ふっ、すっかり指揮官も様になったな。ならばお言葉に甘えてそうさせて貰うよ。」


 秀高が義秀の意気込みを聞いて嬉しそうにそう言うと、傍らで秀高と同じく言葉を聞いていた(れい)が微笑んで反応した。その後、秀高一行は石段を登っていき渭津城の本丸に到着。いよいよ本丸館にて真之と面会する事になったのである。




「おぉ、貴殿が左権中将(さごんちゅうじょう)殿か!」


「お初にお目にかかる。高左近衛権中将秀高こうさこのえごんのちゅうじょうひでたかです。あなたが細川真之殿で?」


「如何にも!」


 初めて面会した真之の言葉と雰囲気に、秀高ははじめ圧倒された。真之は秀高に対して返事を返すとバッと秀高の右手を取って握手を交わし、改めて自身の名を秀高と背後に控える義秀らに対して告げた。


細川讃州家(ほそかわさんしゅうけ)当主、細川真之にござる。秀高殿、此度の三好征伐を(それがし)は長きにわたる間ずっと心待ちにしておりましたぞ!」


「そうですか…さぁ、まずはお掛けになりましょう。」


「おぉ、是非とも。」


 秀高から促しを受けた真之は快く返事を返すと、本丸館の広間の中に設けられた机を挟むよう置かれた床几(しょうぎ)に座った。机を挟んで右に秀高らが座り、左側には真之と真之に同心した国人たちが揃って座ったのである。


「さて…まずは秀高殿、先日の平島公方のご処置は既に聞き及んでおり申す。穏便に事が済んで何よりにござる。」


「はい。お陰で血を流さずに平島公方を降伏させられました。後の処置は上様に託すことにはなりますが、これで懸念事項の一つは無くなったという訳です。」


 面会の冒頭で真之から平島公方の一件を話しかけられた秀高は、即座に返答を真之に返した。その後で秀高は机の上の広げられてあった阿波と讃岐(さぬき)の絵図を見つめながら対面の真之に対して尋ねた。


「それで真之殿、この四国の情勢はどうなっているのですか?」


「おぉ、それに関してはここにいる頼俊(よりとし)に報告させましょう。頼俊。」


「ははっ!」


 その真之の言葉を受けて反応したのは、細川讃州家の家老でもあり伊沢城(いざわじょう)の城主でもある伊沢頼俊(いざわよりとし)であった。頼俊は床几から立ち上がると指示棒(さしぼう)を片手に秀高一行に対して阿波・讃岐の現在の状況を伝えた。


「まずはこの阿波の情勢にございまするが、国内の半数の豪族はこちらへの加勢を表明。特に阿波西部の有力国人である大西頼武(おおにしよりたけ)の加勢は豪族の三好からの離反を加速させ、こちらへの合力は増えつつありまする。」


「…それで森元村がこちらに寝返った訳か。」


 秀高の隣に着座していた義秀が、頼俊の説明を聞きながら森元村が寝返った原因を察知したかのように発言した。するとそれに反応した頼俊が義秀の顔を見つめながら首を縦に振った。


「如何にも。今現在、阿波の有力国人の中で三好方と申せるのは板西城(ばんざいじょう)赤西宗伝(あかにしそうでん)上桜城(うえさくらじょう)篠原長房(しのはらながふさ)、弟の木津(きづ)城主・篠原自遁(しのはらじとん)三好康長(みよしやすなが)亡き後に居城の岩倉城(いわくらじょう)を治めている横田宗昭(よこたむねあき)と息子の村詮(むらあき)にございまする。」


「それらの国人が阿波の名目上の国主である三好長治を奉じ、こちらへ抵抗をしてきているということにござる。」


 頼俊の言葉の後に真之が秀高に対して発言すると、秀高は黙しながら頷いて答えた。それを見た頼俊は再び絵図の箇所を指し示しながら説明を続けた。


「続いて讃岐の状況ですが、こちらは国人の大半が真之様への加勢を表明。その国人衆の面々が三好方の主要拠点である引田城(ひけたじょう)に籠った寒川元隣(さんがわもとちか)十河城(そごうじょう)十河存康(そごうまさやす)を包囲し攻め立てておりまする。」


「なるほどな…状況は大体分かったぜ。」


「殿!申し上げます!」


 と、その軍議の最中に秀高の馬廻である神余高晃(かなまりたかあきら)が広間の中に駆け込んでくると、秀高や義秀に対して先程入ってきた報告を伝えた。


「たった今、海部郡(かいふぐん)に向かった九鬼嘉隆(くきよしたか)殿より早馬が到着!海部城(かいふじょう)を攻め落とし海部宗寿(かいふそうじゅ)の首を取ったとの事!!」


「なんと!これは重畳至極(ちょうじょうしごく)!これで阿波南部の三好方は壊滅したと言っても過言ではあるまい!」


 その報告を受けて真之が反応すると、秀高はその真之の言葉に首を縦に振ると報告してきた高晃に対してすぐに下知を飛ばした。


「高晃、嘉隆に対して戦後処理が終わり次第、直ぐに吉野川(よしのがわ)河口付近まで進み、そこで義維殿らを乗せて京へ送り届けるように伝えてくれ。」


「ははっ!」


「となると…残る懸念は三好方の動向ですね。」


 秀高の下知を受けてその場から高晃が(きびす)を返して去っていった後、絵図を見つめながら竹中半兵衛(たけなかはんべえ)が言葉を発した。するとその言葉を聞いた秀高は目の前にて座る真之に対して見解を尋ねた。


「真之殿、お聞きしたいと思いますが三好方はどのように出てくるとお思いで?」


「そうですな…恐らくはこの戦力差では各諸城に籠城の一択しかありますまい。」


「…いや、そうとも限らねぇぜ?」


 その真之の言葉を聞いた上で義秀が否定する意見を述べると、義秀は真之の方に視線を向けながらその理由を淡々と語った。


「こっちの軍勢は兵数が多い。敵も各個撃破されるのが分かっているはずだ。ならば敵は余分な所は捨てて一か所に固まって防備を固めるはずだぜ。」


「各々の領地を捨てて一か所の防備を固めると仰られるのか?」


 義秀の意見を聞いた上で頼俊が言葉を発して反応すると、その頼俊に対して今度は半兵衛が絵図に何度か視線を送りながら頼俊に対して言葉を返した。


「もはや阿波の三好の支城網は崩壊しています。三好長治の事を守るのであれば居城である勝瑞城(しょうずいじょう)に戦力を結集させるのではないかと。」


「ですが三好はともかく篠原や赤西は在地の豪族。在地に根付く国人衆があっさりと土地を捨てるはずがありませぬぞ。」


「殿、申し上げます。」


 と、今度は稲生衆(いのうしゅう)の忍び頭でこの四国攻めに随行していた中村一政(なかむらかずまさ)が颯爽と現れて秀高に向けてある事を報告した。


「板西城の赤西勢、並びに上桜・木津の篠原勢が城を捨てて勝瑞城に集結しつつありとの事。」


「…真之殿、どうやら敵は一か所に集まるつもりだ。」


「左様でござるか…ならば勿怪(もっけ)の幸い!このまま一気に勝瑞城を攻め落とすべし!」


 この一政の報告を傍らで聞いていた真之は最初は信じられない様子だったが、気持ちを切り替えるように闘志を燃やすと結集場所である勝瑞城攻略に舵を切るように発言した。するとこの様子を見た秀高がこの戦の大将である義秀の方に視線を向けて尋ねた。


「義秀、どうする?」


「…決まってるさ。俺たちはこのまま勝瑞城を攻める!出陣の準備にかかれ!」


「ははっ!!」


 この義秀の下知を聞いた真之や真之に従う諸将は秀高側の諸将と共に喊声を上げて反応した。ここに義秀らは赤西・篠原勢が結集する勝瑞城への総攻撃の方針を固めると、各々の隊にて城攻めの準備等戦支度を整え始めたのであった。


「…秀高、真之の印象はどうだった?」


 やがて諸将が去っていった後、その広間の中に残っていた秀高に対して義秀が相対した真之の印象を尋ねた。すると秀高は少し嬉しそうにしながら真之の印象を語った。


「同じ細川でも輝元(てるもと)とは比べ物にならない程の人物だ。名門の出である事を誇張しないし、こちらの意見にも耳を貸してくれた。あの真之殿ならばきっと、俺たちと手を取り合える関係になりえるだろう。」


「そうか。気に入ったようで何よりだぜ。」


 義秀は満足そうに微笑むと華と共に広間から下がっていった。そしてその場に玲たちと共に残った秀高は一人、玲たちの視線を後方に感じながら机の上に広げられていた絵図を見つめながら思考を巡らせていた。三好征討の開始からわずか二週間余り。迅速的に進む三好征討はここに新たな展開を迎える事になったのである…。





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