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1567年3月 平島公方



永禄十年(1567年)三月 阿波国(あわのくに)平島館(ひらしまやかた)




 翌三月十八日。大高義秀(だいこうよしひで)四国(しこく)侵攻の本軍と別行動を取った高秀高(こうのひでたか)の旗本二千余りは朝方より牛岐城(うしきじょう)を攻撃した。秀高は本隊の兵数の大半を飯盛山城(いいもりやまじょう)の包囲に残してはいたが、東条関兵衛(とうじょうかんべえ)らの取り成しによって周辺土豪を糾合して四千ほどの軍勢に膨れ上がっていた秀高勢は城兵三千の抵抗を物ともせずに攻略。僅か一刻(ひととき)で城を落城せしめて馬廻の神余高政(かなまりたかまさ)新開道善(しんがいどうぜん)の首を取って手柄を上げたのだった。


「…殿、平島館の周囲、ぐるっと取り囲みました。」


 その日の夕刻。牛岐城を攻め落とした秀高勢はその足でここ、平島館を蟻一匹這い出る間もないほどに包囲していた。包囲完成を報告しに来た竹中半兵衛(たけなかはんべえ)の言葉を聞いた秀高は、首を縦に振った後に言葉を返した。


「よし、このまま館を包囲する。そうすれば向こうの方からこちらに対して行動を起こしてくるだろう。」


「それにしても驚いたわ。たった一日で牛岐城を攻め落とすなんて…」


 秀高の(かたわら)で馬に(またが)静姫(しずひめ)が秀高に近づいて言葉を掛けると、秀高は周囲を見回した後に話しかけてきた静姫に対して言葉を返した。


「それもこれも東条関兵衛のお陰だ。関兵衛の取り成しで周辺土豪は戦わずに臣従を誓った者も多く、そして今もその軍勢の数は増え続けている。」


「それに早馬の報告によれば、先を進む義秀殿の軍勢は抵抗する諸城を薙ぎ倒し、明日にも渭津城(いのづじょう)に着到するとの事。我らも急がねばなりませんな。」


 と、秀高の馬の下にて先行する義秀勢の動向を秀高に告げた山内高豊(やまうちたかとよ)の言葉を聞くと、秀高はふっと微笑んだ後に意気込む高豊とを制するように言葉をかけた。


「慌てるな高豊。この目の前の平島館も大事な目標だ。ここはどっしりと構えておく必要があるぞ。」


「殿!平島館よりご使者が参られましたぞ。」


「来たか!すぐにここに通せ!」


 秀高に対して同じ馬廻の深川高則(ふかがわたかのり)から平島館より使者が来訪した旨を聞くと、秀高は直ぐにでもこの場に通す様に告げた。高則は秀高からその下知を受けるとすぐさま秀高の目の前に平島館よりの使者を通した。この者は平島公方(ひらしまくぼう)の家臣の一人、畠山維広(はたけやまつなひろ)である。


「そなたがこの軍勢の大将であらせられるか!この館を何と心得ある!(いたずら)に取り囲むとは無礼千万ではないか!」


「これは申し訳ない。我らは幕命によって三好長慶(みよしながよし)征伐を行っている高左近衛権中将秀高こうさこのえごんのちゅうじょうひでたかの軍勢にございます。館主、足利義維(あしかがよしつな)殿の父子にお目通りを願いたく(まか)り越しました。」


 秀高から主君・義維への目通りを催促された維広は、馬上からの物言いもあって怒りを更に露わにして秀高を指差しながら(なじ)る様に反論した。


「無礼ではないか!何故(なにゆえ)貴公は軍勢をもって、この館を取り囲む必要があると(おっしゃ)られるか!」


(おそ)れながら、足利義維殿は三好長慶の誘いに乗り、幕府を転覆しようとした疑いが掛かっております。それゆえ我らは義維殿が三好の徒党であるとして対応しているに過ぎません。」


「不敬な!我が主はその様な無礼を働く者とは面会致さん!失礼(つかまつ)る!」


 そう言って維広がその場で(きびす)を返し、息巻いて去ろうとするとその姿を見つめながら秀高が冷ややかな視線を維広に向けた上で、静かな口調で語り掛けた。


「…お待ちください。我らは先ほど近隣の牛岐城を攻め落とし、新開道善ら一族郎党の首を取りました。最早この周囲にお味方はいないと思いますが?」


「それは脅しにござるか?」


 この秀高の言葉を聞いた維広が足を止めて秀高の方を振り返り、その発言の真意を秀高に尋ねると秀高は首を(かし)げた後に意味を含めるように維広へ言葉を返した。


「まぁ、どう捉えられても結構です。ですがこの状況でさらに強情になればそちらの立場は更に悪化するだけ。ならばここは何卒(なにとぞ)義維殿への御取り成しを願いたい。」


「…しばしお待ちあれ。我が主に取次いたす。」


 すると、維広は秀高の言葉の裏を感じ取ったのか今までの息巻いていた態度を直ぐに改め、秀高へ主君・義維に取り次ぐと告げてそのまま館の方へと帰っていった。すると、その一連のやり取りを馬上から見ていた静姫が去っていく維広に視線を向けながら秀高に話しかけた。


「あれだけ突っかかって来たのに最後はすんなりと引き下がったわね?」


「まぁ、向こうも自分たちの状況が劣勢であることは分かっていたはずだ。流石に相手も意地を張るほど愚かではないという事だ。」


 秀高は去っていく維広の事を見つめながら静姫に対して言葉を返した。やがてその後、平島館より主・義維が面会するという旨を告げられた秀高は軍勢をその場に留めさせると、静姫や玲、竹中半兵衛(たけなかはんべえ)ら僅かな兵のみを連れて平島館の中に入り、足利義維との面会に臨むことになった。




「お初にお目にかかります。高左近衛権中将秀高にございます。」


「足利義維である。それでこの者が息子の義栄(よしひで)じゃ。」


 秀高と義維、その面会は平島館内の広間にて行われた。面会に訪れた秀高が下座にて上座の義維に挨拶を述べると、義維は秀高に対して息子の足利義栄(あしかがよしひで)を紹介させた。この二人の会話とは裏腹に張り詰めた空気を醸し出すこの広間の中で、秀高は義維に対して早速にも本題を切り出した。


「義維様、義栄様。単刀直入に申し上げますが今日こうして訪れたのは他でもありません。実はお二方に対して事前に(みやこ)の上様より書状を預かっております。」


義輝(よしてる)より?」


 秀高の言葉を受けて義維が反応すると、秀高は背後に控えていた半兵衛に目配せをした。すると半兵衛は脇に置いてあった一つの桐箱を側近である維広に手渡すと、維広はそれを上座の義維に差し出した。義維は差し出された桐箱の封を解いてふたを開けると、中には一通の書状が入っており、義維が書状を広げるとそこにはこう書かれてあった。




【平島公方・足利義維公に書を送る。貴殿とは我が父・萬松院殿(ばんしょういんでん)足利義晴(あしかがよしはる))の頃より互いに因縁(いんねん)があり、双方相容れぬ間柄となっておる。更にあろうことに三好長慶と通じて将軍家を乗っ取ろうとしたことは許しがたい。よってここに措置を言い渡す。足利義維、並びに息子の足利義栄は四国を平定する高秀高の軍勢に神妙に降伏し、身柄一切を秀高へ預ける事とする。両父子はこの措置に反抗することなく従う事をつとに願う。 足利義輝】




「…このわしに膝を屈せよと申すのか…義輝!」


 この書状を見た義維が広間の上座にて書状を持つ手を震えさせながら怒りを露わにすると、その義維に対して秀高は今の状況を込めて義維に進言するように話しかけた。


「義維殿、既に牛岐城は陥落しその後ろ盾は無くなりました。ここは何卒上様のご上意に従って頂きたいと思います。」


「おのれ…我ら平島公方を愚弄するか!!」


「維広!控えよ!」


「されど!!」


 義維の代わりに秀高に怒号を放った維広に対して義維が声を放って制すと、義維は気持ちを落ち着かせた上で書状を桐箱の中に収めた上で秀高に尋ねた。


「…秀高よ、この我らの処遇をそなたはどうするつもりか?」


「義維殿、それに義栄殿は三好の謀議に加担したとはいえど、その家柄は今の将軍家の連枝ともいうべき存在。我々で独断の処置は取り計らえません。そこでお二方の身柄は京に移送してその処置を上様に託そうと思います。」


 この決然とした秀高の言葉を聞いた義維は上座からじっと秀高の顔を見つめた。その迷いない表情を見て取った義維はその場で書状を見つめながら今の状況を勘案すると、観念したかのように諦観して言葉を発した。


「もはや万策尽きたか…義栄、そなたはどう思う?」


「…父上の御存念に従います。」


 この言葉少なげに発言した義栄の意見を聞いた義維は、視線を秀高に向けた上でこくりと頷いた後に答えを秀高に返した。


「相分かった。最早ここまでであろう。秀高よ、我らの身柄をそなたらに預けるとしよう。」


「ご英断、誠に感謝いたします。平島の方々の身柄は丁重に取り計らいますので何卒ご安心ください。」


 その秀高の言葉を聞くと義維はふっとほくそ笑んだ後に秀高の顔を見つめながらこくりと頷いて返した。ここに足利義稙(あしかがよしたね)から続く平島公方はその役目を終えて幕府に吸収されることとなり、後に義維ら一門と近臣は京にて義輝の処遇を受けるべく京へと送還されたという…





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