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1567年3月 阿波国上陸



永禄十年(1567年)三月 阿波国(あわのくに)橘湾(たちばなわん)




 永禄(えいろく)十年三月十七日。高秀高(こうのひでたか)は当初の予定を(くつがえ)して四国(しこく)への渡海を敢行。九鬼嘉隆(くきよしたか)指揮する高水軍の護衛を受けながら和泉灘(いずみなだ)、そして紀伊水道(きいすいどう)を渡って「阿波の松島(まつしま)」と呼ばれる橘湾に入港。そこから小舟に乗り移って浜辺へと上陸したのである。


「ここが四国か…意外に早く着いたな。」


 橘湾に面する一つの浜辺に小舟を寄せ、そこから浜辺に足をついた秀高は、大きな背伸びをした後に辺りを見回しながら言葉を発した。秀高に続いて(れい)静姫(しずひめ)が船から降りた後、同じ小舟に乗っていた九鬼嘉隆(くきよしたか)が船から降りて秀高に向けて言葉を返した。


「ははっ。我らが淡路(あわじ)安宅冬康(あたぎふゆやす)の水軍を掃討したお陰で、この周辺の海賊どもはみな鳴りを潜めておりまする。」


「そいつは結構な事だ。お陰でこのように四国への上陸がし易くなったぜ。」


 嘉隆の言葉の後に別の子船にて浜辺に上陸した義秀が、正室の(はな)や家臣の桑山重晴(くわやましげはる)らを従えて秀高の所に近づいてきた後に言葉を発した。それを聞いた秀高が義秀の方を振り向くと、その義秀の側にそろった織田信澄(おだのぶずみ)ら四国攻めに従軍する諸将を集めた上で言葉を発した。


「さて…ここからはどうするか。義秀、お前の腹案は?」


「おう、既に考えてあるぜ。重晴、絵図を広げろ。」


「ははっ!」


 義秀から語りかけられた重治はその場で相づちを打つと、近くの武者が持っていた一本の巻物を手に取ってその場で広げた。これこそ今回の四国攻めの舞台となる阿波・讃岐(さぬき)一帯の絵図であり、義秀はその絵図が広がった後に絵図の箇所を指し示しながら秀高に今回の侵攻作戦を告げた。


「今俺たちがいるのはここ、橘湾だ。まずはここで三手に別れる。俺と織田信澄、丹羽氏勝(にわうじかつ)三浦継高(みうらつぐたか)の軍勢はここから桑野城(くわのじょう)東条関兵衛(とうじょうかんべえ)と合流して徳島平野(とくしまへいや)に向かおうと思う。」


「東条関兵衛?」


 秀高が義秀の口から出た人物の名前を復唱するように言葉に出すと、それを聞いて一人の家臣が秀高に対して補足を付け足すように発言した。この四国攻めに志願して渡海してきた竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるである。


「本名は東条実光(とうじょうさねみつ)というようで、噂によれば甲斐武田(かいたけだ)の流れを汲む一族であり、度々近隣の牛岐(うしき)城主・新開道善(しんがいどうぜん)と小競り合いを繰り返しているとの事。」


「なるほど…それで俺たちに内通を申し出てきたわけだったのか。」


 秀高が半兵衛の補足を聞いて納得すると、その場に義秀の家臣である小出重政(こいでしげまさ)が現れて主君の義秀に報告した。


「殿、申し上げます。桑野城主の東条関兵衛殿がお越しになられました。」


「おう!話が早ぇじゃねぇか!すぐにここへ通せ!」


 その下知を受けた重政は義秀に一礼した後にすぐさま(きびす)を返し、やがてその場に関兵衛を伴ってやって来た。連れられてきた関兵衛は四国攻めの大将である義秀の前に膝を付けると、頭を下げて義秀と秀高に対して一礼した。


「義秀殿、それに秀高殿。お初にお目にかかりまする。阿波桑野城主、東条関兵衛実光にございまする。」


「よく来たな関兵衛。この四国攻めでの総大将はこの俺だ。よろしく頼むぜ。」


「それで関兵衛殿、ここより吉野平野に向かうにはどうしたら宜しいのでしょうか?」


「はっ、されば…」


 義秀と華からの言葉を聞いた関兵衛は、重晴がその場で広げている絵図の方へと足を運ぶと、義秀に対して絵図の上の箇所を指差しながら道筋を示した。


「ひとまずは桑野城の方まで向かい、そこから北の山間を進んで那賀川(なかがわ)を渡河して徳島平野に進むのが宜しいかと。」


「なるほどな…分かった。関兵衛、道案内の方は任せるぜ。」


「ははっ!」


 義秀の言葉を受けた関兵衛は返事を返した後、そのまま一歩後ろに下がって軍議にそのまま加わった。やがて義秀は再び秀高に対して作戦の次の方策を示した。


「次に嘉隆、お前の水軍はこのまま南下して海部城(かいふじょう)海部宗寿(かいふそうじゅ)を攻撃してくれ。」


「承知致した…おぉそうじゃ。殿、殿にお目通りさせたき者がおりまする。」


「目通りさせたき者?」


景直(かげなお)殿!」


 義秀より下知を受けた嘉隆はそう言うと、秀高にある人物を目通りさせるべくその者の名前を呼んだ。すると一人の武将が秀高の目の前に歩み出て、それを見た嘉隆がその人物の素性を秀高に向けて紹介した。


「殿、この者は淡路庄田(あわじしょうだ)城主の船越景直(ふなこしかげなお)殿。もとは安宅冬康(あたぎふゆやす)配下にござったが、安宅水軍の壊滅後に我らへの臣従を誓った者にございまする。」


「そうか…景直、よく臣従を決断してくれた。」


「ははっ!されば義秀殿、実は義秀殿に進言したき事がございまする。」


 秀高から言葉を受けた景直は、その場で秀高や義秀らに対して方策の具申を行った。


「この土佐泊城(とさどまりじょう)の城主である森元村(もりもとむら)殿とは(かね)てより昵懇(じっこん)の間柄。何卒このわしに元村殿の説得をお任せいただけませぬか?」


「土佐泊か…秀高、どう思う?」


「俺は良い策だと思う。景直の説得で森元村が帰順すればそれで良いし、別に帰順しなくても三好家中に大きな揺さぶりを掛けることは出来るはずだ。」


 景直の方策を聞いて秀高が絵図を見つめながらそう言うと、その意見を聞いた後に首を縦に振って頷いた義秀が景直に対して言葉をかけた。


「分かったぜ。景直、ならば森元村の説得はお前に任せる。」


「ははっ!お任せくださいませ!」


 その言葉を受けた景直は直ぐに義秀に対して返事を返した。ここに秀高へと帰順した船越景直は秀高方の一員として行動を起こすことになったのである。そして景直へと言葉をかけた後に義秀は秀高の方に視線を向けて語り掛けた。


「さて…秀高、お前にはこのまま牛岐城と平島館(ひらしまやかた)の事を任せたい…というよりは、それがお前の狙いだろう?」


「まぁな。新開道善の手勢だけなら何とかなる。平島公方(ひらしまくぼう)の事は俺に任せておけ。」


 義秀の言葉を受けて秀高がほくそ笑みながら答えると、それを見た義秀は秀高の側にいた玲たちの方に視線を向けて頼み込むように言葉をかけた。


「玲、静姫。秀高の事をよろしく頼むぜ。」


「うん。義秀くんも気を付けて。」


 玲より自身の事を気遣う言葉を受けた義秀は、その場で胸をポンと叩いた後に大きく意気込むように言葉を発した。


「おう!よし、全軍出陣だ!ここは三好の本国だから敵の抵抗も厳しいだろう。だが秀高の為にも歯向かう奴には容赦するな!良いか!?」


「ははっ!!」


 その言葉を聞いた諸将は義秀に相槌を打つと、それぞれの任を果すべく動き始めた。即ち大高勢は関兵衛先導の元で徳島平野の方面へと向かい、九鬼嘉隆の水軍は梶原景宗(かじわらかげむね)北条(ほうじょう)水軍と共に南下していった。そして船越景直がその場を去った後、浜辺に残っていた秀高らは半兵衛からある報告を受けた。


「…殿、細川真之(ほそかわさねゆき)殿より密書が届けられました。細川殿の説得によって白地城(はくちじょう)大西家(おおにしけ)がこちらに寝返ったとの事。」


「大西?確か大西は三好の本領である三好郡(みよしぐん)を領地にしているんだろう?それが寝返ったのか?」


「それが密書によれば、弟の大西頼包(おおにしよりかね)が父の大西頼武(おおにしよりたけ)と図って大西覚養(おおにしかくよう)を幽閉して寝返ったとの事にございます。」


 この時、大西家当主である大西覚養は三好方への合力をしようとしていたが、情勢を見極めていた実父の頼武や兄の大西頼晴(おおにしよりはる)、弟の頼包らによって白地城の奥深くに幽閉され、その後頼武らは細川真之への加勢を表明していた。その経緯を秀高の側で聞いていた静姫は秀高の方に視線を送りながら言葉を発した。


「…思いのほか、阿波の情勢も分からないものね。」


「あぁ。だが阿波の有力国衆である大西がこちらに付いたのは大きい。半兵衛、真之殿に書状を返してくれ。数日後、渭津城(いのつじょう)にて面会をしたいとな。」


「はっ。」


 この秀高の下知を受けた半兵衛は相づちを打った後、秀高の意向を記した密書を稲生衆(いのうしゅう)中村一政(なかむらかずまさ)を通じて真之の元へと届けさせた。それを見届けた後に秀高はこの浜辺にて野営をした後、翌日には自らの軍勢を率いて平島館の近くにある要衝・牛岐城への攻撃を行うべく進軍を開始した。





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