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1567年3月 堺の未来



永禄十年(1567年)三月 和泉国(いずみのくに)(さかい)




「秀高殿、その敵視とはどういう意味で?」


 千宗易(せんそうえき)の茶室の中で、高秀高(こうのひでたか)の挑発ともとれる言葉を受けた天王寺屋(てんのうじや)の主・津田宗及(つだそうぎゅう)はその場で立ちながら反論してきた秀高へ即座に言葉を返した。すると秀高はその返答に意を介さず、問いかけてきた宗及に対して自身の放った言葉の理由を語った。


「どうも宗及殿の話を聞いている限りですと、心の中にこちらへの敵意を秘めているご様子。この場が我ら高家と堺の未来を話し合う席であるからこそ、是非ともその訳を聞かせて欲しいと思いまして。」


「他意はございませぬ。ひとえにこちらも商売をしている身。自立に関わる事であれば異議を申さなくてはなりませぬ。」


 宗易の茶室の中で宗及が立ちながら秀高に言葉を返すと、宗易の立てた茶を(れい)が飲み干したのを脇目で見た後、立っている宗及の顔をじっと見つめながら物事の核心を突くように言葉をかけた。


「…三好(みよし)と懇意にしていたので、我らの伸張に警戒しているのでは?」


「何を仰せになられるか秀高殿。三好殿とは商売の間柄。そこにやましい事などございませぬ。」


 秀高が口にした「三好」という単語を聞いても、平常心を顔に見せていた宗及は即座にその場で否定した。するとその時、再び宗易の茶室にある小さな襖の向こうから、先程の下男が中にいる宗易に対して声を掛けてきた。


「宗易様、秀高様のご配下が報告をしたいと。」


「宜しいですよ。報告をさせてやりなされ。」


 宗易が下男に対して秀高に報告させるように促すと、下男は茶室の襖を開けた。その襖の向こうである外には馬廻の神余高政(かなまりたかまさ)が膝を付いて待機しており、襖が開かれたと同時に高政は秀高に対して報告をした。


「殿、申し上げます!織田信澄(おだのぶずみ)様、三浦継高(みうらつぐたか)様の軍勢が岸和田城(きしわだじょう)を制圧したとの事!!」


「…何?岸和田城が!?」


 その報告を受けていの一番に驚いたのは、他でもない宗及であった。今までの強気な姿勢から一変して大いに驚いた宗及を傍目に見て、秀高が表情を崩さずに報告の続きを高政より聞いていた。


「城主松浦光(まつらひかる)殿を初め、松浦一族及びその家臣の大半を討ち取ったとの(よし)にございまする!」


「…ご苦労だった。下がって良い。」


 その言葉を受けて高政が一礼した後に宗易の下男が襖をスッと閉めると、その場に立っていた宗及が額に汗を流しながらその場にどしっと腰を下ろした。宗及のこの行動をじっと見ていた秀高は宗及の顔色を窺いながら、宗及に鋭い視線を向けて言葉を発した。


「宗及殿、我々は貴方がすでに、三好方の各城へ軍需物資の納入や軍資金の献上などを行っているのを知っています。そんなあなたからすれば、商売先の三好家を滅ぼそうとする私たちは、邪魔者以外の何者でもないでしょう。」


「…」




 これら宗及の一連の反応が指し示している事。それはこの宗及の天王寺屋が三好長慶(みよしながよし)の三好家に軍資金等の多大な支援を行っている事であった。それを事前に稲生衆(いのうしゅう)を通じて情報を得ていた秀高は会談の席上にてその情報をあえて伏せると同時に、織田・三浦ら四国(しこく)渡海に従軍する諸将の軍勢に和泉国内の三好方の拠点、岸和田城を極秘裏に攻めさせていた。


 いわば宗及において自身の権勢の基盤であった岸和田城の落城と、松浦一族の族滅(ぞくめつ)をこの場で聞いた宗及は顔面蒼白となり、やや下を(うつむ)きながら気持ちここに(あら)ずのような態度を見せていたのである。




「しかしこうして三好家の和泉国内での拠点であった岸和田城もあえなく落ち、ここに至っては三好家は風前の灯火と言うべきでしょう。あなたも商人であるのならば、この先三好家がどうなるのか、また自分の商家がどうなるのかというのは直ぐにお分かりになるはず。」


「この私を、脅すおつもりか?」


 この秀高の提言を聞いた宗及は顔を上げると秀高の顔を見つめ、その発言の裏に隠された真意を悟るように秀高に一言で問うた。それを聞いた秀高はその場でしらを切るように反応して言葉を返した。


「まさか?武家でもない貴方を脅せば、尾ひれはひれがついて余計な噂が流れるだけ。私は貴方に身の振り方をどうなされるのかと尋ねているだけです。」


「…宗久、この私はどうすればよい?」


 と、秀高より(おの)が身の去就(きょしゅう)を尋ねられた宗及は、視線を隣に座していた宗久に向けた上で自身の身の上を尋ねた。すると宗久はその場で今までの言葉のやり取りを踏まえた上で宗及に取る道を提示した。


「私に申せることは、即座に三好から手を引くのと…この会合衆(えごうしゅう)を辞めて頂く事でしょうな。」


「会合衆を…辞める…。」


 宗久より自身が取るべき道を指し示された宗及は、宗久の言葉の後に茶室の主である宗易が、下を俯く宗及の目の前に置いた一つの茶碗に入る茶を見つめながら呟くように言葉を発した。すると宗及の目の前に茶碗を置いた後に宗易が宗及の事を優しく(さと)すように宗及に向けて言葉をかけた。


「宗及殿、何も秀高殿は天王寺屋を潰そうとしている訳ではありません。秀高殿の御用商人となり、その配下の一商家として生き残れるのであれば、他に道はないはずでは?」


「…ふむ、それもそうか。」


 宗易のこの言葉を受けた宗及は、自身の気持ちに踏ん切りをつけるように目の前に置かれた茶碗を手に取ると、そのまま一気に飲み干した後に秀高の方に姿勢を向けると畳の上に手を置いて頭を下げた後に頼み込むように秀高の言葉を発した。


「秀高殿、この津田宗及、今後は秀高殿の覇業をお支え致しまする。くれぐれも堺の事、何卒(なにとぞ)良しなにお願い致しまする。」


「はい、そこはお任せください。」


 その言葉を受け取った秀高は宗及のこの言葉を快く受け入れ、畳の上に置いていた宗及の手を取ると固い握手を交わした。それを受けて宗及も表情を明るくして秀高の手を取って握手を交わし、ここに宗及の天王寺屋は伊藤惣十郎(いとうそうじゅうろう)と共に高家の御用商人として存続していく事になったのである。




「…さて、まず堺の今後ですが、宗久殿には会合衆を解散した後、堺の実質的な統治をお任せしたい。」


「堺の実質的な統治、ですか?」


 宗及が宗易の茶室より退出した後、再びその場で茶を点て始めた宗易の傍らで秀高は宗久に対して堺の今後の事を語り始めた。宗久は茶筅(ちゃせん)が茶碗の中の茶をかき混ぜる音色の中で秀高に問い返すと、その言葉を秀高は首を縦に頷いて答えた。


「はい。堺は今後、将軍家の許しを得てこの秀高の直轄地となる手はずとなっています。その際、堺の全ての事情を知っている宗久殿には、是非とも会合衆解散後の堺の統治を任せたいのです。」


「なるほど…ですが秀高殿、先の馬廻の報告では岸和田城も落ちたのでしょう?その岸和田城はどうなるので?」


 この宗久の言葉と同時に茶を点て終えた宗易が、大高義秀(だいこうよしひで)の隣に座る(はな)に対して茶碗を差し出した。それを華が茶碗を手に取って口に運ぶと同時に、秀高は宗久より示された疑問に答えるべく言葉を返した。


「そう、そこなんです。その岸和田城代は堺代官を兼ねる役職となります。人選は後で取り決めますが、何か城代に望む能力とかはありますか?」


「能力、ですか…あまり多くは望みませんが、出来うるのであれば商人たちと利害を調整出来、同時に協調し合える御仁が良いかと思われまする。」


 宗久が秀高より条件を問われ、簡潔にその条件を秀高らに示すとその言葉を聞いていた義秀が、隣にて茶を口に含んで飲み終えた華の方に首を振り向けながら自身の見解を言葉に表した。


「…だったら一人しかいねぇな。」


「えぇ。たぶん私もヨシくんと同じ意見だわ。」


 義秀より問われた華は膝の上の茶碗を手に持つ手を置くと、義秀の心中を察するように手短に返答した。その言葉の裏を感じ取った秀高は条件を示してきた宗久に対して首を縦に振った。


「…分かりました。その事を踏まえて城代を取り決めたいと思います。では宗久殿、今後の堺の実務をお任せします。」


「はっ。この今井宗久、秀高のご期待に沿うて見せましょう。」


 こうしてここに堺は秀高並びに幕府に臣従することとなり、この会合の後に自治機関であった会合衆は宗久・宗及らによって解散する事となった。この後堺の統治は宗久に一任されることとなり、後々派遣される岸和田城代と共に和泉国の統治に関わるようになるのである。





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