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1567年3月 堺での会合



永禄十年(1567年)三月 和泉国(いずみのくに)(さかい)




 永禄(えいろく)十年三月十六日、高秀高(こうのひでたか)率いる八千の軍勢は逗留していた石山本願寺(いしやまほんがんじ)を発つと、その足で和泉国境を越えて堺へと向かった。中世日本において博多(はかた)と並ぶ一大商業都市を形成していた堺は、海に面していない三方を水堀で固めた環濠都市(かんごうとし)であり、その内側では豪商たちの屋敷の他、宣教師(せんきょうし)たちの教会や鉄砲鍛冶たちの鍜治場など商業都市と呼ぶにふさわしい発展を見せていたのである。


「粗茶ですが、どうぞ。」


「ありがとうございます。」


 その堺の中にある千宗易(せんそうえき)の茶室。質素な造りでありながら荘厳(そうごん)な雰囲気を(かも)し出すこの一室の中に、秀高と正室の(れい)静姫(しずひめ)、それに大高義秀(だいこうよしひで)(はな)夫妻が家主である宗易の周囲に座り、宗易による茶の湯のもてなしを受けていた。秀高は宗易より差し出された茶碗の中の茶を飲み干すと、それを目の前の畳の上に置いて宗易に言葉を返した。


「流石は千宗易殿。私も茶の湯をたしなみますが、これほど美味しい茶を飲むのは初めてです。」


「左様にございまするか。秀高殿のお噂は村重(むらしげ)殿より聞いておりまする。何でもその腕前は、一人前の茶人と呼ぶにふさわしい物であるとか。」


「いえ、それほどでも…」


 歴史に精通する小高信頼(しょうこうのぶより)から宗易こと千利休(せんのりきゅう)の事を聞いていた秀高にとって、雲の上のような存在である宗易からの誉め言葉を受けて、秀高は申し訳なさそうに返答した。すると宗易はその秀高の言葉を聞くと、にこやかに微笑んで秀高に向けて言葉を発した。


「今度是非とも、秀高殿の御屋敷に窺って、その茶を頂きたいものですなぁ。」


「…はい!宗易殿の御来訪、心よりお待ちしております。」


 宗易からの思いもよらぬ言葉を聞き、秀高は喜びに満ちた表情を見せると感謝する様に宗易に向けて言葉を返した。するとその言葉の後に茶室の外から宗易に従事する下男(げなん)が、茶室の襖の向こうに現れて中にいる宗易に向けて言葉をかけた。


「宗易様、お越しになられました。」


「おぉ、お通ししなされ。」


 下男は宗易よりその言葉を受け取ると、言葉も発さずに茶室の襖を開けて茶室の中に二人の商人を入らせた。二人の商人は促されるままに茶室の中に入ると、秀高や義秀の右隣りに腰を下ろして着座した。するとその二人の姿を見た宗易は、茶碗にお湯を汲み入れた後に秀高に向けて二人の商人のことを紹介した。


「秀高殿、こちらは納屋(なや)の主であられる今井宗久(いまいそうきゅう)殿、そして天王寺屋(てんのうじや)の主であられる津田宗及(つだそうぎゅう)殿。いずれもこの堺の会合衆の一員にございます。」


 宗易より紹介を受けた宗久と宗及は、一斉に秀高の方に姿勢を向けると宗久より秀高に向けて改めて自己紹介を始めた。


「秀高様、それに義秀殿にご正室の方々、今井宗久にございまする。」


「津田、宗及にございます。」


 宗久とは別に手短に挨拶をすました宗及の挨拶を受けた後、秀高は挨拶をしてきた二人の方に姿勢を向け、頭を下げると二人に向けて言葉を返した。


「お二方とも、会合衆の中では有力な方々とお見受けいたします。高左近衛権中将秀高こうさこのえごんちゅうじょうひでたかにございます。」


 この秀高の挨拶を受けて二人が再び会釈を返すと、その(かたわら)らで宗易が手慣れた手つきで茶を点て始めた。茶筅(ちゃせん)が茶碗の中の茶をかき混ぜる心地良い音色の中で、宗久が秀高の顔を見つめながら言葉を発した。


「それにしても、秀高殿は麒麟児と呼ぶ方々がおりまするが、その名にふさわしい風貌。またその奥方の美麗な事も相まって、これは正に英傑と呼ぶにふさわしいですな。」


「…如何にも。」


 宗久の言葉に対してまたしても宗及が手短に言葉を返すと、宗易が茶を点て終えてその茶碗を今度は義秀の前に差し出した。それを受け取った義秀が一口で茶を口の中に含んだのを、傍らにいて視線を向けて見ていた秀高は義秀が茶碗を畳の上に置いたのと同時に、二人に対して本題を切り出した。


「さて、早速ながら本題に入らせて頂きますが、この度、ここにおられる宗易様のお口添えで、お二方にお会いしたかったのは言うまでもなく、堺とより良き関係を築きたいと思っております。」


「より良き関係…畏れながら秀高殿、それを本気で仰られておるのですか?」


 すると、今まで簡潔な言葉しか述べて来なかった宗及が秀高の言葉を聞くや、食って掛かるように秀高の顔をぎろりと睨んだ後に、厳しい言葉を浴びせるように言葉を続けた。


「秀高殿が懇意(こんい)にしている商人たちが、畿内に販売網を広げて商いをしていることは我々も存じております。だがそれら商人の働きによって、われら畿内の商人たちは少なからず迷惑を被っておるのです。」


「宗及殿、そのような事を言うものではありません。」


 宗及の発言を聞いていた宗易が、義秀の前より茶碗を回収して茶碗の中を洗い流して洗浄しながら宗及に向けて諫めるように言葉をかけた。するとその宗及の発言を受け止めた秀高は、食って掛かってきた宗及の方に視線を向けて言葉を返した。


「…宗及殿の言いたいことは分かります。ですが商人は利益を上げる事に専念するもの。その為に自国の特産品を他国で売り歩くのは、何ら不思議な事ではないはずです。」


「しかし我ら会合衆が影響力を持つこの畿内では、各地の座に入ることによって商いを許す仕組みとなっておりまする。その決まりを外れた商いは差し控えて頂きたい。」


 この頃、秀高が上洛以降に推し進めていた領国の特産品の流通は、秀高の高家に莫大な財貨をもたらしてはいたが、その反面在地の商人、特に会合衆の影響力を受けている各商人たちは競争に負ける事が相次いでいた。その商人たちの心情を汲み取っていた宗及のこの提言を受けると、秀高は真っ直ぐに宗及の顔を見つめながら反論した。


「畏れながら宗及殿、既に高家では濃尾勢(のうびせい)、並びに北畿内(きたきない)においては当家の御用商人、伊藤惣十郎(いとうそうじゅうろう)の名をもって自由な商いを許しています。」


「御用商人?」


「つまり御用商人の認可を得た商人は既存の座の特権を受けず、同時に領内で商家を立ち上げた者にはその場の地銭はかからないようにしている。それのおかげで領内では銭の流通が回って、商業が盛んになるって訳だ。」


 秀高の発言に続いて義秀が御用商人の利点を宗及に対して述べた。すると宗及はその利点を物ともしないどころか、会合衆の一人としての立場としての意見を表明した。


「それでは我らに損しかないではないですか。その御用商人の許しがなくば、我ら堺の商人が秀高様の領内で商いがしづらくなりまする。」


「ご案じなく。そこで宗及殿には当家の御用商人となっていただきたいのです。」


「何?この私が?」


 秀高が自らに食って掛かってくる宗及に対して提示した条件。それは宗及の天王寺屋を御用商人に取り立てるというものであった。意外な提案を受けて驚いている宗及に対して、秀高はその提案の理由を宗及に対して語り始めた。


「宗及殿が畿内における当家の御用商人となれば、宗及殿の影響力がある各商人が宗及殿の名前を使うことによって、我が領内でも自由に商いが出来るのみならず我が領内で生産される特産品を仕入れ、それを他国で売ることも可能になります。」


「ほう、これはおかしなことを言われる。どうして会合衆の有力商人であるこの私が、秀高殿の御用商人になる必要があると言われる?むしろ秀高殿には、今後は商売の事については我らの会合衆の取り決めに従ってもらいたく存ずる。」


 秀高の説明を聞いてもなお取り付く島もないように否定し、尚且つ秀高に対して自らの所属する会合衆の取り決めに従うように迫る宗及の姿を見て、余りにも見かねた宗易が茶碗に入った茶を玲に対して差し出した後、宗及に対して咎めるように言葉をかけた。


「…宗及殿、そないに邪険にするものではありません。」


「おかしな話ではないか宗易殿。黙って話を聞いていれば、秀高殿の提案は我ら堺に秀高殿の配下になれと言っているような物。その様な話などこちらから願い下げる!」


 宗易の言葉の後に怒りの感情を見せながら、宗易に向けて反論を述べた宗及が言い放った後にその場から立ち上がると、それを見ていた秀高が立ち上がった宗及に視線を向けながら一言で言葉を投げかけた。


「…宗及殿、なぜそこまで我らを敵視するのですか?」





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