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1567年3月 門跡との盟約



永禄十年(1567年)三月 摂津国(せっつのくに)石山本願寺(いしやまほんがんじ)




「どのようになさる、とは?」


 本願寺の本堂の中、門主である顕如(けんにょ)から本願寺派(ほんがんじは)の今後について問われた高秀高(こうのひでたか)は、対面で向き合う顕如の顔を見つめながらそのように問うてきた意味を尋ねた。すると顕如は秀高同様に、対面する秀高の顔をまっすぐに見つめながらその意味を語った。


「この同盟、一見すればこちらにも利益があるようには思えますが、裏を返せば幕府、引いては秀高殿の一存で生殺与奪(せいさつよだつ)が決められているようなもの。その様な盟約をどうして我ら本願寺派に提案し、その意味は何かと思いましてな。」


「別段この盟約に意味はありません。ですが…」


 秀高は尋ねてきた理由を顕如より聞くと、秀高はこの同盟に隠された意義などないことを証明する様に言葉を発した後、一旦視線を逸らした後に再度、顕如の方を見つめて一つの理由を語った。


「一つだけ言えるのは、もうこれから先、寺院は僧兵を抱えなくても良いという事です。」


「何?僧兵を?」


 この秀高の言葉に、顕如や背後に控える下間頼照(しもつまらいしょう)下間頼旦(しもつまらいたん)ら坊官や僧侶たちに衝撃が走った。何しろ本願寺が防衛力として頼みとしている僧兵を抱えなくても良いという事を聞いて衝撃を受けていたからだった。そしてその中でいの一番に声を上げたのは、坊官の中でも武勇に優れた下間頼廉(しもつまらいれん)であった。


「これは異なことを!秀高殿は我ら本願寺に、即座に武装を解けと仰られるのか!!」


「その通りです。」


「何っ!?」


 頼廉の言葉を受けて即座に返答した秀高の言葉を聞くと、頼廉はその場で立ち上がって大きく反応した。するとそれを見た顕如が後ろを振り返って頼廉を制するように手をかざし、それを見た頼廉がその場に腰を下ろした後に秀高が顕如たちに向けて語り掛けるように言葉を発した。


「門主様、それに頼廉殿。そもそも寺社仏閣と僧兵は古代より寺社の力の象徴として密接にかかわっていました。この本願寺が僧兵を増やしたのも山科本願寺(やましなほんがんじ)が焼き討ちにあってから増やしたのでしょう。」


 そもそも、本願寺の起こりは山城国(やましろのくに)であり、そこから蓮如(れんにょ)の時代に山科に本願寺が置かれた後はそこが総本山となっていた。しかし山科本願寺が焼き討ちにあった後は大坂にあった御坊が総本山となり、それと同時に防衛力を高めるかのように僧兵などの軍事力を持ち始めたのである。その経緯を事前に小高信頼(しょうこうのぶより)から聞かされて知っていた秀高は、その経緯を示した後に顕如に自身の考えを話した。


「ですが、もうこれからの時代は寺社が僧兵を揃える必要はありません。力のある為政者が法度と武力を背景に統治し、民衆や世の中を治めていけば良いだけの事。それに本願寺中興の祖である蓮如(れんにょ)上人は、門徒たちに対して一揆を起こす事を禁じていたはず。今の本願寺派の所領が認められるというのならば、門徒たちの為にも僧兵の武装を解くべきではないですか?」


「…仰られる通りこの本願寺は、蓮如上人並びにその子の実如(じつにょ)上人のお二方が、一揆・合戦の禁止などの三法令を取り決めておりました。私もその信条に異議はありません。」


 この秀高の言葉を黙って聞いていた顕如は、瞳を閉じながら自派の教義を秀高に向けて語った。すると顕如はその場で目を見開き、秀高の方にしっかりと視線を向けながら言葉を秀高に返した。


「されど願証寺(がんしょうじ)証意(しょうい)は秀高殿への憎悪(いちじる)しく、この当寺に何度も一揆の催促を送ってきておりまする。」


 この時、本願寺の顕如の元には秀高を敵対視する証意より、再三再四一向一揆の認可を求める書状が何年にもわたって届いて来ていた。その事を苦々しく思いながらも話した顕如に対して、それを聞いていた大高義秀(だいこうよしひで)が口を挟むように発言した。


「まさか、それを認めるって訳じゃあねぇだろうな?」


「何を申される!そのような事をして当寺に何の利益があると言われるか!」


「…聞けば願証寺は蓮如上人の第六子、蓮淳(れんじゅん)上人が興された経緯から院家(いんげ)に数えられています。いくら総本山が不戦を説いても、院家が一揆を督促して来れば総本山は無下にできないのでは?」


 義秀に反駁した頼旦の発言の後に、義秀正室の(はな)が顕如に向けて発言すると、その発言を聞いた顕如が華の方を振り向きながら返答した。


「貴女は…音に聞こえし大高御前(だいこうごぜん)様か。確かに言わんとしている事は分かります。されど今の状況で、高家と(いさか)いを起こすのは得策ではありません。」


「…ならばもし、総本山である石山本願寺の意向に背いて、願証寺が一揆を起こした時にはどうするのですか?」


 すると今度は、秀高の後方にいた正室の(れい)が言葉を発して顕如に尋ねた。すると顕如は下を向きながら、言葉を振り絞る様に決意をその場で表明した。


「その時は…長島願証寺とその門徒全てを破門にします。」


「門主様!」


 この決意を聞いて背後にいた頼廉が顕如に向けて言葉を発した。するとそれを同じ秀高の後方で聞いていた静姫(しずひめ)が、顕如に向けて念を押すように尋ねた。


「そのお言葉、嘘偽りはありませんね?」


「はい。長島に限らず、当寺と幕府・高家間の同盟に背いて勝手に一揆を起こした場合は、分け隔てなく破門と致す所存でございます。」


 この顕如の決意ともいうべき言葉を聞いた秀高は、背後にいた玲と静姫の顔を見合った後に顕如の方を振り返り、苦渋の決断を表明した顕如に向けて首を縦に振って頷いた。


「…分かりました。ならば俺たちはその門主様のお言葉を信じます。ではその破門された寺社についてはこちらで処分しても構わないと?」


「はい、構いませぬ…。」


 秀高の発言を聞いた顕如が苦々しい表情を浮かべながら発言すると、その心情を察した秀高がその心情を晴らさんとして顕如に語り掛けた。


「門主様、こちらもわざと一揆を引き起こそうという魂胆はありません。こちらも分け隔てなく統治に務め、門徒の方々が一揆を引き起こす必要が無いように努めますのでご安心を。」


「はっ、そのお言葉を我らも信じたく思いまする。」


 その言葉を受けて顕如が秀高らに向けて手を合わせると、それを見た秀高はこくりと頷いた後に返答した。


「門主様、ありがとうございます。それではこの盟約を誓い合う為に起請文を作成しましょう。よろしいでしょうか?」


「はい、異存はありませぬ。」


 顕如は苦々しい顔から晴れやかな表情を浮かべ、秀高の問いかけにしっかりと言葉を返したのだった。その後、本堂の中にて本願寺と幕府並びに秀高との三者間の盟約が起請文によって起こされ、その後は秀高の血判によってこの起請文が法効力を帯びるようになった。ここに本願寺派は幕府と盟約関係となり、同時に幕府から正式にその権力を認められることと相成ったのである。




「ともかくこれで本願寺は何とかなった訳だな。」


 その日の夜、本願寺の寺内町内に用意された一つの宿坊に寝泊まりする事になった秀高らは、その中で義秀が仰向けに寝転がりながら言葉を発した。すると秀高はリラックスしている義秀の姿に目を向けながら言葉を義秀に返した。


「あぁ。この情報が証意に伝われば、証意も積極的にこちらに反抗しようとは思わないはずだ。」


「それにしても、今日はこの寺内町に泊まって良いなんて…。」


 秀高の側にいた玲が辺りを見回しながらそう発言した。本願寺と秀高の盟約が履行された後、何と本願寺は大胆にも秀高らの軍勢の逗留を許して寺の外に布陣する事を認めるのみならず、秀高らに今夜は寺内町に寝泊まりする事を許したのである。するとその玲の言葉を受けて、静姫が玲の言葉に答えるように発言した。


「大方、門徒たちへの示しでしょうね。盟約関係となった私たちとは友好的に付き合うという事を門徒の中の強硬派に示しているんだわ。」


「その通りだ。そうじゃなきゃ外で待機していた俺たちの手勢の駐留を認めないだろう。」


 静姫に続いて発言した秀高の言葉を聞くと、玲は納得した後に側に置いてあった急須(きゅうす)に入る白湯をお椀の中に注いだ。すると仰向けになって天井を見つめていた義秀がそれらの発言を踏まえて言葉を発した。


「ま、俺としちゃあここで羽を休められるのならばそれで良いんだがな。」


「それでヒデくん、明日はいよいよ(さかい)に向かうんでしょ?」


 寝転がっている義秀の横で華が側に座りながら、秀高に向けて明日の目的地である堺の事を尋ねた。すると秀高は問いかけてきた華に対してこくりと首を縦に振った。


「はい。明日は堺に赴いて会合衆(えごうしゅう)との会談に臨みますが、それと同時にある事を進めます。」


「ある事?」


 玲が秀高の言葉を聞いて疑問に思っていると、その時に襖の向こうから神余高政(かなまりたかまさ)が中にいる秀高に対して声を掛けてきた。


「申し上げます。河内飯盛山城かわちいいもりやまじょうの包囲陣より織田信澄(おだのぶずみ)様、丹羽氏勝(にわうじかつ)様の軍勢、翌早朝にも和泉国境に達するとの事。」


「分かった。信澄と氏勝の軍勢にはくれぐれにも悟られぬよう、隠密裏に進軍してほしいと伝えてくれ。」


「ははっ!!」


 秀高のこの下知を聞くと襖の向こうにいた高政は相づちを打ち、直ぐにその場から去っていった。するとその報告を聞いて起き上がった義秀が、秀高の方を振り返って先程の報告の内容について尋ねた。


「…確か信澄と氏勝は俺たちと共に四国に渡海させる軍勢だろう?なんで隠密裏に進軍させるんだ?」


「まぁ見ててくれ。これを受ければきっと会合衆内の三好(みよし)派は度肝を抜かれるだろうさ。」


 義秀に向けてそう言った後、秀高は静姫より手渡された薬を口の中に含ませた。するとその薬が間違って気管支に入ったのかその場でせき込み、それを見かねた静姫がその場で背中をさすった。それを見ていた義秀夫妻はふふっと微笑み、その場には戦をしている最中とは思えない程に和やかな空気が流れたのだった…





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