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1567年3月 石山本願寺来訪



永禄十年(1567年)三月 摂津国(せっつのくに)石山本願寺(いしやまほんがんじ)




 明けて三月十六日。伊丹城(いたみじょう)を出立した高秀高(こうのひでたか)大高義秀(だいこうよしひで)率いる八千余りの軍勢は四国(しこく)への渡海に備えるべく、丹波路(たんばじ)に加わっていた三浦継高(みうらつぐたか)の軍勢を伴って和泉国(いずみのくに)に向けて進軍を開始。その途上、秀高は西成郡(にしなりぐん)に入ると軍勢を待機させ、僅かな供周りと共に足を東成郡(ひがしなりぐん)へと向けた。この地にある一大環濠都市、石山本願寺とその寺内町を訪れる為である。


「止まれ!これより先は本願寺の寺内町である!どなた様もお引き上げを!」


 周囲を堀に囲まれて寺内町を中心とした一大都市が形成されている石山本願寺、その外郭である総構えに構えられている門にて、中に入ろうとした秀高一行がその場を守っていた本願寺坊官・下間頼旦(しもつまらいたん)から声を掛けられて制止させられた。すると馬上でそれを聞いた秀高は、制止してきた頼旦に対して即座に返答した。


「待ってくれ。俺たちは怪しい者じゃない。石山本願寺門主(もんしゅ)顕如(けんにょ)上人にお目通りを願う。」


「何をふざけた事を!貴様ら武家がおめおめと、九条家(くじょうけ)猶子(ゆうし)(実親子でない二人が親子関係を結んだ時の子の事)である門主様にお目通りが叶うとでも思っておるのか!!」


 この時、本願寺の宗主でもある顕如は九条家の猶子となっており、その縁もあって朝廷より門跡(もんせき)に任じられて朝廷より特別な礼遇を受けていた。その縁を前面に出して撥ねつけようとした頼旦の言葉を聞くと、秀高は視線を細めて頼旦に対して言葉を返した。


「…その九条家よりの書状を持参していてもか?」


「何?九条家の?」


 頼旦が秀高の言葉に驚いていると、秀高は懐から一通の書状を取り出した。その書状というのは事前に京の九条家当主・九条兼孝(くじょうかねたか)より本願寺に対して秀高の口添えを行う書状であった。その書状を貰い受けた頼旦がその書状を開き、末尾に書かれた署名を見るとさらにその場で驚いた。


「こ、これは紛れもなき九条家の文書!そなたは一体…」


「申し遅れた。高左近衛権中将秀高こうさこのえごんちゅうじょうひでたかだ。」


「高秀高…これは失礼致した!すぐにお取次ぎ申すのでしばし待たれよ!」


 すると今での冷淡な扱いとは異なり、秀高の名前を聞くや直ぐに対応を変えるように中へと消えるようにして去っていった。その様子を同じ馬上で見ていた義秀が、秀赤の側に近づいた後に話しかけた。


「…それにしても、九条家の名前を出したとたんに態度を変えやがったな?」


「そもそも、ここ数年の本願寺飛躍の裏には九条家の力がある。その九条家の兼孝殿からの一筆を見せれば、坊官共も無碍には扱えないという訳だ。」


「なるほどなぁ…。」


 義秀が秀高の言葉を受けてその場で納得すると、やがてその場に頼旦が戻ってきて秀高らを寺内町の中へ案内するように誘導していった。秀高らは頼旦の道案内の元総構えの門を潜ると、寺内町の中を通って中心部にある本願寺の本堂へと案内されたのであった。




「お初にお目にかかります。高左近衛権中将秀高にございます。門主様、お目にかかれて光栄です。」


「いえ、まさかここ数年の間に畿内に名を轟かせた高中将(こうのちゅうじょう)殿が、この寺を来訪なされるとは思いもよりませんで、坊官らの無礼、お許しくださいませ。」


 石山本願寺の中枢部である本願寺の本堂の中で、顕如と秀高はそれぞれの坊官や家臣たちを伴って面会した。秀高の挨拶を受けて顕如が言葉を返した後、秀高はその場で顔を上げて対面で向き合う顕如に視線を合わせると言葉を発した。


「…そうだ、まずは門主様、こうしてお目にかかれたのも何かの縁。まずはこれを受け取ってください。」


 そう言うと秀高は家臣で馬廻となっていた林通政(はやしみちまさ)より一つの桐箱を貰い受けると、それを顕如の目の前において桐箱の蓋を取り、中に入っていた一つの青磁製の花入れを見せた。


「こちらは?」


「これは青磁花入れの一つ、大内筒(おおうちつつ)と呼ぶものにございます。」


「大内筒!?かの大内家(おおうちけ)が所有していた名物ではないか!何故それが秀高殿の手元に!?」


 大内筒…青磁で出来ているこの花入れはその名前の通り、かつての西国一の大大名と謳われた大内家所有の逸品であったが、やがて毛利元就(もうりもとなり)によって滅ぼされた後はその品がどうなったかのは分かっていなかった。その品物が秀高の元にあったことに驚いた坊官・下間頼照(しもつまらいしょう)の言葉を聞いた秀高は、この品物を手に入れたいきさつを顕如に対して説明した。


「実はこの花入れ、当家の御用商人である伊藤惣十郎(いとうそうじゅうろう)が西国より流れ着いたこの逸品を買い、上洛祝いに進呈された物です。そして今回門主様に会うという事で、是非ともこの花入れをお贈りしたいと思い、持参して参りました。」


「なんと…そのようにお心遣いくださるとは、ありがたき仕儀にございます。」


 この秀高の心配りともいうべき大内筒を、顕如はその場で両手を合わせて拝むと僧侶たちに命じてその桐箱に収められた大内筒を桐箱ごと回収させた。それを見届けた後に秀高は、顕如の方を見つめながら本題を切り出した。


「さて…門主様。今日こうして面会に参ったのは、浄土真宗本願寺派じょうどしんしゅうほんがんじはの総本山である石山本願寺と、幕府並びこの秀高との同盟を提案しに参りました。」


「同盟、ですか。」


 顕如が秀高より言われた提案を受けてオウム返しするように発言すると、秀高はその顕如の発言を聞いた後に、首を縦に振って頷いてから言葉を続けた。


「その通り。本願寺派は畿内南部を中心に勢力を張り、引いては加賀(かが)一国を統治しており、のみならず朝廷より門跡に任じられた格式高い寺院。今後の幕政の事を鑑みれば、本願寺家と融和するのが最善だと思いまして。」


「しかし、当派は延暦寺(えんりゃくじ)をはじめとする(みやこ)の寺院より煙たがられておりまする。京の寺院を庇護する幕府がそう易々と同盟を組むわけが…。」


 顕如に代わって同じ坊官であった下間頼廉(しもつまらいれん)がその場で秀高に向けて言葉を発すると、秀高は頼廉の懸念を払拭させるかのように、懐から別の書状を取り出して顕如に言葉をかけた。


「そこで、今回上様よりこのような書状を先日貰い受け、本願寺と接触する際にはこの二つの条目を伝えて欲しいと言われました。」


「二つの条目とは?」


 顕如のこの言葉を受けた後、秀高は顕如に対して差し出した書状を手渡しした。それを受け取った顕如はその場で書状の封を解くと、書状の中には将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の親筆で以下の二つの条目が書かれていた。




一つ、摂津国東成郡、西成郡(にしなりぐん)住吉郡(すみよしぐん)を本願寺領として認め、同時に加賀国も同様のこととする。


一つ、所領以外に点在する本願寺派寺院については、仏の道に帰依して仏法を説くのであれば寺社伽藍の一切を保護し、また檀家の信仰も保証する。




「これは…幕府は我らに所領を認めると?」


 この条目に目を通した顕如がその場で言葉を発すると、顕如より手渡しされてその条目に目を通した頼廉が秀高に対して問うように言葉をかけた。


「畏れながら秀高殿、貴殿は去る大和(やまと)平定において興福寺(こうふくじ)より大和支配を奪ったはず。後々に奪おうという魂胆に相違(あら)ずや!」


「興福寺は三好に付いた為に権益を剥奪という事になりました。片や本願寺は三好に味方しなかったではないですか。どうして所領を没収しようなどと?」


「されど貴殿は、長島願証寺(ながしまがんしょうじ)証意(しょうい)殿とのいざこざもあり申す。難癖をつけて没収されると疑われても無理はないかと。」


 頼廉の疑念に率直に答えた秀高に対して、頼照がその場で秀高に向けて疑念を示した。すると秀高はやや(うつむ)いた後に言葉をかけて来た頼照に向けて言葉を返した。


「…あれは証意の自滅ともいうべき物。それに事の顛末は細川藤孝(ほそかわふじたか)殿より門主様のお耳にも入っているはず。」


「如何にも。事の顛末は全て聞き及んでおりまする。されど…」


 秀高の言葉を受けた顕如は秀高の言葉に答えるように発言した後、秀高の方をじっと見つめながらある事を秀高に問うた。


「秀高殿は、我ら本願寺派をいったいどのようになさる御所存で?」


 その言葉を顕如より聞いた後、秀高の方にいた義秀や玲たちに緊張が走った。そして顕如の言葉を真正面で受け止めた秀高は、この言葉を発した顕如の心中に僅かな危機感がある事を感じ取ったのである。





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