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1567年3月 伊丹城にて



永禄十年(1567年)三月 摂津国(せっつのくに)伊丹城(いたみじょう)




 永禄(えいろく)十年三月十五日。三好長慶(みよしながよし)率いる三好家攻略を順調に進める高秀高(こうのひでたか)は、飯盛山城(いいもりやまじょう)包囲の指揮を大和(やまと)平定を為した小高信頼(しょうこうのぶより)に一時的に託すと、僅かな馬廻や随伴する(れい)静姫(しずひめ)と共に摂津国に向かい、伊丹親興(いたみちかおき)の居城である伊丹城に入城。そこで大高義秀(だいこうよしひで)(はな)夫妻と共に播磨(はりま)より来訪した別所安治(べっしょやすはる)有馬則頼(ありまのりより)らを迎えて面会した。


「秀高殿、お初にお目にかかりまする。別所安治にございまする。」


 来訪した安治と則頼を、秀高は義秀や正室たちと共に伊丹城本丸館にて面会した。(かたわ)らに伊丹城主でもある伊丹親興(いたみちかおき)が控える中で、上座に腰を下ろして側に玲たちを置いていた秀高が、言葉をかけて来た安治とその隣に座る則頼に対して言葉を返した。


「安治殿、それに則頼殿。よくぞ来てくれました。」


「ははっ。此度の三好征討の順調な事、真に喜ばしく思いまする。」


 秀高の言葉を受けて今度は則頼が秀高に対して言葉を返すと、秀高は上座で少しはにかみながらこれまでの侵攻を振り返るように言葉を発した。


「えぇ。ここまでは上手く推移していますが、ここで油断して足元をすくわれないように、これからもしっかりと進めていくつもりです。」


「それよりも安治殿、その前の首桶は?」


 すると、秀高の傍らにいた静姫が秀高の代わりに、下座にて控える安治と則頼の目の前に置かれた二つの首桶に視線を合わせ、その首桶の事を二人に尋ねた。


「ははっ。この二つの首桶は三好方に付いた有馬宗家(ありまそうけ)有馬村秀(ありまむらひで)有馬国秀(ありまくにひで)親子にございまする。」


「有馬宗家?」


 首桶の事を尋ねられた則頼の返答を聞いて秀高がすぐに言葉を発した。すると今度は安治が隣に座る則頼の方に視線を向けながら、秀高の方に向けて発言した。


(おそ)れながら、この則頼殿の家系は分家である三田有馬家(さんだありまけ)にございまして、山崎(やまざき)天王山(てんのうざん)の戦い後に隠居なされた父・有馬重則(ありましげのり)殿に代わって再三にわたり有馬宗家に同心を進言致しましたが、有馬宗家は三好家から離れる事を頑として認めず、止む無き仕儀に至った次第にございまする。」




 この、三田有馬家と有馬宗家は同族ではあるが大きな違いがあった。というのも則頼の三田有馬家は播磨東部の美嚢郡(みのうぐん)に所領を持ち、本家の有馬家とは別の統治をしていた。その為秀高の三好侵攻の際にも、別所安治と共に即座に呼応した則頼とは別に本家の有馬宗家は三好家への忠義を通し、その結果有馬宗家は滅亡の憂き目にあったのである。




「そうだったのですか…それは則頼殿にとってはお辛い事かと…。」


「いえ、これも戦国の世の習い。既に割り切っておりまする(ゆえ)ご案じなく。」


 その事情を知った秀高の言葉を受けると、則頼は秀高のことを心配させないように即座に返答を返した。それを受けた秀高はこくりと首を縦に頷いた後に言葉を発した。


「そうですか…では、私の方から上様に言上して、有馬宗家の所領を則頼殿に与えるように手配しておきます。」


「ははっ。(かたじけな)く存じまする。」


 その後、秀高の働きかけによって有馬宗家の家督は則頼の血筋に継承されることとなり、則頼は滅亡した有馬宗家に代わって、本家が領していた摂津有馬郡(せっつありまぐん)の所領が幕府から与えられることになったのであった。これによって則頼は荒木村重(あらきむらしげ)配下の国衆として扱われることになったのである。


「それにしても秀高殿、その両脇におられる奥方様は?」


 と、安治が秀高の隣にいた玲や静姫に視線を向けながら、秀高の玲たちの事を尋ねた。すると秀高は傍らにいる静姫や玲に視線を向けながら安治の問いかけに答えた。


「あ、あぁ。私が少し体調が(かんば)しくないところがあってですね。それを危惧した二人が随伴させてほしいと言って来たので、それを認めたという訳なんです。」


「左様にございまするか。なるほど高家は他の大名家とは家風が違うとお聞きしましたが、こうも違うと驚きが勝りまするな。」


「如何にも。さすがは麒麟児と呼ばれる秀高殿。その家風も独特のものにございまするなぁ。」


 秀高の言葉を受けた後に安治と則頼は互いに顔を見合わせてこう言うと、言葉を発した後にその場で笑った。そしてその場で笑った後に、安治は秀高の方に顔を向けると今後の事を尋ねた。


「ところで秀高殿、これから如何なされるので?」


「はい、とりあえず安治殿と則頼殿はこれから、飯盛山城の包囲に加わっていただきますが、我らの方はこれから和泉(いずみ)の平定に向かいます。」


「和泉…(さかい)にございまするか?」


 秀高の言葉を受けて安治がその目標を言葉に発した。そう、秀高がわざわざ飯盛山城の包囲から離れてこの地に足を運んだのには訳があった。秀高は三好侵攻と同時に畿内随一の商業自治都市である堺に足を運び、堺の自治を行う会合衆と会合して三好を孤立させようと考えていたのである。


「その通りです。堺の商人たちの自治組織である会合衆(えごうしゅう)は裏で三好家に矢銭を納入しており、またその経済力で畿内(きない)に独自の影響力を持っています。これから先の事を考慮すると、堺を抑える必要があります。」


「そこで四国(しこく)に攻め入る前に、和泉国の平定と堺の制圧を迅速に行うという訳だ。」


 秀高の言葉の後に義秀が脇から言葉を挟むように発言すると、秀高の思惑を聞いた則頼がその場ですぐに秀高に疑問をぶつけるように発言した。


「しかし堺は周りを堀で囲んだ環濠都市(かんごうとし)…武力では容易に制圧出来ぬと思いまするが?」


「いや、実は荒木村重(あらきむらしげ)殿が堺の茶人である千宗易(せんそうえき)殿の門下である縁で、村重殿の口添えと宗易殿の差配によって、会合衆の面々と会談を取り持つ手はずとなっているんです。もし話し合いがうまく行けば、堺の件は血を流さずに済むでしょう。」


 実はこの時すでに、秀高は荒木村重を通じて堺に住まう茶人、千宗易に会合衆への渡りをつけるように依頼していた。それを受けた村重は即座に宗易に連絡を取り、その結果、堺にて会合衆の面々と話し合う場を持つことに成功していた。その情報に接した則頼は先ほどの疑問が消えるように納得し、その場で得心するように言葉を発した。


「なるほど…確かにうまく行けば堺を抑える事が叶いまするな。」


「無論それだけじゃねぇぜ。それと同時に岸和田城(きしわだじょう)松浦光(まつらひかる)を攻め落とすことが出来れば、会合衆の中の三好派にたいして脅しをかけることが出来る。そうすりゃあその会談も順調に進むだろうよ。」


「硬軟織り交ぜる。という訳ですな。」


 大高義秀より和泉国内の三好方の城・岸和田城を攻め落とすことを知った安治が、秀高の方を振り向きながらほくそ笑んで言葉を発すると、それを聞いた秀高は微笑みながら首を頷いた後に安治に言葉を返した。


「その通りです。ですから安治殿と則頼殿は何の心配もなく、飯盛山城の包囲に向かってください。」


「承りました。では我らは飯盛山城にて秀高殿の戦果を心待ちにしておりまするぞ。」


 この言葉を安治が発した後に、安治と則頼が秀高に向けて頭を下げると、秀高はそれを上座で頷きながら答えたのであった。こうして加勢に来た別所・有馬勢はその日のうちに、河内飯盛山城の包囲に向かう波多野元秀(はたのもとひで)浅井高政(あざいたかまさ)勢や丹波路(たんばじ)の軍勢に加わっていた蒲生賢秀(がもうかたひで)坂井政尚(さかいまさひさ)の軍勢と共に河内へと向かっていったのである。




「さて…安治殿にはああ言ったが、堺の前に一つ、話し合っておかなきゃならないところがある。」


「話し合っておかなきゃならない所?」


 その日の夜、宿泊する伊丹城の客間にて秀高が発言した言葉を聞いて、秀高の側で白湯が入ったお椀を持っていた玲が秀高の言葉を受けてオウム返しをするように言葉を発した。すると今度は玲とは反対の位置にいた静姫が、秀高に薬を渡しながらその目的を悟って言葉を発した。


「…石山本願寺(いしやまほんがんじ)ね。」


「本願寺だと?どうしてそんなところと話し合いなんか…?」


 静姫の言葉を受けて大高義秀が秀高に向けて言葉を発すると、その間に静姫より薬を貰い受けて口に運んだ秀高が、玲よりお椀を貰って中に入っていた白湯を飲み干した後に義秀に言葉を返した。


長島願証寺(ながしまがんじょうじ)の事だよ。証意(しょうい)は今は大人しくしているが、何かのきっかけで一揆を起こすかもしれない。それこそもし信隆(のぶたか)と通じたりしたら…。」


「それは首元に短刀を突きつけられたに等しいわね。」


 秀高の言葉に反応するように静姫がその場で言葉を発すると、玲に対してお椀を返した後にその場で鼻を一回すすった秀高が、静姫の言葉に相槌を打った後に言葉を続けた。


「そこで、願証寺の本山である本願寺の顕如(けんにょ)上人と話し合い、証意の首根っこを押さえさせるという訳だ。本願寺と俺たちが繋がりを得たとなると、証意もうかつなことは出来ないさ。」


「だがどうする?顕如はやり手の坊主だぜ。それに信頼が言うには配下の坊官たちも並大抵じゃないらしい。」


 義秀が秀高の考えを聞いた後に懸念をその場で表明すると、秀高はふふっと微笑んで不敵な笑みを浮かべながら義秀に言葉を返した。


「心配するな。そこはこの俺に策がある。」


「あら、大層な自信じゃないヒデくん。」


「まぁ華さん、俺のやり方を見ていてください。」


 その言葉を聞いた華も秀高の言葉を受けてふふっとその場で微笑み、同時に夫でもある義秀は事の成り行きを見守るかのように秀高の顔をじっと見つめていたのだった。





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