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1567年3月 大仏殿炎上



永禄十年(1567年)三月 大和国(やまとのくに)東大寺(とうだいじ)




 翌三月十二日、先の戦において敗走した筒井順慶(つついじゅんけい)は、昨日より生き残った島左近(しまさこん)ら家臣と一門を引き連れて東大寺の大仏殿に立てこもり、断固抗戦の意思を示していた。その順慶の元に小高信頼(しょうこうのぶより)の意を受けた多聞院(たもんいん)英俊(えいしゅん)が、ようやく順慶との面会に漕ぎつけて順慶の説得に赴いていた。


「英俊殿、興福寺は小高信頼(しょうこうのぶより)松永久秀(まつながひさひで)の軍門に降ったと申されるのは真か!?」


「さにあらず。全ては生き残った興福寺衆徒(こうふくじしゅうと)の安寧を図るためにございます。」


 大仏殿の中、廬舎那仏(るしゃなぶつ)の台座の元で口論を交わす順慶と英俊を尻目に、先の戦で生き残った松倉重信(まつくらしげのぶ)島清興(しまきよおき)、それに一門の福須美順弘(ふくずみじゅんこう)がその口論を固唾を飲んで見守っていた。その中で順慶は英俊の言葉に引っ掛かると意地を張るように言葉を返した。


「これはしたり!我ら筒井はまだ負けてはいない!見よ、ここに控えし島左近(しまさこん)は信頼の本陣奥深くまで迫り、我ら筒井の意地を示したのだぞ!」


 順慶より指された清興は何も言葉を発さずにただじっとその場で下を向いていた。その様子を見て取った英俊は興奮状態にある順慶を諭すように言葉をかけた。


「冷静になられよ順慶殿。信頼殿は筒井一門とその郎党の命は取らぬと仰せにて…」


「こちらは好之(よしゆき)順国(じゅんこく)叔父の他、数多くの家臣を討たれたのだぞ!?どの面を下げて信頼の元に参れと!?」


「…殿、最早勝敗は決しましたぞ。」


「何を抜かす!」


 順慶の怒りともいうべきこの言葉を聞いた後に重信が意を決して発言すると、重信に対して順慶が反駁(はんばく)した後に重信と順弘が相次いで順慶に意見を述べた。


「事ここに至っては膝を屈し、信頼の温厚を受け取るべきにございます。」


「その通りじゃ。あたら無駄な血を流すことはあるまい。」


「左近!そなたはどうなのじゃ!まだまだ戦えるであろう!」


 重信と順弘の意見を受けた後に怒りを(たぎ)らせた順慶は、下を向いていた清興に対して問うように言葉をかけた。すると清興はようやく顔を上げると順慶を諫めるように言葉を返した。


「…殿、見苦しき事はお止めなされ。」


「何っ!?」


 清興の言葉を受けて順慶がなおも怒ると、清興は怒りに満ちている順慶を落ち着かせようと順慶に視線を合わせながら説得した。


「右近殿に順弘殿の申す通りにござる。ここで意地を張って、筒井一族の血脈を絶やせば先祖代々に何と言って詫びるので?」


 その言葉を聞いた時に順慶は怒りの感情を無くし、ふと自身の一族の事について考えた。順慶の父・筒井順昭(つついじゅんしょう)が若くして死した後、幼き順慶は叔父たちより筒井家の再興を嫌という程教え込まれ、その為か一門の再興のみを願う様になっていた。その筒井一族が今、危急存亡の(とき)が来ていることを感じた順慶に英俊が様子を見ながら口を挟んで意見した。


「…信頼殿は貴殿ら筒井一党は所領である伊賀(いが)にて(かくま)うと仰せになられた。筒井城(つついじょう)が一昨日に落とされたという報告は既に聞き及んでおられる(はず)。貴殿の仇敵である久秀殿が大和国を納められる以上は、信頼殿が保護するという気遣いを無碍になさるのか?」


 英俊のこの言葉を聞いた順慶は、その大仏殿の中に大きく(たたず)む廬舎那仏のご尊顔を拝すと、その場で瞳を閉じた後に後ろにいる英俊に対して言葉を返した。


「…本当に小高信頼は筒井一門を丁重に保護して下さるのか?」


「如何にも。ここに信頼殿の血判(けっぱん)が押された誓紙(せいし)がござりまする。」


 そう言うと英俊はその場に一通の書状を床に置いた。それを聞いた順慶が振りかえってその書状を取り、中身を確認するとそこには確かに信頼の連署血判があり、その内容は筒井一門の身柄を保証するという旨が書かれた内容であった。


「…相分かった。ここでわし一人が意地を張って一族の血を絶やしては、父や祖父に申し訳が無い。」


 連署血判が押された書状を見た順慶は、その場にいた清興ら家臣と叔父の順弘を一目見た後に英俊に対して書状を返しながら言葉を発した。


「英俊殿、この外にいる信頼殿や久秀殿にこうお伝えあれ。「この提案、謹んで受け入れる」と。」


「おぉ、よくぞご判断して下さった。ではすぐにでも…」


 英俊が順慶の回答に喜んで外に出るように促すと、順慶は即座に否定するように手を上げて言葉を返した。


「いや、わしはここで御仏(みほとけ)に祈りを捧げてから外に出る。おそらく伊賀に行くとあっては御仏を再び見る事は敵わぬからな。」


「わかりました。それでは順弘殿に家臣一同、外に参りましょうぞ。」


 その順慶の返答を聞くと清興らを引き連れて大仏殿の脇の扉から外へ出て行ったが、その中で清興は順慶に不穏な空気を感じたのか一目順慶の姿を見ると、順慶は物悲しそうな笑顔を見せて清興を見つめていた。それを感じた清興は順慶の真意を察したが、強情な順慶を諭すことが出来ないと思うとそのまま英俊と共にその場を去っていった。


「…すまぬ英俊殿。やはりどうしてもこの大和を離れることは出来ぬ。」


清興らを見送った順慶は一人薄暗い大仏殿の中に残ると、廬舎那仏の正面まで進んで再び大仏のご尊顔を仰ぎ見た。そして仏壇の上にあった蝋燭(ろうそく)が差された蝋台(ろうだい)を取ると瞳を閉じ、去っていった清興らの事を思いながら言葉を発した。


「左近、右近。叔父上たち一門を任せたぞ…。」


 そう言うと順慶は蝋燭に火が(とも)ったままの蝋台を大仏殿の柱にめがけて投げつけた。そしてぶつかったその柱に蝋燭の火が燃え移り、その日は徐々に大きくなっていったのである。




「信頼殿、こちらが福須美順弘殿に家臣の島左近殿、並びに松倉右近殿にございまする。」


 その僅か後、大仏殿の外で事の成り行きを見守っている信頼の元に英俊が清興らを引き連れてやって来た。その中に順慶がいないことを即座に感じ取った信頼は、引き連れて来た英俊に対して問うた。


「…英俊殿、筒井順慶殿は?」


「なんでも、見納めに御仏にお祈りがしたいと…」


 するとその時、信頼の周囲にいた足軽たちが大仏殿を指差しながらその場でどよめき始めた。信頼がその気配に察して大仏殿の方角を見ると、その大仏殿の除き窓の所から小さな白煙が昇り始めていた。


「信頼殿、どうやら順慶に一杯食わさされたようですな。」


 久秀が大仏殿からが上がる白煙を見て信頼に向けてそう言った後、その白煙はやがて黒煙へと変化し、そして次の瞬間には信頼の眼にもわかる様に火の手が大仏殿から上がり始めた。そんな信頼に対して近くにいた家臣の塙直政(ばんなおまさ)が信頼に声を掛けた。


「殿っ!大仏殿に火の手が!」


「分かっている!すぐに大仏殿に向かえ!順慶殿を捕らえろ!」


 その下知を受けた直政は大仏殿から火の手が上がることに驚く清興らを尻目に、僅かな手勢と共に大仏殿へと近づいて行った。そして閉ざされていた正面の扉を開けた時、そこから炎が噴き出すと同時にパチパチと音を立てて燃え始め、その中に順慶が刀を片手に踏み込もうとする直政らを威嚇するように言葉を発した。


「はっはっは!残念だったな久秀に信頼!この筒井順慶、例えどんなことになろうとこの大和より離れてやるものか!」


 その言葉を受けた直政らは一瞬後ずさりしたが、やがて日の手を避けるように一歩、また一歩と後退した。それを見届けた順慶は外にいる信頼や久秀に聞こえるように大声で叫んだ。


「筒井一門の血はお望み通り残してやった!だがここにおわす御仏共々、この世にわしの亡骸(なきがら)を残してやらんぞ!はっはっは…!!」


 そう言った直後、燃え盛る大仏殿の中に立ち尽くす順慶に一本の柱が命中し、順慶はその下敷きとなって息絶えた。最早ここまで燃え盛っては踏み込む手立てなどなく、直政は一旦大仏殿より下がると直ちに消火活動に当たり始めたのである。


「そんな…大仏殿が…。」


 一方、その場に用意された床几(しょうぎ)にどしっと座り込み、信頼が燃え盛る大仏殿を茫然と見つめながら呟くように言葉を発すると、信頼とは対照的に燃え盛る大仏殿を厳しい視線を向けながら見つめる久秀が言葉を発した。


「筒井順慶…最期の最期まで(みにく)い男よ。」


 そう言うと久秀は座り込んでいる信頼の肩に手を掛けると、茫然となっている信頼を(なぐさ)めるように言葉をかけた。


「信頼殿、気に病むことはあるまい。この炎は我らのせいではない。醜い意地を張り通した愚か者が行った所業が、末代まで悪名として残るだけの事。それだけの事にござる。」


「悪名…」


 気を取り直した信頼が、久秀の言葉に引っ掛かってその言葉を復唱するように発言すると、久秀は肩を叩いた後に後ろを振り返ると、その場を去りながら吐き捨てるように言葉を発した。


「…それほど膝を屈するのが嫌ならば、一人で腹を切れば良かったものを…」


 その去りながら発せられた久秀の言葉を、信頼と清興ら残された筒井残党はしっかりとその場で聞き入っていた。信頼はその言葉を聞いた後、それまでの茫然とした表情を変えて毅然とした表情で燃え盛る大仏殿を見つめた。こうしてここに大和の平定はなったものの、信頼らは今後に不安要素を抱えてしまう結果を作ってしまったのだった…





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