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1567年3月 興福寺との和議



永禄十年(1567年)三月 大和国(やまとのくに)興福寺(こうふくじ)




 永禄(えいろく)十年三月十一日。昨日行われた多聞山(たもんやま)城外の戦いにおいて筒井順慶(つついじゅんけい)ら興福寺衆徒の軍勢のうち大半を討ち果たした小高信頼(しょうこうのぶより)は、松永久秀(まつながひさひで)や共に従軍する北条氏規(ほうじょううじのり)の軍勢と共にそのまま興福寺を包囲。それから日付を跨いだこの日、興福寺の長である別当(べっとう)の代理として多聞院(たもんいん)院主(いんしゅ)英俊(えいしゅん)が小高・松永方に和議を提案。興福寺境内にある中金堂(ちゅうこんどう)にて談合が行われていた。


「最早大勢は決しました。これ以上のあがきは無駄というものにございます。」


 興福寺の境内にある中金堂に久秀と僅かな供を連れて赴いた信頼は、興福寺を代表する英俊より自身の劣勢を悟ったこの言葉を受けると、英俊の言葉の続きにそのまま耳を傾けた。


「先の戦において越智家増(おちいえます)殿の他箸尾高春(はしおたかはる)殿、森好之(もりよしゆき)殿に慈明寺順国(じみょうじじゅんこく)殿など数多くの衆徒(しゅうと)が討ち取られた以上、我が興福寺に抵抗する意思はありませぬ。」


 先の戦において越智家増のほか数多くの衆徒を失った英俊のこの言葉を聞いた信頼は、神妙な面持ちを見せている英俊に対して信頼は久秀と視線を交わした後に英俊に向けて言葉をかけた。


「…ではこちらから提示する意見に、興福寺側は全て賛同なされるという訳ですね?」


「はい。最早そうするほかに道はありませぬ…」


 その英俊の神妙な態度を見た信頼は、こくりと頷いた後に英俊に対して言葉を発した。


「分かりました。こちらも今の上様の弟君・覚慶(かくけい)様が一乗院(いちじょういん)門跡(もんせき)であらせられる以上、興福寺に直接手を下すわけではありません。(ただ)し…」


 英俊に向けて言葉を発していた信頼はそう言うと、英俊との間に置かれていた机の上に一つの書状を置いてそれを英俊の目の前に差し出すと、それを見つめながら言葉を続けた。


「興福寺側にはここにおわす久秀殿が幕府側に付いた事で、事もあろうに三好長慶(みよしながよし)(よしみ)を通じて反抗した経緯があります。よってここに書かれている条目をもって、双方手打ちにしたいと思います。」


 その言葉を聞いた英俊が書状を手に取ってその中身を確認すると、そこには英俊にとっては信じられない項目が書かれていた。その内容というのは以下の通りで、後の世ではこれを「興福寺処分四箇条こうふくじしょぶんよんかじょう」と呼ぶようになった。




一つ、興福寺が鎌倉(かまくら)御世(みよ)より担ってきた実質的な大和国支配の態勢を改め、今後大和守護の座を松永久秀に譲る事に同意する事。


一つ、これに伴い興福寺の勢力下にあった興福寺衆徒、並びに大和武士の差配権を松永久秀に譲渡し、興福寺は僧兵(そうへい)を解散して今後は護国祈祷に専念する事。


一つ、興福寺の所領は二万一千石(あまり)とし、それ以外に保有していた直轄地は松永久秀に譲る事。


一つ、なお、興福寺の門跡である一乗院と大乗院(だいじょういん)、並びに双方の末寺の知行地は先の所領の中に含まれるものとし、興福寺はこの知行地の管轄のみを行う事。




 これらの条目を英俊は食い入るように見つめていた。そしてすべての内容を熟読し終えた後、英俊は信頼の方に視線を向けて一言で言葉を返した。


「これは…興福寺に滅べと仰られるのか?」


「そうではありません。考えてもみてください。」


 英俊の言葉を受けた信頼はその場に置かれた自身の椅子から立ちあがると、中金堂の建物を支える柱を見つめながら英俊に対して言葉を述べた。


「貴方の寺は平城京(へいじょうきょう)遷都以降、この南都(なんと)を支配してきた勢力です。しかしそれと同時に強力な力を持ったがゆえに平重衡(たいらのしげひら)による南都焼き討ちを受けたではないですか。」


 その信頼の語りを英俊は信頼の方を見つめながらじっと聞いていた。すると英俊はそんな事を言った信頼に対して口を挟むように発言した。


「されば今後その様な事態を防ぐべく、当寺は僧兵を…」


「今後はその必要はないと仰っているのです。」


「なんと?」


 英俊の言葉を遮るように信頼が発言すると、信頼は再び椅子に座ると英俊に向けて今後の事を含めた内容を語り始めた。


「あなた方の寺が担ってきた防衛や統治を全て、我ら武士が取り仕切るというのです。そうすればどうでしょう?今後は焼き討ちに悩まされることなく、今ここにある伽藍を後世につないでいくことが出来るのです。」


 その信頼が示した内容は英俊にとっては未だに信じがたいものであった。何しろ鎌倉の御世より連綿と続く伝統を捨てて新たな世に順応すべきだというこの信頼の言葉を、英俊はどこか心苦しく感じていた。その様子を感じた信頼は英俊の不安をすくい上げる様に言葉を続けた。


「英俊殿、確かに今まで養ってきた僧兵を切り離すのは心苦しいとわかっています。ですが今後僧兵を抱え続けて行けばきっと、再びこのような事態に発展してより悲惨な未来になるでしょう。そうならない為にもここは、苦渋の決断ではあるこの条目を飲み込んで欲しいんです。」


 この信頼の言葉を受けた英俊は視線を条目が書かれた書状の方に向けた。そして目の前の信頼の風貌と言動、並びに今の現状を勘案した英俊は心の中で大きく決意し、信頼に対して大きく首を縦に振って頷いた。


「…分かりました。どうやらこれから先の時代は、大きく変化していくのでしょうな。」


「それでは…?」


 英俊のこの言葉を聞いた信頼の反応を聞くと、英俊は信頼や久秀の方に両手を合わせるとそのまま答えを両名に告げた。


「この英俊、興福寺と南都の諸寺の今後の為にもこの条目を飲み込みましょう。」


「ありがとうございます。その判断を感謝します。」


 英俊の回答を聞いて信頼は喜ぶと英俊に向けて頭を下げ、良き判断を下した英俊に感謝を示した。すると今度は久秀の方に向けて英俊は言葉を発した。


「久秀殿、今後はこの大和国の差配、全てお任せいたしまする。」


「お任せあれ英俊殿。我らと興福寺は相容れぬ存在ではあったが、今後はその禍根を全て水に流し、共に大和国を盛り立てて参りましょうぞ。」


 そう言うと久秀はその席上で英俊の前に向けて右手を差し出した。するとそれを見た英俊はその右手を取り、固い握手を交わしたのであった。ここに興福寺は中世的な支配体制を脱却し、松永久秀ら武家に大和の支配権を託して純粋な寺社として生まれ変わる道を採択したのだった。すると握手のさなか、信頼家臣の塙直政(ばんなおまさ)が駆け込んで来てある報告を告げた。


「殿!失礼いたします。先の戦より逃走した筒井順慶(つついじゅんけい)とその残党、東大寺(とうだいじ)の大仏殿に立てこもっているとの事!」


「何?東大寺の大仏殿に?」


 先の戦において信頼に敗れた順慶とその残党は追撃を振り切ると、密かに東大寺の大仏殿に立てこもって抵抗を始めたのである。その報告を信頼の傍らで聞いていた久秀は、自身と対立している順慶のこの行動を聞くや腹の虫が据えかねる思いをその場で吐露した。


「何とも浅ましい…戦で負けておきながら御仏の慈悲を背景にして己の身を守ろうとするのか…。」


「久秀殿、ここは(こら)えてください。英俊殿、共に東大寺に参って順慶殿を説得しましょう。大仏殿にもしもの事があれば…。」


「相分かりました。ならば拙僧が順慶殿を説き伏せて見ましょう。」


 久秀を(なだ)めた信頼は英俊と共に順慶の説得に動くこととし、その場から一路東大寺へと向かって行った。その後東大寺に付いた信頼たちは軍勢に命じて大仏殿の周囲を囲うと、順慶らの動きに注視しながら英俊を介して説得を開始し始めたのである。





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