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1557年6月 駿河仕置き



弘治三年(1557年)六月 駿河国(するがのくに)今川館いまがわやかた




 大野城(おおのじょう)の戦いからひと月が過ぎた、弘治(こうじ)三年六月十日。この日、山口教継(やまぐちのりつぐ)とその子山口教吉(やまぐちのりよし)、そして先に今川(いまがわ)方に転向した大野城主の佐治為景(さじためかげ)佐治為興(さじためおき)父子、それに教継の家老の高秀高(こうのひでたか)らは笠寺城(かさでらじょう)主の岡部元信(おかべもとのぶ)先導のもと、駿河の今川館(いまがわやかた)に参向していた。目的は佐治父子の臣従の申し出と、水野信元(みずののぶもと)亡き後、空白地帯となった水野領の処分を決定するためであった。




————————————————————————




「ここが、今川館…」


 今川館内の一室、当主・今川義元(いまがわよしもと)に面会する前に控え室として通された一室に、山口父子と佐治父子、それに秀高と秀高に随行してきた大高義秀(だいこうよしひで)小高信頼(しょうこうのぶより)、それに(まい)が着座していた。その中で舞はその一室の華やかさに目を奪われていた。


 (ふすま)の縁には金の装飾が施され、その襖に書かれた絵も四季折々の草木や虎・豹などの動物が所狭しと描かれた豪華絢爛なもので、また書院造り特有の床の間(とこのま)違い棚(ちがいだな)も材木は黒漆(くろうるし)で塗られていた。その部屋の様子を見て、舞に続いて秀高もこう言った。


「さすがは東海一の名門・今川家だな。」


「うん。これだけで家格の違いがハッキリと分かるよ。」


 秀高の言葉に信頼がこう返すと、その言葉を聞いた上で教継が為景に話しかけた。


「為景殿、ご案じられるな。必ず、本領安堵は()されよう。」


「…教継殿。」


 すると、為景は教継に頭を下げて謝った。


「申し訳ない。わしは、そなたを見誤っておった。わしは今まで、そなたをずっと恩顧ある織田家を裏切り、今川についた裏切り者であると思い込み続けた。」


 為景は教継にそう言った後、顔を下に向け、少し申し訳なさそうに言葉を続けた。


「だが本当は、そなたの譲れぬ思い、秘めたる意志は既に分かっておった。それをわしは、信長殿に忠義を貫く者として、その意思を知り、許したくても出来なかったのだ。」


「…為景殿。」


 すると、教継は為景の手を取り、その想いを知って為景に言葉を返した。


「今は同じ今川家に仕えるもの。過去の事は水に流し、共に力を合わせていこうではありませぬか。」


「…教継殿、かたじけない。」


 教継に為景が改めて頭を下げ、感謝の意を込めて言葉を返すと、その一室に岡部元信が現れてこう言った。


「方々、お待たせいたした。太守様がお会いになられる。どうぞこちらに。」


 その言葉聞いた一同は、先導する元信の後を付いて行った。やがて一同が通されたのは、今川館の大広間であった。大広間にはすでに何名かの重臣が脇に控えており、一同は入り口近くの場所にそれぞれ座った。そしてしばらくたった後、重臣たちが頭を下げるのと同時に、一同もそれに続いて頭を下げた。やがて、大広間の上座に二人の人物が現れ、そして着座した。


「面を上げよ。」


 その威厳溢れる声を聴いた一同は、一斉に頭を上げた。その中で秀高らは、初めてその上座に座る二人の人物の顔を見たのであった。


「太守様、これに控えますは、尾張(おわり)鳴海城(なるみじょう)主、山口教継・教吉父子とその家臣。並びに従属してまいりました尾張大野城(おおのじょう)主、佐治為景・為興父子にございます。」


 元信が、太守様と呼んだ人物に、秀高らの事を簡潔に紹介した。その瞬間、秀高らは、その人物が誰であるかを理解できた。その人物こそ、「東海一の弓取り」と称された名将・今川義元その人であったのだ。


「役目、大儀。」


 義元は元信の報告を聞くと、それに頷き簡潔に、そして手短に言葉を発して答えた。すると、元信の隣にいた重臣の一人が佐治父子に向かってこう言った。


「佐治殿、朝比奈泰朝(あさひなやすとも)にござる。ここに太守、そして寿桂尼(じゅけいに)様のご意向が書かれた書状がござる。某が太守様に代わり、御代読申し上げる。」


泰朝はそう言うと、書状を取り出してその場で広げ、控える佐治父子、そして山口父子ら一同に向かってその内容を代読した。


「一つ、佐治父子の臣従を認め、尾張大野城一帯の本領を安堵。今後は山口教継の寄子(よりこ)とし、三千石の所領を安堵とする。」


「ははっ、ありがたき幸せに存じまする!」


 為景がその内容を聞いて義元に感謝の意を述べると、義元はただ静かにそれを聞いて頷いた。


「一つ。水野信元の末弟、水野忠重(みずのただしげ)刈谷城(かりやじょう)主に据え、水野家の家督を相続。境川(さかいがわ)東岸の水野家の所領を与える。」


 泰朝がそう言った時、元信の隣にいた一人の若武者がそれに応えた。そしてその人物は秀高と目が合うと、秀高に敵対心むき出しの表情を見せていた。この若武者こそ、先の大野城の戦いの後、混乱の中で唯一生き残った水野信元の弟・水野和泉守忠重みずのいずみのかみただしげその人であった。


「一つ、境川西岸の水野信元の所領を上ノ郷城(かみのごうじょう)主・鵜殿長照(うどのながてる)の所領とし、同時に大高城(おおだかじょう)在番の職を任ず。これによって、岡部元信の笠寺城代の職を解く。以上。」


 その言葉が発せられたと同時に、泰朝の向かいに座る重臣・鵜殿長照がその言葉に応じ、一礼してそれに応えた。そして元信はその言葉を聞くと、少し寂しそうにその言葉を受けて一礼した。そして泰朝が書状を読み終えたと同時に、義元はその口を再び開いた。


「一同、今川家のために良くぞ働いた。今後もその力をもって、我が今川家に忠勤を尽くせよ?」


「ははぁーっ!!!」


 その義元の声を聴き、山口父子ら下座に控える一堂はその言葉を受け取り、深々と頭を下げてその言葉に応えた。




————————————————————————




「為景殿、この度の本領安堵、誠にめでたく存ずる。」


 やがて義元との対面が終わった後、領国へ帰国する教継たちを見送るべく、今川館の正門前で元信が為景に話しかけた。


「元信殿、此度の仕置き、誠にかたじけのうござる。」


「いえ…ですが、それがしは今日をもって笠寺城代の職を解かれました。」


「後任の笠寺城代は?」


 と、元信の言葉を聞いた教継がその後任の事を尋ねた。


「それがしの後任の城代は置かれず、全て新たに大高城代となられた長照殿に一元化される事でしょう。」


「…そうですか。」


 と、元信の後任に関することを聞いた教継は、少し複雑な面持ちをしながらも言葉を出して答えた。すると、元信はその感情を(おもんばか)ってこう言った。


「教継殿、そなたが織田家から寝返った際、他の今川譜代の臣が反発した中で、それがしと今は亡き雪斎(せっさい)禅師が仲介して帰参を許された。ですが此度、それがしがいなくなることで教継殿には肩身が狭くなることであろう…。」


「何を仰せになります。」


 元信の言葉を聞いた教継は、元信の手を取ってこれまでの事を感謝するようにこう述べた。


「今川家従属の際も、この佐治殿の一件もすべて、元信殿がおったからこそ成せたのです。たとえ肩身が狭くなろうとも、この恩は決して忘れませぬ。」


 元信は教継のその言葉を受け取ると、ふっと微笑んで教継にある事を伝えた。


「教継殿、後任の長照殿は(いささ)か短慮で、今川家の益になる事を最優先される方。くれぐれもご用心なされよ。」


「…ははっ、御忠告、謹んで受けまする。」


 教継は教吉と共に、その言葉を受け取ると元信に一礼し、門前に留めてあった馬に跨ってその場を去っていく。それに為景父子も続き、やがて秀高らも去ろうとした時、


「…秀高殿。」


 と、元信に呼び止められた。



「…次に会うときは、敵か味方か。どちらでござろうな?」



 その言葉を聞いた時、秀高は元信が、自分たちの思考を読み取ったかのような言葉を口に出したことに驚き、一瞬驚いたものの、それを表情に出さず、直ぐに切り返した。


「…御冗談を。」


 秀高はそう言うと、元信の方を振り向いて、こう述べた。


「次に会うときは、戦の手ほどきをお願いしたいものです。」


 その言葉を聞いた元信は、秀高の意外な答えにびっくりしたが、少し安心したような表情を見せた後にこう言った。


「…ふふっ、そうであったな。ご武運を。」


 元信からこう言葉をかけられると、秀高らは元信に一礼し、先を行く教継らの後を追う様に徒歩で去っていったのだった。




————————————————————————




 一方その頃、山口父子らが退席した後に義元は残った重臣たちと自身の隣に座していた生母である寿桂尼(じゅけいに)と共に先に伝えた内容について話し合っていた。


「母上、あれでよろしかったのか?」


「構いません。いくら山口が戦功を立てようと、今川譜代の領地になることが身にしみてわかった事でしょう。」


 義元の問いかけに寿桂尼が嫌味を込めてその言葉を言うと、下座にいた長照が義元に言上(ごんじょう)した。


「太守、此度のお計らい、恐悦至極に存じ奉ります。今後は元信殿に代わり、某が尾張(おわり)国衆(くにしゅう)を監視いたします。」


「うむ。良くぞ申した。今後は山口や佐治、それに水野に良いようにさせるでないぞ?」


「ははっ!!」


 義元が長照の言葉を受け取った時、寿桂尼がある事を思い出してこう言った。


「そういえば…今回の事は山口の配下が事を進めたと聞きましたよ?泰朝。」


「ははっ。元信によれば、此度の事は、山口家重臣の高秀高らの計略によって進められたとの事。」


 泰朝の言葉を聞いた義元は、先程の会見の時に、教継の背後にいた面々の顔を思い出してこう言った。


「…あの者か。ふっ、まるで竹千代(たけちよ)を迎えた時のような、凛々しくも勇ましい表情をしておった。あの者、危険だな。」


「始末いたしますか?」


 義元の言葉をくみ取った泰朝がこう言うと、寿桂尼がそれを制してこう言った。


「いや、あの者らのうわさは聞いております。手を出せば痛い目を見るのはこちらでしょう。それよりも…」


「…山口父子、ですか。」


 義元が寿桂尼の思惑を感じ取ってこう尋ねると、寿桂尼は頷いてこう言った。


「…今度の参向の折に、消した方が無難でしょう。義元?」


 寿桂尼の言葉を聞いた義元は静かにそれを耳に入れると、手にしていた扇を開いてパチンと勢いよく閉じたのだった。





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