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1557年5月 大野城の戦い



弘治三年(1557年)五月 尾張国(おわりのくに)大野城おおのじょう




 その日の真夜中。城攻めを行っている水野(みずの)勢と城に籠る佐治(さじ)勢はそれまでの戦の雰囲気を消し、双方とも眠りに就くように静まり返っていた。水野勢の本陣の周りには見張りに立つ兵士が夜襲に備え、四方八方を警戒していた。


「おぉ、様子はどうだ?」


 その一角にて、見張り同士が声を静かにしながら話し合った。


「いや、変わりはない。城方も兵が少ないって言ってたし、夜襲なんかないと思うよ。」


「そうか…何もなければ良いんだがな…」


 二人が話し合っていたその時、目の前に見える一つの山に小さな赤い光が見えた。


「ん?なんだあれ?」


「どうしたんだ?いきなり…」


 もう一人の見張りが声をかけた次の瞬間、山全体が赤く、そして多数の光で覆われた。そして今度は太鼓が鳴り響き、大きな歓声が上がると共に、その光に照らされるように多くの旗指物(はたさしもの)が立ち上げられた。


「や、夜襲だぁ!夜襲だぁ!」


 見張りはそれに驚いて声を上げ、敵襲であることを伝えた。その驚きは見張りの声が届く前に、山を見渡せる水野勢すべての目に飛び込んできていた。


「な、何事か!」


 その様子を聞くように、大将の水野信元(みずののぶもと)が立ち上がって報告を求めると、そこに家臣の梶川高秀(かじかわたかひで)が駆け込んできてこう言った。


「殿!敵襲にございます!」


「いったいこれは何の騒ぎか!」


 すると、高秀は信元に向かって、信じられない報告を伝えた。


「今川勢です!今川勢が側面の山を覆いつくすように現れ、松明(たいまつ)を燃やして威嚇しております!その数、およそ二千!」


「に、二千だと…」


 その報告を聞いた信元は大変驚き、側近たちに具足を付けられながらも動揺していた。


「申し上げます!西門を攻める永見(ながみ)隊に襲撃!永見貞英(ながみさだひで)殿、お討死!」


「な、なんだと、貞英が…?」


 その報告を聞いた信元は仰天し、放心状態になりかけていた。




————————————————————————




「おう、秀高(ひでたか)、お前の作戦がうまくいったようだぜ。」


 その永見勢を襲った隊。それは今川勢でも何でもなく、高秀高(こうのひでたか)指揮する兵三百であった。参陣していた大高義秀(だいこうよしひで)は討ち取った貞英の首を具足に括り付けると、秀高の手腕を褒め称えた。


「いや、これは大した作戦じゃない。単なるハッタリだ。」


「でも、そのハッタリは理にかなった物さ。すごいものだよ。」


 その脇にいた小高信頼(しょうこうのぶより)も、火縄銃を片手にしながらもその策を褒めるように言葉を出した。


「そうか。そう言ってくれると助かるよ…」




————————————————————————




「ここにいれば良いのか?」


 秀高らが今川勢に斬り込む数刻前、伊助が大野城内に報告に入ったのと同じころ、水野勢の一つの山の中にて、元信が秀高にこう尋ねた。


「はい。元信さまはこの場所にいて、頃合いを見計らって旗指物を挙げるように指示をお願いします。」


 秀高の要請を元信は快く聞き入れた。



 秀高の考えた策。それは元の世界で信頼と一緒に見た、戦国時代の時代劇の一つの場面を参考にしたものであった。夜の真っ暗になった頃を見計らい、多くの松明(たいまつ)を掲げさせて大兵力を偽装。敵を混乱させるものであった。



「領主さま、おらたちも役に立てるだか?」


 この秀高の策を遂行するために、秀高が治める桶狭間の領民やそれを慕う鳴海の領民たちが一つの鍵となっているのである。


「あぁ。お前たちは、この複数の松明(たいまつ)が付けられた棒を掲げ、太鼓と一緒に振り回してもらってほしい。」


 秀高が渡した物を見た領民たちは驚いた。その木の棒には松明(たいまつ)が五本、綱で等間隔に縛られており、両手で持ち上げれば五本の松明(たいまつ)が上がるように見えた。


「一人が五つ付けられた松明(たいまつ)を振る。ここにはお前たちも含めて、四百名の領民がいる。それが夜中に一斉に上げれば、二千もの軍勢が一斉に現れたことになる。」


領民たちに秀高はそう説明しながら、今度は元信の方を向いて話を続けた。


「それに元信さまが連れてきた数十名の人たちに命じて、松明(たいまつ)が上がると同時に今川の旗指物を掲げさせる。そして太鼓を高らかに打ち鳴らすと同時に喚声を上げれば、水野勢は恐慌状態になるだろう。」


 その話を領民と一緒に聞いていた元信は、その考えに感心すると秀高にこう言った。


「さすがは秀高殿。稲生原(いのうはら)の戦功は聞き及んでおりましたが、同時に見事な策を考え付くものであるな。」


 元信の言葉を聞いた秀高はそれに一礼すると、秀高らに姉たちの代わりに付いて来た(まい)に向かってこう言った。


「舞、おまえはここに残って領民たちを助けてやってくれ。一益を護衛に付けるから、後は頼んだぞ。」


「は、はい!頑張ってください。秀高さん。」


 舞の言葉を聞いた秀高はそれを受け入れると、元信にも一礼してその場を去り、麓で潜伏する自身の部隊の元へと帰っていったのだった。




————————————————————————




「それにしても、ここまでうまくいくとはなぁ。」


 その出来事から数刻立った今、秀高の部隊で義秀がその成果を感心するように呟いた。


「義秀、まだ戦は始まったばかりだよ?」


「分かってるって!この戦いでも、高家の武門筆頭として、その名を高めてやるぜ!」


 義秀の意気込みを聞いた秀高の元に、伊助が現れてあることを報告した。


「殿!東門の部隊に城方が襲い掛かりました!」


「そうか!よし、俺たちはこのまま大手門前の敵をせん滅する!行くぞ!」


 秀高はそう言うと、義秀らを率いて迅速に大手門前の敵に攻め掛かっていった。


「おらおらぁっ!!この鬼大高(おにだいこう)の異名を知らねぇか!!」


 やがて手門前の敵に接敵した秀高らは、義秀が先陣として愛用の槍を振り回し斬り込んだ。義秀は混乱する敵を打ち倒すように、一人、また一人と屍を増やしていく。


「ひ、ひぃっ!!鬼だぁーっ!!」


 その威風を受けた水野勢は、夜という事も相まって恐怖を覚え、続々と戦場を離脱する将兵が現れだした。すると、大手門前の水野勢を指揮する大将が馬に乗りながら現れた。


「お、おのれ小癪な!我こそは水野家家臣!中山勝時(なかやまかつとき)である!」


「おうっ、てめぇが大将か!高秀高が一の家臣、大高義秀がてめぇを討ち取ってやる!」


 その義秀の名乗りを聞いた勝時は、怒りをたぎらせてこう言い返した。


「貴様、あの高秀高の家来か!わしより桶狭間(おけはざま)を奪った、山口教継(やまぐちのりつぐ)の家臣の家来ならば、このわしがねじ伏せてやるわ!」


 そう言うと勝時は馬を走らせ、馬上から刀を振りかぶって義秀に斬りかかる。だが次の瞬間、馬が義秀の隣を走ると同時に、義秀は刀を交わしながら槍を勝時の胸に突き立てて落馬させた。


「ぐばぁっ!!」


 勝時は悲鳴を上げて落馬すると、口から血を吐いて絶命した。


「へっ!中山勝時、この大高義秀が討ち取った!」


 その言葉を聞いた秀高勢は奮い立つように勝鬨をあげ、逆に水野勢は混乱に拍車がかかって戦意喪失し、そのままどこかへと消え去ってしまったのであった。




————————————————————————




「申し上げます!大手門隊壊滅!中山勝時殿お討死!」


 混乱冷めやらぬ水野勢の本陣には、信元に早馬が大手門隊の壊滅を報告した。


「なにっ、勝時が!?どこの誰じゃ!討ち取ったのは!?」


「…討ち取ったのは山口教継重臣、高秀高が家臣・大高義秀とのこと…」


 その報告を聞いた信元は震え上がった。そして、この状況が仕組まれていることに即座に気が付いたのである。そして更に、新たに入ってきた早馬の報告がその状況に拍車をかけた。


「申し上げます、城方が討って出て参りました!東門隊は既に壊滅!牛田政興(うしだまさおき)殿、水野忠勝(みずのただかつ)殿討死!久松定俊(ひさまつさだとし)殿逃亡!」


「…まずい、全軍、退き陣の支度を」


「殿!一大事!前方より敵襲!旗印は…」


 そう言って早馬たちをどかし、報せに入ってきた高秀は、悔しさと驚きが混じったように言いよどみ、口ごもってしまった。それを見ていた信元が急かすように言った。


「何じゃ高秀、何が来た!」


「…山口教継が家臣、高秀高の軍勢にございます!その数、およそ三百!」




————————————————————————




「…すごい…」


 その戦の様子を、山の方角から見ていた(まい)は感嘆していた。秀高らの部隊に呼応するように佐治勢も水野の本陣へと向かっていたのである。


「…舞殿、でしたか。そなたの主君の腕前は実に素晴らしい。感服いたした。」


 と、そこに岡部元信が現れ、舞の隣に立つとその戦いの様子を見ながらこう言った。


「…これは太守様にも、事細かく報告せねばな…」


「え?」


 元信がつぶやいた言葉に、舞が耳を奪われると、その時秀高らの軍勢、そして佐治勢が本陣に攻め込んだのが見えたのだった。


「あ、秀高さんの部隊が、本陣に…」


「…この戦も、終いになるであろうな。」


 元信の言葉を聞いて舞がその表情を見るように振り向くと、元信の表情は決して穏やかではなく、恐れと険しさを抱いた厳しい表情をしていたのだった。




————————————————————————




「と、殿ぉーっ!!」


 水野勢の本陣。突然奇襲を仕掛けて来た秀高らの攻撃に乱戦状態となり、刀を振るって抗戦していた高秀であったが、ついに力尽き、信元の名を叫んだ後にその場にうつ伏せで倒れ込み絶命した。


「き、貴様ら…」


 高秀が目の間で敢無い討死を遂げ、歯ぎしりをしながら信元が鞘から刀を抜いて片手に持ち、切っ先を敵の方角に向けると、既に本陣内の味方は悉く打倒され、残るのは信元一人となっていた。


「こ、このわしを誰と心得る!緒川城(おがわじょう)主・水野下野守信元みずのしもつけのかみのぶもとであるぞ!」


「…水野信元殿、ですか?」


 そう言って、信元の目の前に現れたのは、弓を背中に携えて刀を片手にした秀高であった。


「私は山口教継が家老、高秀高と申します。その首、頂戴に参りました。」


「き、貴様が…秀高か…おのれ、この下郎がぁっ!!」


 そう言って信元が秀高に思い切って斬りかかったその瞬間、脇からすかさず一発の銃弾が信元の額を打ち抜いた。それを受けた信元は声にならない悲鳴を上げ、そのままどうっと倒れ込んだ。その銃弾を打ったのは、秀高の背後で火縄銃を構えていた信頼であった。


「…水野信元、小高信頼が討ち取った。者ども、勝どきを挙げよ!」


 信頼の言葉を聞いた将兵たちは声を高らかに上げ、勝利したことを告げるように大きな喚声を夜空に響くように上げたのだった。




————————————————————————




「信頼、よくやったな。」


 戦いが終わり、戦後処理に入ろうとしていたころ、秀高が信頼に向かってこう言う。


「いや、あれは秀高を助けたまでだよ。僕の力なんか…」


「何謙遜してやがる?ここは素直に、ありがとうぐらい言いやがれ。」


 そう言って義秀は信頼の肩に手を回すと、諭すようにこう言った。


「…ありがとう。秀高、それに義秀。」


 その言葉を聞いた秀高は微笑むように頷き、義秀は信頼の頭をわしゃわしゃするように掻いた。それに信頼は反発するように反抗し、そして戦が終わって合流した(まい)たちも加わって、無事と策の成功を労いあったのであった。


 ここに、大野城の戦いは幕を閉じ、結果としては一門悉く討ち取られた水野勢の大敗北となり、勝利した秀高、そして山口教継の武名は更に高まっていったのである。





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