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1557年5月 水野勢侵攻



弘治三年(1557年)五月 尾張国(おわりのくに)清洲城きよすじょう




 話は、佐治(さじ)領内に流言が飛び交ってから数日後にさかのぼる。ここ、織田信長(おだのぶなが)の居城・清洲城では、尾張北部にて反抗する岩倉(いわくら)犬山(いぬやま)両織田家を滅ぼすべく、軍備の再編を行っていた。


長秀(ながひで)、あと如何程(いかほど)で出陣できる?」


 城内にて槍兵が行う槍衾(やりぶすま)の訓練を歩きながら見ていた信長が、家臣の丹羽長秀(にわながひで)に状況を尋ねた。


「はっ、既に兵糧の調達、弓・鉄砲の買い揃えなどを進め、早ければ来月には出陣できるかと。」


「そうか…これでいよいよ、尾張平定に漕ぎつけられよう。」


 信長が訓練を行う足軽たちを見ながらこう言うと、そこに家臣の森可成(もりよしなり)が現れてこう言った。


「殿、勝幡(しょばた)より織田信隆(おだのぶたか)様、高山幻道(たかやまげんどう)殿がお見えになりました。」


「姉上が?よし、評定の間に通せ。俺もそこに向かう。」


 信長が可成にそう言うと、御殿内の表情の間に信隆と幻道が可成の先導で通された。信長もそこに向かい、上座に着座すると開口一番、信隆は気まずそうな表情を浮かべてこう話しかけた。


「信長、まずいことになりました…」


「まずい事とは?」


「ただ今禅師の手の者が掴んだ情報によれば、大野城(おおのじょう)佐治為景(さじためかげ)今川(いまがわ)方の調略にかかり、寝返る恐れがあると。」


 その報告を聞いた信長は驚き、そして傍にいた長秀が信長の代わりとばかりに声を上げた。


「佐治殿が!?信隆様、それは真ですか?」


「ええ。禅師の手の者いわく、佐治領内に多くの草の者を確認していて、その者たちが流言を巻いているそうよ。」


 すると、信長はある事を思い出し、下座に控える長秀や可成に尋ねた。


「そういえば…佐治や水野(みずの)への折衝を務めていたのは誰か?」


(おそ)れながら…先の戦で討死なされた佐久間信盛(さくまのぶもり)殿にございます…。」


 長秀の答えを聞いた信長は肩を落とし、改めてその人材の喪失を悼んだ。


「…やはり、先の稲生原(いのうはら)の戦いの損失が、ここまで大きいとはな…」


「長秀、聞けばその後に折衝を務めたのはあなたでしょう?どういう方策で行っていたのですか?」


 すると、長秀は信隆からの問いに応えるべく、頭を下げながら恐縮してこう述べた。


「…畏れながら、私としては、水野信元(みずののぶもと)殿に重きを置いて連絡を取り合っておりました。水野殿は知多半島における織田方の盟主。水野殿を通じてであれば、より潤滑に進めると…」


「何を言っているのですか!」


 と、長秀の意見を聞いていた信隆は、遂に怒りをあらわにして長秀に反論した。


「佐治殿は私の祖父・織田信定(おだのぶさだ)の頃から古く付き合っていた豪族です!それを蔑ろにすれば、いずれこの流言が真実になるでしょう!水野殿も大事ですが…それと同時に佐治殿も大事にしなければならないのですよ!?」


「…姉上。過ぎたことにござる。それ以上はよしてくだされ。」


 信長の制止の言葉を聞き入れた信隆は、長秀への怒りを収め、信長の方を振り向いた。


「それと信長、その草の者ですが…鳴海(なるみ)山口教継(やまぐちのりつぐ)の元に逃げ込んだ、高秀高(こうのひでたか)配下の者とか…」


「高秀高…!またしても奴か!」


 信長は信隆からその名前を聞くと、静かに怒りをたぎらせ、拳を握り締めた。


「それと…ついに禅師の手の者が秀高の詳細を掴みました。やはり高秀高は…勝幡から逃げた未来人の姿であると。」


「やはりそうか…!」


 信長は信隆から秀高の素性を遂に聞き及ぶと、長秀と可成に向かってこう指示を下した。


「長秀、ここに至っては、佐治は寝返ったと考えた方が無難であろう。直ちに緒川城(おがわじょう)の水野信元に早馬を送り、大野の佐治氏を討伐せよと命を下せ。」


(かしこ)まりました。」


「可成!北部への出陣は取りやめる!その代わり、岩倉・犬山両家への調略を盛んにせよ。生駒(いこま)屋敷の生駒家長(いこまいえなが)川並衆(かわなみしゅう)にも協力を促せ。」


「ははっ!承知いたした!」


 二人は信長からの指示を受けると、それを承諾して次々と評定の間を出ていった。


「…姉上、こうなっては、教継と教吉を排除せねば…」


(おそ)れながら、今はまだ必要ではないでしょう。尾張北部を統一するまでは、泳がせておいて問題ありません。」


 信隆が信長の言葉にこう返すと、信隆の後ろに控えて座っていた幻道が信長にこう進言した。


「信長様、我が配下の者が引き続き、高秀高らの行動を監視いたします。ご案じなさいますな。」


「…で、あるか。」


 信長は幻道の言葉を聞き入れてそう言うと、手に持っていた扇を広げて扇いだのだった。




————————————————————————




「そうか、信長殿はそう申されたか。」


 所変わってここ、尾張国緒川城に信長の早馬が到着したのはそれから数日後の事であった。城主である水野信元は城内の居間にて信長からの早馬を招き入れて伝言を耳にすると、目の前にいる早馬に向けて相槌を打ち、それを聞いた早馬は信元に向けて言葉を続けた。


「ははっ!水野殿におかれては、直ちに兵馬を整え、完了次第すぐさま大野城に攻め掛かるべしとの事!」


「承知いたした!…佐治為景め、かつて和平を結んでおきながら今川に尻尾を振るとは愚かな!信長殿に、直ちに攻め掛かるとお伝えあれ。」


「ははっ!承知いたしました!」


 早馬は信元の言葉を受け入れると、直ちにその場を去っていった。と、去って行った早馬と入れ替わるようにその場へ家臣の中山勝時(なかやまかつとき)梶川高秀(かじかわたかひで)がやってきた。


「おぉ、高秀!出陣の支度をせよ!坂部城(さかべじょう)久松定俊(ひさまつさだとし)知立城(ちりゅうじょう)永見貞英(ながみさだひで)らに緒川城への兵を率いての参陣を命ぜよ!」


「ははっ!承知いたしました!」


「勝時!聞けば佐治為景は山口教継に(けしか)けられたと聞く。そなたの領地であった桶狭間(おけはざま)を教継に奪われて忸怩(じくじ)たる思いを抱いておろう。その雪辱を晴らす好機ぞ!」


「ははっ!この恥辱、必ず晴らしてみせましょう!」


 その言葉を聞き入れた信元は出陣の準備を推し進め、水野家に従属する城主を招集すると、電光石火のごとく出陣したのであった。




————————————————————————




「…ご注進!水野信元率いる兵二千!大野城に進軍しております!」


 鳴海城の評定の間の席上、秀高から佐治氏調略の成功の報せを聞き入れていた教継の元に、大野城からの早馬が水野勢の進軍を報せて来たのだった。


「何…もう動いてきたと申すか!」


 こう言ったのは、教継の傍に控える三浦継意(みうらつぐおき)であった。継意が声を荒げた後、教継は佐治氏を調略した本人である秀高にこう尋ねた。


「秀高、これは予想外であったわ。今は農繫期。農兵を中心としている我らは、多くの兵力を動員は出来ぬ。如何すればよいか…。」


すると、秀高はある策を思いついたのか、教継にこう進言した。


「殿、水野勢を撃退する策はありますが、しかし、私たちも兵力が少なく、効果があるかどうかは…」


「その話、詳しく聞かせてもらえるだろうか?」


 と、その評定の間に、一人の鎧姿の武将が現れた。すると教継と継意はその武将に向かって一礼した。すると、その武将が秀高に向かって自己紹介をした。


「あぁ、申し遅れた。わしは今川家重臣で笠寺城(かさでらじょう)代の岡部元信(おかべもとのぶ)である。水野勢出陣の報を受け、協議をするために参ったのだ。」


 元信の名前を聞いた秀高は改めて一礼する。そして元信は教継の目の前に着座すると、改めて秀高の方を向いてその策の内容を尋ねた。


「秀高殿、と申されたか。その内容を聞かせてもらえぬか。」


 元信の言葉を受けた秀高にとっては、元信の登場はまさに渡りに船であった。そしてそれが策の成功につながると確信した秀高は、元信にこう言った。


「…(おそ)れながら元信さま、お会いして早々で、誠にぶしつけな願いではありますが、元信さま御本人と今川の旗指物(はたさしもの)をお貸し願えますでしょうか。」


 そう言った秀高は、元信や教継に自身の考えた策を伝えた。


「…なるほど、面白い策だ。如何であろうか?教継よ。」


「はっ、誠に良き策かと。」


 元信と教継が互いを見あってそう言うと、元信が秀高にこう告げた。


「良かろう。此度は秀高、お前の策で行こう。我らも数百の兵を連れ、そなたの指揮で戦うとしよう。」


「ははっ!ありがとうございます!では、出陣は明日に…」


 そう言って秀高と元信は、秀高の策に基づいた行動を打ち合わせ、それぞれの役割を確認すると、教継らに一礼してその場を去っていったのであった。





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