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1557年4月 試練の主命



弘治三年(1557年)四月 尾張国(おわりのくに)鳴海城なるみじょう




 鳴海城(なるみじょう)の城主であり、主君の山口教継(やまぐちのりつぐ)からの呼び出しを受けた高秀高(こうのひでたか)一行は、桶狭間(おけはざま)の館から出て数刻後には、鳴海城に到着していた。


 大手門をくぐって本丸に入り、館に入った秀高たちの前に、突如として同世代ぐらいの一人の若き姫君が立ちはだかった。


「あら、あんた達がじい様や父上に気に入られて、桶狭間なんかの領主になったっていう人たち?」


「そ、そうだが?」


 秀高がその姫君にこう言うと、姫君は腕組みをしながら、秀高の顔をじろじろ見つめるようにしながら、その秀高の周りを歩きながらこう言った。


「あんた、たった一回の初陣で戦功をあげた程度で領主になったんでしょ?…ふん、いい気にならないでよね。」


「んだとてめぇ!」


 と、その言葉を聞いた大高義秀(だいこうよしひで)はその姫君に手を上げようとしたが、小高信頼(しょうこうのぶより)は咄嗟にそれを制して止めさせた。すると、姫君は義秀たちの顔をもじろじろ見た後、秀高にこう言った。


「あら?後ろの人たちはあんたの配下なの?まるでしつけがなっていないじゃない。猿よりタチが悪いわね。」


「…確かに義秀にも非があった。だが…」


 すると、秀高はいきなり姫君を壁に追いやり、手を姫君の背後の壁に突き立ててこう言い放った。


「俺の友人たちに、そんな無責任な言い方するな。」


 その秀高の気迫がこもった目つきと、毅然とした態度を見た姫君は、それまでの傲慢な態度は消え、たじろぐ様に慌てた。


「な、何よあんた…た、ただの新参者のくせに!」


 そう言うと姫君は照れた表情を隠しながら、負け惜しみを込めた言葉を言い放ってその場を去っていった。と、その一連の流れを見ていた(まい)が、秀高を気遣うようにこう言った。


「秀高さん、大丈夫ですか?」


「…あぁ、気にするな。しかしあの姫は…」


 秀高は、舞にそう言いながら、どこかその姫君に後ろ髪を引かれる感情をもってその後姿を見つめた。




————————————————————————




「よく来たな。秀高。領主の働き、聞いておるぞ。」


 その後、鳴海城の評定の間にて、主君の教継、そして教継の子の山口教吉(やまぐちのりよし)も同席した上で秀高らは面会した。


「ははっ。ありがたきお言葉、感謝いたします。」


「いや、秀高よ。そなたが行った方策、見事に成果を上げておるではないか。この某も、この成果に驚いておるぞ。」


 教吉が秀高にそう言うと、秀高はふと、気になったことを尋ねた。


「殿、そう言えば先ほど、私と同年代ほどの姫にあったのですが…あれは誰でしょうか?」


 すると、教吉はばつの悪そうな表情を浮かべて秀高にこう尋ねた。


「秀高、それはもしや、(しず)の事ではないか?」


 教吉の言葉を聞いた秀高は、その姫君の特徴的であった態度やしぐさを教吉に伝えた。


「そうか…やはりそうであったか。何か、迷惑はかけなかったか?」


「はっ、それが…」


 そう言うと秀高は教吉に、静姫のとった行動をつぶさに語った。


「はぁ、まったくあのお転婆が…また人様に迷惑をかけよって…」


 そう吐き捨てた教吉に対し、教継が教吉にこう告げた。


「はっはっは、良いではないか。我が一門の娘ならば、それぐらい勝気でなければならん。」


「しかし…!!」


 教吉はそう言って反論を続けようとしたが、教継の表情を見て何かを悟り、言葉に出すのをやめた。


「秀高、あのお転婆のする事じゃ。何分、心を広く持って接してやってくれ。」


「ははっ、かしこまりました。」


 教継からこう言われた秀高は、すぐにそう言って受け入れた。すると、教継は話題を変えるように、いよいよ本題を切り出した。


「さて、今日呼び出したのは他でもない。昨今のそなたの治政、領地開発の手腕を見て、これは優れた才の持ち主であると思う。そこで、今回そなたらにやってもらいたいことがある。」


 教継はそう言うと、懐から地図を取り出して広げ、地図を指さしながら言葉を続けた。


「秀高、この鳴海より南、知多半島(ちたはんとう)大野(おおの)という所に佐治(さじ)氏という豪族がいるのを知っておるか?」


「はい。既に忍びを通じて存じております。」


 秀高の言葉を聞いた教継は、感心するように頷くと言葉を続けた。


「ならば話が早い。当主の佐治為景(さじためかげ)殿は織田信長(おだのぶなが)に属しており、伊勢湾(いせわん)の海上交易や強力な水軍を有する有力な豪族じゃ。秀高、お主らの力試しも兼ねて、この佐治氏を、今川(いまがわ)方へ転向するよう調略を頼みたい。」


 その教継の提案を聞いた秀高は驚いた。つまり、秀高らの力試しとして、この佐治氏の調略を一任されたのである。


「調略、ですか…教継様、その方法というのは。」


「そなたに任せる。攻め取って別の当主を立てるもよし。説得を続けて無血で転向させるもよしじゃ。だがわしは、出来れば血を流さずに事を収めたいと思うておる。」


 教継の言葉を聞いた秀高は決意し、教継に向かってこう言った。


「分かりました。不肖この秀高、無事に調略を成功させて見せましょう。」


「おぉ、よくぞ言った!ではこの件、そなたらに任せるぞ!」


「ははっ!」


 秀高らは教継からの言葉を受けると、その命を受けるように返事をした。




————————————————————————




 その後秀高らはすぐさま桶狭間へと帰還し、館の中にて佐治氏調略の段取りを決め始めた。


伊助(いすけ)、改めて現在の佐治氏の状況を教えてくれ。」


 館の居間にて、信頼から意見を求められた伊助は、その時点で得ている佐治氏の状況を説明した。


「ははっ。佐治氏当主・佐治為景は緒川(おがわ)城主で織田方の水野信元(みずののぶもと)と連携しており、佐治領は水野領と共に三河(みかわ)・尾張国境地帯に点在する織田方の拠点になっています。もし、佐治氏が調略で今川方に転ずれば、水野信元は兵を出して佐治氏を倒し、知多半島を制圧するものとか思われます。」


「…という事は、佐治氏を調略するには、水野信元をどうにかしないといけない、という事か。」


 秀高は、伊助の報告を踏まえてこう言った。鳴海城で教継から報告を受けた時の内容とは食い違い、明らかに佐治と水野が連携して織田方に与している状況では、どうみても佐治氏の調略は困難であった。


「教継さまは、なるべく血は流さずにと言ったが、この状況では…」


 信頼がそう言うと、義秀が口を開いてこう言った。


「ならいっそ、水野も倒しちまうか?」


「馬鹿を言わないでよ。山口家の、あまつさえその配下の僕たちの兵力で、佐治と水野を相手にするっていうの?それは無謀というものだよ。」


 信頼が義秀にこう諭すと、秀高はその議論を制止するように口に出した。


「…ともかく、今は佐治為景を調略し、佐治氏を今川方に転向させることに専念しよう。伊助、頼みたいことがある。」


 秀高は伊助にそう言うと、自身の考えを元に指示を下した。


「お前は配下の者と直ちに佐治領内に潜入し、「織田信長は佐治氏を見捨てるようだ。水野信元はそれを受けて佐治に侵攻の手はずを整えている。」という旨の流言を巻き散らして欲しい。」


「ははっ。どこまで効果があるかはわかりませんが、やってみましょう。」


 伊助の返事を聞いた秀高は、次に義秀に指示を出した。


「義秀。お前は領内の兵を集める準備をしてくれ。もし水野信元が工作を嗅ぎ付け、この領内に進攻してきた時の備えをしておきたい。」


「分かったぜ。いちおう、三浦のおっさんの所にも声をかけとくか?」


 義秀の提案を聞いた秀高は、それに対して首を縦に振って頷いた。義秀はそれを見ると、了承してこう言った。


「よっしゃ、ならば早速兵の準備と、早馬を三浦のおっさんの所に送るぜ。」


 その言葉を聞いた秀高は、信頼の方を向いてこう言った。


「信頼、お前はここに残って万事の備えを頼む。義秀の支援や、水野の動向を主に探ってくれ。」


「分かったけど…秀高はどうするの?」


 すると秀高は、信頼の言葉を受けると、決意した表情を浮かべ、その席にいる一堂にこう言い放った。


「俺は…単身、佐治領内に入り、佐治為景を説得する。」


「ええっ!?本気なの秀高くん!?」


 秀高の隣で、徳玲丸(とくれいまる)を抱きながら会話に参加していた(れい)がその内容を聞いて驚き、秀高を諫言するように言った。


「あぁ。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という。俺が誠心誠意、話し合ってこそ調略はうまくいくものさ。」


「でも、秀高の身に何かあったらどうするの!?」


 信頼の言葉を聞いた秀高は、信頼に向かってこう言った。


「もし…そうなった時は信頼、お前が指揮を執って佐治を攻めてくれ。」


「あら、それは聞き入れないわね。」


 と、そこに身重の(はな)が話をすべて聞いていたように現れ、秀高の前に現れて信頼の代わりに言葉を発した。


「ヒデくん、あなたが言っているのは計略じゃない、ただの無謀よ?単身乗り込んで説得なんて、まるで殺してくださいと言っているものね。」


「ですが華さん、そうでもしなければ信用は得られません…」


 秀高が華に向かってこう言うと、華はため息をつくとこう言った。


「いい?ヒデくんはもう一般人じゃない、一人の領主なのよ?せめて護衛は何人か連れて行きなさい。そうすれば連中は手出しできないわ。」


「そうだよ!秀高くんの護衛なら、一益さんとかに任せれば大丈夫だよ!」


 華と玲による、制止するような説得の言葉を聞いた秀高は、力が抜けるようにため息をつくと、二人にこう言った。


「…そうでしたね。今の俺は領主。一般人じゃないですもんね。」


 そう言うと、改めて秀高は奥に控える一益にこう言った。


「一益、お前は俺と共に佐治領内に向かう。俺の護衛、お前に任せるぞ。」


「ははっ!秀高殿の御身、この一益にお任せくだされ!」


 その秀高の様子を見た華は安堵したように一息つき、玲や義秀たちも安心した表情でその様子を見つめていた。




 その後、あらかたの段取りを決めた秀高たちは、伊助にとその配下を先行させて佐治領内に潜らせ、流言の流布を開始した。そして数週間経った翌五月、その噂が佐治領内に広まったことを確認すると、秀高は一益ら数名の供を連れ、佐治為景の説得に向かうのであった…。





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