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1564年9月 動き出す陰謀



永禄七年(1564年)九月 越前国(えちぜんのくに)織田館(おだやかた)




 永禄(えいろく)七年九月上旬。高秀高(こうのひでたか)が三度目の上洛をしてからしばらく経ったこの日、越前の朝倉義景(あさくらよしかげ)の元で庇護を受けている織田信隆(おだのぶたか)が逗留する織田の地に作られた織田館の中で、信隆は家臣たちから各地の報告を聞いていた。


「秀高めは三度目の上洛を行って正式に飛騨(ひだ)守護職を拝命。同時に将軍御所を襲撃した三好(みよし)勢の撃退に貢献し、その功績によって足利義輝(あしかがよしてる)公の妹君を娶ったとの事。」


「そうですか…ついに秀高が将軍家の連枝(れんし)に…」


 織田館の広間の中で信隆は家臣の明智光秀(あけちみつひで)より報告を受けると、それを聞いて信隆に諫言した家臣がいた。かつて秀高の友人である小高信頼(しょうこうのぶより)夫妻を襲撃し死亡した奥田直純(おくだなおずみ)の子であり、今は堀秀重(ほりひでしげ)の養育を受けて元服した堀直政(ほりなおまさ)である。


「殿!感心しておる場合ではありませぬ!このままでは秀高は増長し奴に上洛されるのも時間の問題にございます!」


「直政!口が過ぎようぞ!」


 信隆に対して怒った直政の隣に座る秀重が怒ると、それを聞いていた信隆が秀重たちの方を振り向いて口を開いた。


「いえ、直政の言う事も一理あります。だからこそ秀高の上洛を防ぐために各国に働きかけているのです。光秀、各国の状況はどうですか?」


 信隆は視線を光秀の方に向けると(かね)てから進めていた秀高包囲網の状況を尋ねた。


「はっ、まずこの越前ではございますが、義景殿近臣の高橋景業(たかはしかげあきら)殿や鳥居景近(とりいかげちか)殿に働きかけて義景殿の秀高への敵対心を煽っております。」


「そうですか…塵も積もれば山となるの言葉があります。いずれは秀高討伐に舵を切ってくれることでしょう。光秀、引き続き側近たちへの働きかけをお願いします。」


「承りました。それとは別に…」


 と、光秀は脇に置かれた書状を手に持つとそれを信隆に差し出した。


「これは朝倉家臣の山崎吉家(やまざきよしいえ)殿よりの書状にて、万が一の時には手助けするとの書状にございます。」


「おぉ、吉家殿といえばかの宗滴(そうてき)公が加賀一向一揆(かがいっこういっき)征伐を行った際に武功を立てた猛将ではござらぬか。」


 書状の差出人の名前を聞いた前田利家(まえだとしいえ)が感嘆して声を上げると、その言葉を聞いた信隆が利家の言葉を聞いた上で頷いて言葉を返した。


「山崎吉家殿と気脈を通じておけばほかの朝倉重臣に顔が利くでしょう。吉家殿への返書は光秀に任せますよ。」


「ははっ。承知いたしました。」


 吉家からの書状を受け取ってから信隆がそう言うと光秀は首を縦に振って頷いた。その光秀の発言後に信隆に報告したのは丹羽隆秀(にわたかひで)であった。


「それと殿、若狭(わかさ)武田信豊(たけだのぶとよ)殿にございますが領内にて重臣が朝倉家の助勢を得ている義統殿に反抗し国内が混乱しているため、此度の包囲網に加わる可能性は薄いかと思われます。」


「そうですか…やはり若狭武田家の内紛は予想以上に大きいようですね。」


 この頃、越前の隣国である若さを治める若狭武田家では、朝倉家の援助を受ける現当主の信豊一派と朝倉家に近づく信豊に反発する一派が擁立した嫡子の武田義統(たけだよしずみ)一派に分裂していた。信隆は若狭武田家に包囲網に加わるよう折衝を開始したが予想以上の混乱ぶりに辟易とするばかりであった。


「已むを得ません。若狭武田家臣の武藤友益(むとうともます)殿に書状を送り、秀高の密使との接触を見張らせるように命じてください。」


「はっ。それと近江(おうみ)の動向にございますが…」


 と、隆秀は広間の真ん中に絵図を広げると、上座の信隆に対して絵図を用いて説明を始めた。


「まず北近江(きたおうみ)の浅井家の隠居である浅井久政(あざいひさまさ)殿はこちらの働きかけに賛同し、上洛の際にはいの一番に立ちはだかるという返答を受けています。」


「そうですか。美濃(みの)不破郡(ふわぐん)から中山道(なかせんどう)を通って近江に入るには、浅井家の領地を越えねばなりません。そこが秀高に対抗するのであれば秀高の上洛も容易ではないでしょう。」


 信隆が隆秀の報告を聞いて喜ぶと、それを聞いていた秀重が隆秀に尋ねた。


「して、南近江(みなみおうみ)六角義賢(ろっかくよしかた)は如何でございまするか?」


「うむ、六角家も義賢殿や世子の義弼(よしすけ)殿は積極的に応じてくれておる。だがこれとは別に重臣の蒲生定秀(がもうさだひで)後藤賢豊(ごとうかたとよ)は消極的な姿勢を示しておる。」


 その情報を聞いた信隆は報告してきた隆秀の方を振り向いて言葉を返した。


「蒲生と後藤といえば六角家中でも重きを為す重臣の一家でしょう?それが消極的なのですか?」


「ははっ、何でも義賢殿は浅井の現当主である浅井新九郎(あざいしんくろう)殿に敗れて以降しだいに影響力を喪失し、重臣たちからの求心力を失いつつあります。」


「浅井新九郎…ですか。」


 信隆はその名を聞いて復唱するように口に出すと、隆秀に対してある事を命令した。


「隆秀、近江は上洛の通路としては必ず固めておかねばならない地。反対する者があらばこれを排除し、久政殿と六角親子を助けて差し上げなさい。」


「ははっ。早速にも虚無僧に命じて工作を始めまする。」


 隆秀が信隆の命令を受けてそう言うと、続いて利家が上杉輝虎(うえすぎてるとら)の状況を報告した。


「殿、上杉殿にございますが今は陸奥北部の安東愛季(あんどうちかすえ)南部晴政(なんぶはるまさ)らの反抗を受けて山形(やまがた)より北へ進めぬとの事にございます。」


「そうですか…であれば後五年ほどはこちらに戻っては来れないでしょうね。」


「その代わりにはございまするが…」


 と、利家はある書状を取り出して光秀同様それを信隆の傍に近づいて手渡しした。


「輝虎殿の重臣・直江景綱(なおえかげつな)殿よりの書状にて、万が一の際には越後(えちご)に落ち延びてもよいとの書状を頂きました。」


「…よくやりました利家。これで万が一の時の備えは確保できました。」


 信隆はそう言うと、その場にいた家臣たちに声を掛けた。


「良いですか、恐らく秀高は早くて来年にも上洛を開始するでしょう。それまでに各方面の協力を取り付け、秀高の上洛を阻むのです!」


「ははっ!!」


 この日以降信隆や家臣たちはそれぞれの方面への働き掛けを強化し、同時に虚無僧を駆使しての工作を開始した。そしてその虚無僧の存在によって、ある一つの事件が起きたのである…




「殿、お聞きになられましたか?六角家での事件を。」


 ここは越前の隣国である近江北部の山城・小谷城(おだにじょう)。この城の城主であり浅井家の当主でもある浅井新九郎は家臣の磯野員昌(いそのかずまさ)遠藤直経(えんどうなおつね)の謁見を受けていた。


「あぁ、観音寺城(かんのんじじょう)にて後藤賢豊が謀殺されたのであろう?」


「ははっ、登城の際に六角義弼に斬殺されたとの事にて、これに反発する賢豊の子の後藤高治(ごとうたかはる)ら家臣一同が六角父子を観音寺城から追放したとの事。」


「殿、実はその賢豊殿の謀殺の際にある事がございましてな。」


 と、員昌の言葉に続いて直経がこの観音寺騒動に関するある出来事を新九郎に報告した。


「賢豊殿のあらぬことを義弼殿に報告したは六角家の家臣ではなく正体不明の虚無僧だとの事。」


「虚無僧?なぜ虚無僧が義弼に…」


 新九郎が本丸館の中の一室で小声でこう言うと、その場にいたもう一人の家臣である藤堂虎高(とうどうとらたか)が新九郎にある事を告げた。


「実はその虚無僧、噂では越前に逃げ延びた織田信隆の配下だとも言われておりまする。」


「織田信隆…尾張の織田信長(おだのぶなが)の姉であったか。」


 新九郎が信隆の名を聞いてこう言うと、虎高はそれに頷いて答えて言葉を続けた。


「聞けば尾張など五ヶ国の太守となった高秀高を仇敵と付け狙い、既にご隠居様にも秀高に対抗するべく接触しておる由。」


「もしそれが真であれば、ご隠居様を当主と慕う赤尾(あかお)雨森(あめのもり)海北(かいほう)などの諸将は殿を離れて御家は二つに分かれまするぞ。」


 員昌が虎高の言葉を聞いた上で新九郎に意見すると、新九郎はしばらく考え込んだ後に直経にこう言った。


「直経、確かそなた秀高の軍師の竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはる殿の弟と昵懇(じっこん)の間柄であったな?」


「ははっ。久作(きゅうさく)殿とは古くからの旧友で、今でも文通を交わしております。」


 直経からこの情報を聞いた新九郎は、うむと一回頷いた後に直経にこう指示した。


「よし、ならばそなた信隆の虚無僧の目を掻い潜り久作を通して秀高殿に気脈を通じてくれ。おそらく城内にも信隆の手の者が潜んでいよう。抜かりなく行動せよ。」


「ははっ。直ちに書状を認めて久作殿に送りましょう。」


 ここに浅井新九郎は信隆やそれと気脈を通じる父の久政の目を掻い潜り秀高と接触しようと動き始めた。秀高への上洛の御教書授与を切っ掛けに、上洛の途上にある諸国の動きは活発化していく事になるのである。





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