20XX年XX月 某県某所にて
20X X年 某県某所
ここは某県某市にある県内屈指の有名高校。野球・サッカー等の部活動が県大会常連という程の力を持ち、尚且つ有名大学への進学も果たす進学校でもある文武両道の誉れ高いこの高校の正門前で、ある青年が目の前を歩くもう一人の青年に声をかけた。
「おーい秀人!一緒に帰ろうぜ!」
こう言って声をかけた青年の名前は増田義樹。高校二年生である。そして目の前にいて声を掛けられた青年、本田秀人とは、親友の間柄であった。
「何だ義樹か。お前部活はどうしたんだよ?」
「何言ってんだよ、今日はこれからテスト週間だから、部活は全部休みだって知らなかったのか?」
義樹はそう言って秀人の肩をポンと叩いた。義樹は部活、特に運動においては右に出る者はなく、常に体育祭では優秀な成績を収め、県大会やインターハイなどにも名を連ねるアスリートであった。
「あぁ、そうか。もうテスト週間だったか。」
「ったく、テストは苦手なんだよな…だからこうして、お前の知恵を借りたくて来たんだろ?」
義樹が秀人の肩をもみながら、縋るように言うと、秀人は振り払うように手をほどき、後ろを振り返って言った。
「あのな、言っても俺は平々凡々の成績しかないんだ。俺に聞くぐらいだったら信吾に…」
「僕がどうかした?」
その声にビクッと驚いた二人はとっさにその方向を振り向く。するとそこには眼鏡をかけたもう一人の青年がいた。
この青年こそ、秀人や義樹のもう一人の親友である伊藤信吾。この三人はまさに幼稚園から続く幼馴染の間柄であり、互いにその特徴も知り尽くしていた。
「な、なんだ信吾か…いきなり後ろにいたからびっくりしたぞ…」
秀人が信吾にそう言うと、信吾は眼鏡をくいっと上げて二人にこう言った。
「二人ともが騒いでいただけで、僕はずっと後ろにいたけど?」
「お、おお、そうか…いやびっくりしてる場合じゃない!頼む信吾!今回も力を貸してくれ!!お前しかいないんだ!」
信吾に抱き着くように義樹が勉強の補習を頼む込むと、信吾ははぁ、とため息をついて義樹に言った。
「あのさ義樹、僕は前から言っていたつもりだよ?運動ばかりしてないで、少しは勉強もしないと駄目だよって…」
「う、うるせぇな!お前だって図書室に籠って勉強ばかりしてやがって、ガリ勉じゃねぇかお前も!少しは体を動かせよ!」
「二人とも落ち着けって!周りが見てるだろ!」
秀人がヒートアップしそうになった二人の口論を止めると、信吾は再びため息をつき、義樹はふんと鼻息を荒げると不貞腐れてしまった。
この義樹と信吾はまさに対極的であった。
運動やスポーツには天才的な才能を示す義樹であったが、反面勉強はからっきし駄目で、スポーツの成績で何とか赤点を回避している有様であった。
一方の信吾も勉強や学問はすべて90点以降を超え、秀才の名を欲しいままにしていたが、反面運動の才能はなく、いつしか体育の授業も見学することが多くなった。
この二人の、言うなれば潤滑油のような存在になっていたのが秀人であった。秀人は運動や勉強については平々凡々であったが、人付き合いはよく、仲間との付き合いを非常に大事にしていた。そのため二人が衝突しそうになると、宥めたり落ち着かせたりして互いの仲を取り持っていたのである。
「…分かった。じゃあ今回も家で勉強会でもやるか?」
秀人が見かねて提案すると、義樹は渡りに船とばかりにその提案に乗っかった。
「おういいぜ!それなら今回も安心だぜ。なっ信吾!」
「まぁ、それが妥当だろうね。今度はしっかり覚えてよ義樹。」
三人が仲良くその話で纏まったとき、後ろから歩いてきた三人組の女子高生が話しかけてきた。
「その話、私たちも行っていいかな?」
秀人がそう言われて三人組の女子高生の方を振り向くと、即座にその名前を呼んだ。
「おぉ、玲那!それに有華さんや真愛も!」
秀人はそう言ってその三人組の女子高生の名前を呼んだ。
この三人組は三姉妹であり、それぞれ長女の近藤有華、次女の近藤玲那、三女の近藤真愛という。この内、有華は高校三年生で、玲那が秀人たちと同じ高校二年生。真愛が高校一年生と階級は分かれていた。
この三姉妹と秀人たち三人は幼少期からの知り合いであり、両親たちとの付き合いの中でそれぞれ仲を深めていった。言うなれば一蓮托生、6人で一つの存在というほど仲が深かったのである。
「あらあら、ヨシくんは困ったものねぇ。あれだけ運動できるのに、勉強できないなんて…」
そう言ったのは長女の有華である。有華の言葉を受けた義樹は恥ずかしがり、有華に向かって慌てて言い返した。
「ちょっと、それはダメですよ有華さん!一番自分が気にしてるんですから!!」
「そうだよ?これだけ言われてるんだから、少しは勉強しないと、真愛に勉強で抜かされるよ?」
信吾がそう言って義樹に釘を刺すと、そう言われた三女の真愛は驚いた。
「や、やめてください…私なんか、全然及ばないですから…」
「そう言わないの。真愛もしっかり勉強すれば大丈夫なんだからね。」
真愛が小さい声で自信の無さを吐露すると、有華は真愛の肩に手を当てて優しくフォローした。
「そうそう、運動だけしてると、義樹みたいになるからね。」
「よぉーし…よく分かったぜ、家に着いたら、お前をやっつけてやるからな!」
義樹はそういうと、挑発した信吾に掴みかかろうとした。それを見た有華は咄嗟に止めに入り、真愛はアタフタしながら止めようとしていた。
「全く、みんな仲がいいね。」
そのやり取りを見ていた玲那が秀人に近づき、隣に立って微笑んでこう言った。
「あぁ、本当に微笑ましいもんだな。」
玲那の言葉に秀人はこう返し、揉めている義樹たちにこう言った。
「ほら、早く行かないと時間はないぞ!続きはあとにしてくれ!」
こう言って義樹を宥めた秀人は、信吾や玲那たち三姉妹と共に校門を出て、秀人の家がある方向へと歩いて行った。
秀人の家へと向かう道中でも、義樹は信吾といがみ合いながらも話をつづけ、有華は真愛と微笑みながら自宅へ帰った後の話をしており、その集団の先頭に立つ秀人と玲那はその仲の良さに微笑みながら歩いていた。
しかし次の瞬間、対向車線を走っていたバンが電柱に激突し、そのはずみで向かいにいた秀人の列にガードレールを踏みつぶして突っ込んだ。
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「ん…ここは…」
一瞬の出来事で驚いたのもつかの間、横になっていた秀人は目を開けた。秀人の周りには義樹や信吾、それに玲那たち三姉妹の姿もあった。
「お、おい…なんだよここは…」
秀人の次に目を開けた義樹は驚いて周囲を見渡した。そこはどこかの寺の本堂のような建物の中で、秀人たちは、その真ん中に置かれた祭壇の上に横になって寝ていたのである。
「これ…どういうこと?」
信吾も目覚めてその状況に驚き、周囲を見渡した。玲那たち三姉妹も目覚めてその状況に驚き、怯えた真愛は有華に抱き着いて離れようとしなかった。
「信隆さま、成功いたしましたぞ。」
この部屋の中に鳴り響いたこの威厳ある声を耳にし、秀人はその声が聞こえて方をパッと見た。その視線の先には祭壇の前に置かれた仏壇に向かい、念仏を唱えていた仏僧がおり、その近くには神妙な面持ちで見ていた。小袖の上に打掛を纏った一人の姫がいた。
「禅師、よくやったわ。」
姫はそう言って立ち上がると、祭壇の上にいる秀人たちに近づき、座り込む秀人たちを見下ろしながら一言、静かに言い放った。
「ようこそ。戦国乱世の日本へ。」