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1564年8月 将軍家からの褒美



永禄七年(1564年)八月 山城国(やましろのくに)(きょう)




 将軍御所(しょうぐんごしょ)を取り囲んだ三好(みよし)勢を撃退した翌八月十九日。昨日の三好勢襲撃の後処理が行われている将軍御所の中で高秀高(こうのひでたか)姉小路(あねこうじ)父子を引き連れて予定通り将軍・足利義輝に謁見した。


「まずは秀高、昨日の働き実に見事であった。改めて礼を言う。」


 将軍御所の大広間にて上座に座る義輝が下座の秀高に対して頭を下げると、秀高はそれを恐縮して受け止めて義輝を制止した。


「何を仰せになられますか。俺たちが出来る事をしたまでの事です。」


「ふむ、あれだけの戦果を得ても謙遜するとはな。まぁそなたらしいと言えばそれまでだがな。」


 義輝は秀高への声掛けをした後に下座に控える細川藤孝(ほそかわふじたか)に視線を向けた。すると藤孝は秀高の背後に控える姉小路嗣頼(あねこうじつぐより)姉小路頼綱(あねこうじよりつな)父子に言葉を掛けた。


「さて、姉小路殿。聞けば貴殿は以前から上杉輝虎(うえすぎてるとら)より支援を受けており、また姉小路改姓の際には輝虎の東北(とうほく)征伐に同行している近衛前久(このえさきひさ)殿より一字を拝領したと聞いておるが?」


「は、ははっ。ご両名とも我らに良くして下さり、その恩に報いるために以前は働いておりました。」


 この嗣頼と藤孝の問答を嗣頼の前にいる秀高と大高義秀(だいこうよしひで)小高信頼(しょうこうのぶより)の両名は頭を下げながら静かに聞き入っていた。


「しかしその攻勢を受けて江馬時盛(えまときもり)の要請を受けた秀高殿の軍勢が飛騨国(ひだのくに)に来訪し、戦況の不利を悟って秀高殿の軍門に降った以降は心機一転して秀高殿に従う決意をした。この事に異存はござらぬか?」


「ははっ。異存ございませぬ。」


「我ら姉小路一門、上様にこの身をお預けいたしたく(まか)り越しました。」


 嗣頼の言葉に続いて頼綱が上座の義輝に対して進言すると、それまで黙って目を閉じながら言葉を聞いた義輝は目を見開いて口を開いた。


「良かろう。姉小路嗣頼、その潔さに免じてそなたらの処遇を伝える。今後はこの京に屋敷を構えここに定住すると良い。」


「上様、我ら一門がこの京に住まう事を許して下さると?」


 嗣頼が義輝の言葉を受けて頭を上げて驚くと、義輝は嗣頼の言葉に首を縦に振って頷いた。


「うむ。貴様らは元は武家なれど今は羽林家(うりんけ)の家格を持つ姉小路家(あねこうじけ)の公家。公家なればこの京に屋敷を構えるのが自然ではないか?」


「は、ははーっ!ありがたきご配慮、恐悦至極に存じ奉りまする!」


 嗣頼は義輝からの言葉を受け取ると恐縮してその場で頭を下げて礼を述べた。そして息子の頼綱も同様に頭を下げた後に義輝は秀高の方を振り向いた。


「秀高、そういう訳だ。姉小路一門は京への定住となる。そなたには飛騨守護職を与える(ゆえ)飛騨国の統治は任せるぞ。」


「ははっ。飛騨国の事はこの秀高にお任せください。」


 こうして姉小路一門は京への定住を望む者と故郷の飛騨にて金森可近(かなもりありちか)に奉公する者に別れ、後に姉小路嗣頼は下京の等持寺(とうじじ)の付近に屋敷を与えられてそこに定住するようになったのであった。


「…さて、秀高よ。そなたには先の襲撃の一件の際にその力量を見せてもらった。これは我らからも褒美を与えねばなるまい。」


 処遇を受けた姉小路父子が大広間から下がった後、その場に残った秀高に対して義輝は先の一件の事について触れた。その言葉を受けた秀高は頭を上げて義輝に返答した。


「いえ、上様からは先程飛騨守護職という役職を貰い受けたばかりで、私はそれだけでも十分です。」


「何を申すか。それは江馬の頼みを聞き入れて飛騨を平定したそなたへの褒美だ。それと襲撃の一件とでは重さが違う。」


 義輝は秀高に対してそう言うと上座から立ち上がり、上段から下段の下座へと降りて秀高の近くに歩みを進めた。


「わしは先の襲撃でのそなたの働きに感服した。よってわしはそなたにこの褒美を授けようと思う。」


 義輝は秀高にそう言うと徐に拍手を打ってどこかに合図をした。すると秀高の右隣りの襖が開かれその奥の間に一人の姫が頭を下げていた。


「上様、この姫君は…?」


「うむ。わしの妹で当年十九歳となる。これ、秀高殿に挨拶せよ。」


 秀高の後方に控える義秀や信頼が姫の方に視線を向ける中で、兄である義輝は自身の妹でもある姫に自己紹介を促した。すると姫は頭を上げると秀高に視線を合わせて名を名乗った。


「お初にお目にかかります。足利義輝が妹、(うた)と申します。」


 その名乗りを受けた秀高は詩姫の容姿を見入るように見つめた。凛とした顔立ちながら幼さが残る面影は正に容姿端麗と呼ぶにふさわしいものだった。


「…お初にお目にかかります、高秀高と申します、詩姫様。」


「まぁ、そのように謙遜する必要はありませんわ。先日は兄の窮地を救って頂いて感謝いたしております。」


 この詩姫と秀高の様子を傍らで聞いていた義輝は満足そうに微笑んで上座に戻ると、秀高に対して一言でこう告げた。



「秀高よ、この詩姫をそなたに嫁がせよう。」



「な、何と仰せになられました?」


 余りに突拍子な申し出に驚いた秀高は面を喰らい、後ろに控える義秀たちも驚きの表情を見せた。


「今さっき申した通りだ秀高。先の一件の働きを賞し、そなたにこの詩姫を嫁がせて将軍家の一門としたい。」




 この申し出を受けた秀高は右隣に控える詩姫に視線を向けた。足利将軍家の息女でもある詩姫との婚礼は秀高にとっては大きな意味を持つものであった。つまりこの婚礼によって秀高は将軍家の一門として列するのみならず、今後は将軍である義輝の元で働くという意味にもなるのである。


 同時に秀高の大望である天下統一を為すためには当時の日ノ本の中心である京への上洛は避けられない道であり、秀高は上洛の大義名分ともなる切っ掛けを手にするようなものであった。




「…ありがたき申し出ではありますが、少し時間を頂けませんか?詩姫とも心を開いておきたいと思いますので…」


「はっはっは。なるほどやはりそなたはどこか変わった者よな。」


 義輝は秀高の言葉を聞いて高らかに笑うと、秀高の方に視線を向けなおして言葉を続けた。


「何も直ぐに返答が欲しいわけではない。そなたが婚礼に先んじて詩と心を開きたいというのであれば好きにするが良い。」


「ははっ、ありがとうございます。」


 義輝に対して秀高が返答をすると、ふとある事を思い出した藤孝が義輝にある事を進言した。


「そう言えば上様、秀高殿が此度の上洛に際して随伴してきた奥方様たちと京の見聞をしたいとの申し出があり、鹿苑寺(ろくおんじ)慈照寺(じしょうじ)などに視察の許可を働きかけておるとの事。」


「なるほど、丁度良いではないか秀高。その席にこの詩も連れて行くと良い。」


「は、ははっ。上様がそう仰せになられるのであれば…」


 秀高は義輝よりそう言われた後に再度詩姫の方に視線を向けた。すると詩姫は秀高の視線を感じるとにこやかな笑顔を秀高に返したのであった。




「その話、受けた方が良いわよ。」


 その数刻後、将軍御所から宿所の本圀寺(ほんこくじ)に戻った秀高は将軍御所での事を(れい)たちに伝えると、それを聞いた静姫(しずひめ)が開口一番に意見を述べた。


「だ、だがいきなり将軍家の息女と婚礼だなんて…痛い!」


「あら、まさかあんたこの話を断るつもりじゃないでしょうね?」


 将軍御所から帰ってきた秀高の肩を揉みながら静姫がそう言うとその言葉を聞いた玲も秀高に意見を述べた。


「そうだよ秀高くん!私たちの願う天下統一の為にも上様が申し出てきたのなら引き受けるべきだよ!」


「それに言ったはずよ。私たちに遠慮する事はないって。あんたそれを忘れたの?」


「そう言う事じゃない。」


 静姫から肩もみを受けながらも静姫と玲の言葉を聞いた上で秀高は二人や子供たちの相手をする春姫(はるひめ)にも聞こえるように言葉を発した。


「確かに将軍家のご息女と縁を持つというのはこちらとして願ってもない申し出だ。だがこれを聞いた畿内の諸大名はどう思うだろうか?ぽっと出の新参者が将軍家を脅して娘を貰ったと言われかねないだろう?」


「…あら、あんたそんな小さい事を気にするような人だったかしら?」


「秀高様、少し宜しいでしょうか?」


 と、その言葉を聞いていた春姫が膝の上に蓮華(れんか)を乗せながら秀高の方を振り返ると自身の意見を述べた。


「確かに私たちのような大名家の息女と、将軍家の息女とでは仰られる通り意味合いは大きく変わってきます。ですが秀高様は既に中部五ヶ国の大大名。そのような反論を撥ねつけるだけの力は持っています。それに上様の申し出を断ったのであれば、それこそ要らぬ懸念を生み出すだけかと。」


「春の言う通りよ。」


 静姫は春姫の意見に賛同して言葉を発すると、秀高の肩に両手を置いて耳元で言葉を続けた。


「上様がくれるって言うのなら貰うべきよ。そうでしょ?」


「…そうだな。余計な事を考えない方が良いかもな。」


 耳元の静姫の方に視線を向けて秀高が言葉を返すと、静姫はこれに頷いて答えた後に玲の方を振り向いてこう言った。


「…なら、明日からの京の見聞の際には私たちでお膳立てをしなくちゃね。」


「うん、そうだね。」


 この二人の言葉を秀高は不思議そうな顔をして見つめていた。その後寺との交渉に当たっていた木下秀吉(きのしたひでよし)から両寺からの許可を得たとの報告を受けると、翌日に秀高は詩姫を伴って京の観光を兼ねた見聞に出かけたのである。





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