表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
197/598

1564年8月 永禄の変



永禄七年(1564年)八月 山城国(やましろのくに)(きょう)




 八月十九日午後。将軍御所(しょうぐんごしょ)から西に離れた旧平安京(へいあんきょう)羅城門(らじょうもん)跡地の近くに「三階菱(さんかいびし)五つ釘抜(いつつくぎぬき)」の家紋を掲げる軍勢が歩みを将軍御所へと進めていた。これこそ、畿内(きない)の実力者である三好長慶(みよしながよし)配下の軍勢であり、これを率いるのは長慶の実弟である安宅冬康(あたぎふゆやす)三好長逸(みよしながゆき)岩成友通(いわなりともみち)三好宗渭(みよしそうい)三好三人衆(みよしさんにんしゅう)と呼ばれた長慶の重臣たちであった。


「冬康殿、御所に放った物見からの報告によると、御所には義輝(よしてる)奉公衆(ほうこうしゅう)の他に上洛していた高秀高(こうのひでたか)なる軍勢が加勢しているとの事。」


「何?高秀高だと?」


 羅城門の跡地を馬に乗りながら過ぎていった冬康に対して長逸が馬上から報告すると、冬康は長逸の方を振り返って言葉を続けた。


「高秀高と申せば今川義元(いまがわよしもと)を討った後に中部五ヶ国に覇を唱えた者ではないか。何故そやつが京におるのだ?」


「なんでも先の飛騨(ひだ)平定の際に降伏した姉小路(あねこうじ)一門の処遇を将軍家に諮るべく上洛していたとの事。されどその手勢五百余りとわずかにござる。」


 その報告を聞いた冬康は下がってきた兜を上げつつも長逸に言葉を返した。


「ならば問題はあるまい。秀高は恐らく義輝から御所の護衛を命じられただけであろう。こちらと戦おうとは夢にも思っておらぬはずだ。」


「ならば良いのですが…」


 長逸が冬康の言葉を受け止めた上でそう言うと、冬康は進軍していた味方の足軽に対して呼び掛けた。


「良いか!将軍御所に着いた後は迅速に四方を包囲せよ!蟻の一匹も御所から出すでないぞ!」


「おう!!」


 冬康配下の足軽たちは冬康から呼び掛けられると、喊声を上げて気勢を示した。この三好の軍勢は羅城門からかつての朱雀大路(すざくおおじ)の跡を進んでいき一路将軍御所へと向かって行った。




 それからしばらくした後、勘解由小路町(かげゆこうじちょう)烏丸(からすま)にある足利義輝(あしかがよしてる)の将軍御所は三好勢五千五百によって包囲された。将軍御所の警護に赴いた高秀高(こうのひでたか)は御所の西門の中から目の前に布陣した三好勢を睨むように見つめていた。


「…秀高、状況を探って来たよ。」


 その秀高の隣に外の状況を探ってきた小高信頼(しょうこうのぶより)が近づいてきて秀高に話しかけた。


「敵の大将は安宅冬康。その配下には三好三人衆が名を連ねているけど、やはりこの世界の歴史は変わってきているね。」


「というと?」


 秀高が目の前の三好勢に視線を向けながら側に来た信頼に聞き返した。すると信頼は秀高と側近くにいた大高義秀(だいこうよしひで)夫妻に聞こえるように小声でささやいた。


「その安宅冬康は僕たちの歴史では、数ヶ月前に長慶によって自害させられている。だけどこの世界では自害もさせられてなくて、尚且つ長慶の嫡子である三好義興(みよしよしおき)も生きているんだ。」


「…やはりこの世界の歴史は変わりつつあるんだな。」


 秀高が小声で信頼に言葉を返すと、その近くにいた義秀の正室である(はな)が秀高に語り掛けた。


「ならヒデくん、私たちの知っていた歴史もだんだん当てに出来なくなってくるわね。」


「えぇ。それならば俺たちの行動でこの世界の行く末が決まるという事になりますね。」


「…おい秀高、あれを見ろ。」


 と、秀高に対して義秀が自身の目の前を指さして話しかけた。秀高が指さされた方向を見ると目の前の三好勢の前から一騎の武将が秀高たちのいる西門の前に進んできた。


「我こそは三好長慶が家臣、岩成友通である!上様に対し我らが意見書をお届け願いたい!」


「岩成友通…高政(たかまさ)高晃(たかあきら)。得物を持たずに友通から書状を受け取ってこい。」


 秀高の命令を受けた神余高政(かなまりたかまさ)神余高晃(かなまりたかあきら)の兄弟はそろって頷き、西門の外に出て友通に近づいた。それを見つけた友通は馬上から高政らに書状を受け渡すと、単騎で軍勢の元へと戻っていった。


「殿、受け取って参りました。」


 高政と高晃が西門の中に戻って秀高に友通からの書状を受け渡すと、秀高はそれを受け取ったうえで近くに待機していた山内高豊(やまうちたかとよ)の方を振り向いた。


「高豊、俺に付いて来てくれ。上様にこの書状を受け渡してくる。」


「はっ!」


 高豊は秀高の言葉を受け取るとスッと立ち上がって義輝の元へと向かう秀高に付いて行った。秀高がその場を去った後、義秀夫妻と信頼はその場に留まって三好勢とにらみ合いを続けたのである。




「…おのれ長慶!無礼である!」


 将軍御所の中心である大広間の中で三好勢からの意見書受け取った将軍・足利義輝は上座でその書状に目を通した後、怒ってその書状を破り捨てた。


「上様、三好殿は何と?」


「我が側近衆が無礼を働いた故に罷免せよと申し出てきよったわ…長慶め、このわしを何だと心得ておるのか!」


 秀高の目の前に破り捨てた書状を捨てた義輝は傍近くにいた幕臣の細川藤賢(ほsかわふじかた)柳沢元政(やなぎさわもとまさ)の方を振り向いた。


「藤賢、元政。御所の警護は抜かりなかろうな?」


「はっ。こちらからは敵を刺激しないように言い渡しておりまする。」


 義輝はその事を藤賢から聞くと目の前に控える秀高に対してこう言った。


「秀高よ、そなた確か弓の扱いに長けておるそうだな?」


「はい、一応遠くの的は射当てることが出来ますが…」


 秀高が問われたことに対して返答すると、義輝はそれに満足して秀高に驚きの指示をした。


「そなたの場所の目の前にいるのは岩成友通であったな。そやつを矢で射殺して軍勢にこう返答せよ。「これが上様の返答である」とな。」


「わ、私に友通を射抜けと?」


 秀高がその申し出に驚いて義輝に問い返すと、義輝はそれに頷いてこう言った。


「そうだ。その後にもし敵が攻め込んできた際には我ら奉公衆と共に浮足立った三好勢を迎え撃つ!秀高、頼んだぞ。」


 秀高はその下知を受け取るとその場で会釈をして大広間から下がった。そして西門へと戻る道中で秀高は思案した。自身の弓の腕前に将軍家と自身の配下たちの命が掛かっている。そう思うと秀高は歩みを進めながら乱れそうになる呼吸を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。




「…秀高、上様は何と?」


 やがて西門の中に戻ってきた秀高はその場に待機していた信頼たちに対して先程のやり取りを全て伝えた。


「そう、上様はあの友通を射抜けって言って来たのね。」


「はい、一応弓の鍛錬は続けていましたが、あれほど遠い馬上の敵を射抜けだなんて初めてですよ。」


 秀高はそう言いつつも近くにいた毛利長秀(もうりながひで)に目配せして弓の用意をさせた。そして秀高は籠手(こて)を身に付けると長秀より弓を受け取った。


「秀高、こっから相手には丸見えだ。あまり矢を引き絞り過ぎると敵に気付かれるかもしれねぇぞ。」


「分かってる。引き絞れるのは一瞬だ。外すわけにはいかない。」


 義秀が秀高に近づいて耳元でこう言うと秀高は義秀に言葉を返しつつ下の方で弓に矢を番えた。


「全てはこの一射にかかっている、か。」


 秀高は小声でそう言うと視線で馬上に乗る友通に狙いを定め、目を閉じて一息深く深呼吸をした後に再び目をカッと見開いた。


「この一射に、俺たちの未来を掛ける!」


 秀高は目の前の友通に狙いを定めるとそう言い放ち、一瞬で矢を引き絞って矢を放った。するとその矢は西門を潜り抜け、馬上に乗る友通の胴体へと吸い込まれていった。


「命中!」


 その一射を見た高豊がそう叫んだ直後、友通はその矢を受けて馬上からもんどり返って落馬した。秀高は自身の矢が命中したことに一息ついて安堵すると、気を取り直して外に控える三好勢に聞こえるように告げた。


「よく聞け!上様の返答はただ一つ!そのような不遜な要求は受け入れられない!この一射が上様からの返答だ!」


「…おのれ秀高!許さん!」


 とその時、近くにてそれを見ていた宗渭が逆上して配下の軍勢にこう言った。


「者ども!かくなる上は上様のお命を頂く!攻め掛かれ!!」


 宗渭の命令を受けた足軽たちは浮足立ちつつも槍を構えて西門へと殺到し始めた。するとその攻撃を見た秀高は徐に手を上げた。すると将軍御所の塀の裏側に隠れていた鉄砲足軽たちが塀の上から現れて攻め掛かる三好勢に銃弾を浴びせた。


「おのれっ!鉄砲まで用意しておったか!怯むなっ、突破せよ!」


 その銃弾の中を三好勢は西門へと攻め掛かったが、その門前で高政ら知立七本槍(ちりゅうしちほんやり)の面々や義秀夫妻が得物を持って三好勢と応戦し始めた。ただでさえ目の前で友通の死を目の当たりにしていた三好勢は大軍の利を活かせずに一人、また一人と義秀らの前に倒れていった。


「宗渭!三方の味方も旗色が悪い。ここは引き上げるぞ!」


 西門の前で味方の苦戦を目にしている宗渭の傍に冬康が馬で駆け寄って宗渭に撤退を告げた。


「されど冬康殿!友通が秀高によって!」


「やはり高秀高、ただ者ではない。帰ってこの事を兄者に報せる為にも引き上げるぞ!」


 冬康の言葉を聞いた宗渭は歯ぎしりしながらも味方に対して馬上から撤退を下知した。


「ええい!引け!引くのだ!」


 この下知を受け取った三好勢は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ始めた。しかしこれを秀高や奉公衆が追い打ちし、大宮小路(おおみやこうじ)の辺りまで追撃を受けた。これによって宗渭の弟である三好為三(みよしいさん)が高政に討ち取られ、冬康と長逸、宗渭らは()()うの体で京から撤退していった。


「…秀高、高政が三好為三の首を取ったそうだよ。」


 夕日が将軍御所に差し込み始めた頃、将軍御所に引き上げてきた信頼から戦果のほどを聞いた秀高は安堵して言葉を返した。


「そうか…俺たちも奮戦したが他の奉公衆も奮戦してくれたようだな。」


「うん。これだけ奉公衆が健在ならば将軍家も安泰だろうね。」


「ヒデくん、今戻ったわよ。」


 と、そこに義秀夫妻が七本槍の面々を引き連れて秀高の元に戻ってきて、華が秀高に語り掛けた。


「華さん、義秀。それに皆もよくやってくれた。」


「聞けば敵は五千五百の内半数余りが壊滅。残りは離散して千にも満たない手勢で敗走したようだぜ。三好もこれじゃあ大したことねぇなぁ。」


 義秀が槍を肩にかけながらそう言うと、秀高はふふっと微笑んで義秀らに言葉を返した。


「全くお前たちの武勇には驚かされるばかりだよ。お前たちのような家臣を持てて俺はこんなに嬉しい事はない。」


「当たり前だろう?俺たちは皆、お前の天下統一のために戦ってるんだぜ。」


「天下統一、か。」


 秀高はこの言葉を受け取ると、その場で互いに健闘をたたえ合う義秀たちとは別に後ろを振り返って将軍御所の建物を見つめた。秀高は自身の大望である天下統一への道筋が、この戦いにおいて現実化しようとしている事とその過程として足利将軍家(あしかがしょうぐんけ)をどうするのかという思惑で支配され、それらへの対処を御所の建物を見つめながら思案したのだった。




 兎にも角にも、この「永禄の変(えいろくのへん)」と呼ばれる一連の御所襲撃事件は秀高らの奮戦で撥ねつけられ、この事件によって将軍家はその健在ぶりを畿内に示したのであった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ