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1564年7月 飛騨平定とその先へ



永禄七年(1564年)七月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)七年七月。美濃(みの)平定から二ヶ月が経ったこの日、名古屋城本丸御殿の一室にある高秀高(こうのひでたか)の書斎にはこの日も重臣一同が出仕していた。その用向きは美濃平定後に行われた検地(けんち)の情報を纏めた検地帳が完成したことを受けて伊勢志摩(いせしま)両国の検地帳を合わせた領国の全ての石高を策定する為であった。


「検地の結果、美濃の石高は五十四万石。これに伊勢志摩とこの尾張、それに昨今の新田開発分の石高を合わせると約百七十九万七千石と相成りまする。」


 書斎の中で検地帳を片手に山口盛政(やまぐちもりまさ)が秀高に対して石高を述べると、秀高はその情報を聞いて腕組みをした。


「およそ百八十万石前後か…流民たちを集めて開墾すれば、四ヶ国合わせて百九十万石辺りには届くのだろうか?」


「はっ、されどもしに石高を増産するのであれば、尾張と同様に治水工事や灌漑整備を行う必要がございまする。そうたやすくは参らぬかと。」


 書斎にて秀高に対し意見したのは、かつて木津用水(こっつようすい)の治水奉行を務めた村井貞勝(むらいさだかつ)であった。治水の実際の工程を知っている貞勝の意見を聞いて秀高は腕組みをしたまま言葉を返した。


「まぁそうだろうな。ようやくこの尾張で新田開発の成果が上がり始めたんだ。他国で行うのであればそれ相応の時間がかかるか。」


「如何にも。こと新田開発においては時が掛かる物にございまする。殿、今しばらくお待ち為されば各国の民百姓たちが必ず殿に良き成果を届けて参りましょうぞ。」


 腕組みをした秀高に対して木下秀吉(きのしたひでよし)が意見をすると、それを聞いていた筆頭家老・三浦継意(みうらつぐおき)が秀吉に言葉を返した。


「だが藤吉郎よ、実際のところを申せば美濃国内で治水を行うというのは難しいのであろう?」


「…確かにご家老の仰せの通りに美濃は木曽三川(きそさんせん)の上流部に当たる国なれば尾張のような水路開拓は難しいかとは思われまする、されどため池などの貯水池なれば上流地であろうと作れまする。要はやり方は無限にあるという事にござる。」


「藤吉郎殿の申す通りです。」


 と、秀吉の意見に続いて発言したのはこの日初めて名古屋城に登城した竹中半兵衛(たけなかはんべえ)であった。


「今美濃国内は先の戦で疲弊しきっております。ここ二~三年の間は民力の回復に務め、しかる後に新田開発などの国力の増加を行えばきっと石高は大いに上がりましょう。」


「確かに二人の言う通りだ。今後、俺たちが制圧した土地に対しては数年の間の年貢の減免を伝え、その後に水路開拓などの方策を行っていくとしよう。」


 秀高は半兵衛と秀吉の意見を元に居並ぶ重臣たちにそう言うと、重臣たちは秀高に対して頭を下げて一礼した。と、そこに津川義冬(つがわよしふゆ)が書斎を仕切る襖を開けた。


「殿、先程金森可近(かなもりありちか)殿よりご報告があり、飛騨国の平定を完了したとの事!」


「おぉ、可近が飛騨を平定したと申したか!」


 その報告を聞いて継意が驚くと、義冬は書斎の中に入って上座の秀高の脇に控える小高信頼しょうこうのぶより正室・(まい)に可近からの報告が書かれた書状を手渡しした。秀高はその書状を舞から受け取ると、書状の封を解いてその場にて内容を黙読した。


「…うん、見事だ。」


「どういう事だ?」


 その言葉を聞いた大高義秀(だいこうよしひで)が下座から秀高に問うと、秀高は尋ねてきた義秀に書状を手渡ししながらその場の重臣たちにも分かる様に内容をかいつまんで伝えた。


飛騨国司(ひだこくし)姉小路嗣頼(あねこうじつぐより)姉小路頼綱(あねこうじよりつな)父子を始めとした姉小路一族を召し捕え、塩屋(しおや)内ヶ島(うちがしま)などの在地豪族は可近の前に降伏したそうだ。」


「なんと、大戦果ではありませぬか!」


 継意が秀高の言葉を聞いて大いに驚くと、やがて義秀よりその報告書を受け取り中に書かれた内容に目を通した。同時にそれを聞いていた信頼が秀高に対して言葉を発した。


「秀高、肝心の江馬(えま)家はどうなったの?」


「あぁ。江馬時盛(えまときもり)殿を初め信盛(のぶもり)麻生野直盛(あそのなおもり)殿も皆無事だそうで、父の時盛に対して決起した江馬輝盛(えまてるもり)は行方をくらましたそうだ。」


「という事は…概ね飛騨国は殿の手に落ちたという訳ですね。」


 半兵衛がその情報を聞いた上で秀高の方を向いて発言すると、秀高はその言葉に首を縦に振って頷いた。


「そう言う事だ。さすが可近。見事な働きをしてくれた。これはそれ相応の褒美を与えないとな。」


「つまり、城持大名になさると!?」


 その秀高の思惑を汲み取って秀吉が言葉を発すると、秀高は一瞬驚いたが肩をなでおろして秀吉の意見に賛同した。


「その通りだ。可近の戦功はそれに値する。可近を飛騨一国の国持大名として旗下には江馬や内ヶ島などを付ける。義冬、その旨の返書を(したた)めるのでそれを可近に届けてやってくれ。」


「ははっ!」


 義冬の返答を聞いた秀高は直ぐにでも紙を取り出し、筆を手に持って直筆で知行宛行状ちぎょうあてがいじょうを書き、舞から印判を受け取るとそれを朱肉に付けて判を押した。それらの一連の流れを見ていた重臣たちは大いに驚き、特に秀吉はそこで出来上がった知行宛行状を惚れ込むように見つめていた。


「…よし出来た。じゃあ義冬、これを可近に届けてくれ。」


「ははっ!しかと承りました!」


 その言葉を受け取った義冬は舞から封に入った書状を受け取ると、その足でそのまま書斎を後にしていった。それを見ていた盛政が秀高にこう言った。


「殿、もしやいままで宛行状などを直筆で書かれていたのですか?」


「あぁ。見ての通り俺には右筆(ゆうひつ)もいないからな。公私全ての文書はさっきのようにすべて直筆で書いているんだよ。」


「いや実に素晴らしい!それを家中の者が全て知れば、殿への忠誠をより強めるようになりましょう!」


 秀吉が感激してそう言うと、秀高はふと信頼から聞いたある事を思い出した。この時代、武家の殆どは行政文書などの公の文章を右筆などにすべて任せ、大名などは花押を書くだけだった。その事実を以前に信頼から聞いていた秀高は目の前の重臣たちが驚いていた理由を直ぐに把握できたのだった。


「ま、まぁ直筆の方が書いた人の心が伝わってくるだろう?そう思っておれはすべて直筆で書いているんだ。それを分かってくれるだけでも俺は嬉しいよ。」


 秀高が重臣たちにそう言うと、やがて空気を見計らって継意が秀高に尋ねた。


「それで殿、飛騨の平定が成ったのであれば、いずれ(みやこ)の公方様にもご報告に上がらねばなりますまいな。」


「そう、それだよ継意。さっきの可近の報告によれば姉小路一族はこの名古屋に護送してくるらしい。姉小路一族の到着と同時に俺も再度京に上洛する。」


「それでは…その旨を早速京に伝えねばなりませんね。」


 半兵衛が秀高の言葉を聞いて発言すると、秀高は半兵衛の意見に頷いて続きを述べた。


「盛政、津川義近(つがわよしちか)にその旨を伝えて京の細川藤孝(ほそかわふじたか)殿に交渉をかけてくれ。」


「ははっ。しかと承りました。」


 こうして金森可近の飛騨平定によって秀高は京への上洛に動き出した。それと同様に秀高は飛騨に検地奉行を派遣して検地測量を命じ、高家の支配体制確立に動き出したのであった。




「…えっ?今度の上洛についてくるのか?」


 その日の夜、名古屋城本丸御殿の奥御殿の居間にて、秀高は第一正室の(れい)から驚きの提案を受けていた。それは今度の上洛の際に玲と静姫(しずひめ)が動向を申し出てきたのだ。


「うん、秀高くんの迷惑にならないようにするから、一緒に付いて行っても良いかな?」


「別に大丈夫だとは思うが…子供たちはどうする?」


「何を言ってんのよ。子供たちも一緒よ。」


 静姫が秀高に対してそう言うと、その言葉を聞いた秀高は大いに驚いた。


「まさか子供たちも連れて来るのか!?さすがにそれは危ないぞ!」


「何を言ってんの。あんたの旗本の知立七本槍(ちりゅうしちほんやり)も同行してくれるんでしょう?それならば気分転換に京見物にでも行きたいと思ってね。」


「全くお前たちは…」


 秀高は二人の意見を聞いて頭を抱えたものの、二人の熱意を感じ取って言葉を返した。


「分かった。くれぐれも無理はしないでくれよ。」


「うん、このお腹にいる新しい子にも新しい風を浴びさせたいな。」


 盃に口を付けて酒を飲んでいた秀高はその言葉を聞くと徐に吹き出し、驚いた表情をして玲の方を振り向いた。


「玲、また子供を宿したのか?」



「うん。どうやら秀高くんとは身体の相性が良いみたいだね。」


 玲がお腹をさすりながらそう言うと、秀高は盃を置いて玲に近寄ってお腹に手を当てた。そのお腹の中に命が宿っているのを感じ取ると、秀高は玲や静姫に対してこう言った。


「…玲、それに静。俺はお前たちと一緒にいれて本当に嬉しく思うよ。こうして家族が広がっていくのを見れてこんなに嬉しい事はない。」


「うん。私も秀高くんの傍にいれて嬉しい。これからも傍で秀高くんを支えるからね。」


「私もよ。まぁ新しい正室が増えたらその娘とも仲良くするから、あんたは何の心配もなく家族を増やしなさい。それがいずれ大名家の存続に繋がっていくわ。」


「…あぁ。そうだな。」


 秀高は静姫の言葉を聞くと、二人で玲の傍に寄り添いながら居間の中で三人仲睦まじく過ごした。その翌月の八月、秀高は自身の妻子と姉小路一族を連れて上洛の途に付いた。そしてこの上洛以降、秀高は畿内の争いや幕府中枢に深く関わっていく事になるのであった…





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