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1564年5月 岩村城落城



永禄七年(1564年)五月 美濃国(みののくに)岩村城(いわむらじょう)




 五月二十四日早朝。岩村城を取り囲む高秀高(こうのひでたか)率いる一万八千の軍勢は遠山景任(とおやまかげとお)・おつやの方が籠る三千の岩村城に攻撃を開始した。秀高勢は山城である岩村城に火縄銃で空砲を放つと、それを合図に大高義秀(だいこうよしひで)森可成(もりよしなり)率いる部隊が大手口より岩村城へと駆け上がり、久松高俊(ひさまつたかとし)、そして負傷中の父・佐治為景(さじためかげ)に代わって指揮を執る佐治為興(さじためおき)の部隊が岩村城裏手の水晶山(すいしょうざん)方向から攻め掛かった。


「おつや!いよいよ攻め掛かって参ったぞ!」


 岩村城の本丸内にて秀高勢の攻勢を確認した城主の景任は、妻であるおつやの方は頭に鉢巻を巻き、手には薙刀を携えて言葉を景任に返した。


「あなた、ここにいる三千は皆精鋭揃い。きっと秀高勢の攻撃を跳ね返して下さるでしょう。」


「うむ!皆奮戦せよ!斎藤家(さいとうけ)を滅ぼして(おご)り高ぶる秀高に一泡吹かせてやるのだ!!」


「おぉーっ!!」


 城兵たちは景任の言葉に奮い立ち、攻め寄せて来る秀高勢に矢玉や落石を浴びせた。この攻撃を前に義秀勢や可成勢の足軽たちは一人、また一人と討たれていき、義秀夫妻や可成は大手口の岩陰に隠れてその攻撃をしのぐのがやっとであった。


「くそっ、さすがにこの城攻めはそうたやすくいかねぇか。」


「えぇ。敵も必死になって防戦しているようね。」


 岩陰から岩村城の大手門の方角を見つめる義秀と(はな)がそう言うと、近くにいた義秀家臣の桑山重晴(くわやましげはる)が義秀に意見した。


「これほど矢玉が降り注いでは破城槌(はじょうつい)を近づけることも出来ませぬ。どうにかしませぬと…」


 すると、義秀はふとある方角に何かを見つけた。見るとそこには山の坂に倒木が何本も連なった場所であり、そこは城から見ればまさに死角ともいうべき場所であった。


「おい、あそこまで鉄砲隊を連れてきて、そこから撃ち掛けることは出来ねぇか?」


「なるほど…あそこからならば城方に撃ち掛ける事も出来ましょう!ならばすぐにでも!」


 義秀の意を汲み取った重晴は直ぐにその場を去ると、暫くしてその場所に鉄砲隊を連れて来た。その頃には義秀の目の前では味方の死体が増えていく一方で、武将などの指揮官は義秀と同じように岩陰に隠れて凌いでいた。


「…よし!放て!」


 その時、重晴がその死角となった倒木の場所より鉄砲隊に射撃を命令した。するとその射撃は柵の向こうの城兵たちに命中し、それまで射掛けていた城方の弓兵もばたばたと倒れていった。


「よし!今が好機だ!城門を打ち破れぇ!!」


 これを好機と判断した義秀は破城槌を持つ足軽たちを城門に近づけさせた。城方も破城槌を引く足軽を狙い打つが、重晴の指揮する鉄砲隊によって弓兵は数を減らしていき、やがて破城槌が城門に取り付くのを許してしまった。


「ヨシくん!門を打ち破ったわ!」


 岩陰から様子を窺っていた華が声を上げて義秀に伝えた。義秀がその先を見つめると、大手門が破られて門の扉が開いたのが見えていた。


「よっしゃあ!このまま一気に雪崩れ込め!!」


 義秀は周囲にいた足軽たちにそう呼び掛けると、足軽たちは再度奮い立って喊声を上げ、一気呵成に城内になだれ込んでいった。義秀夫妻はその足軽たちの先頭に立って城内に踏み込むと、立ちはだかった城兵を槍で薙ぎ倒して名乗りを上げた。


「大高義秀!岩村城に一番乗り!野郎ども、俺に続けぇ!!」


 義秀の名乗りを聞いた味方の足軽たちは喊声を上げて応えると、義秀の後に続いてきた華も得物の薙刀を振って敵の守兵を薙ぎ倒し、突き進む義秀の後に味方の足軽や重晴と共に続いて行った。


「さすがは鬼大高と呼ばれるだけはある。我らも後れを取るな!行くぞ!」


 その武勇を目の当たりにした可成は配下の足軽に呼び掛け、義秀勢の後に続いて岩村城内になだれ込んでいった。この大手門突破の報は瞬く間に城内を駆け巡り、やがて裏手の出丸も久松・佐治勢に突破されて城内への侵入を許してしまった。こうなってしまっては、さしもの精鋭揃いである岩村城の落城ももはや時間の問題であった。


「どけどけぇっ!遠山景任はどこだあっ!!」


 義秀は立ちはだかる城兵を次々と槍で薙ぎ倒していきながら、目標である景任の姿を探し求めるように戦っていた。その武勇の前に城兵は一人、また一人と命を散らしていき、ついに義秀勢が本丸への一番乗りを果たすことになったのである。


「ええい、怯むなっ!美濃武士の誇りを見せつけよ!!」


 雪崩れ込んでくる義秀勢の足軽を迎え撃つ景任は城内の味方を鼓舞するべく督戦するが、戦況は好転するどころか悪化する一方であった。その後、一息つくために本丸館の居間に戻ってきた景任の目の前に、城兵を薙ぎ倒してきた義秀が得物を構えて立ちはだかった。


「てめぇが遠山景任か!!俺は高秀高が家臣!大高義秀だ!」


「大高義秀…あの鬼大高か!!」


 景任は義秀の名前を聞いて驚き、慌てて腰に差していた太刀を抜いて義秀に切っ先を向けた。すると義秀は素早い動きで石突(いしづき)で景任の胴を思いっきり突き、それを受けた景任は尻もちをつくようにその場に倒れ込んだ。


「お、おのれ!!」


「覚悟しろ!景任!」


 そう言い放った義秀に立ち向かうために転がった太刀を掴んだ瞬間、景任の胴を義秀の槍が貫いた。その突きを受けた景任は次第に力を無くし、手にしていた太刀を地面に落とすと槍を抜かれた反動でその場に仰向けで倒れた。


「よし、これで…っ!!」


 とその時、義秀は野生の感が働いたように後ろを振り返り、後ろから斬りかかってきた薙刀を槍の柄で受け止めた。その薙刀の持ち主こそ景任の妻であるおつやの方であった。


「良くも我が夫を…景任を殺してくれたな!」


「くそっ、女の癖になかなか強ぇ…」


 女とは思えぬおつやの方の気迫のこもった力の前に次第に義秀は押されていく。しかし次の瞬間、おつやの方は自身の背後に殺気を感じ、即座に後ろを振り返って斬りかかって来た者と対峙した。義秀がその方に視線を向けると、そこに立っていたのは華であった。


「華!気を付けろ!そいつただもんじゃねぇぞ!」


「分かってるわよヨシくん。戦わなくてもひしひしと感じるわ。」


 華はおつやの方に対して薙刀を構えると、斬りかかってきたおつやの方と数合打ち合った。その中でおつやの方と華は互いの実力を感じ取った。


「くっ、まさかこの私にここまで打ち合うものがいようとはな…」


「私も、貴女のような人にあったのは初めてです。しかし…」


 華はおつやの方に対してそう言うと、薙刀の切っ先を高く掲げて構えなおした。


「次の一合で、決めさせていただきます。」


「ふっ、甘い!」


 おつやの方は構えている華に対して薙刀で襲い掛かったが、次の瞬間に華は襲い掛かったおつやの方の胴体に薙刀を咄嗟に構えなおして横から一気に払った。


「ぐうっ!ま、まさかこの私が…」


 この払いを受けたおつやの方は得物の薙刀を床に落とすと、膝から崩れ落ちてその場に倒れ込んだ。華は構えを解いて安堵するように一息つくと、そこに景任の首を取った義秀が近づいた。


「華、大丈夫か?」


「えぇ、この人はなかなかの腕前だったわ。もし読み違えていたら、私はどうなっていたか…」


 義秀は華よりその言葉を聞くと、華の方に手をポンと置いてこう言った。


「大丈夫だ。お前はこんなところで死ぬような奴じゃねぇ。それは傍にいる俺が肌で感じてるからな。」


「…えぇ、そうね。」


 義秀より言葉を受けた華は微笑み、その後亡骸となったおつやの方に手を合わせ、その後に義秀の手助けを得ておつやの方の首を取った。こうして二人の死と同時に岩村城は落城となり、同時に戦火によって岩村城の各地は炎に包まれ、全て焼け落ちたのであった。




「義秀、それに華さん。よくやってくれた。」


 その日の午後、岩村城外の秀高本陣の中で、目の前の机に置かれた景任夫妻の首桶を前にして戦功を立てた義秀夫妻を称えるように秀高が言葉をかけた。


「おう、おつやの方にはちょっと手こずったが、こうして討ち取ることが出来たぜ。」


「…玄密(げんみつ)和尚、これは二人の首に相違ありませんか?」


 と、秀高は本陣の帳の中にいた大圓寺(だいえんじ)の住持・希庵玄密(きあんげんみつ)に首の真贋を尋ねさせた。玄密は二つの首桶の蓋をそれぞれ開けて中身を確認すると、直ぐに蓋を閉じて秀高に言葉を返した。


「…如何にも。遠山景任、おつや御寮人に相違ありませぬ。」


「そうですか…和尚、彼らの首は丁重に弔ってやってください。」


 玄密は秀高よりこの言葉を受け取ると、感謝するように秀高に会釈をして、付き従って来た僧侶と共に首桶を抱えて陣幕を後にしていった。するとその玄密と入れ替わる様に馬廻の毛利長秀(もうりながひで)が本陣の中に入ってきた。


「殿!安西高景(あんざいたかかげ)殿より早馬が到着なさいました!苗木城(なえぎじょう)、先刻見事攻め落とし敵将・遠山直廉(とおやまなおかど)を討ち取ったとの事!」


「そうか。長秀、高景の早馬によくやったという旨を伝えておいてくれ。」


「ははっ!!」


 長秀は秀高よりの言伝を預かるとそのまま陣幕の外に出て行った。すると小高信頼(しょうこうのぶより)が秀高に対して言葉を発した。


「…これで美濃はすべて手に入れることが出来たね。」


「あぁ。随分と遠回りをしてしまったがな…。」


 秀高はそう言って床几(しょうぎ)から立ち上がると、未だ燃え盛る岩村城の方角を見つめながらポツリとこう言った。


「…だが、またあいつを逃してしまった。」


「そう心配すんな。」


 と、その秀高の方を振り返って義秀が語り掛けた。


「あの女がどこへ行こうと、どう悪だくみをしようと俺たちはそれに立ち向かうだけだぜ。」


「…まるで疫病神のような奴だよ。」


 秀高は行方をくらました織田信隆(おだのぶたか)の事を疫病神に例えてこう言うと、その場にいた山口盛政(やまぐちもりまさ)が秀高にこう言った。


「我らはいつまで、そのような疫病神を相手にせねばならんのでしょうな?」


「…もしかしたら、奴が死ぬまでかもしれない。」


「まさか…?」


 盛政の隣にいた山口重勝(やまぐちしげかつ)があり得ないという思いを込めてそう言うと、秀高は後ろを振り返って陣幕の中の諸将の顔を見つめるとこう言った。


「だが、疫病神はいつか打ち倒さなきゃならない。俺たちに戦という不幸を押し付けてくるのならば、俺は刀を持って戦う。」


「如何にも!そのような厄を被って不幸な目に合う者達を増やさぬためにも、我らは一刻も早く天下に平穏をもたらさなければなりませぬ!」


 三浦継高(みうらつぐたか)が力強く意気込んで発言すると、その場にいた一同も、そして秀高も賛同するように頷いた。


「良いか、俺たちは奴がどこに行こうと必ず追いかける!皆もそのつもりでいてくれ!」


「おう!!」


 秀高の呼びかけに答えるようにその場の一同は大きな声で返事をした。それを受け止めた秀高は後ろを振り返り、燃え盛る岩村城の遠景を力強いまなざしで見つめたのだった。その後秀高は周辺の反抗勢力の掃討を可成と遠山綱景(とおやまつなかげ)遠山友勝(とおやまともかつ)に任せると、軍勢の大半を帰国させて一路稲葉山城(いなばやまじょう)へと向かって行った。





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