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1556年10月 忍び衆と滝川一益



弘治二年(1556年)十月 尾張国(おわりのくに)桶狭間おけはざま




「うむ…うむ…旨い!この飯はとても旨い!」


 ここ、高秀高(こうのひでたか)の館の囲炉裏(いろり)がある間において、秀高らの目の前に座る人物は、大高義秀(だいこうよしひで)らが遠乗りの最中に助けた人物である。


 だが、その人物は秀高らが手配したご飯を目の前にすると、一心不乱に食し始めたのていた。


「いや、この味噌汁の塩梅も…中々に絶妙!」


 喋るのか食べるのかどっちかにしてほしい。と秀高は思った。


 秀高らとその人物は囲炉裏を挟んで対面しており、屋敷に奉公する(うめ)(らん)親子もその様相に驚いていた。


「いや、中々美味しいですぞ!さすがは新進気鋭の桶狭間の領主さまの出されるおもてなしにございますなぁ!」


「へ、へぇ…もったいないお言葉ですだ。」


 梅はその人物の迫力に恐縮し、言葉をかけられると恐る恐る返事を返した。しかしその人物はその様子にも全く気に留めず、遂には囲炉裏の炎で焼いていた(あゆ)の塩焼きに手を伸ばすと、一気に噛みついてそれをも口に運んだ。


「あ、あの…そんなに食べて大丈夫ですか…?」


 心配するように玲がその人物に話しかけると、その人物は残っていた味噌汁を一気に飲み干して、ぷはーっと大きく息をつっき、満足した表情を浮かべて秀高にこう話し始めた。


「いや、美味しい食事、誠にかたじけない!実を申せば、ここ数日の間…何も食っておらず、何か食事を求めて彷徨(さまよ)っていたところ、こちらの御家中に助けられたのです!」


 その人はそう言って義秀(よしひで)(はな)に一礼をした。


「ま、まあまあ、頭を下げてくれ。そりゃあ、あんな状態で出てこられたら、放っておけねぇからな…。」


 義秀の言葉を受けたその人物は更に感謝し、またも一礼をして謝意を示すと、秀高に向かってこう言った。


「いやしかし、こうしてみっともなく腹が減っていた所をご家来に救っていただき、誠に恐縮でございます。」


「いえ、大したことはしていません…ところで、失礼ですが、あなたの名前は?」


 すると、その人物は身なりをただすと、自身の名を紹介した。


「申し遅れました。拙者、近江国(おうみのくに)甲賀(こうが)の出身で、伊助(いすけ)と申します。」


「…甲賀?」


 と、秀高の隣に控える信頼(のぶより)が、伊助の出身地を聞くと、すぐさま伊助に尋ねた。


「恐れながら、甲賀というのは忍びの…」


 すると、伊助は信頼の方を見て、素性を悟られたと思ったのか、こう言った。


「…如何にも。甲賀は忍びの里にて、諜報や工作に長けた者を多く出しております。今、こうして私が各地を放浪していたのも…いわゆる主を探しておったからでございます。」


「忍び…」


 その伊助の言葉を聞いた秀高は、信頼の方を向いてこう言った。


「なぁ、皆が良ければ、この人を雇いたいと思うんだが。」


「…奇遇だね。」


 その秀高の提案を聞いていた信頼は、その言葉に賛同すると、自身の考えを述べた。


「僕も彼を雇おうと思っていたんだ。これから先、僕たちの知識で渡り歩くには限度がある。そのためにも、忍びのような諜報を専門とする人たちを組織して、情報収集や工作に従事させたらきっと、大いに役に立つよ。」


 秀高は信頼に考えを聞くと、自身の考えと合っている事を確かめると、振り返って伊助に提案した。


「伊助さん、もし良ければ…うちで働いてみませんか?」


「おぉ!誠でござるか!」


 すると、伊助はその提案に大いに喜び、心を踊らせるように秀高に返答した。


「いや、秀高殿のような御仁ならば我が働きを示せると思っておりました。そこにまさかのお申し出…受けない訳にはまいりますまい!」


 伊助はそう言うと、囲炉裏を挟んでいた所から動き、秀高の前に座りなおすと、手をついて一礼してこう述べた。


「この伊助の力、喜んで秀高殿のために貸しましょう!」


「顔を上げてください、伊助さん。こちらこそ、よろしくお願いします。」


 秀高が伊助にこう言うと、信頼の方を向きながら伊助にこう告げた。


「では…伊助。これからはこの信頼の元で働いてくれ。信頼はうちの後方を支援してくれている。その下で情報収集や工作に従事してくれ。」


「ははっ!では…よろしくお頼み申します。信頼様!」


 伊助が信頼に向かって一礼してこう言うと、信頼はその一礼を受け、続いてこう提案した。


「うむ。よろしく頼む…そうだ、伊助、そなたの同郷で同じように困っている者はいるか?」


「ははっ。何名かは知っておりますが…なるほど、忍び衆を纏めよと?」


 伊助は信頼の考えを読み取り、信頼にこう尋ねると、信頼はそれに頷いて答え、伊助に指示を出した。


「うむ。この機に忍び衆を作り、情報収集や工作を任せたいと思う。伊助、忍びの者の選定はお前に任せる。集まり次第、報告に来てくれ。」


「ははっ!では…」


 伊助はそう言って直ぐに去るのかと思いきや、囲炉裏の近くに残っていた残飯を食べ始めてこう言った。


「まずは、腹ごしらえしなければ、また倒れてしまいまする。」


 その行動を見た信頼は肩透かしを食らったように落ち込んだが、秀高はその行動を見ると、伊助の突拍子もない行動に高らかに笑っていた。




————————————————————————




 それから数日後、秀高の屋敷に帰ってきていた伊助は、甲賀から十名ほどの忍びを連れてきていた。


「信頼様、それに秀高様。これに控える者どもは、皆秀高殿への忠誠を誓い、忍び衆への参加を決めた者どもにございます。」


 伊助から報告を聞いた秀高は、伊助の背後に控える忍びの顔をそれぞれ見た。その忍びの顔はいずれも経験豊富な手練れ者であり、皆がただ者ではない雰囲気をまとっていた。


「うむ…見事だ伊助。これよりはいろいろ動いてもらう。よろしく頼むぞ。」


「ははっ!では!」


 信頼の言葉を受けて伊助はそう言うと、配下の忍びたちと共に、その場から跡形もなく消え去った。


「…すごい、忍びってやっぱりいたんだね…」


 と、その報告を秀高の隣で感心するように聞いていた(れい)は、秀高に自身の思いを言った。


「まぁ、忍者は身体能力の高さを生かして行動するからな。一種のアスリートみたいなもんさ。」


 秀高が玲にこう言うと、信頼は玲に対して自身の考えを言った。


「そうそう、忍びはいればいろいろ役に立ってくれる人たちだよ。それに今後、今川義元(いまがわよしもと)をも相手にするなら、その配下に気を付けないとね。」


「配下って…誰なの?」


「…徳川家康(とくがわいえやす)、か。」


 秀高のその人物の名前を聞いた信頼は、首を縦に振って頷いた。



 徳川家康。言わずと知れた歴史上の人物の一人である。だが、この頃はまだ家康とは名乗っておらず、松平元康(まつだいらもとやす)という名前を名乗っていた。そしてその家康配下の忍びとして恐れられていたのは、服部半蔵(はっとりはんぞう)で有名な伊賀(いが)忍びであった。




「そう。家康…あぁ、今はまだ元康か。元康の配下の伊賀忍者は手ごわい。もしかしたら、こちらに何かの工作を施してくるかもしれない。それを防ぐためと逆に工作し返すために忍び衆が必要なんだよ。」


「そうか…信長さんの他にも、家康さんがいたんだね…。」


「もちろん、その二人だけじゃないさ。日本中には数多くの英傑がいる。それらをすべて相手するには、忍び衆の力は欠かせないという訳さ。」


 信頼と玲の会話を聞いていた秀高は、腕組みをしていた手をほどくと、二人に対してこう言った。


「そうだな。でもこれで、布石の一つは整った。これからも布石を固めていくには、皆の力が必要だ。よろしく頼む。」


「もちろん。これからもしっかり補佐していくよ。秀高。」


「うん。私も精一杯、秀高くんを支えるからね。」


 信頼と玲が秀高に対してこう言った後、そこに先ほど姿を消した伊助がふっと表れてこう話しかけた。


「あぁ、殿。一つ言い忘れた事がありました。実は今回…私の同郷のものが忍びとしてではなく、家臣として召し抱えてほしいと言ってきております。」


「家臣として?」


 秀高が伊助にそう尋ねると、伊助はその人物の詳細を語った。


「はっ。その者はかつて近江守護の六角(ろっかく)氏に仕えておりましたが、(ゆえ)あって出奔(しゅっぽん)し、諸国を巡遊して武芸を磨いておりました。今回、私が召し抱えられるときにその者に秀高様のことを話すと、是非お目通りをと言って参った次第です。」


 その人物の詳細を聞いた秀高は、その人物に興味が沸いた。するとそこに、(まい)が現れて秀高にある事を伝えた。


「秀高さん、失礼します。先ほど表に、仕官を願う浪人の方が来てますけど…」


「おぉ、まさしくその者にござる。殿、お目通りを。」


 舞の言葉を聞いた伊助は、その人物こそ紹介したいものであると告げ、秀高に面会するよう仲介した。それを聞いた秀高は舞に連れてくるように伝え、その人物を客間に案内させた。


「お初にお目にかかります。秀高様。」


 そして、客間にて秀高や信頼、それに玲と連れてきた舞や、巡察から戻ってきた義秀たちも同席して、その浪人と面会した。


「某、近江浪人の滝川一益(たきがわかずます)と申す。此度は伊助の仲介によって、名高き秀高殿のご家来にしていただきたく、(まか)り越しました。」




 その自己紹介を聞いた秀高たち、とりわけ信頼と舞はその人物をよく知っていたために大いに驚いた。この滝川一益という人物こそ、後年、織田信長(おだのぶなが)の元で織田五大将(おだごたいしょう)の一人であり、その武勇と才覚で織田家の関東方面軍の大将を務めた名将である。その人物が今、こうして仕官に来ていることに対して、信頼はただ、驚きと伊助の交友関係に感心していた。




「一益殿か。その名は聞いている。聞けば、鉄砲の腕前は百発百中で、その扱いにおいて右に出るものはないとか。」


 挨拶を受けた秀高が一益にこう告げると、一益はその言葉を受けて頭を上げ、秀高の方を見てこう言う。


「はっ、ついては秀高殿、ごあいさつ代わりと言っては何ですが、我が腕前を披露したく思います。」


「…良かろう。早速、その腕前を見せてくれ。」


 すると、秀高の許可を受けた一益は館の外に出ると、腰に背負っていた火縄銃を取り出して装填し、丁度その時に遥か遠くの空に飛んでいた(とび)に標準を合わせた。


「な、あれを狙うってか!?」


 その準備を、縁側まで出て見ていた義秀は驚きのあまりに声を発した。しかし、一益は気に留めることなく、集中して標準を合わせ、引き金を引いて弾を放った。


「す、凄い…」


 その弾は見事に鳶に命中し、鳶はそのまま地面へと落ちていった。それを見ていた玲はその腕前に感嘆して声を漏らし、同じく縁側に出て見ていた秀高も、その腕前を見て感嘆した。


「見事。さすがの腕前だな。一益。」


「ははっ!ありがたきお言葉にございます!」


 すると、秀高は信頼と目配せをした後、一益にこう言った。


「一益、お前の仕官を認めよう。お前には五十石を与え、信頼と共に鉄砲頭として励んでもらいたい。頼むぞ。」


「はっ!ありがたき幸せにございます!」


 そう言って一益は、秀高に対して謝礼を述べたのであった。



 こうして、滝川一益は正式に高秀高に仕官し、後に自身の親族を桶狭間に呼び寄せた。ここに秀高配下の家臣団はより強化され、その陣容は以前にも増して厚くなったのだった。





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