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1564年4月 本多弥八郎見参



永禄七年(1564年)四月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 新・名古屋城が落成してから二か月が経った永禄(えいろく)七年の四月。その名古屋城下に一人の浪人がふらりと流れ着いた。浪人は笠を上に上げて名古屋城の風景を目に入れるとニヤリと笑ってこう言った。


「ほう、あれが高秀高(こうのひでたか)殿の新しき居城か…」


 浪人は着物の裏に忍ばせた一通の書状を目で確認すると、再び懐にしまって顔を見上げた。


「さて、秀高殿は一体如何なる御仁であろうか…」


 浪人は一言そう言うと笠を深く被り城の方向へと歩いて行く。するとやがて浪人はその姿を城下の繁栄の中に紛れるように消していったのだった。




 一方、その名古屋城内の本丸御殿に新しく新造された秀高の書斎には重臣たちが集まっていた。この新しく新造された書斎にも狩野派(かのうは)によって唐土(もろこし)の偉大な皇帝や王などの君主たちの肖像画が描かれ、その背面には劉備(りゅうび)諸葛孔明(しょかつこうめい)を三顧の礼で迎えた場面がきめ細やかな絵によって描かれていた。


「…美濃(みの)で大規模な反乱の動きですと?」


 その中で重臣の山口盛政(やまぐちもりまさ)が声を上げた。数ヶ月前に行われた中濃(ちゅうのう)侵攻によって斎藤龍興(さいとうたつおき)領内の西濃(せいのう)地域にて反乱の動きがあると報告されたからであった。


「あぁ、俺たちが行った中濃攻めによって西濃地域の豪族たちは心理的に大打撃を受けたらしく、半兵衛(はんべえ)殿の書状によれば合図を受ければ決起するという事だ。」


 秀高は旧来の館より移してきた愛用の机に肘を置きながらそう言うと、下座にいる小高信頼(しょうこうのぶより)に視線を送った。すると信頼は秀高からの視線を受け取ると秀高に代わって盛政らに向けて発言した。


「先ごろ半兵衛殿から届けられた書状には半兵衛殿たちに同心する豪族たちの名前が記されておりました。そこには牧村(まきむら)高木(たかぎ)西尾(にしお)丸毛(まるも)といった西濃の主たる豪族たちの名前が記されていました。無論、西美濃四人衆(にしみのよにんしゅう)の名前も記されています。」


「なるほどな…その名前から聞くに概ね長良川(ながらがわ)西岸の豪族たちは殆どが離反を決めたという訳じゃな。」


 筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)が信頼の言葉を元にそう言うと、それを聞いていた佐治為景(さじためかげ)が秀高に対して進言した。


「されど(はら)日根野(ひねの)などは龍興に従っておるとも聞きますし、何より郡上郡(ぐじょうぐん)遠藤(えんどう)兄弟が旗色を鮮明にしておりませぬ。まだまだ予断は許せぬ状況とも申せましょう。」


「しかし余り時を掛け過ぎては半兵衛殿らが龍興に攻め込まれる危険性もございまする。動くのであれば早く動きませぬと…」


 と、為景に対して木下秀吉(きのしたひでよし)が意見していると、そこに神余高政(かなまりたかまさ)が襖を開けて現れて秀高にある事を報告した。


「殿、申し上げます。ただ今門前に殿にお目通りを願う浪人が参り、これを殿に見せてくれと。」


「何、浪人が?」


 秀高は高政の言葉を聞いてそう言うと、書斎の中に入ってきた高政より書状を受け取った。秀高はその書状の封を解いてその中身を一目見ると高政に対してこう言った。


「…高政、直ぐにでもその浪人を通してくれ。」


「はっ、浪人をですか?」


「殿!何を仰せになられる!浪人風情が殿にお目通りするなど由々しき事態にございまするぞ!?」


 秀高の下知を聞いて呆気に取られた高政に成り代わり盛政が声を上げて反駁(はんばく)すると、秀高は受け取った書状を盛政に手渡しつつ高政にこう言った。


「詳しい事情は後で説明する。高政、まずはその浪人を丁重にここまで通してくれ!」


「は、ははっ!」


 高政は我に返って秀高の下知を受け取るとすぐさま返事をして浪人を迎えに行った。その間書状に目を通した盛政は驚きつつも書状を秀吉や山口重勝(やまぐちしげかつ)にも回して共有させた。


「…殿、お連れ致しました。さぁ、中に入られよ。」


 やがて高政がその浪人を書斎の前の襖まで連れてくると、襖を開けて浪人を書斎の中に通した。浪人は襟を正して書斎の中に入るとすぐに胡坐(あぐら)をかいて着座し、秀高に頭を下げて一礼した。


「お初にお目にかかりまする。某、三河の住人の本多弥八郎正信ほんだやはちろうまさのぶと申しまする。」


 その紹介を受けた信頼は視線を秀高に送り、同時に上座の脇に待機していた信頼の正室である(まい)もまた秀高に向けて視線を送った。




 本多弥八郎正信。秀高や信頼にとっては耳なじみのある名前であった。秀高たちがいた元の世界において徳川家康(とくがわいえやす)の謀臣として辣腕(らつわん)を振い、家康の天下統一に大きく貢献した家臣であった。


 その本多正信がこうして秀高の御前に現れた事を秀高や信頼、そして舞や出席していた大高義秀(だいこうよしひで)(はな)夫妻は驚きを隠しながらも受け止めていた。




「正信…お前からの書状は受け取った。その為お前の境遇は全て知っている。」


「ははっ、某が持参した書状を拝見していただき誠に恐悦至極に存じまする。」


 この正信が持参してきた書状。その送り主は徳川家康(とくがわいえやす)本人からであった。というのもこの正信、先月に鎮圧された三河一向一揆(みかわいっこういっき)に一揆側として参戦しており、一揆の鎮圧後に徳川家を去ったのであったがその際に主君・家康からその才知を保証される様に一筆を貰い受けていたのだ。


「先の一揆の際に家康殿に反抗したお前が自発的に三河を去っておきながら、どうして家康殿の同盟相手である俺のところに来たんだ?」


「はっ、一言で申せば「見定める為」でございましょうか。」


「何…見定める為とはいかなる訳か!」


 秀高に対して来訪した目的を語った正信に対して、脇に控えていた重勝が声を上げて詰め寄った。するとその脇に座っていた盛政が重勝を制するように宥めると代わりに正信に対して問いかけた。


「正信殿、我が甥が失礼を働き申したがその本心を尋ねても宜しかろうか?」


「ははっ。秀高殿は山口教継(やまぐちのりつぐ)殿の家臣から主君の死によって鳴海(なるみ)城主の職を継ぎ、今川治部大輔(いまがわじぶだゆう)殿を桶狭間(おけはざま)に討ち取って武名を上げ織田信長(おだのぶなが)亡き後の尾張をも得て今や三ヶ国を領する大大名となられた。果たして秀高殿の目指す先は我が主と同じであるのかと思いましてな。」


「我が主…家康殿のか?」


 秀高が正信の言葉を考慮して尋ねると、正信は頷いて言葉を続けた。


「はい、我が主・徳川家康は「厭離穢土欣求浄土おんりえどこんぐじょうど」の題目を掲げ戦っておりまする。即ち欲のままに争う戦国の世に対し、私欲を捨てて争いの無き平和な世を作り上げる事にございます。秀高殿のご本心は如何にございまするか?己の欲望のままに戦っておられるのではありませぬか?」


 そう言われた秀高は少し考えこんだ。確かに天下統一という大望も見方を変えれば欲望ともとられかねないかもしれない。しかし天下統一の目標の根底にあるのは同じだと考えた秀高は正信に対してこう言った。


「…正信、このいまの世の中は応仁の乱(おうにんのらん)より始まった大戦乱が端緒となり各地の大名がそれぞれの大義のために戦い続けている。その中で俺はこの大戦乱を終わらせ、民たちの平穏を取り戻して平和な世の中を築き上げる為に戦っているつもりだ。」


 秀高は正信に対してそう言うと、正信の顔を見つめながらこう言った。


「その為には戦を極力避け、戦う前に勝つのを心に留めて動く必要がある。そのためには内応や調略を駆使して大名家を弱らせて国を取るのを心掛けている。確かに見方によっては欲望のままに動いているかもしれない。だがそれも全ては無駄な血を流さずに敵を倒し、平和で安定した世の中を作る為だ。」


「…なるほど、よく分かり申した。」


 正信は秀高の言葉を聞いた上でこう言うと、秀高に頭を下げてこう言った。


「ならばこの弥八郎正信をどうか、ご当家にて預からせて頂く事は出来ぬでしょうか?」


「何、お前をこの家で?」


 秀高が正信の言葉に対してそう言うと、正信は顔を上げて発言した。


「ははっ。秀高殿が目指される平和な世の中の為の戦いを傍で見させていただき、我が主と秀高殿の懸け橋になるべく努めて参りまする。」


「そうか、分かった。ならば今日より正信を客将として迎え入れる。正信、お前の目でしっかりとこの俺の戦いを見ていてくれ。」


 秀高の言葉を聞いた正信は頭を下げて一礼し、顔を伏せたまま秀高に答えを返した。


「ははっ。何卒よろしくお願い申し上げまする。」


 正信は秀高に対してそう言うと、直ぐに頭を上げてある事を尋ねた。


「つきましては秀高殿、今秀高殿が主軸を置いている美濃攻めの策についてお教えいただけませぬか?」


「…あぁ、分かった。」


 秀高は正信の言葉に対してそう言うと舞に目配せをして正信の前に美濃国の絵図を広げさせ、今現在の秀高の状況と今後の大まかな動きを共有させた。すると正信は秀高に対してこう言った。


「秀高殿、お迎え頂いた恩に報いるべく、まず申し上げたき儀がございます。」


「遠慮なく言ってくれ。」


 すると正信は秀高に対して頭を下げると、自身の存念を手短に述べた。


「ここはこの機に乗じて斎藤龍興と織田信隆(おだのぶたか)の息の根を止めるべきかと存じまする。」





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