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1564年1月 加治田城陥落



永禄七年(1564年)一月 美濃国(みののくに)加治田城(かじたじょう)




 堂洞城(どうぼらじょう)落城の様子は、堂洞城を挟んだ反対方向にあるこの加治田城からもしっかり見えていた。城主・佐藤忠能(さとうただよし)は物見櫓からこの様子を見ていると、そこに息子の佐藤忠康(さとうただやす)が上がってきた。


「父上、堂洞城が落ちたようにございまする。」


「あぁ、ここからもしかとよく見えるでな。」


 忠能は忠康の言葉にこう答えると、後ろを振り返って物見櫓の梯子を下り始めて地面についた。するとその場にいた家臣の西村治郎兵衛(にしむらじろべえ)が忠能にこう意見した。


「殿、敵の勢いは意気軒昂にしてまた兵力も多数おりまする。ここは東濃(とうのう)織田信隆(おだのぶたか)様に援軍を請われては?」


「既に援軍の早馬など出しておる。」


 と忠能は治郎兵衛にそう言いながら本丸館へと足を進めていった。忠能は館について中に入ると後ろから付いて来た治郎兵衛の方を振り返って言葉を続けた。


「だが東濃からは軍勢が出陣したという報告も、あまつさえだした早馬も帰って来てはおらぬ。いったいどうなっているというのだ…」



 忠能が不信に思うのも無理はない。実はこの時この援軍要請の早馬は道中で伊助(いすけ)配下の忍び衆が(ことごと)く討ち取っていて、信隆の元には援軍要請の使者は一人もたどり着いてはいなかった。


 そんなことなどつゆほど知らない忠能は、来るはずもない援軍出陣の報を今か今かと心待ちにしていたのである。




「…殿!申し上げます!」


 と、そこに家臣の佐藤堅忠(さとうかたただ)が居間の中に駆け込んできて忠能にある事を報告した。


「ただ今門前に堂洞城からの敗残兵と名乗る者達が逃げ込んでまいりまして、我らに庇護を求めておりまする!」


「何、堂洞城からだと?しかと相違あるまいな?」


 報告を受けた忠能が堅忠に対して尋ねると、堅忠はその問いに頷いて答えた。


「ははっ!旗指物も間違いなく(きし)勢の物にて、皆一様にひどく疲れ果てている様子にございまする。」


「殿、敵将は鬼大高(おにだいこう)として知られる勇将・大高義秀(だいこうよしひで)にて奸計を用いるような者にはございませぬ。ここは迎え入れてもよいのでは?」


 その堅忠の報告を聞いて治郎兵衛が忠能に対して進言すると、それに対して忠康が治郎兵衛に対して反論する。


「しかし落城から数刻もたっておらず、尚且つ麓の敵勢を潜り抜けて逃げ込んできたとは到底思えぬ。」


「されどここで逃げ込んできた者を見捨ててしまっては元も子もありますまい?」


「もう良い、分かった。」


 この治郎兵衛と忠康の意見を聞いていた忠能は一言こう言うと、報告に来た堅忠に対して下知を下した。


「堅忠、直ぐにでも門を開いて迎え入れよ。」


「ははっ。」


 その下知を受け取った堅忠はすぐさまその場から下がると、その足で大手門前にて待機している敗残兵を迎え入れる為に大手門方向へと向かって行った。


「…殿の下知が下った!開門せよ!」


 やがて大手門の門番に対して堅忠が下知を飛ばすと、門番はそれを聞いて門の(かんぬき)を外して扉を開いた。するとその敗残兵たちが突如として刀を抜くと素早く門の中になだれ込み、門番を刀で薙ぎ倒した。


「な、貴様ら何を!」


 堅忠が狼狽(うろた)えて襲い掛かってくる敗残兵たちに向けてこう言うと、次の瞬間には堅忠の首は胴体から離れていた。すると堅忠の首を落とした一人の武将が首を拾うと兜を脱ぎ捨てて後ろを振り返った。


「兄上、まずは討ち取りましたぞ。」


「あぁ頼綱(よりつな)、ようやったぞ。」


 そう、この堂洞城からの敗残兵たちこそ高秀高(こうのひでたか)の客将である真田幸綱(さなだゆきつな)率いる五百であり、堅忠の首を落としたのは弟の矢沢頼綱(やざわよりつな)であった。


「頼綱よ、お主はこのまま中になだれ込んで至る所に放火せよ。敵勢を混乱させてやるのじゃ。」


「ははっ!」


 頼綱は兄である幸綱の下知を受け取ると、そのまま配下の将兵たちを連れて中へとなだれ込んでいった。すると幸綱は後ろを振り返って息子の真田信綱(さなだのぶつな)に対してこう指示した。


源太左衛門(げんたざえもん)、空砲を撃て。義秀さまの軍勢を迎え入れるのじゃ。」


「ははっ。」


 信綱は幸綱の言葉を聞くと手にしていた火縄銃を空に向けると一発空砲を放った。するとそれを聞いた麓の軍勢が真田勢の後を追う様に城へと攻め掛かり始め、それを確認した幸綱はそのまま城の中に攻め込んだのである。




「父上!治郎兵衛が…治郎兵衛が討たれましたぞ!」


 元より多勢に無勢であった城兵たちは次第に打ち減らされ、やがて数刻後には本丸館にて忠康が父に対して治郎兵衛の討死を報告した。


「くっ、おのれ義秀め!このような奸計を用いるとでも言うのか!」


「かくなる上は是非もなし…某が敵を引きつけます故、父上は御逃げを!」


 忠康が父である忠能を逃すためにこう進言したが、忠能は方々から上がり始めた火の手を見てもはやこれまでと諦めていた。


「いや、ここまで攻め込まれては最早如何ともしがたい。わしはここで腹を切る。」


「父上…」


 忠能は腰から脇差を取り出すと息子の忠康に対してこう言った。


「忠康よ、わしが腹を切る間は絶対に敵を通すな。良いか?」


「…ははっ。父上、おさらばにございます!」


 忠康は忠能と最期の別れを交わすと、そのまま居間から出て行って敵と戦いに向かって行った。その後姿を見送った忠能はやがて居間に火を付けるとその中で腹を切って自害したのだった。


「…くっ、絶対にここを通してなる物か!」


 その父の自害の邪魔をさせんとばかりに忠康は館の外に躍り出ると槍を片手に敵兵を薙ぎ倒した。するとその目の前に義秀の正室である(はな)が薙刀を片手に前に出た。


「…そなた、あの大高御前(だいこうごぜん)か!相手にとって不足なし、いざ参る!」


 忠康は華を見かけてそう言うと、突き刺していた足軽から槍を抜き取るとそのまま華に向かって行った。すると華は薙刀の切っ先を忠康に向けたまま忠康の攻撃を流暢に交わしていった。


「くっ、さすがは大高御前。しかし!」


 そう言うと忠康は槍の石突(いしつき)の方を向けると華の薙刀を弾き飛ばしにかかった。しかしその隙を華は見逃さずに手にしていた薙刀の切っ先で忠康の胴を薙ぎ払った。


「ぐはあっ!おのれ…」


「…貴方では、この私には勝てないわ。」


 華は忠康に対して冷たくそう言うと、そのまま膝を付いた忠康の首を薙刀で斬り払った。華は忠康の首を拾うとやがて燃え盛る本丸館に目が移った。


「…忠能は自害したみてぇだな。」


 と、その華の後方から義秀が現れて華に言葉をかけた。すると華は本丸館の方を向きながら義秀に言葉を返した。


「えぇ、これで中濃(ちゅうのう)は私たちの物となったわね。」


「あぁ。これで信隆と龍興は容易に連絡を取り合う状況じゃあなくなったわけだ。」


 西に沈み始めた夕日が燃え盛る本丸館を照らしている中で、義秀と華は得物を片手に燃え盛る本丸館を見ていた。やがて加治田城の城兵たちは悉く討ち果たされることとなりここに加治田城は落城。これによって中濃は秀高の手中の落ちたのであった。




「そうか、義秀が加治田と堂洞を落としたか。」


 その日の夜。伊木山城(いぎやまじょう)にて斎藤軍の動きを見張っていた秀高の元に、早馬が両城陥落を報告してきた。その知らせを秀高に伝えた小高信頼(しょうこうのぶより)は秀高に対して戦果を報告した。


「岸一族は義秀の計らいで切腹となり、加治田城の佐藤忠能は自害。子の忠康を討ち取ったのは華さんとの事だよ。」


「すごいな…華さんはまたしても敵将を討ち取ったのか。」


 と、秀高が華の立てた戦果を聞いて喜んでいると、その場に山内高豊(やまうちたかとよ)が現れて報告を告げた。


「申し上げます。先ほど森可成(もりよしなり)殿より早馬が到着し、可成殿は見事烏峰城(うほうじょう)を攻め落とし城将・久々利頼興(くくりよりおき)を見事討ち取ったとの事にございまする。」


「おぉ、よくやったぞ可成!」


 秀高が高豊の報告を聞いて喜ぶと目の前に置かれていた絵図を見ながら信頼にこう言った。


「…烏峰城の陥落で中濃はほぼほぼこちらが抑えたと言っても過言じゃないな。」


「うん、この攻勢でまたも美濃の国衆たちに心理的な打撃を与えることは出来たと思うよ。」


 秀高は信頼の言葉を聞いて頷くと再び絵図を見つめ、義秀ら諸将の働きに思いを馳せていた。この後、伊木山城へと急行していた斎藤龍興(さいとうたつおき)の軍勢は加治田城・堂洞城の落城を知るとすぐさま稲葉山城(いなばやまじょう)へと引き返してしまい、この結果秀高の中濃侵攻は見事大戦果を上げたのであった。





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